【J-NEXUS事業進捗】大学シーズ・地域ニーズを起点にした事業化プロジェクトが21件進行中――北海道における産学融合の成果とは?
北海道、北陸、関西など、広域地域ブロックにおいて、複数の大学と企業のネットワークの創設や産学連携推進を支援する「モデル拠点」を創出する、経済産業省のプログラム「産学融合拠点創出事業」(J-NEXUS)。――TOMORUBAでは、J-NEXUSでどのような施策が行われ、成果が生まれてきているのかをシリーズ企画として取り上げている。今回フォーカスするのは、2020年にスタートした「チャレンジフィールド北海道」(CFH)だ。
CFHは、北海道の広大さや地域に共通する課題、将来性などから最初の拠点としてJ-NEXUSに採択された。「北海道を元気にする」を合い言葉に、13の研究機関(大学、高専など)、10の自治体(道内自治体)、経済団体、金融機関、民間団体など34の機関と協力体制を敷き、数多くのプロジェクトに取り組んでいる。
そこで、CFHの総括エリアコーディネーターである山田真治氏に、この活動の目的や具体的な活動内容、進捗の状況や課題についてお聞きした。
▲チャレンジフィールド北海道 総括エリアコーディネーター 山田真治 氏
1998年、日立製作所入社。研究所で材料やエレクトロニクスを中心に新技術・製品の開発及びマネジメントに従事。2015年から4年間の基礎研究センタでの研究マネジメントを経て、2019年に研究開発全体に関わる技師長に就任。2020年から総括エリアコーディネーターとしてCFHを牽引している。
個別課題へのフォーカスと実践から「北海道全体を元気にする」につなげることを目指す
――CFHの活動の目的や目指している方向について教えてください。
山田氏 : 私たちは、「将来世代のために、共感と共創でつながる、希望あふれる北海道の創生」をビジョンとして掲げています。そのために、地域創生につなげるための新事業創出と産業競争力強化に取り組んでいます。
――これまでも産官学民等の連携事業はありましたが、CFHがこれまでの事業と異なる点は何でしょう。
山田氏 : J-NEXUSは、ある意味で国のプログラムらしくないのですが、「メニューを絞り、型にはまった手順で、これとこれは確実にやる」という内容や性格の事業ではありません。任される側の自由度がかなり大きいのです。
おっしゃるとおり、これまでにも、連携支援策はありました。しかし、ややもすると、個別課題の解決にフォーカスするだけで終わってしまい、北海道全体という視点で振り返ったとき、大きな成果は生みだせなかったのではないかという思いがあります。
もちろん、リアルな個別課題にフォーカスすることは必要です。また、地域課題は複雑に絡み合っているため、北海道全体で成果を出すというのはとても難しいことです。しかし、私たちは個別課題の解決の実践を通じて得られたつながりやノウハウを資産として蓄積し、そこからまた「北海道全体を元気にする」取り組みを次々と起こすことを目指しています。実践と仕組みづくりの両輪を回すことを意識して進めています。
――スタートから2年を経て、現在はどのような課題に取り組まれているのでしょうか。
山田氏 : 私たちは、最初に取り組むべきは「地域課題」に置きました。地域課題の中心となるのが、地域産業です。さらには、それと同じくらいに大切なのが、産業を担う人材です。この「地域課題、産業、人材」を3つの柱として取り組んでいます。
地域課題においては、伸ばすべきものと不足を補うべきものがあります。例えば、豊かな食材などを生む第一次産業は北海道の強みであり、伸ばすべきものです。一方、エネルギー、交通、医療などの社会インフラは、かなり危機的な状況にあります。それらは補わなければなりません。産業面においては、将来に向けて夢の持てるような分野ということでスタートアップ支援や宇宙産業支援などを実施しています。
さらに、人材については、開始時は、研究者や大学院生、大学生中心だったのですが、現在では、高専や高校生への支援にも取り組んでいます。これらの人材同士を結び付けることにも力を入れていきたいと考えています。
大学シーズを起点とした事業プロジェクトは17件が進行中
――CFHの具体的な活動タイプとして、「1.大学シーズを起点とした事業プロジェクトの立ち上げ」「2.地域課題を起点とした課題解決プロジェクトの立ち上げ」「3.共創基盤の構築」の3点が挙げられています。これらは、それぞれどのようなものなのでしょうか。
山田氏 : 「1.大学シーズを起点とした事業プロジェクトの立ち上げ」は、道内の大学が築いてきた研究成果や技術を社会実装することを目標にしています。交通インフラが弱る地方都市圏でのMaaS(Mobility as a Service)の社会実装や、林業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)化などがこれにあたります。
