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イギリス初のエドテックユニコーン誕生。大学に代わる“見習い”制度プラットフォーム「Multiverse」の野望

イギリス初のエドテックユニコーン誕生。大学に代わる“見習い”制度プラットフォーム「Multiverse」の野望

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2022年上半期、欧州ではイギリスで生まれた2社、エドテックのMultiverse(マルチバース)と決済プラットフォームのGoCardless(ゴーカードレス)がユニコーンとなった。

世界の企業が取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第29弾では、特にユニークなビジネスモデルを持つ、Multiverseを取り上げたい。

2016年にイギリス・ロンドンで創業した同社は、大学教育を受けていない16〜24歳の若年層に対して、一流の企業で見習いとして働きながら学びを得る機会を与える。ユーザーは収入を得ながらスキルを身に付け、修了者の90%はその後も同じ企業で働き続けているという。

2022年6月、2億2000万ドル(約300億円)の資金調達を実施し、評価額を17億ドル(約2,300億円)に上げたことで晴れて欧州ユニコーンに仲間入り。多様なバックグラウンドを持つ若者に平等な雇用機会をもたらすMultiverseのビジネスモデルとはーー。

Photo by Vasily Koloda on Unsplash

質の高い無料教育を受けながら、収入も得られる

Multiverseは、見習いとして働きたい候補者と雇用者を結びつける「見習い制度プラットフォーム」だ。必要条件を満たした16〜24歳に対して、企業で見習いとして働きながら、スキルを身に付ける機会を提供する。経済的に恵まれていないなど、多様な背景から大学に進学していない若年層に対して、「大学に代わる高度な学びを提供すること」を目指している。


▲Multiverseは、見習いとして働きながらスキルを身に付けられる(Multiverseの公式ホームページより)

学べるスキルは、デジタルマーケティング、データ分析、ソフトウェア工学、データリテラシーといったデジタル関連が中心。いわゆるホワイトカラーの仕事を得るのが目的だ。プログラムの期間は短いもので13ヵ月、長いものだと3年5ヵ月にも及ぶ。2年間を超える科目の場合、見習いとして働きながらプログラムを修了することで、学位を取得できるという。

さらには、一流の企業で見習いとして働き、平均18,000ポンド(約300万円)の年収を得られるというから驚きだ。雇用者の中には、グーグル、メタ、モルガン・スタンレー、ヒルトン・ホテルズ&リゾーツなど、誰もが知るような有名企業が含まれる。TechCrunchの報道によれば、約500の企業が雇用主としてリストアップされているそうだ。

プログラムの過程では、業界に精通したコーチとの1対1のキャリアコーチングが提供される。Multiverseでは、見習いとコーチをペアにして、実習生を受け入れている組織に組み込むモデルなのだという。


▲見習いには専門性の高いコーチが付き、キャリアアップを手助けする(Multiverseの公式ホームページより)

その他、見習いや卒業生、コーチによる8,000人規模のコミュニティも存在する。スキルを身に付け、満足な給与を得られる職に就きたい若者にとって、いたれりつくせりのサービスともいえそうだ。

Multiverseは2年間で収益9倍とイギリス国内で急成長したのち、2021年にはアメリカでもサービス提供を開始。現在、ニューヨークにも共同本社を構えている。すでに5,000人を超える見習いが参加し、そのうち90%がプログラムを修了している。修了者の90%は、実習を行った企業でそのまま仕事を続けているそうだ。

雇用主から実習費を徴収するビジネスモデル

Multiverseがどのようにして収益を得ているかというと、雇用主から「採用費」と「実習費」を徴収しているのだという。まず、見習いを調達する際に少額の採用費を雇用主に請求し、その後、収益の大半を占める実習費を請求する。

その背景には、イギリス、及びアメリカ政府が運用する「見習い制度」がある。イギリスでは、一定規模以上の企業から少額の税金を徴収し、その資金を見習いのトレーニングと評価に活用できる制度があり、税金を支払った雇用主は政府の手当を受けられる仕組みだ。税金を支払う義務がない企業も、見習いのトレーニング費用を政府が95%負担するという。アメリカも独自の見習い制度があり、雇用主が税額控除できるなど州ごとに優遇措置があるそうだ。

同社を創業したEuan Blair(ユアン・ブレア)氏は、「Multiverseと取り引きするイギリスの企業は、この見習い制度を使ってトレーニング費用を負担している」と話している。

見習いの52%は少数民族出身、教育格差の解消へ

ヨーロッパでは、ネイティブに対して大学や大学院の学費を無料とする国がいくつもあるが、イギリスはそうではない。Multiverseの公式サイトには、「2020年にイギリスの大学を卒業した学生は、平均して約4万ポンド(約650万円)の学生ローンを借りていた」と示されている。

