神戸市によるオープンイノベーションプログラム「Flag」始動!事業を起案した神戸市・長井伸晃氏に迫る「自治体が共創に取り組む意義」
1868年の開港以来、海外の文化を全国に先駆けて受容し、さまざまな産業を生み出してきた神戸。西洋技術を取り入れた重工業、洋風文化に刺激を受けたアパレル、パン、洋菓子など、数々の産業が神戸で生まれ全国へと伝播した。1998年からは、ポートアイランド内に「神戸医療産業都市」を形成。国内最大級の医療クラスターに成長している。
そんな多様な産業を芽吹かせてきた神戸が、新たに始動するオープンイノベーション・マッチング事業が「Flag(フラッグ)」だ。
ホスト企業には、鉄道・食品・スポーツ・メディアなど多岐にわたる業界から、神戸市に本社・支社を構える合計10社が参加。それぞれの想いやビジョンを旗(Flag)として掲げ、そのテーマに応募したパートナーとともに、共創で新たなビジネスの創出に挑む。
ーなぜ今神戸市が、オープンイノベーションを始動するのか?
本事業「Flag」を起案した神戸市 経済政策課 長井 伸晃 氏。様々なイノベーション支援事業を手掛け、数多くの官民の共創事例の創出など、公務員の業務の枠にとらわれず活動する。
そこでTOMORUBAでは「Flag」を紐解くシリーズ記事を掲載。今回は共創パートナーの募集に先立ち、長井 伸晃 氏にインタビューを実施した。
本事業を開始した背景、目指したいゴールのほか、自治体がオープンイノベーションに取り組む意義について、「Flag」の運営支援を手がけるeiicon companyの松尾真由子が話を聞いた。
▲写真右/神戸市 長井伸晃氏 写真左/eiicon company 松尾真由子
神戸市経済観光局経済政策課担当係長(都市型創造産業担当)長井伸晃氏
関西学院大学卒業後、2007年神戸市入庁。これまでにFacebook JapanやUber Eats、ヤフー、マクアケなど、17社との事業連携を企画・運営。現職では、地域産業の付加価値向上やイノベーション創出に向けた事業を展開。 全国の公務員がナレッジを共有するオンラインプラットフォーム「オンライン市役所」の運営に携わるほか、デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師、神戸大学 産官学連携本部 非常勤講師、NPO法人Unknown Kobe理事長なども務める。「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2019」受賞。著書『自治体×民間のコラボで解決! 公務員のはじめての官民連携』。
「神戸ならではの象徴的な事例をつくる」――今年度の事業にかける想い
eiicon・松尾: 神戸市としては“初”となる取り組みですが、今回オープンイノベーション・マッチング事業「Flag」を起案された背景からお伺いしたいです。
神戸市・長井氏: 神戸市では多種多様な産業が発展し、安定はしています。コロナ禍においても、製造業を含めて壊滅的という状況までには陥りませんでした。一方で、業界によっては取り巻く環境は依然として厳しく、今後もどのような変革や事象が起こるか分かりません。そのためにも、より柔軟で多様な産業構造にしておく必要があります。
こうした考えから、市内の中小企業が中心となってイノベーション創出を目指す「プロジェクト・エングローブ」や、デザイン経営を実践する「ミライ経営塾 Wonders」といったプログラムに取り組んできました。これらは、企業単位の新規事業開発・課題解決を目指すプログラム。こうした企業単位の支援に加えて、地元の大企業なども参加でき、一緒になって神戸市の産業を底上げしていく活動も必要ではないかと考え、今回、オープンイノベーション・マッチング事業「Flag」を開始することにしました。
eiicon・松尾: 今年度が「Flag」の初回となりますが、どのようなゴールを目指しておられますか。
神戸市・長井氏: 「Flag」から分かりやすい象徴的な事例を生み出すことを目標としています。かつ、それが神戸ならではの事例であることが理想です。ホスト企業である10社の担当者インタビューに同席しましたが、どの企業も神戸ならではの強みや特徴をお持ちですし、お話から神戸愛も強く感じました。ですから、神戸だからこそ生み出せるオリジナルの事例を、今年度の「Flag」から創出したいと考えています。
eiicon・松尾: 「Flag」を運営するにあたり、長井さんがとくに意識されていることは?
