【ディープテック基礎知識④】世界の食糧問題を解決する『培養肉』の可能性とは。注目スタートアップを紹介
現在、世界が直面している大きな課題である『食糧問題』。増え続ける人口に対して、それを支えるだけの食糧が確保できないと言われています。特に問題になっているのがタンパク質の不足。生きていくのに欠かせない栄養でありながら、それを賄う肉を確保するのが、様々な観点で課題があります。
新規事業やオープンイノベーションに関わるビジネスパーソンなら知っておきたい【ディープテック基礎知識】の第4弾では、そのような食糧問題の解決策として注目されている『培養肉』を取り上げます。どんな可能性があるのか、世界のスタートアップと共に紹介します。
培養肉とは
培養肉とは、動物の個体からではなく、可食部の細胞を組織培養することによって得られた肉のこと。動物を殺すことなく、また家畜(特に牛)の飼育にともなう温暖化ガスの排出も少ないため、動物や環境に優しい肉という意味を込めて「クリーンミート」とも呼ばれています。
培養肉は動物由来の細胞を培養し、本物の肉のような味と食感を再現しています。一般的な製造方法は、まず家畜から生きたままの状態で種細胞を採取し、培地(培養液)で細胞を生育、大量に増殖させます。最後に3D(3次元)プリンターなどで3次元組織を構築すれば、本物の肉のような形や食感を再現できます。
従来は牛一頭を約2年かけて育てるところを、培養肉であれば2か月で同等の肉を作れます。生産効率が良いこと、厳密な衛生管理が可能であること、食用動物を肥育するのと比べて省スペース省資源で作ることができて地球環境への負荷が低いことから、代替肉として大きな注目を集めています。
FAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)は、培養肉の安全性を公式に認めており、2040年までに、肉の60%が培養された細胞から作られ、世界中の食料品店やレストランで販売されると予測されています。
培養肉が注目される背景
培養肉が注目されている背景について見ていきましょう。
世界的な食糧不足
培養肉が必要とされる最大の理由は世界的な食糧難です。日本では少子化によって人口が減少していますが、世界では今も人口が増え続けています。2050年までに97億人に増えると予想されており、それに伴い肉の消費も高まると予想されているのです。
このまま人口が増えれば、全人口を賄えるだけの肉を確保することはできません。また、人口に合わせて肉の生産量が増えれば、次に紹介するような環境負荷の問題にも繋がります。
畜産による環境負荷
家畜を育てるには大量の餌が必要です。餌を育てるには広大な農地や水、肥料も必要で、それらを育てる過程で環境に大きな負荷をかけています。また、牛のゲップには大量のメタンが含まれており、肉を確保するために牛を増やせば、それだけ地球温暖化に拍車をかけることになるのです。
動物福祉への対応
食肉のために家畜を育てるためには、狭い環境で多くの家畜を飼う必要があります。欧米ではそのような事実に反対する団体も多く、抗議活動が行われることもあるのです。培養肉では家畜を劣悪な環境で育てる必要もありませんし、処分することもないため、これから支持が広がると考えられています。
培養肉のメリット
培養肉が広がることで、上記の課題をどのように解決するのか。そのメリットを見ていきましょう。
食料危機を解決できる
世界の人口は2050年には97億人を超えると予測されており、それに伴い、人間が食べる肉の量も1.8倍に増えるといわれています。このままでは将来、食べ物が十分に供給できなくなり、食糧危機に陥るでしょう。
しかし、仮に肉の生産量のすべてを培養肉に変えることができれば、単に肉の生産量を増やすだけでなく、それまで家畜に与えていた分の穀物を人間に供給できるようになります。その結果、食糧危機を防げるのです。
環境負荷の軽減
畜産は水、飼料、土地など大量の資源を必要とします。例えば1kgの牛肉を作るには、20,000リットルの水と10kgの穀物が必要ですし、農地を確保するための森林伐採も問題となっています。また、飼育中や輸送の過程で排出される温室効果ガスも深刻な課題です。
培養肉は飼料や広大な土地も必要ありませんし、従来のような輸送も必要ありません。それだけ環境負荷を減らせるのです。
感染症リスクを防げる
畜産をする上で人にも大きなリスクとなるのが感染症です。家畜の成長を促すために抗生物質を与えすぎてしまうと、薬剤耐性菌が発生してしまい、通常の薬が効きにくくなってしまうのです。加えて、それらの菌は家畜だけでなく人にも感染し、仮に感染した場合は治療がより困難になってしまうことも。
培養肉では抗生物質を与える必要がないので、このようなリスクを避けられます。
家畜への苦痛の軽減
従来の肉と異なり、培養肉の生産では家畜の命を奪う必要はありません。家畜の尊厳を守りながら食肉需要に応えることができるといえます。
