スタートアップで「はたらく」を考える。キャリアにどのような変化をもたらすのか?――Startup Career Fair 2023レポート①
政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけ、5カ年計画による大規模な創出を打ち立てた。東京都も2022年11月に都の抱える課題の解決と成長につなげることを目標とする戦略「Global Innovation with STARTUPS」を策定。同戦略では、スタートアップの成長と人材確保の支援に乗り出している。こうした中、スタートアップを有力な就職・転職先として候補に挙げ、新たなキャリア形成を考える人も増加中だ。
これを受け、東京都とスタートアップエコシステム協会はスタートアップでのキャリアに関心のある人材と、人材採用に関心のあるスタートアップが一堂に会する「STARTUP Career Fair 2023」(1/27〜28)を開催した。
同フェアでは採用に向けたピッチが行われると共に、スタートアップで「はたらく」ことの意義やメリット、デメリットなどを有識者たちが議論するセッションを実施。TOMORUBAでは、各セッションの様子をレポートしていく。第1弾となる本記事では、セッション1「Keynote『スタートアップで働くとは』」を取り上げる。
<登壇者>
▲宮坂学氏/東京都副知事
1997年ヤフー株式会社入社、2012年同社代表取締役社長、2018年同社取締役会長を歴任。ヤフー退社後の2019年7月東京都参与に就任、同年9月には民間から7年ぶりとなる副知事に就任し、デジタルの力で東京のポテンシャルを引き出し、都民が質の高い生活を送ることができる東京版 Society 5.0「スマート東京」の実現に向け、デジタルに関連する様々な施策を推進。また、世界・アジアの金融ハブとしての「国際金融都市・東京」の実現やスタートアップに関する施策を担当。都庁内に“Team Tokyo Innovation”を編成し、全体統括リーダーとしてスタートアップとの協働の強化に向けた取組を推進中。
▲上原翔大氏/日本経済新聞社 ビジネス報道ユニット 記者
2014年早稲田大学 政治経済学部卒業、日本経済新聞社入社。サービス業界や素材業界など企業取材やガバナンス、IPO、紙面の編集業務などを担当。21年からスタートアップやベンチャーキャピタルを取材。
▲唐澤 俊輔 氏/Almoha LLC 共同創業者COO
大学卒業後、2005年に日本マクドナルドに入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢。経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、全社のV字回復を果たす。2017年よりメルカリに身を移し、執行役員VP of People&Culture兼社長室長として、人事・組織の責任者を務める。2019年からは、SHOWROOMにて最高執行責任者(COO)として、事業と組織の成長を牽引。2020年にAlmoha LLCを共同創業し現職。COOとして組織開発やカルチャー醸成のコンサルティングおよび、組織開発のためのサービスやシステムの開発に取り組む。併せて、デジタル庁にて人事・組織開発を担当。グロービス経営大学院 客員准教授。スタートアップエコシステム協会理事。『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』著者。
<モデレーター>
▲中村 亜由子(eiicon company 代表/founder)
挑戦と変化を楽しむのがスタートアップ
まず「スタートアップとは何か」について議論が行われた。スタートアップという言葉が浸透してきたのはここ数年で、以前は「ベンチャー企業」が主流だった。宮坂氏や上原氏によれば、両者に明確な違いはなく、また、現在までに「スタートアップ」について、国やメディアによる標準的な定義はないという。その上で、唐澤氏はスタートアップのカルチャーを以下に列挙した。
すなわち、「市場は縮小し、変化がないと成長はない」「イノベーションによる非連続な成長」「多様性による化学反応」「プロジェクトでの協業による価値創出」「人的資本として、投資の対象と捉える」「ジョブ型(中途・専門重視)」「市場価値と業績・行動評価で報酬にメリハリ」「権限委譲し、個の力を最大会する自律分散型」――だ。
