【J-NEXUS事業進捗】”事業のネタの宝庫”北陸から生まれたプロダクトとは?北陸RDXが仕掛ける地域創生の成果を聞く
北海道、北陸、関西など、広域地域ブロックにおいて、複数の大学と企業のネットワークの創設や産学連携推進を支援する「モデル拠点」を創出する、経済産業省のプログラム「産学融合拠点創出事業」(J-NEXUS)。――TOMORUBAでは、J-NEXUSでどのような施策が行われ、成果が生まれてきているのかをシリーズ企画として取り上げている。今回フォーカスするのは、2021年にスタートした「北陸RDX」だ。
北陸3県(福井県・石川県・富山県)エリアで進行中の北陸RDXは、取り組んでいる各種プロジェクトをTier1〜4に分類している点が特色の1つだ。モチベーション向上から資金調達・事業立ち上げまで、メリハリのある支援体制を構築しており、すでにプロダクトが市場に出ているケースもある。
総括エリアコーディネーター井熊均氏、事務局長の福井聡氏、RDX推進室の堂谷芳範氏の3名にインタビューを実施し、北陸RDXでの活動の目的や具体的な活動内容、今後の展望などを伺った。
日本のモノづくりに欠けている「付加価値をつけて高く売る」視点
――最初に、北陸RDXの活動の目的や背景についてお聞かせください。
井熊氏 : 北陸RDXの活動目的は、J-NEXUSの目的として掲げられている内容そのものです。つまり、大学、経済団体、自治体などが連携しながら北陸で新しい産業が生まれ育つようなメカニズムをつくっていくこと。そのための方法論として、資金調達や人材育成の仕組みをつくり、ソーシング活動やハンズオンをするための人材集めをしたりすることが必要だと思っています。
▲北陸RDX 総括エリアコーディネーター 井熊均 氏
――井熊さんが北陸RDXの総括エリアコーディネーターのお話を受けたとき、どのようなお気持ちだったでしょうか。
井熊氏 : まず「面白そうだな」と思いましたね。昔、三菱重工でプラントマネージャーの仕事をしていたこともあり、いろいろな機械部品や金属加工製品を調達することがありました。そのときに、新潟県の燕市、福井県、長野県を結んだ三角地帯は、高品質の部品をつくれる優秀な企業が多いという印象を受けました。歴史的に金属加工品産業が盛んなこの地域は、いまも高い製造業のポテンシャルを持っているだろうと思ったことが理由の1つです。
また、私は日本総合研究所にも在籍していたのですが、その時代には、47都道府県のすべてを訪問しました。その際、日本の地域には産業メカニズムが不足しているという印象を受けました。北陸に産業メカニズムをつくることで、北陸の強みを活かした産業発展に貢献できるかもしれないなと思いました。
――北陸地方が抱えている課題は何だとお考えですか。
井熊氏 : 北陸に限らず、日本の製造業全般に共通していえることですが、日本の産業政策には「モノを高く売る」という点が欠けており、これが大きな問題だと思います。製造業などの産業は、「いいモノをつくる」そして「いいプライスで売る」。この両方があってこそ、発展していくわけです。そもそもいいモノがつくれなければ、高いプライスでは売れません。一方で、いいモノをつくっても、高く売れなければ、それはそれで問題です。
高く売るというのは、もちろん不当に高く売り付けるということではなく、付加価値をつけてそれをきちんと評価してくれる人に、正当な価格で売るということです。そのためのメカニズムを考えることが、放置されてきたと思います。
そのメカニズムを構築するための仕組み、つまり、マーケットニーズを把握して、それに基づいて事業プランを立て資金調達するための手段や、マーケティング人材に投資する仕組みがないのです。
今でも、「いいモノをつくる」という意味でのモノづくりに対しては、補助金などの国の資金もどんどん投資されています。しかし、それを高く売る仕組みづくりにはほとんど投資されていません。今回のJ-NEXUSは、モノに付加価値をつけて高く売るための事業メカニズムづくりに投資できる、非常に珍しく、面白いプロジェクトだと思います。
――その点でJ-NEXUSの事業理念に共感したのも、北陸RDXに取り組まれた理由ですか。
井熊氏 : それもあります。過去に海外と仕事をした経験から、シリコンバレーでも、韓国のエンターテイメントビジネスでも、マーケティングやライセンス交渉にすごく力を入れており、そのために、グローバルな成功を収めていることを実感しました。そうして資金が集まると、今度は優秀な人材も集まるという好循環が生まれています。
