経営者たちはどのようにキャリアを選んできたか?スタートアップ時代の働く選択肢――Startup Career Fair 2023レポート⑧
2022年11月、東京都は新しいスタートアップ戦略『Global Innovation with STARTUPS』の展開を発表した。この戦略はグローバルx10、裾野拡大x10、官民協働x10で未来を切り拓く「10x10x10のイノベーションビジョン」を掲げ、スタートアップエコシステムの構築に全力で取り組む姿勢を打ち出している。
これを受け、東京都とスタートアップエコシステム協会はスタートアップでのキャリアに関心のある人材と、人材採用に関心のあるスタートアップが一堂に会する「STARTUP Career Fair 2023」(1/27〜28)を開催した。
同フェアでは採用に向けたピッチが行われると共に、スタートアップで「はたらく」ことの意義やメリット、デメリットなどを有識者たちが議論するセッションを実施。TOMORUBAでは、各セッションの様子をレポートしていく。
本記事では、「スタートアップ時代の働く選択肢」というテーマが設定されたセッションの模様を紹介する。モデレーターの尾原氏を含め、多くの転職を繰り返しながら、スタートアップを起業するなど目指すキャリアの実現を果たしてきた4名が登壇し、各自がどのようにキャリアの目標を選択し、選択を繰り返してきたか、また、転職に際しての壁やその乗り越え方などが語られている。
<登壇者>
■水野敬志 氏/ファストドクター株式会社 代表取締役
■恒田有希子 氏/フォースタートアップス株式会社 常務取締役
■砂川大 氏/株式会社スマートラウンド 代表取締役社長
<モデレーター>
■尾原和啓 氏/IT批評家
大企業からスタートアップへ。登壇者のこれまでのキャリアを紐解く
セッションは、登壇した4名の自己紹介から始まった。口火を切ったのは、ファストドクターの水野敬志氏。水野氏は、新卒で外資系コンサルティングファームに入社し、そこから楽天に転職。楽天で4年勤めてから「スタートアップに興味を持って」GMOタウンWiFiにCOOとして参画した。そこで何社かのスタートアップ支援を実施してイグジットもさせながら、2018年にファストドクターの代表取締役に就任している。外資系ファームから日本のスタートアップ大手企業、そして企業経営者というキャリア遍歴の持ち主だ。
続いて、フォースタートアップスの恒田有希子氏が紹介された。恒田氏は、サミーネットワークスに新卒入社後、メタップスを経て、2016年にフォースタートアップス(当時はネットジンザイバンク)に入社。その3社ともIPOを実現しており、恒田氏は入社した会社がIPOすることを自分のテーマとして設定していたという。しかし、フォースタートアップスに入ってからは、「日本の未来を変えること」をビジョンに設定し、それは数年でできるような仕事ではないという決意のもと、現職で事業に取り組んでいる。
3人目は、スマートラウンドの砂川大氏。1995年に新卒で三菱商事に入社し、ハーバードビジネススクールに留学後、米国のベンチャーキャピタルでディレクターとして投資業務を手掛けるというエリートコースを歩んできた。2005年に、位置情報サービス事業を展開するロケーションバリューを創業。同社を2012年にNTTに売却後、2015年にGoogleに入社し、Googleマップ製品開発部長、Androidの事業統括部長を歴任。google退社後の2018年に、スマートラウンドを自ら起業している。
最後に、モデレーターのIT批評家・尾原和啓氏から、マッキーンゼーを皮切りに、Google、NTTドコモ、楽天、リクルートなど14回におよぶ転職の履歴が自己紹介された。
スタートアップに転職することで、短期で多くの経験が積める
自己紹介の後、モデレーターの尾原氏から、昨年から開始された「スタートアップ育成5か年計画」により、今後、スタートアップで働くことを後押しする大きな波が来るであろうという状況認識が示された上で、働く環境がどう変化しているのかというテーマが提起された。
それを受けて、現在、フォースタートアップスで、まさにスタートアップ周辺での人材流動化をサポートする事業に取り組んでいる恒田氏から、ここ数年で見られる、2つの大きな変化について報告がなされた。