世界における培養肉の現状
現在、培養肉を一般に食べられる国はシンガポールだけです。2020年に世界で初めて国が販売を承認しました。今後はより多くの国で培養肉が食べられるようになると期待されており、英バークレイズ銀行によると、代替肉の市場は今後10年以内に1400億ドル(約14兆6300億円)規模に膨らむと見込まれています。
これは世界の食肉産業の約10%に相当します。将来的にはスーパーなどで気軽に培養肉を手に取る時代が来ると専門家たちは予測しているのです。
培養肉の普及のために何が必要なのか
培養肉が普及するために、どのような要素が必要なのか見ていきましょう。
生産量のスケールアップとコスト削減
まず必要になるのが、培養肉を気軽に購入できるだけの価格で販売するためのコスト削減と生産量アップです。これらはスタートアップだけでは難しいため、大企業も巻き込んで取り組みが始められており、サプライチェーン全体の改善が求められています。
ルール作り
国内には「培養肉」を製造、販売することに対応したルールや法律の整備が十分に進んでいないため、開発する企業や大学の研究者などで作る団体は今後の普及に向け、国への提言をまとめました。
提言では、「培養肉」が含まれる食品には、その割合にかかわらず、新たな技術で作られた食品であることを示す分かりやすい表記を義務づけて、消費者への透明性を高めるべきとしています。
また、「培養肉」の安全性を確保するため、今ある食品衛生法に加えて、再生医療や医薬品で用いられているルールなども参照し、安全管理の基準を作成するべきとしています。
畜産業界との共存
新たなタイプの培養肉が増えると、既存の肉の販売シェアが低下する可能性もあります。培養肉に関わる企業の業界団体は、培養するタネとなる牛などの細胞を「知的財産」として保護して、農家と利益を分ける仕組みを作り、畜産業界との連携を図る考えです。
培養肉が増えるとしても、すべてが置き換わるとは考えにくいだけに、今後、培養肉の関係業界と畜産業界が意思疎通を図って、お互いに発展を目指すことが重要です。
消費者に受け入れてもらう工夫
培養肉に関わらず、新しい商品は消費者に受け入れがたいものです。特に口に入れる食品は、慎重になる方も多いでしょう。本当に安全な食べ物であることを理解してもらうために、様々なPR活動が求められます。
培養肉のスタートアップ
世界にはどのような培養肉スタートアップがあるのか紹介します。
モサミート(オランダ)
モサミートは、オランダを拠点とする培養肉企業です。2023年にオランダのマーストリヒトに2,760㎡(29,708平方フィート)の培養肉工場を開設しました。 当面は、1,000リットルのバイオリアクターを使用して年間数万個の培養肉ハンバーガーを製造する生産能力となります。需要増加に伴い、長期的には年間数十万個の生産能力まで拡大するよう設計されているといいます。
現在、シンガポール・欧州での認可取得に向けて取り組んでおり、2022年にはシンガポールで培養肉の製造認可を取りました。日本の三菱商事も出資しています。
Upside Foods(アメリカ)
Upside Foodsはアメリカの培養肉企業で、2015年にCrevi Foods(クレヴィ・フード)として設立され、その後メンフィス・ミーツに社名変更し、2021年に再び今の社名に変更しました。食肉加工大手タイソンフーズ、ソフトバンク、カーギルなど名だたる企業から出資を受けている培養肉の老舗企業です。
SuperMeat(イスラエル)
スーパーミートは、イスラエルに拠点を置く培養肉の開発製造を行うフードテックのスタートアップ。 2022年3月には、味の素がCVCを通じて出資しました。世界で初めて、培養肉工場の隣に培養肉試食に特化したレストランTheChickenを2020年にオープンするなど、将来的な商用化を見据えた独自の取り組みを展開しています
インテグリカルチャー(日本)
インテグリカルチャーは日本の培養肉スタートアップ。独自に開発した細胞培養技術「CulNet® (カルネット) システム」により、培養肉の普及を目指しています。このシステムは、動物の体内に似た環境を人工的に作り出して細胞を増やす装置で、牛や鶏といった動物の細胞は、1.5~2日で2倍に増やすことができます。
高額な血清成分は、複数の臓器細胞の組み合わせによりカルネット システム内で生成することができるため不要となり、細胞の他には基礎培地のみで培養肉を作ることが可能です。 また、培養する動物の細胞を変えることで、牛や豚などだけでなく、エビなどの魚介類などの他の培養肉への応用も可能にしました。
2019年には世界で初めて「食べられる培養フォアグラ」の生産に成功しています。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
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