マッチングイベントで感じた“変化”と“手応え”――神戸市内企業4社へリアルインタビュー
神戸市が主催するオープンイノベーションプログラム「Flag」――。神戸市に拠点を置く10社がホスト企業となって募集テーマを提示。共創パートナーを募って、双方の強みを活かしあいながら、新たな事業や価値の創出を目指すプログラムだ。
11月8日、ホスト企業と共創パートナー候補の応募企業がオンライン上で初対面し、共創に向けた議論を深める「Matching Day」が開催された。当日は全国から多種多様な企業が、オンライン会場に集結。お互いの実現したい世界観を共有しあった。
TOMORUBA編集部は、「Matching Day」の会場に赴き、ホスト企業4社(神戸電鉄/アシックス/エム・シーシー食品/神戸新聞社)にショートインタビューを実施。応募企業と実際にディスカッションをしてみた感想や手応え、「Flag」全体に対する評価ポイントなどを聞いた。
ホスト企業10社と約60社の共創パートナー候補が、一堂に集結し白熱の議論
初開催となる神戸市主催のオープンイノベーションプログラム「Flag」には、神戸市を代表する次の10社がホスト企業として参加。自社が抱える課題感や事業構想をもとに、以下の募集テーマを設定した。これらの募集に対し、兵庫県内のみならず首都圏をはじめ全国に所在する企業から、218件にも及ぶ共創提案があったという。
「Matching Day」には、各ホスト企業がとくに興味を持った7社(最大)が選ばれて参加。オンライン上で対面し、共創に向けた意見のすり合わせを行った。ディスカッションは1社につき約50分。決められた時間に応募企業が、ホスト企業のブースを訪れる形で進められた。ディスカッションの場には、「Flag」の運営を手がけるeiiconの伴走コンサルタントも同席。必要に応じてファシリテーションを行いながら、共創ビジネスアイデアを具体化させていく。
「Matching Day」の舞台となったのは、バーチャル空間「oVice(オヴィス)」。「Flag」のロゴを囲む形で、ホスト企業のブースが設置された。各々がZoomでつながり議論をすることもできるが、バーチャル空間上に集まったほうが、「Flag」としての一体感を持って取り組める。
▲「Matching Day」のオンライン会場。応募企業が、決められた時間にホスト企業のブースに入り、オンライン上でディスカッションを実施。
10時に開始し18時までと、まる1日かけて行われた「Matching Day」。合計するとおよそ70件もの商談が、この場で繰り広げられた。ホスト企業は上記のとおりだが、参加した応募企業の顔ぶれも多彩だ。大学発のスタートアップや大企業内のチーム、株式会社という形をとらない一般社団法人も参加し、それぞれの持つ強み、ビジネスアイデア、事業にかける想いなどを共有した。
――ここからは、ホスト企業のなかから4社(神戸電鉄/アシックス/エム・シーシー食品/神戸新聞社)に実施したインタビュー内容を紹介する。
【神戸電鉄】 固定観念から脱却できた刺激に満ちた時間、有望な事業の発掘も
<募集テーマ>沿線の魅力をアップデート、地域の資源を活かした「楽しさ・つながり・心地よさ」を生み出すサービスの創出
【写真左】神戸電鉄株式会社 経営企画部(企画担当)課長 西口 耕平 氏
【写真右】神戸電鉄株式会社 経営企画部(広報担当) 赤瀬 明歩 氏
「しんてつ」の愛称でも知られる神戸電鉄は、神戸の海側ではなく山側(神戸市西区・北区)を走る鉄道だ。鉄道路線の総距離は69.6km、年間約4,800万人の乗客が利用し、神戸では圧倒的な知名度を誇る。山側の神戸を走ることから、日本屈指の登山電車としての特徴も持つ。沿線にある最大の観光資源は有馬温泉だが、それ以外の地域の魅力も発掘しながら、観光客や移住者の誘致につなげたいとの考えで、本プログラムに参加した。
担当の西口氏と赤瀬氏に、3社とのディスカッションを終えたタイミングで、Matching Dayの感想を尋ねたところ「非常に刺激になった。想像したこともない世界観のお話をいただき勉強になった。やりたくてもできなかったことに対して、答えを用意してくれるような会社が多かった」と好感触を得た様子。こうした新しい事業の仕掛けを練っていくことこそが、仕事の醍醐味だという実感もあったという。
