【ディープテック基礎知識⑤】宇宙産業の大きな妨げとなる「スペースデブリ」とは。解決に向けた取り組みを紹介
現在、各国が競いながら急ピッチで進められている宇宙開発。しかし、その大きな妨げとなるのが宇宙ゴミ、つまり「スペースデブリ」です。この問題を放置して宇宙に衛星を飛ばしても、衝突リスクが高まり、より問題が深刻化していきます。
新規事業やオープンイノベーションに関わるビジネスパーソンなら知っておきたい【ディープテック基礎知識】の第5弾では、このスペースデブリ問題を取り上げます。どのようなリスクを抱えているのか、解決するために世界的にどんな取り組みが行われているのか紹介します。
スペースデブリとは
スペースデブリとは、地球周回軌道に存在する使用されていない人工物のことで「宇宙ゴミ」とも呼ばれています。役目を終えたロケットや人工衛星、あるいはこれらから分離した破片などの物体が該当し、10cm以上のものは約20,000個、10cm未満1cm以上のものでは約50万個も軌道上を回り続けていると言われています。
デブリの空間密度がある限界値を超えると、デブリ同士が衝突し、さらにデブリの数が増える自己増殖も問題です。これまでに250回以上の衝突事故を起こしており、アメリカの通信衛星とロシアの軍事衛星が衝突するなど、宇宙開発における大きな課題となっています。
スペースデブリ問題の歴史
スペースデブリは、宇宙開発が始まった時から存在しています。当初は、宇宙開発が米ソの超大国によって独占され、宇宙アセットの重要性も軍事用・民生用の双方で比較的小さかったため、デブリの問題も深刻な脅威であるとは認識されていませんでした。そのため、デブリの出現に対しても配慮が薄かったとされています。
スペースデブリ問題が深刻だと認識されるようになったのは、2007年に中国が老朽化した気象衛星「風雲」を対衛星兵器で破壊した実験がきっかけです。加えて、2009年にロシアの軍事衛星「コスモス2251」とアメリカイリジウム・サテライト社の通信衛星との衝突事故が起こり、スペースデブリの数は一気に増加しました。
これによってスペースデブリが互いに衝突してさらにゴミが拡散しかねない状況になり、深刻な問題として認識されるようになったのです。
スペースデブリの問題点
スペースデブリが増え続けることで、どのような問題が起きるのか見ていきましょう。
人工衛星や宇宙飛行士などに衝突するリスク
スペースデブリは秒速7~8キロで地球軌道上を飛んでいるため、数センチの微小なサイズであっても、人工衛星などに衝突すれば穴を開けてしまうほどの破壊力があります。衝突した人工衛星が故障すれば、それがデブリとなって、他の衛星にぶつかるリスクに繋がります。
地球に落下するリスク
高度370マイル(約600km)以下にあるスペースデブリは、数年で地上に落下すると言われています。その多くは大気圏内で燃え尽きますが、大きさや材質によっては地上まで残って落下するリスクがあるのです。スペースデブリが増え続けることで、落下するデブリによる死傷者数は今後増えていくでしょう。
生活に支障をきたすリスク
私たちは間接的に人工衛星の恩恵を受けています。もしもスペースデブリが全地球測位システム(GPS)衛星や通信衛星に衝突すれば、天気予報や地図アプリをはじめとした様々なサービスが使えなくなるでしょう。宇宙開発に携わる人々だけでなく、私達にとっても大きなリスクとなり得るのです。
スペースデブリ問題の解決が難しかった理由
2007年よりスペースデブリ問題が深刻に認識されるようになったものの、しばらくは明確な対策は存在しませんでした。その大きな理由として挙げられるのが技術的な問題。宇宙空間は広大であり、スペースデブリは高速で移動しているため、捕まえて回収・除去するのが非常に困難でした。
また、国際的な問題であるスペースデブリは各国が協力して対策を講じなければなりません。しかし、国際的な協調が難しい故に、対策を講じるのに長い年月が必要となります。さらには、短期的な利益化が難しいという問題もあります。
このように、スペースデブリ問題は技術的・政治的・経済的な要因から解決が困難な問題でした。
国際的な取り組み
スペースデブリ問題を根本的に解決するのは難しいですが、世界中で様々な取り組みがされてきたのも事実です。どのような取り組みが行われているのか見てみましょう。
スペースデブリ低減ガイドライン
国際的な取り組みとして有名なのが、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が2007年に採択した「スペースデブリ低減ガイドライン」です。このガイドラインは、機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)の提案に基づいて作成され、IADCスペースデブリ低減ガイドライン(2002年)と類似した構成ですが、内容は簡素化されています。
法的拘束力はなく、加盟国の自主的な取り組みに委ねられたガイドラインで、次のような内容が含まれています。
・正常な運用中に放出されるデブリの制限
・運用中の破砕の可能性の最小化
・偶発的軌道上衝突確率の制限
・意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避