神戸市・長井氏: 2点あります。1点目は、重複しますが「分かりやすい成功事例を生み出すこと」。2点目が、「顔の見える関係をつくること」です。やはり、相手あってこその共創。「この人になら、何でも腹を割って話せる」という信頼関係づくりが大事です。そんな心理的安全性を育むことのできる場や雰囲気、関係性を構築していきたいと思います。
ですから、マッチング事業と並行する形で、今年度よりコミュニティも育てていく考えです。一過性のプログラムで終わるのではなく、プログラム終了後も参加者の皆さんがつながりながら、共創活動を続けられるような土壌をつくりたい。行政が離れても自走するような関係性の構築を目指しています。
eiicon・松尾: 新規事業の場合、1回でうまくいくことは少なく、何度か試行錯誤を繰り返すことで、勝ち筋が見えてきたりもします。本プログラムで関係性が途切れることなく継続していくような土壌をつくっておく。そのようなイメージですね。そうするために、工夫されていることはありますか。
神戸市・長井氏: 人間同士のつきあいなので、「話していてワクワクする」「一緒にいて心地いい」といったことも大事だと思います。なので、オンラインだけではなく、リアルな交流の場を設けようとしています。リアルな交流の場では、仕事の話だけではなく雑談も含めて、互いの人となりを知りながら楽しめるような場にしていきたいですね。
実際に、9月に実施する「Flag」のパートナー企業の募集説明会はリアルで開催します。補完するツールとして、オンラインツールも活用しますが、やはりリアルな交流の場でお互いの人柄や想いに理解を深めることが、信頼関係を構築していくためには重要でしょう。熱い想いを感じることで共鳴しあい、相互理解を深めていくものだと思います。
eiicon・松尾: すべてオンラインで完結するのではなく、重要な場面ではリアルも組みあわせていくと。そういう意味では、神戸市さんが開設されているコミュニティスペース「ANCHOR KOBE (アンカー神戸)」も重要な役割を果たしそうですね。
神戸市・長井氏: はい、「ANCHOR KOBE」はコワーキングスペースというだけではなく、出会った人同士が新しい価値を生み出すための拠点です。なので、「Flag」の趣旨とも合っていますね。
▲「ANCHOR KOBE(アンカー神戸)」は、スタートアップ・企業・大学・研究者・市民が、アイデアや想いをカタチにし、イノベーションを創発する場として神戸市が開設。
「行政だからこそ、参加者や巻き込む人を増やせる」――自治体がOIに取り組む意義
eiicon・松尾: 長井さんは自治体職員という立場から、多数の連携事例を推進してこられました。そんな長井さんから見て、自治体がオープンイノベーション・プログラムを主催する意義についてお聞かせください。
神戸市・長井氏: 大企業や商工会議所など、さまざまな企業・団体がオープンイノベーション・プログラムを開催しています。そうしたなか、行政が取り組む意義は、プログラムの参加ハードルを下げられる点にあるのではないでしょうか。
「行政が主催するプログラムだから参加してみよう」と、安心感を持って気軽に参加できたり、イノベーションに対する意識の高い人や尖った人たちだけではなく、より幅広い人たちが参加しやすかったり。行政が取り組むことで、参加者や巻き込む人を増やすことができると思います。
また、行政は多様な課題が集まってくるポジションですし、フィールドも保有しています。様々な情報やフィールドの提供など、できる限りのサポートをしていけたらと思っています。そうすることで、プロジェクトから生まれるアウトプットが、地域や社会によりインパクトを与えるものになるかもしれません。とくに神戸市のような大企業も集積する地域では、行政が取り組む意義は大きいと感じています。
eiicon・松尾: 自治体が進めるからこそ、直面する壁もあると思います。それを乗り越えていくために実践されていることはありますか。
神戸市・長井氏: 今回のプロジェクトに限らず、新規事業に対しては「どのような効果があるのか」という指摘はよくいただきます。そうした場合は、他の自治体の事例やステイクホルダーの声もまじえながら、課題・背景に対する実施内容、期待できる効果などについて、一緒に想像力を働かせてもらいながら思い描いているストーリーに共感を得るよう努めています。
今回参加いただくホスト企業の数としては10社と限られていますが、大企業・中堅企業だからこそ経済に与えられるインパクトは大きいですし、中小企業・スタートアップからも「大企業とコラボレーションしたい」という声を聞いています。このプログラムを実施することで、神戸の地域産業にどのようなメリットがあるのかを、しっかりストーリー立てて説明するようにすることで、組織内外で賛同・支援してくださる方が増えてきた実感があります。