唐澤氏は「スタートアップはJカーブを描きながら、大きな成長を目指している側面がある」と強調した。上原氏も同意し「IPOやM&Aに向けて資金調達をしながら急成長を果たしているイメージがある」と付け加えた。宮坂氏は大手企業から出資を受けて新設された例などを挙げながらスタートアップの形態が必ずしも一様でないことに触れながら「自己肯定感が高く、挑戦や成長への意欲が旺盛な人たちが集まっている」と定性面から特徴を指摘した。
唐澤氏も同意し「安定より変化を選び、リスクを取る傾向にある」と述べた。中村は「就職・転職を考えている企業がスタートアップなのかどうか判断に迷ったら、挑戦や変化を楽しんでいるか、その環境があるかを一つの判断基準にしたら良いのではないか」と提案した。
スタートアップはこれからの経済成長の担い手
「なぜ今、スタートアップの注目度が高まっているのか」の問いに対しては、宮坂氏は「次世代の標準的なサービスを生み出す存在として期待されている」と回答。上原氏は日経新聞でも経済の担い手として存在感を増していることに触れながら「以前は紙面でスタートアップの扱いは決して大きくはなかった。しかし、グローバルに展開する有力な企業が表れるに従って、これからを担う存在と位置づけされるようになっていった。今ではスタートアップ面を設け、携わっているビジネスなどを詳細に伝えている」と明かした。
中村は「スタートアップが注目されるのには必然があった。失われた30年と言われ日本の経済が停滞する中で、スタートアップはこれからの日本にとって大きな希望」と強調した。
一方で、必ずしもすべての組織がスタートアップカルチャーを持つ必要がないことも確認された。宮坂氏は行政を例に挙げ、「スタートアップはスピード感があり、昨日と今日でまったく異なることを行うケースもあり得る。しかし、行政が昨日と今日で違ったことをしていたら住民の方も困ってしまうだろう。もちろん、まったく変わらないことを是とするのではなく、全体の1割くらいは変えていくことも必要。実際、行政に関わってきた諸先輩方はイノベーションを起こしてきている」と述べた。
唐澤氏も同意し、「私はデジタル庁でも仕事をしているが、DXを担っているからといって業務のすべてをスタートアップのように動かしているのではない。例えば、年金のシステムなどは既存のオペレーションを回すことが中心」とし、「両軸」で組織を運営することの必要性を説いた。
採用は積極的で、人材の流動性を生み出す源泉となる
続いて、上原氏から採用に関するスタートアップのデータが紹介された。日経新聞で採用に関するアンケート調査をしたところ、6割超のスタートアップが「採用数を増やす」と回答した。上原氏は「スタートアップは採用のための資金調達が活発。即戦力の中途採用を行うことが中心だが、最近では新卒採用も増えている」と解説した。
これを受け宮坂氏は「行政はこれまで、どちらかというと雇用を守ることを重視し、雇用維持が困難になっている企業のサポートを積極的に行ってきた。しかし、これからは採用を増やす企業を後押しする施策も必要となるかもしれない。そうすることで、トータルとして働く人を増やすことができる」と見解を示した。
さらに、スペインのスタートアップ拠点を視察した時のことを紹介。宮坂氏によれば、同拠点は1980年代に「雇用を創出することを目的に創設された」という。雇用の創出は必ずしも短期で実現できることではなく、また、現状ではスタートアップ1社1社の雇用数は大きいとは言えないが、「10年後20年後30年後には大きな雇用を生み出しているはず。そのためにも今から積極的な支援は必要」と意気込んだ。
唐澤氏もスタートアップが人材の流動性を生み出すことに期待を寄せ「離職せざる得なくなった人が、ちゃんと次の働き先を見つけられ、人が動く社会になれば、幸せの総量は増える」と述べた。
平均年収は上場企業を上回るケースもある
次に、上原氏から平均年収についてスタートアップが上場企業を上回る例が多くあるデータが示された。宮坂氏は驚きながらも「納得できるところはある。スタートアップを取り巻く資金調達の環境が良くなっており、人材への投資を盛んに行っている。人材の争奪戦が繰り広げられる中、いち早く給与をアップさせた」と指摘した。