1点目は、給与の上昇。レガシー系の大企業が年2%といった賃金上昇率であるのに対して、スタートアップでは5%から10%の賃金上昇率の会社もあるという。やりがいがあるから、給与が低くてもいいという考え方ではなく、しっかり事業を伸ばして、利益を出して、社員に高い給与を支払うという姿勢のスタートアップが増えているのだ。我が国は、平均すれば生産性の低い国であることは周知だが、その中でも高い生産性上昇を実現できているスタートアップでは、当然に給与が伸びている。
もう1点は、テクノロジーの進化やビジネスの回転サイクルが速くなっていることから、転職のサイクルも速くなっていること。テック業界では、4年程度で1つのビジネスのサイクルが回っており、それに応じて転職回数が増えている。変化が激しい時代にあって、大手企業に勤めていれば一生安泰と考えるのではなく、短期で経験が積めるスタートアップへの転職を考える人が増えているという。
また、水野氏からも、転職がポジティブに捉えられるようになっている現状について語られた。スタートアップでは、転職時にリファレンス(人物照会)を取ることが多いが、その際、1社しか経験がなく在職中の人は、転職を考えていることが職場に知られるため、これまではリファレンスが取りにくかった。しかし最近は、会社に勤めていながら、転職の意思を隠さずに同僚などにリファレンスを依頼するといった、以前ではほぼ考えられなかったような行動を取る人も増えているという。さらに、それに対して、ネガティブに捉えるのではなく、むしろ転職を応援するようなカルチャーを持つ会社も増えているそうだ。
砂川氏は、自身の経験から、三菱商事という伝統的大企業を辞めてスタートアップを立ち上げた当時は、周囲から相当に否定的な反応があったといいつつ、現在では、自身の会社への応募状況を見ても、むしろスタートアップのほうに優秀な人が多く転職いるのではないかという感想が述べられた。その上で、「むしろ大会社に残ることにリスクがある時代なのでは」という認識が共有された。
「ストックオプション」の活用が広がっている
次に、ストックオプションの話題に移った。ストックオプションとは、企業の株(ストック)をあらかじめ定められた価格で購入することができる権利(オプション)のことだ。IPO前のスタートアップでストックオプションを与えられた社員は、IPO後、その企業の株価が上昇すれば、大きなリターンが得られる可能性がある。
例えば、2018年にメルカリが上場した際には、多くの“ストックオプション長者”が出たことが知られている。ただし、ストックオプションは税制上の制限など使い勝手が悪い面があった。砂川氏は、一般社団法人スタートアップ協会の理事長を務めるが、同協会では、政府に働きかけて、スタートアップが今まで以上にストックオプションを利用しやすくなる制度改革を実現した。ストックオプションの活用が広まれば、給与の他に、大きなアップサイドの期待が高まるという。
恒田氏によれば、スタートアップで働く人にとって、ストックオプションは、そもそも理解されていなかったり、話すことがタブー視されていたりすることもあったが、最近は以前よりは、給料やお金に対する話をオープンにする雰囲気が広がっており、ストックオプションの話もできるようになっているという。
砂川氏も、代表を務めた最初のスタートアップで社員にストックオプションを出したものの、「それよりも現金でボーナスが欲しい」といわれた体験談を披露。制度の改正もあって、そういった無理解は解消されて今後は理解が進むはずだと期待されている。やはりIPOが実現すれば、ストックオプションによって得られる利益は大きい。
砂川氏と同様にスタートアップ経営者である水野氏も、「ストックオプションは従業員の大事な権利。スタートアップに参加するコミットメントの現れだ。自分の会社の従業員、あるいは採用候補者が『この会社の規模を今よりも10倍成長させる』と本気で思うなら、もっと欲張っていい」と語った。
転職のはじめの一歩を踏み出すために
