優勝賞金125万ユーロ! エストニア発テックイベント「Latitude59 2023」白熱ピッチの行方は?
2023年5月24日〜26日の3日間、エストニアの首都タリンでスタートアップイベント「Latitude59 2023」が開催された。2012年から毎年開催されている同国最大のスタートアップイベントで、メインプログラムのピッチコンペは毎年盛り上がりを見せる。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第44弾では、イノベーション大国・エストニア発の「Latitude59」を取り上げる。
現地とオンラインのハイブリッドで開催され、約3000人が参加した本イベントにオンラインで参加。本命のピッチコンペを中心に、当日のセッションを抜粋して伝えたい。
サムネイル写真:Latitude59のプレスリリースより
エストニアがデジタル国家であり続ける理由
▲エストニアの首都タリンの様子(Photo by Karson on Unsplash)
以前、同シリーズでエストニアのスタートアップエコシステムを取り上げたのだが、エストニアが世界屈指のIT国家であることは世界的によく知られる。例えば、2014年に世界初の電子国民プログラム「Eレジデンシー(E-residency)」を導入。これは、非居住者にデジタル空間で居住権を与えるもので、取得するとエストニアの電子政府システムの一部が利用できる。
行政手続きは99%がオンラインで完結し、スタートアップには負担が少ない税制度も完備する。起業家にとっては、チャンスと魅力にあふれた国なのだ。
▲エストニアのデジタル戦略に携わる登壇者が参加したセッションより
「Latitude59 2023」では、「Not How To Become a Digital Nation, But Why.(デジタル国家になるにはどうすればいいか、ではなく、なぜか)」と題して、エストニア経済通信省 ビジネス・消費者環境担当副事務局長のSandra Särav氏(写真右)、ウクライナデジタル変革省開発局 eサービス担当部長のMstyslav Banik氏(左から2番目)、e-Residency マネージングディレクターのLiina Vahtras氏(右から2番目)が登壇した。
3名のメッセージを以下に端的にまとめたい。
◯デジタル化はそれ自体が目標ではなく、目標は「効率化」だ
◯デジタル化によって移民が増えることがエストニアが成長する方法であり、政府が市民のエンゲージメントを高める方法でもある
◯(ウクライナの現状を踏まえ)戦争のような最悪の事態が起こった場合、国民にサービスを提供する手段はデジタルのみとなる
◯あらゆるサービスがデジタル化によってパーソナライズされていく。特に医療分野はこれが重要で、病気の早期発見などにつながる
◯テクノロジーは人間の目には見えないようなパターンを見つけることができる。つまり、より情報に基づいた意思決定ができるようになる
大注目のピッチコンペ、各社のビジネスモデル
2023年のピッチコンペは400以上のスタートアップから応募があったという。オンラインの予選を経てファイナリストに選ばれた6社の代表が、ステージで3分のピッチを繰り広げた。優勝賞金の総額は125万ユーロ(約1億8,000万円)と過去最高額で、ベンチャーキャピタルからの賞金基金のほか、Google Cloudのクレジットやフィンランドで開催されるスタートアップイベント「Slush 2023」のピッチコンペへの参加資格なども含まれる。
1、代替え油脂を提供する「ÄIO」
バイオテクノロジーを使用して代替え油脂製品を提供する「ÄIO」。他産業の副産物である「おがくず」をオーダーメイドの発酵プロセスにより、脂質の豊富なバイオマスにアップサイクルする。そのコア技術はビール醸造に非常に似ているという。
▲ÄIOが開発する3製品。左から「カプセル化されたオイル」「レッドオイル」「バターのような脂肪」(ÄIOのプレゼンテーションより)
現在、展開するオイルは3種類ある。ブロック状の「カプセル化されたオイル」は、パーム油、植物油、動物性脂肪、栄養酵母の代替えとして機能し、パティやベーカリー製品など、栄養のバランスを求めるレシピに向いている。鮮やかな赤色をした「レッドオイル」は、カロテノイドと抗酸化物質を豊富に含み、魚油や種子油の代替えに最適だ。
そして、「バターのような脂肪」は、ココナッツや動物性脂肪の代替品として推奨される。食べ物への使用のほか、化粧品や家庭用のクリーニング製品にも使用できる。
同社の技術を使用してブラジルで発生する農業廃棄物の7%を代替え油脂に変換すれば、年間1億トンのCO2を削減することができるという。
2、UXリサーチを効率化する「flowstep」
世界で使われるトップサービスのUXの記録とスクリーンショットにアクセスできる「flowstep」は、UX開発の効率化を支援する。Slack、Uber、Netflix、Google、Tinderといった人気サービスのUXを、アプリのダウンロードや会員登録などをせずに閲覧できるのだ。
▲人気サービスのUXが集まるUXリサーチサイト「flowstep」(flowstepの公式ホームページより)
