企業が「インパクト投資」に取り組む意義とは。日テレの事例から紐解く市場の現在地と未来予想図――eiicon meet up!!vol.10 イベントレポート<後編>
去る3月28日、新規事業・オープンイノベーションコミュニティの活性化を目的に、話題のスタートアップ企業がピッチを行い、共創につながる“出会い”を生み出すeiiconオリジナルピッチ企画、「eiicon meet up!!vol.10」が、Shibuya Open Innovation Lab「SOIL(ソイル)」にて開催された。今回のテーマは、「社会課題を解くインパクトスタートアップ&投資」だ。様々な社会課題が表面化したことで注目度は高まっているものの、その実態はまだあまり理解されていない「インパクトスタートアップ」をテーマに、最前線で活躍しているスタートアップ4社(株式会社Vook、株式会社いかす、株式会社AiCAN、ユニファ株式会社)がピッチを行った。
また、今回の「eiicon meet up!!」は、スタートアップへの投資を通じたインパクト投資に取り組み始めた日テレ共創ラボ(日本テレビホールディングス株式会社)との共催にて実施された。スタートアップ4社のピッチ終了後にはトークセッションも実施されるなど、会場に集まったオーディエンスと共に、インパクトスタートアップやインパクト投資に関する熱い議論が交わされた。
TOMORUBAでは、同イベントの模様を前編・後編でレポート。今回の後編では、インパクトスタートアップに対する支援や、インパクト投資に関わるプレイヤーが登壇したトークセッションの模様をお届けする。
異なる立場からインパクト投資にアプローチする3名が登壇
トークセッションのタイトルは、「日テレ共創ラボも参入!!事例から紐解く“インパクト投資”市場の現在地と未来予想図」。登壇したのは、政府当局としてインパクト投資に関する政策立案や環境整備を進める金融庁、インパクト投資の導入支援・コンサルサービスを提供するケイスリー株式会社、事業会社としては日本初と言われるインパクト投資を実施した日本テレビホールディングス株式会社と、それぞれ異なる立場からインパクト投資にアプローチする3社の代表者だ。モデレーターとしてeiiconの曽田が進行を務めた。
<スペシャルセッション登壇者>
▲金融庁 総合政策局 総合政策課長 高田英樹氏
▲ケイスリー株式会社 代表取締役社長 幸地正樹氏
▲日本テレビホールディングス株式会社 経営戦略局経営戦略部 副主任 福井崇博氏
そもそも、「インパクト投資」とは何か?
セッションの冒頭でケイスリーの幸地氏は、イベント参加者に向けてインパクト投資に関する概要説明を行った。インパクト投資とは、ごくごく簡単に言えば「財務的リターンと社会的・環境的な影響(インパクト)の双方を求める投資」を意味する。
インパクト投資の実践については、「ポジティブなインパクトを生み出す意図があること」「財務的なリターンを目指していること」「広範なアセットクラスが対象であること」「インパクトを測定すること」という4つの要素が求められる。幸地氏は、とくに4番目に挙げたインパクトの測定が、非常に重要な要素となることを強調した。
このようなインパクト投資の市場規模は、直近3年間でグローバルでは2.3倍の約170兆円、日本では18.4倍の約6兆円という投資残高が推計されており、急速に拡大しているという。
近年、インパクト投資が注目されている背景には、現代の巨大化・複雑化した社会課題の存在がある。このような社会課題を解決するためには、これまで社会課題解決の担い手として認識されてきた行政やNPOだけではなく、企業などの営利組織の協力が必要不可欠となりつつあるという。幸地氏は、「現在、インパクトという言葉は、社会課題解決に向けた連携における共通言語として使われている」「今後、インパクト投資は、ポスト資本主義などの文脈の中で、社会を変える大きな動きにつながっていく可能性がある」と解説した。
「インパクト投資」と「インパクトスタートアップ」を取り巻く状況
続いて金融庁の高田氏が、インパクト投資における政府の動きや取り組みについて説明した。現在、政府はインパクト投資を強力に推進しているが、その象徴となったのは、2022年に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(通称:骨太の方針)」であるという。政府は同方針の中で、「従来のリスク、リターンに加えてインパクトを測定し、課題解決を資本主義におけるもう一つの評価尺度としていく必要がある」と表明している。高田氏は、「世界の主要国を見渡しても、一国の政府がここまで正面からインパクトを推進すると宣言した事例はほとんど見当たらない」と付け加えた。
また、このような政府の方針を受け、金融庁は2022年に「インパクト投資等に関する検討会」を設置。同検討会内での議論が進んだことにより、昨年6月には「インパクト投資に関する基本的指針(案)」を公表した。この方針の中では、インパクト投資の基本要素として、「(1)意図」「(2)貢献」「(3)特定・測定・管理」「(4)市場変革等への支援」という4つの要素が提示された。