「2.地域課題を起点とした課題解決プロジェクトの立ち上げ」は、道内の地域や産業の課題を解決するため、道内主要機関の関連構想と連携しながら、オール北海道でプロジェクトを立ち上げ、協議会を設置するなどの形で、課題の発掘から技術開発、ビジネスモデルづくりなどを一貫して支援しています。第一次産業やモノづくり、社会インフラの問題などが主要テーマです。
CFHは5か年事業ですが、地域課題の解決および事業の創出や成長には中長期的な視野で支援を続ける体制が必要です。そこで「3.共創基盤の構築」では事業終了後を見据え、こうした活動を継続的に支援していくための仕組みづくりを構築することがテーマです。
――多くの取り組みをなさっていますが、具体的な取り組み例をご紹介いただけますか。
山田氏 : まず、「大学シーズを起点とした事業プロジェクトの立ち上げ」についてですが、現在、5つのカテゴリーで17件のプロジェクトが進行しています。
このカテゴリーは、「産業競争力」「社会インフラ」「食資源」「未来産業」そして「市民とコミュニティ」の5つのマテリアリティです。具体的なプロジェクト内容の例をいくつか挙げると、次のようなものがあります。
例えば、北大と岩見沢市が取り組んでいるのは、エネルギーを地産地消する仕組みを作り、災害時の非常用電源や平時の農業作業支援に活用する試みです。温泉随伴ガス、太陽光パネル、バイオエタノールなどを利用する施設を建設して、実証実験を2年間積み重ねています。CFHは、補助金の提供などで支援しています。
室蘭工大は食資源に関する「北海道天然資源の利活用による新産業の構築」というテーマに取り組んでいます。この取り組みは文科省の大型事業である「共創の場形成支援プログラム」の採択に至り、2022年に白糠町でプロジェクトのキックオフをしました。CFHは、関係者とのマッチングや共創の場の申請書作成などを支援させていただきました。
▲大学シーズ起点の「事業創出プロジェクト」は、上記のように17件進行している。
――「地域課題を起点とした課題解決プロジェクトの立ち上げ」では、どのような取り組みがなされているのでしょうか。
山田氏 : 現在4つのプロジェクトが動き始めています。
帯広や根室の「酪農の軽労化(R)」という課題では、搾乳支援ロボットの開発やバンカーサイロの作業可視化などに取り組んでいます。ゼロからのスタートで、チームを組むまで1年かかって、ようやく実プロジェクトが動き始めたところです。
また、「林業のDX」では、北海道産広葉樹の利活用拡大という点で、北見工大の新推進計画の立ち上げと旭川市を中心とした研究会の立ち上げを支援しました。林業は第一次産業の中でもデジタルテクノロジーの活用が期待されている分野です。林業の成長とともに、ゼロカーボン対策や生態系保全の観点でも非常に重要なテーマと捉えて取り組んでいます。実践プロジェクトを目指して、森林管理から家具生産など広く地域の関係者とのつながりを作るところから始めました。
「寒冷地防災」は、先日、第1回目のシンポジウムを開催しました。多くの気づきが得られたシンポジウムで、ここから実プロジェクトが生まれるだろうという実感と期待があります。防災に関して、本当に熱心に取り組まれている方々は各地におられるのですが、その方々と自治体や企業が十分に連携できていないことがこれまでの課題だったのだと再認識できましたし、私たちもお役に立てているのだと感じることができました。
そのほか、CFHなどで主催した「フードサイエンスシンポジウム」を契機とした研究会の立ち上げなど、北海道ならではの「食」の課題への取り組みも始まっています。
取り上げている地域課題としては他にも、函館や釧路の「持続可能な水産業」、全道的な地域課題として「遠隔地医療システム」「地域電子通貨」「次世代人材育成」のプロジェクト化支援などがあります。
地域の人とつながり、マッチングやコーディネートを通じてコト起こしの背中を押す
――北海道内において、地域課題解決に資するポテンシャルを持ちながら、連携ができていなかった人や活動をマッチングさせることが、CFHの主要な役割となっているのでしょうか。
山田氏 : 現状としては、大筋ではイエスです。もちろん、理想的には、パイプラインの入口を作るだけではなく、出口までハンズオン支援ができればベストでしょう。ただ、実際のところ私たちは少人数のチームなので、事業バランスを考える必要があります。
また、同じ第一次産業といっても、酪農、農業、林業、水産業など、それぞれの業界で産業構造や文化が異なるので、同じ型で取り組んでも、本当に役立つ支援ができるとは限りません。その意味でも、やはり主体になるのは、地域の人であり業界の人であると思います。地域や業界の人たちがお互いに信頼できるチームを作るためのマッチング、自律的に活動を継続できるようにするための支援が私たちの関心と取り組みの中心になっています。
――現在、政府は「スタートアップ育成5ヵ年計画」を推進していますが、CFHでもスタートアップがキープレーヤーになるというご認識ですか。