唐澤氏は「上場企業はなかなか賃上げに踏み切れず、そうした点が差を生んでいるのではないか」と推測する。さらにスタートアップの平均年齢が一般的に低いことを挙げながら「同じ年齢で平均年収を比較すると、もっと大きな差がついている可能性がある」と述べた。
一方で、上場企業はスタートアップに比べ福利厚生などが充実しており、安定的に働けるメリットがある。スタートアップは退職金制度がないことがほとんどだ。賃金を今もらうか後でもらうかの議論になることもあるが、これに対し唐澤氏は「良し悪しは一概には言えないが、どういう働き方や生き方をしたいかを判断基準にできる」との見解を示した。加えて、近年はダイバーシティを考慮した、柔軟な働き方ができるスタートアップも増えており、個々の企業の制度などを確認した上で、現状の働き先としてふさわしいか見極める必要があることも示された。
設立当初から世界戦略を念頭に置くケースも少なくない
上原氏からは、スタートアップは創業当初から海外に進出するケースが多くあるというデータも提示された。以前は日本で成功してグローバルに向かうのが一般的だったが、近年は初めからグローバルを志向することが増えている。背景にあるのは市場規模の大きさだ。海外には日本の数十倍の市場があり、大きな魅力。スタートアップの中には、創業初期の段階から積極的に海外のスタッフを雇用するなどグローバルを見据えながら組織作りを行っているケースも少なくないという。
また、海外進出は米国またはアジア各国に二分している。これについて唐澤氏は「米国には世界を取るという発想で向かう。アジアは日本企業にとって、文化的や時間的な馴染みやすさがあるが、どうしても『アジアの企業』にとどまりがち」と伝えた。
宮坂氏はビジネスのスピード感が非常に速くなっていることに触れながら「日本でヒットしたから世界を目指す、という順を踏む必要がなくなっている。今は最初から全世界でのヒットを狙えるし、実際にヒットを出している例も多くある」と述べた。一方で、すべてのスタートアップが必ずしもグローバルを志向しているとは限らず、「日本国内で活発に事業を展開するケースも多い」と付け加えた。
スタートアップで働くことはあくまで選択肢の一つ
セッションの最後のトピックスとして「スタートアップで働く。どう考える」が取り上げられた。上原氏は「スタートアップでの勤務経験はないが」と述べた上で、「社員の方は活発で自らのキャリアを自らで作ろうとしている印象を受けている」と取材などで得た経験を伝えた。宮坂氏は「向き不向きがあり、ライフステージも関係してくる。スタートアップで働くことで、得るものも失うものもあるだろう。就業先として必ずしもいつもスタートアップが最良の選択とは限らない。しかし、スタートアップで働くという選択肢を持つことは非常に重要なのではないか」と語った。
中村も「はたらく選択肢が増えるのは非常に良いこと」と同意した。唐澤氏は「スタートアップで働くことはあくまで選択肢の一つ。さまざまな観点から選択されるべきこと。その上で、スタートアップで働く選択肢を選んだ場合のメリットとして、人生における経験のスピードを速められることが挙げられる。20代30代でも経営に近い仕事に携われ、幅広い経験を積め、大きく成長できる。今、時代は大きく変化している。そうした中で、挑戦できる環境を選ぶのは、人生の可能性を広げることにつながる。その意味で有力な選択肢」と述べ、セッションを締めくくった。
取材後記
スタートアップを取り巻く環境がここ数年で大きく変わったことが改めて理解できた。これからの日本経済を支える重要な存在との認知も広まり、国からの期待もかつてないほど大きくなっている。働く側にとっても、スタートアップは魅力ある選択肢の一つとなっていることがうかがえる。セッション中にもあったが、どう働くかは、どう生きるかの選択と等しいところがある。一社に勤め上げることが当たり前ではなくなって久しい。スタートアップに入社したからといって、スタートアップで勤め上げるということにもならない。人生のある地点で、スタートアップという選択肢を選ぶのも非常に魅力的なのではないか。今はそれができる時代になっている。
(編集:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:古林洋平)