国際統計・国別統計専門サイト、グローバルノートによれば、2020年のイギリスの大学進学率は65.77%、アメリカは87.89%だった。ただし、このデータは年齢に係わらず大学への総入学者数を単純に大学入学適齢人口で割った比率で、グロス値ベースとなる。大学への総入学者数には、浪人など適齢年齢以外の入学者や外国からの留学生も含むため、実際の進学率とは誤差が生じるかもしれない。


Photo by Vadim Sherbakov on Unsplash

創業者のユアン氏によれば、「アメリカでは成人の3分の2が大卒でないにもかかわらず、65%の仕事が学位や高等教育修了資格を必要とする」とのこと。学歴社会といわれるアメリカで学位を持たない場合、就職が困難になりえるのは想像に難くない。

Multiverseが採用した見習い生のうち、56%は有色人種で、53%が女性だった。3分の1はイギリスでもっとも貧しい地域の出身者だという。

同社のホームページには、「才能は均等に分散されるが、チャンスはそうではない。そこで私たちは、バックグラウンドがどうであれ優秀な人材に成功への道を開いている」とメッセージが書かれている。教育格差を解消に導き、万人に活躍するチャンスを与える社会貢献性が高い事業といえるかもしれない。

創業者はイギリス元首相の息子「ユアン・ブレア」氏

もうひとつ、Multiverseを語るのに欠かせないトピックといえば、創業者のユアン・ブレア氏が、元イギリス首相のTony Blair(トニー・ブレア氏)の長男であるということ。そのため、Multiverseのニュースは他のスタートアップに比べて、大手メディアで報道されやすいのかもしれない。

現在38歳のユアン氏は、最新のニュースで「父親より裕福で、億万長者の道を歩いている」と報道されている。少なくとも25%の自社株を所有していると報告されている彼の資産は、約3億3700万ポンド(約550億円)を超えると見られる。そのため、資産が約4800万ポンド(約80億円)とされる彼の父親よりも大幅に裕福である可能性が高いという。


▲創業者のユアン・ブレア氏(写真左上)(Multiverseの公式ホームページより)

トニー・ブレア氏は、首相時代、学校卒業生の半数を大学に進学させるという目標を掲げ、大学進学を強く推奨していたという。しかし、息子のユアン氏は、まったく異なるアプローチでイギリスの教育のあり方を変革しようとしている。その結果、億万長者の道を歩き始めているようだ。

Financial Timesの報道では、以下のようにユアン氏のコメントが紹介されている。

「現在の大学教育制度は、3〜4年の学部卒で数十年のキャリアを積めるかのように装っているのが問題です。私たちは、見習い制度で同じ過ちを犯すつもりはありません。私たちのビジョンは、人々が必要なときにいつでも見習いに戻り、キャリアをレベルアップできるシステムを作ることです」

大型資金調達を経て、イギリス初エドテックユニコーンに

2022年6月、2億2000万ドル(約300億円)という大型の資金調達を実施したMultiverseは、評価額を17億ドル(約2,300億円)に上げ、欧州ユニコーンに仲間入りした。わずか8ヵ月間で評価額を2倍に上げたそうだ。

出資者には、Google Ventures(グーグル・ベンチャーズ) やMicrosoft(マイクロソフト)のLead Independent Director(筆頭独立取締役)であるJohn W. Thompson(ジョン・トンプソン)氏などが名を連ねる。

新たな資金は、イギリスとアメリカでの継続的な事業拡大に使用される予定だ。同社では、毎年10万人の見習い生にサービスを提供できると見積もっているという。

高等教育への入学者数の減少、学生ローンの増加、人種的平等に対する惰性、均等に広がっていない教育や雇用機会、大量自主退職、世界的なスキル不足など、今社会が直面している大きな課題について考えると、既存の解決策はどれも十分ではない。それがユアン氏の主張であり、Multiverseの意義なのだろう。

話題性が高く、実績も伴っているMultiverseは、目が離せない欧州スタートアップの一つといえそうだ。

編集後記

革新的なMultiverseのビジネスモデルを理解するのに苦労したが、知れば知るほど、見習い生にとっていいとこ取りのサービスだと感じた。政府の手当があってこそ成立するものかもしれないが、大学進学費用が無料の国でも展開できるのではないだろうか。欲をいえば、より幅広い年代に適用枠を広げ、高スキル人材をどんどん排出するサービスに成長してほしい。社会貢献性が高い事業だけに、引き続き、突き抜けた成長を見せつけてほしいと願っている。

(文:小林香織)  

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世界のスタートアップが取り組むイノベーションのシーズを紹介する連載企画。