山田氏 : 可能性は十分あると考えています。地域課題の多くは、業界の構造的な問題を抱えているケースが少なくありません。若い世代やスタートアップが地方でいろいろなチャレンジをして、活動の輪が広がっていく。そして、それが業界の仕組みや取り組みを変えてゆこうという空気を醸成していくのだと思います。そういう観点で、スタートアップには非常に期待を寄せています。
――北海道では、宇宙系スタートアップが勢いのある印象を受けます。
山田氏 : 大樹町のインターステラテクノロジズは10年以上も前から、ロケット開発などに取り組み、宇宙産業を根付かせるためのレールを敷いてくれています。同町では2021年、「北海道に、宇宙版シリコンバレーを作る」という計画の実現に向け、アジア初の民間に開かれた宇宙港「スペースポート」も本格的に稼働を開始しました。
民間企業だけの取り組みだと、赤字が重なれば頓挫してしまうケースも少なくありません。ただ同町の場合は、腰を据えてスタートアップなどをバックアップしています。また、北大や室蘭工大でも宇宙産業に関する取り組みに力を入れていますし、大学発のスタートアップも生まれてきています。私たちは、彼らの手の届きにくい部分をしっかりカバーし、支援していくつもりです。
――CFHは、スタートアップだけでなく研究会や協議会の立ち上げなどに多く関わられています。大学や地域との連携の仕方や、そこにおけるCFHのスタンスはどうあるべきだとお考えですか。
山田氏 : 国の政策に沿ったプログラムで取り組む拠点やプラットフォーム形成は、大学を中心として階層化されているケースが多いのではないでしょうか。私たちは、地域を意識しているので少し違った立場を取っています。関係者が上でも下でもない、対等のパートナーとして北海道の発展に向けて取り組むきっかけになろうと、調整やコーディネートをするのがCFHだと自認しています。これまでの取り組みでは動かしづらい、別の方法が必要となったところをお手伝いしたいと考えています。
地域課題を一番ご存知なのは、その地域で活動している方々です。しかしこれまで、大学や官公庁、NPO、ベンチャー企業、地域企業の連携や交流は必ずしも十分に行われたとは言えないかもしれません。私たちもこの2年間の支援活動を続けてきて、少しずつですがようやく潤滑油のような役割を果たせる存在になれてきたかなと思います。大学が「地域貢献」を重点取り組みに上げていただいたこととも相まって、関係機関や関係者間での共創する機運が徐々に高まってきていると実感しています。
――最後に、今後の活動に向けて考えておられることや、パートナーや支援者に向けたメッセージをいただければ幸いです。
山田氏 : 来年度から、これまでの「大学発」「地域課題発」というアプローチベースの分類を組み直して、「課題解決」「スタートアップ支援」という目的ベースの取り組みに変えてゆきます。
スタートアップの創出支援は、工夫の余地が大きいと思います。例えば、道内だけではスタートアップを目指す人も少ないですし、支援の体制も整いつつあるとはいえまだ十分ではありません。道外や海外の力も借りると更に前進するのではないかとも期待しています。更には、副業やリモートワークが普及した昨今は、大企業にいる優秀な人材に起業や起業支援で参加してもらうこともできないかと妄想もしています。そういうプロボノ(専門知識を生かした社会貢献)をネットワーク化していくことも少しずつ進めています。北海道や札幌市などの自治体、そして北大や小樽商大などの大学が主体となって進めるスタートアップ創出支援活動に加わり、一緒に機運を盛り上げてゆきたいと思っています。
そして、北海道という地で、どんどんチャレンジしたくなるような環境を整えていきたいと思っています。私は北海道が国内で最も可能性のある地域だと信じて疑いませんし、もしかしたら世界でも有数の地域だろうと思っています。多くの方々が北海道のために力を貸してくれるよう、自治体や企業、大学などと手を組み、全力で支援していきます。世界にも開かれた、そして人間らしさと快適さが融合した魅力ある地域を実現したいですね。
▲2月16日に開催されたJ-NEXUSの成果報告会で、CFHについてプレゼンテーションした山田氏。
取材後記
産学が結集して地域活性のプロジェクトに取り組んできた前例はこれまでもある。しかし、国や行政を頂点としたピラミッド型の組織体制で進められ、肝心の地域の人たちが後回しというような面もあったようだ。しかし、今回お話をしていただいたCFHは従来型の決まりきった事業とは一線を画し、現場課題に密着した取り組みが強く意識されていると感じられた。
今後は、道外の力や企業で働く人たちの力も借りたいという。道の内外、あるいは国の内外を問わず、北海道を元気にするチャレンジに参画する企業や人材の集結が待望されている。
※「チャレンジフィールド北海道」(CFH)の詳細については以下をご覧ください。
https://challenge-field-hokkaido.jp/
(編集・取材:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:齊木恵太)
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