eiicon・松尾: オープンイノベーションの有用性については、どのようにお考えですか。
神戸市・長井氏: コロナ禍やテクノロジーの進化により変化が激しい時代において、複雑な社会課題の解決、あるいは地域をよくするための価値創造を行うには、行政や民間企業が単体で取り組むよりも、組織や立場を超えて手を取りあい、自分たちの強みや課題を持ち寄って、取り組んだほうがうまくいくでしょう。そういった意味で、オープンイノベーションは有効な手段だと思います。
eiicon・松尾: これまで取り組んだ官民連携事業のなかで、印象に残っている事例は何ですか。
神戸市・長井氏: いずれも印象深いですが、地域産業活性化の取り組みとしては、クラウドファンディングサービス「Makuake」との連携が好評です。連携した背景としては、冒頭でご紹介した「プロジェクト・エングローブ」や「ミライ経営塾 Wonders」から、形になりそうなプロジェクトが増えてきました。しかし、中小企業にとっては、それをユーザーの手に届けるまでのマーケティングやプロモーションが壁になることが多くあります。
そこで、マクアケと神戸市が連携をして、「Makuake」のサイト上に神戸市オリジナルの特集ページを開設し、市内企業がチャレンジする「Makuake」のプロジェクトページをまとめて掲載・PR支援することにしました。その他にも、セミナー・個別相談会も行いながら、各種プログラムの出口のひとつとして「Makuake」を用意したのです。費用面のニーズも感じていたため、今年の6月からは「Makuake」に掲載するプロジェクトページの制作費の助成もはじめました。
eiicon・松尾: 皆さん、積極的に活用したいと。
神戸市・長井氏: はい。「神戸市の特集ページに掲載してほしい」という声を、たくさん頂戴しています。今年度中に、相当な数の成功事例が出てくると思いますね。企業単位での支援ではありますが、「あの会社が成功したんだったら、うちでもやってみよう」というように、波及効果も狙った取り組みなので、より広がっていくことに期待しています。
▲クラウドファンディングサイト「Makuake」上にある「神戸市×マクアケ」特集ページ。
eiicon・松尾: 長井さんが官民連携事業を進めるうえで、モチベーションとなっていることは何ですか。
神戸市・長井氏: 官民連携事業から得られる醍醐味は、行政にいながらも民間の人と同じ体験ができ、同じ景色を見られること。それに、「強みを持ち寄れば、こんなことができるんだ」という驚きとワクワクを得られることです。最初はうまくいかなくても、小さな成功体験を重ねることで、想像力がより豊かになってきます。想像力が豊かになると、ワクワクする感度も高まってきます。そういった楽しさや、市民・企業の方からいただくフィードバックがモチベーションになっていますね。
「神戸の企業で働きたい」「神戸に住みたい」そう思える街へ
eiicon・松尾: 最後にあらためて、「Flag」を通じて目指したいゴール、実現したい世界観についてお聞かせください。
神戸市・長井氏: 神戸の地域産業や地域資源、伝統的に蓄積されたノウハウ・技術・サービスには、リスペクトすべきものが本当にたくさんあります。それらに、新しい要素としてデジタルやデザイン、あるいはこれまで出会うことのなかった技術・アイデアを組みあわせることで、さらに付加価値を高めることができると考えています。
既存の産業を加速させる、あるいは従来と全く違った領域に新産業が生まれてくる。そのきっかけに「Flag」がなることを期待しています。そして、ワクワクする事例を通じて、「神戸の企業・まちはおもしろい」「神戸で就職したい」「神戸に住みたい」と思ってくれる人が、ひとりでも増えればと思います。
取材後記
「神戸ならではの象徴的な事例を生み出したい」――このように、初開催となる「Flag」にかける期待を語った長井氏。モデルとなる共創事例をつくることで、それを見た人たちへの波及効果も狙っていくという。ホスト企業には、神戸を代表する10社が集結。これらの企業との共創で、神戸に新たな産業を芽吹かせるチャレンジ。挑んでみてはどうだろうか。
なお、TOMORUBAでは今後、ホスト企業10社のインタビュー記事を順次公開していく予定だ。それらも、ぜひチェックしていただきたい。
KOBE OPEN INNOVATION「Flag」 10/13(木)応募締切
神戸市内企業と市内・全国のパートナー企業とのオープンイノベーションプログラム
(編集・取材:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)