一方で、日本の、例えば北陸のいろいろな工場でつくられているモノを見て思うのは「価格が安すぎる」ということです。正直「もっと高く売れるはずなのに」と思います。
日本人の多くには、「モノを高く売って、金儲けをするのは悪いことだ」といった感覚があるのではないでしょうか。しかし、そんなことはないはずです。いいモノをつくるために一生懸命働いている人たちがいるわけですから。「価値があるモノは高く売れる。だから価値があるモノをつくる」というメカニズムを、この北陸から生んでいかなければならないと思います。「付加価値のあるいいモノを高く売る」というやり方で成果をあげていきたいですね。
イベントごとに40件の事業シーズが持ち込まれた北陸エリアは、事業のネタの宝庫
――北陸RDXは2021年から事業活動を開始しています。具体的にどのような活動をされているのでしょうか。
井熊氏 : 約2年の間でイベントを2回開催したのですが、そこで「面白い事業のネタを皆さんで探してください」と伝えたところ、2回とも40件くらいのネタが持ち込まれました。その中から10件くらいに絞って1社1社と話をさせていただき、具体的に話が進んだのが、3、4件くらいです。これ自体は悪くない数字ですが、もう少し規模を拡大して倍くらいにしたいと思っています。
この経緯から、事業案件をソーシングして適切なパートナーをマッチングして、金融機関への資金調達打診までのレベルにもっていくメカニズムはできました。この流れだけでも、今まではなかったものなので、貴重な成果だと思います。
――北陸RDXの役割としては、事業化するまでのスキームや仕組みづくりを構築したのが一番大きいのでしょうか。
井熊氏 : いえ、まだ事業化までのスキームを構築したといえるところまでは達していないと思います。いま話したように、事業案件のソーシングから金融機関への打診までメカニズムはほぼできました。そこから先の、顧客を紹介して、人材を入れて、どれだけ売上に貢献したのかという事業実装の部分を強化していくことが今後の課題です。
北陸の製造業などの産業デジタル化(RDX)の推進、産業創出や地域発展のために、北陸の国立大学や自治体、経済団体が主体となって構成されている北陸DXアライアンス(HDxA)は、北陸RDXのビジョンを掲げたいろいろな人が集まった集団なので、やや抽象的で長期的な議論をしてもいいと思います。
ただ、ビジネスの最前線にいる人たちは、どれだけ顧客をつかんだのか、どれだけ人をいれたのか、どれだけ売上を上げたのかという具体的な成果が問われます。その、性格が異なる両者をどうやって結びつけながら北陸RDXを進めていくのかというのは、今後の課題でもあると思います。
――現時点で、北陸RDXの取り組みにより具体的に事業化が進展している成果としては、どんなものがありますか。
福井氏 : 北陸RDXでは、取り組んでいる事業をTier1〜4に分類し、メリハリある支援を実施する体制を構築しています。
その中でも、私個人として一番大きな成果だと感じている事例は、福井県鯖江市の漆器メーカーさんが立ち上げた「ディッシュクック」という事業です。これは、コンパクトなIHヒーターと専用の食器、トレイを使った自動調理システムで、できたての暖かい料理を福祉施設などに提供するものです。すでに、北陸電力グループの北電産業株式会社とのアライアンスにより、同グループでの採用が決まり、北陸3県でのディッシュクックの販売についても同社と業務提携が成立しています。
また、北陸地域外ですが、愛媛県の就労支援施設でも導入されるなど、広域での事業展開も進みはじめました。ディッシュクックはIHの仕組みを用いているので、電力会社との親和性が高く、厨房機器の電化にもつながることから、電力グループとして応援する価値があるのではという思いで、北陸電力に直談判して事業を結びつけることに成功しました。両者にメリットのあるアライアンスが組めたのではないかと思います。
▲北陸RDX 事務局長 福井聡 氏
井熊氏 : 他には、「DXモバコン」と呼んでいる、自動運転化された車載式の可搬型生コンプラントを開発して、すでに受注をされていることも成功事例です。また、北陸の伝統工業産業をDXで革新ということで、加賀友禅が大手旅行会社の富裕層向け商品や、高齢者向け施設のアメニティとして採用された実績もあります。
さらに、スタックなどの車両滞留危険度予測システムを大手IT事業者にライセンス供与するための協議を進めていたり、植物系残さを分解できる小規模完結型メタン発酵システムの事業化に大学の研究者が取り組んでいたりと、その他にも段階は異なりますが、複数の事業化案件に並行して取り組んでいます。