3社のアイデアの中でも特に印象に残ったのは、ライブコマースを用いて沿線の魅力を発信する共創アイデア。当初、ライブコマースといえば、よくあるテレビショッピングのようなイメージを持っていたという西口氏だが、詳しく話を聞くことで、その先入観は覆されたと語る。マネタイズポイントも見え、大きな可能性を感じているそうだ。
他の神戸市内企業に対する「Flag」のお勧めポイントを尋ねると「当社のような鉄道会社は安全・安心・快適をお客様に提供することが使命であるので、これまで着実に積み上げてきたことを守りながら、新しいことにチャレンジしようとしても、発想やアイデアが固定的になってしまいがち。こうしたオープンイノベーションプログラムを通じて、様々な企業のアイデアに触れることで、個人としても会社としても視野が広がる」と赤瀬氏は話す。西口氏も同調する形で「今まで長年にわたり、守り、育て、そして、着実に積み上げてきた事業が骨格にあるような会社であればあるほど、新しいチャレンジや新規事業などは様々なハードルがあり難しいはず。そういう会社こそ取り組んでみる価値は大きい」と語った。
【アシックス】 同じ課題意識を持つ企業に出会い、次は事業検証のステップへ
<募集テーマ>心と身体の健康に繋がる、農業でのアグリスポーツワーケーションビジネスの創出
株式会社アシックス 事業推進統括部 インキュベーション部 部長 勝真理(かつ まこと)氏
スポーツ領域のグローバルブランド「アシックス」。1949年の創業以来、70年以上にわたり神戸の本社を司令塔に、世界的なスケールで事業を展開してきた。同社のミッションは、すべての人たちの心と体の健康増進に寄与すること。本プログラムでは「アグリスポーツ」という斬新なアイデアで、共創パートナーを募った。起案の背景には、高齢化によって動力の不足する「農業」と、健康増進のために余分なエネルギーを消費する「スポーツ」をかけあわせ、双方の課題解決につなげられるビジネスを創出したいとの想いがある。
3社とのディスカッションを終えたタイミングで、担当の勝氏に話を聞いた。勝氏は「今回我々から提案しているビジネスアイデアは、本当に事業化できるか分からない、パートナーさんと一緒に事業化の可能性を模索するレベルのものだった」と話す。そのため「本当に応募があるだろうか」との懸念もあったという。しかし蓋を開けてみると想定していたよりも多くの応募があり、「同じような課題意識を持って、事業を展開したいと考える企業が、思っていたよりも多い」ことを確認できたという。
マネタイズ方法などは今後の検討事項だが、顧客ターゲットとしては「BtoC」に加えて「BtoB」も考えているそうだ。「小さな事業として取り組むなら、個人や家庭向けという形にもできる。事業として大きくしていくことを目指すなら、BtoB(法人向け)のほうが可能性はある」というのが現時点での見解だ。まずは次のステップとして、共創パートナーとともにアグリスポーツの心身への効果およびビジネススキームなどの検証を行う予定だという。
他の神戸市内企業に対する「Flag」のお勧めポイントを尋ねると「『事業として本当に成り立つのか』『事業化するには色々なパートナーさんを探さないといけない』といった場合に、こうした形のマッチングプログラムは有効だ。自社だけで探すには限界があるので、本プログラムに参加するとよい」と語った。
【エム・シーシー食品】 楽しい時間を過ごせた、伴走コンサルタントの介在も魅力
<募集テーマ>こだわりのライフスタイル提案に向けた新たなサービスの創出
エム・シーシー食品株式会社 常務取締役 営業本部長 水垣 佳彦 氏
エム・シーシー食品は、「100時間かけたカレー」「ナイフとフォークで食べる調理冷凍食品」など多岐にわたる調理食品を、業務用・家庭用に展開している。創業は古く1923年、神戸市長田区で誕生した。約100年の歴史のなかで、延べ10万種類以上の商品を開発してきた実績を持つ。ストーリー性のある食品開発を強みとするが、店舗の陳列棚ではストーリーを伝えきれないことが課題だ。そこで本プログラムでは、上記のテーマを掲げて共創パートナーを募集した。