短期間で多くの経験を積んで成長できる環境や、ストックオプションの可能性など、スタートアップで働くことの魅力は知られてきている。とはいえ、実際に転職に踏み出すのは勇気がいるだろう。次に、登壇者の経験を踏まえて、転職をどう考えればいいのかが話題となった。
「スタートアップに飛び込んでくる人たちに変化を感じるか」という尾原氏に対して、水野氏は「数ある企業のオプションの1つとして捉えてる方が多くなっていた気がしますね。結局、スタートアップとは、いかに早く失敗して、その中から当たりを見つけるか。これを徹底的に毎日やり続けること。だから、そこで働く人も、チャレンジして駄目だと思ったら、前の会社に戻ればいい。私もダメだったら楽天に戻ればいいと思っていたし、まずは自分のキャリアを試す勇気を持つことが大事だ」と語った。
水野氏の言葉を受けて砂川氏は「初めての転職が1番大変だと思う。2回目、3回目からは結構バーが下がる。優れた人材なら失敗しても、元の会社に戻れる。私も、三菱商事やGoogleを辞めるときに人事に確認したが、必ず戻ってこられるとお墨付きをもらった」と同意した。
一方、恒田氏は、失敗したら戻れるという自信はなかったといい、「元の職場に戻れるのは、お2人が優れた人材で“転職強者”だからでは?」との疑問が述べられた。その上で、「失敗しても戻れると確信できるような人材になるには、『自分はこれを乗り越えた』といえる経験が必要ではないか。その経験を得るためにこそ、チャレンジし続けなければならない」と語られた。
スタートアップへの転職は、期間を決めて全力でやり切る
続いて、スタートアップへの転職を考えるきっかけやタイミングへと話題が移った。
恒田氏が最初に転職した際は、採用してくれた社長や世話になった先輩から「2、3年で諦めるな」といわれていたこともあり、「ただ逃げているだけなのではないか」との葛藤や迷いがあったという。しかし、2社目では、担当していたプロジェクトが終盤に差しかかったとき、新しいチャレンジができていないことに気づいて成長を軸に考えるようになった。「半年前の自分と比べてみて、自分が成長していなければ、それは新しいチャレンジをしていない証拠です。そんな状態なら、転職を考えたほうがいいでしょう」(恒田氏)。
また、水野氏は、自分が必ずしも“転職強者”ではなく、「転職する度に年収が下がって、妻に怒られていた」と語った。楽天を辞めてスタートアップに移ろうとしたときは、半年間悩んで、夜中にうなされるほどだったという。それでも、最終的には、2年という期限を切ることで決断できた。この2年という期間は、かつてMBAにいくという選択肢を考えたことがあり、その留学期間が2年であるためだ。
「MBA留学をしたら多額の費用がかかります。一方、スタートアップで働けば、多少下がるとはいえ給料はもらえます。そして、いまの時代なら、MBAにいくよりスタートアップで働くほうが自分の成長には役立つはずだと考えました」(水野氏)。
水野氏は、2年で結果が出なければ、自分はスタートアップにあわない人材だったと認めてまた戻れば良いと考えたという。その経験を踏まえて、”チャレンジする期限”を決めることの重要性を語った。「自分で決めた期限のなかで全力でやっておけば、その後どんな人生になってもそんなに悔いは残らないでしょう」という水野氏の印象的な言葉に、砂川氏も「自分もまったく同じだった」とうなずく。やはり、三菱商事を辞めたとき、2年間チャレンジして失敗したら、会社員に戻るつもりだったという。
一方、恒田氏は「3年」を期限と考えていたといい、その理由は「3年間めちゃくちゃブラックに働けば1万時間働けます。1万時間、1つのことに集中すれば、その世界のプロになれるはずだと考えました」と、“1万時間の法則”を根拠に3年集中した理由を述べた。
スタートアップへの転職をパートナーにどう説明するか
砂川氏は、自分自身の決断も大切だが、パートナー(配偶者)に理解してもらったり、協力を得たりすることも同様に重要だと強調した。砂川氏の会社にぜひ来てほしいと誘っていた相手がいたときに、本人はその気になっていたのに、パートナーの反対で頓挫してしまった経験があったためだ。