・ミッション終了後の破砕の可能性の最小化
・ミッション終了後に低軌道域に長期的に留まることの制限
・ミッション終了後に地球同期軌道域に長期的に留まることの制限
商業デブリ除去実証(CRD2)
商業デブリ除去実証(CRD2)は、JAXAが民間企業と協力して実施するプログラム。日本由来の大型デブリの除去を目指し、国際的な議論の具体的な進展と、日本企業の軌道上サービス市場への訴求力向上の実現を目指しています。
プログラムでは、除去効果が大きく、技術的に高度な我が国由来の大型デブリ除去を2段階(フェーズⅠとフェーズⅡ)で実施してきました。
天使の羽
欧州宇宙機関(ESA)は、宇宙ゴミの問題に対処するため、人工衛星の高度を強制的に下げて大気圏に再突入させる「羽根」の開発に取り組んでいます。この「羽根」は、「Drag Augmentation Deorbiting System」(ADEO)と呼ばれる制動セイルで、2022年12月末には、この種のものとしては最小のセイルがミッションを成功させました。
ESAは、衛星が軌道を外れて大気圏に突入するのを支援するこの銀色のセイルを「天使の羽」と表現しています。アルミニウムでコーティングされた革新的なもので、衛星と一緒に軌道に乗せることで、衛星をいつでも軌道から外すことが可能。これにより抗力が増し、衛星の軌道高度の低下が加速するため、地球の大気圏で燃え尽きる最終的な破壊が早まります。
スペースデブリ問題に挑戦しているスタートアップ
スペースデブリ問題の解決に向けて、事業を展開しているスタートアップを紹介していきます。
アストロスケール(日本)
株式会社アストロスケールは、スペースデブリ(宇宙ごみ)除去・軌道上サービスに取り組む民間企業です。宇宙機の安全航行を確保する為、低軌道(LEO)から静止軌道(GEO)までスペースデブリを除去しています。
既存デブリの除去(ADR)のほか、衛星運用終了時のデブリ化防止のための除去(EOL)、寿命延長(LEX)、故障機や物体の観測・点検(SSA)など、様々な除去方法を提供しています。
例えば、アストロスケールが開発した「ELSA-d(End of Life Services by Astroscale demonstration)」は、磁石で宇宙ごみを捕獲する宇宙ごみ除去技術実証衛星です。このプロジェクトでは、磁石を備えた小型冷蔵庫サイズのサーヴィス衛星が、小型のクライアント衛星を捕獲して大気圏に突入させて燃焼させます。
LeoLabs(アメリカ)
LeoLabsは、スペースデブリのマッピングを行うアメリカのスタートアップ。LeoLabs Vertex™と呼ばれる垂直統合型の宇宙運用スタックを通じて、衛星運用者、商業企業、連邦機関が低軌道でのミッションを打ち上げ、追跡する方法を提供しています。
北半球と南半球の両方をカバーするグローバルなフェーズドアレイレーダーネットワークを持っており、必要な時に必要なデータを提供できるのが同社の特徴。日本でも航空自衛隊に対し、物体の追跡や監視、物体同士の衝突回避のサービスや訓練を提供しています。
衛星追跡サービス(LeoTrack)、衝突回避サービス(LeoSafe)、新規打ち上げペイロードの迅速な特定に対応するオンコンソールサポートサービス(LeoLaunch)、ビジネス計画に最適な包括的なミッションリスク評価サービス(LeoRisk)など、包括的なサービスと製品を提供しています。
OrbitGuardians(アメリカ)
OrbitGuardiansはスペースデブリの除去サービスを提供するアメリカのスタートアップ。コンピュータビジョン、人工知能(AI)、およびInternet of Things(IoT)を組み合わせて、低コストでスペースデブリ除去を提供しています。
同社は、IoTおよびAIを活用してデブリパラメータを取得し、潜在的に危険なターゲットを排除します。20cm未満の危険なデブリを除去することで、宇宙労働者、宇宙観光客、および運用中の衛星を保護することを目指しています。
Share My Space(フランス)
Share My Spaceは天文観測と深層学習アルゴリズムに基づき、スペースデブリとの衝突警告サービスを提供するフランスのスタートアップ。同社は、この課題に対処するための複数のソリューションを作成しています。
軌道上での衝突に関連するリスクを予測するサービスや、衛星オペレーターが衝突警告メッセージに自動的に対応できるサービス、スペースデブリ収集を体系的に支援するサービスを提供。望遠鏡に取り付けられたレーザーなどの異種データソースを統合することで、デブリ監視の精度を向上させています。
https://www.sharemyspace.space/
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
■連載一覧
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第2回:【ディープテック基礎知識②】幅広い領域で利用される「ゲノム編集」の活用事例とは?国内スタートアップと併せて紹介
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