すべてのディスカッションを終えたタイミングで、担当の水垣氏に話を聞いた。水垣氏は「前向きな方が多く、皆さん想いを持って事業に取り組んでおられる。楽しい時間を過ごせた」と振り返る。とくに印象に残ったのは、廃棄されるコーヒーかすを有機肥料としてアップサイクルする共創アイデアだという。当初の狙いとは異なるが、自社農園でアップサイクルされた肥料を使用すれば「当社にとっても、社会にとっても意義のある取り組みになる」と高く評価する。マネタイズまでのイメージも持てたという。
他の神戸市内企業に対する「Flag」のお勧めポイントを尋ねると「伴走コンサルタント」が大きな魅力だと断言する。取引先などから、相性のよさそうな企業を紹介されたり、ビジネスマッチングイベントに招待されたりすることも多い。しかし、紹介されるだけやマッチングの場を提供されるだけのケースが大半で、伴走コンサルタントがサポートにつくことはない。
「Flag」の場合は、伴走コンサルタントが自社の課題を深く把握し、共創パートナーを発掘してくれる。お膳立てされた状態で、Matching Dayでのディスカッションを開始できる。伴走コンサルタントのサポートがあるという点では、強くお勧めできるプログラムとのことだった。
【神戸新聞社】 インプットの多い1日、一次産業を超えた分野への発展にも期待
<募集テーマ>まだ知られていない地域の一次産業の魅力を県内在住の方へ届けるための新たなサービスの創出
株式会社神戸新聞社 メディアビジネス局営業部 兼 神戸新聞地域総研地域連携部 鄭(てい)由理氏
兵庫県内における新聞発行部数No.1を誇る「神戸新聞」。その発行元である株式会社神戸新聞社は、2018年に創刊120周年を迎え、「もっといっしょに」を合言葉とする「地域パートナー宣言」を発表。地域パートナーとして、メディアにとどまらない新たな事業領域にも進出している。本プログラムでは、兵庫県内の一次産業活性化を意図した、上記のテーマで共創パートナーを募集。この分野ではすでに、新聞輸送トラックを用いたホタルイカや香住ガニの運搬・販売で実績を持つが、さらなる可能性も模索していきたい考えだ。
すべてのディスカッションを終えたタイミングで、率直な感想を担当の鄭氏と木村氏に聞いた。鄭氏は「想像もしていなかった提案もあった。各業界において本気で取り組まれている方ばかりだったので、業界の最先端情報や取り組みを知ることができた」とし、非常にインプットの多い1日だったと振り返る。一方、木村氏は当初、応募企業からは新聞社としての情報発信力に期待されていると思っていたそうだ。しかし話を聞くなかで、「情報発信力だけではなく、地方紙ならではの地元企業との関わりにも期待を寄せられている」ことが分かったという。そこから自社の強みを再認識でき、「向かうべき方向のひとつが見えた気がした」と笑顔を見せた。
「今回は一次産業に絞って募集したが、より広く発展させられそう」との感触も得られたと話す鄭氏。「兵庫県の一次産業を盛り上げるという最終的な目的は変わらないが、そこに至るための手段は一次産業である必要はない」とし、具体的には一次産業と教育を組み合わせた「食育」などに期待を寄せているという。
他の神戸市内企業に対する「Flag」のお勧めポイントを尋ねると「全く別の視点から新しいアイデアをもらえるので、自分たちの考え方を見直すきっかけになる。プログラムに参加する目的が分からなくても、何か悩みがあるのであれば、一旦参加してみるといい。必ずプラスになる」と鄭氏は言う。木村氏も「様々な企業の経営者とお話ができ、HPに掲載されている情報よりも濃い情報を提供してもらえる。自社向けのビジネスモデルを提案してもらえたりもする。とても面白いプログラムだと思う」と語った。
取材後記
ホスト企業10社と共創パートナー候補の約60社が一堂に会し、共創に向けた議論が活発に行われた「Matching Day」。インタビューからは実りあるディスカッションが、各所でなされた様子がうかがえた。この後プログラム内では、各ホスト企業と選ばれた共創パートナーがインキュベーションへと進む。来年3月にはデモデイ(成果発表会)も予定されているそうだ。アイデアがカタチとなり、さらに収益を生むビジネスへ。この第一歩から始まる未来に、期待が膨らむ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)