さらに昨年11月には、インパクトに関わる多様なステークホルダーのネットワークとなる「インパクトコンソーシアム」を設立し、今年の5月14日には同コンソーシアムのローンチイベントとなる「インパクトフォーラム」の開催を予定するなど、政府および金融庁がインパクト投資支援に注力している状況が伝えられた。
高田氏は、先に述べた「インパクト投資に関する基本的指針(案)」で示されたインパクト投資の基本要素の一つである「(4)市場変革等への支援」について取り上げ、投資収益と社会貢献を両立するためのポジティブフィードバックループを形成していくためには、「何かしらの新規性」が重要であり、その新規性を担うスタートアップは、「インパクト投資のドライバーとして大変重要な存在だと考えている」と持論を述べた。
事業会社がインパクト投資を行う際に心掛けておきたいこと
昨年、日本の事業会社としてはまだ珍しいインパクト投資(株式会社Vookへの出資)を行った日本テレビの福井氏は、事業会社がインパクト投資を行う場合は、経済性と社会性の両立に加えて「戦略性」が重要になると語った。
「なぜ日本テレビがこのインパクト投資を行う必要があるのか」という戦略を描かずに話を進めてしまうと、純粋な投資家が行うインパクト投資との差異が生まれず、事業会社が実施する付加価値が生まれない可能性があるという。また、インパクト投資を行う目的は会社ごとに異なるケースが多いため、「一社一社が自社にマッチした異なる戦略を練る必要がある」との見解を示した。
日本テレビのインパクト投資を支援した幸地氏は、インパクトの可視化・定量化はもちろんのこと、それらの前段となる「インパクト投資によって実現したい目的」を明確にしておくことが最も重要であると述べた。そのような目的を明確にしておくことで、悩んだり迷ったりした際にも、「そもそもの目的に立ち返って判断することができる」と説明した。
また、福井氏は日本テレビ社内でインパクト投資を進める際に苦労した点について、「社内外の関係者とのコミュニケーション」を挙げた。インパクト投資自体が比較的新しい概念であることもあり、自らが学習を進めれば進めるほど難しい専門用語で話してしまうことも多く、インパクト投資の必要性などをわかりやすく伝えることに苦労したと振り返った。コミュニケーション相手の立場やポジションによって理解度や重視する点も異なるため、福井氏は、インパクト投資を進める際の指針となるロジックモデルの簡易版と詳細版を用意して使い分けるなど、きめ細やかなコミュニケーションを心掛けたという。加えて、「金融庁が公表したインパクト投資の基本指針案も、周囲の理解を得る後押しになった」と振り返り、関係者への説明活動においても有用な指針となっていたことを明かした。
「インパクト投資」を行う意義とは。事業会社が取り組むメリットと今後の展開について
幸地氏は、日本テレビのような事業会社によるインパクト投資について、「業界全体を巻き込む動きを作り出せるなど、非常に大きな意義がある」と述べるとともに、事業会社がインパクト投資を行うメリットについて、「ミッション・ビジョン・企業理念なども含めたパーパス経営の実現手段の一つとなり得る」と説明した。
幸地氏の意見に福井氏も賛同した。ここ数年、多くの企業が自社の経営戦略にサステナブル経営やパーパス経営を取り込んでおり、様々な経営指標やKPIもそれに合わせて進化している。しかし、投資についてはまだまだ追いついていない状況があるという。今後、日本テレビも含めた多くの企業が、本当の意味でのサステナブル経営やパーパス経営を実現するためには、「経営戦略とインパクト戦略、戦略的投資とインパクト投資を連動させていく必要がある」と福井氏は主張した。
また、10年前までは珍しいものとされていたCVCやスタートアップ投資、オープンイノベーションが、今では当たり前の企業活動として認知されているように、「インパクト投資も数年後には、企業の投資戦略として当たり前のものとなっていてほしい」と、期待を込めて語った。
二人の議論を聞いていた高田氏は、「確かに今までのインパクト投資はニッチな存在だったかもしれない。しかし、今、政府や金融庁は、インパクト投資をメインストリーム化していくために動いている」と語るなど、改めて国を挙げてインパクト投資を盛り上げていく体制が整いつつあることを強調した。
高田氏は、「インパクト投資はスタートアップのためのもの、という見方をされることが多いが、大企業も含めた幅広いプレイヤーに参加いただきたい。そして、そこから様々な成功事例が生まれることで、メインストリーム化が進むことを期待したい」と力強く述べるとともに、来場者に向けて「インパクトコンソーシアム」への参加を呼びかけた。
取材後記
スペシャルセッションに参加した幸地氏が、「インパクトを求めていく動きは、組織の慣習や社会全体を変えていくことにつながる」と熱く語っていたように、インパクト投資は、これまで社会や組織の中で多くの人たちが諦めかけていた課題に対し、改めてアプローチしていくための強力な手段となり得るはずだ。一社でも多くの企業が掲げたパーパスやサステナブルに対する思いを実現し、多くの人々が自分らしく幸せに暮らせる地球環境・社会の在り方を実現するためにも、さらなるインパクト投資の普及・拡大に期待したい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己、撮影:加藤武俊)