ドラマ内の事業アイデアはどう作る?最前線のクリエイターが語るスタートアップドラマの現場――Startup Career Fair 2023レポート⑤
2022年11月、東京都は新しいスタートアップ戦略『Global Innovation with STARTUPS』の展開を発表した。この戦略はグローバルx10、裾野拡大x10、官民協働x10で未来を切り拓く「10x10x10のイノベーションビジョン」を掲げ、スタートアップエコシステムの構築に全力で取り組む姿勢を打ち出している。
これを受け、東京都とスタートアップエコシステム協会はスタートアップでのキャリアに関心のある人材と、人材採用に関心のあるスタートアップが一堂に会する「STARTUP Career Fair 2023」(1/27〜28)を開催した。
同フェアでは採用に向けたピッチが行われると共に、スタートアップで「はたらく」ことの意義やメリット、デメリットなどを有識者たちが議論するセッションを実施。TOMORUBAでは、各セッションの様子をレポートしていく。第5弾となる本記事では、『スタートアップで働く?スタートアップを始める?』をテーマにしたセッションを取り上げる。
<登壇者>
■狩野雄太 氏/株式会社フジテレビジョン 編成部
■清家優輝 氏/株式会社ファインエンターテイメント
■中山航一 氏/株式会社集英社 編集部
■上野豪 氏/DRONE PILOT AGENCY株式会社 代表取締役
<モデレーター>
■藤本あゆみ 氏/スタートアップエコシステム協会 執行役員 CMO | 代表理事
『スタンドUPスタート』はスタートアップが一般化する前にドラマ化したかった
フジテレビ系のドラマ『スタンドUPスタート』がスタートアップ界隈で話題になっている。同作はヤングジャンプで連載されている漫画が原作となっており、スタートアップの生々しい現場を描いているのが特徴だ。
本セッション『スタートアップで働く?スタートアップを始める?』は、モデレーターを務めるスタートアップエコシステム協会の藤本氏が、『スタンドUPスタート』を担当するフジテレビジョンの狩野氏にドラマとのコラボ企画を持ちかけたことがきっかけで実現したという。
セッションの冒頭、藤本氏は漫画『スタンドUPスタート』の編集を担当した中山氏に「なぜ、このタイミングでスタートアップを題材にした漫画を企画したのか」と質問した。企画し始めたのは2019年で、原作者の福田秀氏が新たな連載を模索している最中だったという。中山氏はその頃、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』が社会の在り方を問う作品として社会現象となっていたことを参考に、「社会問題そのものとタイアップすることがエンタメとして一番強いのでは」と着想を受けたことを明かした。
そうしてヒット作となった原作漫画を、なぜドラマ化しようとしたのか。藤本氏は「政府のスタートアップ五カ年計画や、このイベントを主催している東京都のスタートアップ戦略の影響もあったか」との質問に、狩野氏は理由のひとつとして「スタートアップが一般化してしまうと今更感が出てしまうので、そうなる前にドラマ化したかった」と述べた。
ドラマの制作を務めたファインエンタテインメントの清家氏はドラマ作りとスタートアップの働き方が重なる部分があったという。「かつてドラマの現場は縦割りで職人気質な人材がほとんどだったが、今は多くのフリーランスが関わるようになって働き方が多様化しているのを感じる」と制作現場の変化を語った。
スタートアップドラマの現実とフィクションの境目はどこにある?