例えば、こちらはSpotifyのページ。サインアップのフローやポッドキャストの視聴フローなども動画で確認できる。メールアドレスを登録してサインアップすると、上記が無料で閲覧できる。この4月にローンチされたばかりということで詳細は不明だが、オプション機能が使える有料プランが近日発売予定だ。
3、宇宙で太陽光発電所を建設「Moliri Space Energy」
宇宙を舞台に事業に挑む「Moliri Space Energy」は、高騰化するヨーロッパの電気料金や上昇し続けるCO2濃度に対するソリューションとして、宇宙に太陽光発電所を建設し、クリーンなエネルギーを地球に送り込むことを目指す。
▲「Moliri Space Energy」のプレゼンテーションより
同社のプレゼンによれば、軌道上で太陽光を集め、マイクロ波や特殊なアンテナで3分の1程度を電気に変換して照射する。どんな天候でも24時間365日稼働し、安全性と環境配慮を実現するという。
今後、2025年に宇宙での組み立ての実証実験を開始、2027年に実証実験を終了し、収益を上げ、2032年に最初の太陽光発電所の建設を目指す。市場規模はヨーロッパで4,800億ユーロ(約72億円)と巨大で、エネルギー卸売業者に販売するという。
4、割り勘できるバーチャルカード「Cino」
「Cino」は、友人、恋人、家族、知人などグループでの分割払いを容易にするバーチャルカードを提供する。使い方は以下のとおりだ。
1、「Cino」アプリをダウンロード
2、銀行口座やデビットカードを接続
3、分割したいグループを作成して分割比率を設定
4、共有カードをGoogle、またはApple Payに送信、グループメンバーはカードを取得
5、「Cino」で支払う
▲「Cino」のプレゼンテーションより
Chinoで支払いをした瞬間に、全員の支払い分が即座に銀行口座から直接引き落とされる仕組みであり、支払いをした人が建て替える必要がない。
分割払いという特性上、ユーザーが1人増えると、そのユーザーが新たに2.5人のユーザーを連れてくるネットワーク効果が生まれるという。現在、最初の1万人までは無料でサービスを提供しており、その後マネタイズをするようだ。
5、小学校向け物理学の学習コンテンツ「Praktikal」
元物理の教師が創業した「Praktikal」は、小学校の物理の授業向けの一元化した学習教材、実験キット、それらを使用するためのソフトウェアを提供する。同教材を使用する教師のコミュニティも形成し、教師向けにトレーニングも実施する。
▲「Praktikal」のプレゼンテーションより
昨年からエストニアで試験運用を開始し、すでに国内の学校の3分の1が同社のサービスを使って授業をしているという。
各学校からプラットフォームとコンテンツの年間利用料を徴収し、ハードウェアを一括で販売する。授業の質の向上のほか、コストの節約や教師の仕事の効率化にもつながっており、すでに30万ドル(約4,200万円)の収入を得ているという。
6、国境を超えた融資を可能に「Mifundo」
銀行出身の創業者が立ち上げた「Mifundo」は、国境を越えてヨーロッパ中の銀行から融資を受けることを可能にする。サービス上で個人の財務プロフィールを作成すると、クレジットスコアを確認できる。
▲「Mifundo」のプレゼンテーションより
融資を受けたい場合に「Mifundo」上でリクエストを送ると、ヨーロッパ中の銀行からローンオファーが届くという。EU圏内では国によって金利が最大7倍も異なり、オファーの中からベストな融資を選べることが利用者のメリットとなる。また、必要に応じてクレジットスコアを向上させる方法も学べるそうだ。
高額な優勝賞金を受け取った3社は?
今回用意された125万ユーロの賞金基金は、以下の3社に与えられた。
▲登壇したÄIOの共同創業者、兼CEOのNemailla Bonturi氏
15万ユーロ(約2,300万円)を受け取ったのは、代替え油脂製品を提供する「ÄIO」だった。
▲登壇したCinoの共同創業者、兼CEOのElena Churilova氏
50万ユーロ(約7,500万円)を受け取ったのは、割り勘できるバーチャルカードを提供する「Cino」だった。
▲登壇したflowstepの共同創業者、兼CEOのMatt Clannachan氏
もっとも高額な60万ユーロ(約9,000万円)を受け取ったのは、UXリサーチを効率化する「flowstep」だった。
今回のピッチコンペは審査員もレベルの高さを評価しており、さまざまな領域の企業が集まっていたため見応えがあったように感じる。実際、投資したベンチャーキャピタルは、当初予定していた100万ユーロの賞金を125万ユーロに増額している。今後「Latitude59」は、ますます見逃せないスタートアップイベントになりそうだ。
編集後記
筆者が「Latitude59」をレポートしたのは今回で2度目となるが、高額賞金やピッチコンペの内容を見ても、人口わずか130万人ほどの国のイベントとは思えない豪華さだ。セッション中も触れられていたが、エストニア人はIT国家の一員であることに誇りを持ち、同国の起業家は次世代の起業家を育てようという意思が強いように思う。引き続き、「Latitude59」を通してエストニアのスタートアップエコシステムを学びたい。
(取材・文:小林香織)