プログラム終了後も、恒久的にイノベーションが生まれるエコシステムづくりを目指す
――北陸RDXへの参画を検討する企業などに対して、北陸RDXが持つ強みやアピールポイントがどこにあるのかをお聞かせください。
井熊氏 : 北陸はいろいろな事業のネタがたくさんある地域で、これまでも一声かければ、面白い案件が毎年40件も出てきました。ここが一番のポイントではないでしょうか。また、北陸3県といっても、比較的狭いエリアなので、いろんな人に繋がりやすい、face to faceの関係をつくりやすいというところも連携事業の進めやすさとしてあります。
さらに、最初にお話した安く売っているということの裏返しではあるのですが、モノをつくる際にコスト競争力が非常に高いことと、自分たちが積み上げてきた各分野での技術を基盤として、良くも悪くもトレンドに左右されない、モノづくりをしていることだと思います。
福井氏 : 北陸RDXについては、コーディネーターが個別のプロジェクトに入り込んでいって、事業のハンズオンで支援をしていることでしょうか。そのために、具体的な成果が見えやすいのかなと思います。
――北陸RDXとして、スタートアップ創出をサポートしたり、スタートアップを巻き込んだりしながらプロジェクトを進めることもなさっていますか。
福井氏 : スタートアップといっても2種類あると思っていて、1つはゼロからのスタートです。これは、大学発のスタートアップが多いですね。もう1つは、既存企業のいわゆる”第二創業”です。先ほど出てきた「ディッシュクック」や、「DXモバコン」は、第二創業の事例です。
我々は大学シーズの案件の社会実装化と、既存企業の第二創業的な新規事業化の両方を支援してきたところが特徴であり、強みでもあります。
堂谷氏 : 10数名くらいの小さな企業で、もとからの本業が忙しい中で第二創業を決意して、社長自ら休みを削りながら研究や開発に取り組む企業がいくつもあります。本当に素晴らしいと思いますし、支援していても強い情熱を感じます。そういう人や企業が数多く存在しているのは、北陸の強みだと思います。
▲北陸RDX RDX推進室 堂谷芳範 氏 ※オンラインでインタビューに参加
――北陸RDXの今後の構想を教えてください。
井熊氏 : J-NEXUSのプログラムは5年で終了しますが、その後も継続する法人組織として「RDXインキュベーター北陸(RICH)」の組織化を目指しています。J-NEXUSでは、地域に恒久的な連携機能をつくるという目標が掲げられていますが、私たちはそれを真正面から受け止めています。そのためには、やはりインキュベーションのための法人を設立して、RDX関連の新規事業創出のエコシステムを形成しなければならないと考えています。
いまからRICHを準備しておき、本プログラムが終了する3年後に本格的なテイクオフできるように、助走を開始したいですね。RICHは株式会社なので、公的な集まりであるRDXアライアンスの中でどうやってそれを育てていくのかを、この半年くらいで構想していきたいと思います。
――最後に、今後どういった方々と連携していきたいか、また、北陸RDXのどんなところに注目してほしいかなど、一言お聞かせください。
井熊氏 : いま、我々が取り組んでいる北陸でつくろうと思っているメカニズムを評価してくれる人たちに、どんどん北陸に来てほしいですし、人、モノ、カネが集まって、連携してほしいと思っています。我々の北陸での取り組みは、日本の各地域がこれから復興していくための鍵となると思うので、ぜひ注目してください。
▲2月16日に開催されたJ-NEXUSの成果報告会で、北陸RDXについてプレゼンテーションした井熊氏。
取材後記
北陸RDXは、様々な事業にハンズオンで取り組み、すでに具体的に事業としての成功事例をいくつも出している。2年ほどの短期間でそれを実現できたのは、井熊氏が強調していたように、北陸エリアにモノづくりの長い伝統があり、多くの「ネタ」を抱えているからではないだろうか。
今後は、北陸RDXやRICHを基盤として、全国展開を実現するような事業も続々と生まれてくるだろう。北陸RDXが成功のメカニズムを構築し、地域産業活性化に悩む多くの日本の地方を先導する役割となることを期待したい。
※「北陸RDX」の詳細については以下をご覧ください。
(編集・取材:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:齊木恵太)
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