『シリコンバレー(2014)』『スタートアップ(2020)』『ユニコーンに乗って(2022)』など、近年、スタートアップを題材にしたドラマが増えている。では、ドラマと実際のスタートアップにはどのようなギャップがあるのか。
スタンドUPスタートの監修担当で、自身もスタートアップを経営する上野氏は、「テレビ的に、ドラマ的に、というのは僕はわからないので、原作を読んで『実際のスタートアップならこうですよ』とアドバイスをするようにしている」という。例えば、原作では「日本の人口の10%が関わっている」という設定の会社があったが「自動車産業でもガソリンスタンド入れて7%くらいしかないからそんな会社はない」とアドバイスしつつ、ドラマでどう表現するかは製作陣に委ねていたとのことだ。
他にも「原作の2話に出てきた神崎くんが『逆求人(採用担当が求職者にアプローチする携帯)』のスタートアップを立ち上げるシーンがあるが、この業態ではオファーボックスが上場するなど、目新しいアイデアではない」とドラマ製作陣にアドバイスしたところ、清家氏は「原作のネーム作成は2019年で当時は目新しいアイデアだったが、現時点で必殺技のように扱えないため、ドラマでは別の事業案に置き換わっている。ぜひドラマでご覧いただきたい」と自信を滲ませた。
続けて藤本氏が「現実味とフィクションのさじ加減はどう決めているのか」とたずねると、狩野氏は「一番大事なのは見ている人の気持ちを動かすこと」と前提を述べてそのうえで「説明が多すぎると聞いてもらえないし、ネットで見ればいいと思われてしまう」とドラマ化する難しさを語った。一方、漫画の連載でも同様の難しさがあるという。
中山氏は「週刊で連載するには、あらすじにかけられる時間は週のうち1日から2日しかない。調べ物をする時間にも限界があるので、そうするとある意味で“嘘”をつく必要がある。その嘘が面白さ、あるいはリアリティにつながるかのジャッジをするのが通常の作り方」だと、週刊連載ならではのものづくりの裏側を吐露した。
リアリティを出すために、監修の上野氏は国内外のスタートアップのトレンドなどを漫画の編集部と共有しているという。この情報共有はSlackで日常的にやりとりが行われているとのことで、中山氏いわく「有料記事級の情報がどんどん送られてくる。これだけで本が何冊だせるんだろう」と上野氏の情報精度に舌を巻いた。
ただ漫画では成立しても、ドラマでは絵力がなくてはならない。清家氏はドラマの第2話でポリメトリック(被写体を3次元で動画のように撮影・計測する手法)を用いた映像を採用しているが、その背景にはやはり「説明しすぎず、面白く伝える」という原則があるという。
KPI、MBA、LTV…スタートアップ用語をドラマでどこまで説明するべきか
ここで会場から「ドラマとしてわかりやすく伝えるのが難しかったビジネス用語はあったか」と質問があがった。清家氏は「まず『スタートアップ』という言葉でさえお茶の間のほとんどが理解してないのでは」と温度感を語った。加えて狩野氏は「MBAとかKPIも説明が必要な用語だ」としながらも「必ずしも視聴者が理解しなくていい場合もあって、LTVなどは劇中に出たが、僕も理解してないし、視聴者がわからないままでいいと思った」と、ドラマならではのノウハウを述べた。
さらに会場から「作品を通して伝えたいことはなにか」との質問に、中山氏は「この作品のイデオロギーとして、スタートアップで働くという選択肢がもっとカジュアルになってほしいという気持ちがある」と答えた。さらに同氏は「僕が大学生のとき、投資詐欺とか、バイナリーオプションとかが流行り“ビジネス”そのものを嫌う風潮があった。その誤解を解きたいという思いもある」と心の内を明かした。
上野氏はタイトルに「スタンドUP」と入っていることに着目し、「ドラマの主題に“立ち上がる”という言葉が入っていて、起業するしないに関わらず自分の人生を立ち上げ、再起するのがこのドラマの肝」だという。
最後に藤本氏は「スタートアップは立ち上げるだけでなく、当然働くことも選択肢になる。ドラマを通じてスタートアップで働く人の人生を疑似体験できるので、ぜひご覧いただきたい」と語り、セッションを締めくくった。
編集後記
スタートアップを題材にしたドラマや漫画のクリエイターが登壇する、イベントの中でも異質なセッションだったが、高い解像度を持ってものづくりに取り組んでいる印象を受けた。スタートアップを実践している上野氏が監修しているものの、監修者のアドバイスを作品に違和感なく落とし込むことは容易でないはずだ。今後『スタンドUPスタート』がどれだけ注目を集めるのか期待したい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:久野太一)
■連載一覧
第1回:スタートアップで「はたらく」を考える。キャリアにどのような変化をもたらすのか?――Startup Career Fair 2023レポート①
第2回:世界に挑戦するスタートアップで「はたらく」。グローバルマインドの企業にフィットした人材とは?――Startup Career Fair 2023レポート②
第3回:スタートアップではたらく「アドバンテージ」と「リスク」とは?――Startup Career Fair 2023レポート③
第4回:スタートアップで働くベストなタイミングとステージで異なる役割――Startup Career Fair 2023レポート④
第5回:ドラマ内の事業アイデアはどう作る?最前線のクリエイターが語るスタートアップドラマの現場――Startup Career Fair 2023レポート⑤