それを踏まえて、家庭内で「働き方のポートフォリオ」という発想を採り入れてはどうかと砂川氏は提案。夫婦の共働きが当たり前の現代において、どちらかが大手の職場で安定的な状態で働いているのなら、もう1人は、多少リスクを取ってアップサイドを狙ってチャレンジをするポートフォリオを組んでもいいのではないかという理屈だ。
その点に関して恒田氏は、家族へは説明責任もあるはずという。スタートアップは入社後も強くコミットした働き方が求められるし、だからこそ成長できる。そのため、なぜその会社で働きたいのか、なぜそのような働き方をしたいのかということを、自分自身がきちんと理解しておかなければならない。その上で、家族からは、応援をしてもらえるくらいに、自分の考え方をしっかり伝えることが重要になるということだ。
自分で決めることの大切さ
セッションの終盤、転職の選択肢について砂川氏は、必ずしも手放しでスタートアップを推奨しているわけではないと述べた。「現実には今の会社に残ったほうがいい人もいます。また、大手企業ではスタートアップではできないような大規模プロジェクトにかかわれることもあります。そこはよく考えたほうがいい」(砂川氏)。
それを受け、「ゼロイチで決める必要はない」と尾原氏もうなずいた。「大手のプロジェクトに踏み込むのか、圧倒的に凝縮したスタートアップの中に入るか、コツコツと今あるものを支え続けるのか。選択肢がたくさんある時代になった」と現状をまとめた。
さらに恒田氏は、「選択肢が多いからこそ、決める力が大事になる」との説を展開した。「アドバイスは他人に求めても、決めるのは自分です。自分で決めるためには、判断基準を持たなければなりません。それには、自分と向き合う時間を持ち、自分にとって何が大切なのかを自問して自覚する努力も必要です」(恒田氏)。そして、自分の決断の責任を負うからこそ成長できること、他人の意見に左右された決断で、結果を他人のせいにしていては、成長は得られないことが強調された。
最後に、質疑応答を経て、約1時間にわたる熱い議論が続いたセッションは終了した。
取材後記
働くことに関する選択肢が増えている時代だ。それは基本的に良いことだろう。しかし、選択肢が増えたからこそ、選択の渦中にいる人には、迷いが増えてしまうという側面もある。
今回の登壇者は、いずれも華やかな経歴を持ち、注目のスタートアップで経営にかかわる人たちだ。もしかすると、自分とは別世界で活躍する偉人のように感じられる読者もいるかもしれない。しかし、セッションでは、そんな登壇者たちにも、やはり悩みや迷いがあり、それを決意や努力によって乗り越えられてきたことが示されていた。
いま働くことの選択で悩み迷っている人には、スタートアップという未開拓の領域を自らの力で切り拓いてきた先達の歩みは、必ず参考になるだろう。
(編集:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき)
■連載一覧
第1回:スタートアップで「はたらく」を考える。キャリアにどのような変化をもたらすのか?――Startup Career Fair 2023レポート①
第2回:世界に挑戦するスタートアップで「はたらく」。グローバルマインドの企業にフィットした人材とは?――Startup Career Fair 2023レポート②
第3回:スタートアップではたらく「アドバンテージ」と「リスク」とは?――Startup Career Fair 2023レポート③
第4回:スタートアップで働くベストなタイミングとステージで異なる役割――Startup Career Fair 2023レポート④
第5回:ドラマ内の事業アイデアはどう作る?最前線のクリエイターが語るスタートアップドラマの現場――Startup Career Fair 2023レポート⑤
第6回:「スタートアップはブラック」はもう古い?最前線のプレイヤーが語る理想と現実――Startup Career Fair 2023レポート⑥
第7回:「新卒でスタートアップ」はアリ?向いている人、新卒こそ狙うべきフェーズとは――Startup Career Fair 2023レポート⑦
第8回:経営者たちはどのようにキャリアを選んできたか?スタートアップ時代の働く選択肢――Startup Career Fair 2023レポート⑧