愛知県企業19社と全国のスタートアップを結ぶ「AICHI MATCHING 2021」マッチングDays――白熱したイベントから参加企業担当者に聞いた手応えとは?
2019年度から年2回のペースで開催されている、ビジネスマッチングプログラム「AICHI MATCHING(あいちマッチング)」。“愛知県の企業”と“全国のスタートアップ”を意図的に結びつけ、共創によってイノベーションの創出を狙うものだ。愛知県が「Aichi-Startup 戦略」の一環として実施している。
本プログラムは今年度も例年通りに進められ、去る10月22日と23日に、 1回目となるBATCH1のマッチングイベント、マッチングDaysが開催された。マッチングDaysでは、愛知県の企業(ホスト企業)と募集テーマに応募したスタートアップが、事業共創に向けて約1時間のディスカッションを行う。共創のファーストステップともなりうる場だ。
今回は愛知県に拠点を構える多様な業界の19社が、ホスト企業として参加。それらのホスト企業が事前に募集テーマを提示し、スタートアップを募ったところ、全国から数多くの企業が集まったという。注目を集める愛知で、今、どのような共創が生まれようとしているのか――その実態に迫るべく、TOMORUBA編集部はマッチングDaysの現場に入り、主催者と参加者(ホスト企業)にインタビューを実施。それぞれの意図や手応えを聞いた。
※なお、本イベントは新型コロナウイルス感染症の影響を考慮し、フルオンライン(oVice)で行われた。
過去最大のエントリー数、次の目標はより多くの「成果」を生み出すこと
まず、「AICHI MATCHING」をリードする愛知県 スタートアップ推進課の榊原氏に、本年度のプログラムの特徴や、過去のプログラムから生まれた成果、本取り組みの狙いや期待について聞いた。
▲愛知県 スタートアップ推進課 榊原氏
――3年目を迎える「AICHI MATCHING」ですが、昨年度から変わった点・進化した点などがあればお伺いしたいです。
愛知県庁・榊原氏: 愛知県の企業(ホスト企業)と全国のスタートアップをマッチングし、イノベーション創出を図るという「取り組みの内容」は、これまでと変わっていません。しかし、「取り組みの仕方」は変わりました。
最大の変化は、eiiconが提供するオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」を活用して周知したことで、参加企業数を増やせたことです。特に、ホスト企業に関しては、愛知県に本社がある企業という条件を設けているため、これまで企業数の確保に苦労してきました。しかし今年度は、26社もの企業からエントリーをいただき、そのうち19社にご参加いただくことができました。この数は、間違いなく過去最大です。
――ホスト企業が増えたことで、どのようなメリットがあったのでしょうか。
愛知県庁・榊原氏: ホスト企業が増えたことで、テーマ毎にカテゴライズできるようになりました。例えば、「機械・自動車・エレクトロニクス」や「飲食」「ヘルスケア」というようにです。テーマ毎に分けることで、スタートアップの皆さんも、応募がしやすくなったのではないかと思っています。
▲マッチングDaysの「oVice」俯瞰図。カテゴリー毎に区分けされた部屋で、各企業がディスカッションを行った。
また、数が増えたことで、従来よりも参加要件を高めることもできました。私たちはビジネスマッチングによる「成果」に期待しています。共創により商品を出し、社会に実装してこそ価値が生まれるからです。今回、ハードルを高めることで、より本気度の高い企業にご参加いただくことができたと感じています。
――マッチングだけではなく、その後の「成果」が大事だと。過去のイベントからは、どのような事例が生まれているのでしょうか。
愛知県庁・榊原氏: 例えば、2020年度のプログラムからは、愛知に本社を置く法曹界向け出版社である新日本法規出版さんと、東京のリーガルテックスタートアップであるミドルマンさんがタッグを組み、オンライン上での紛争解決の推進に取り組むといった事例が生まれています。
また、愛知のケーブルテレビ会社であるスターキャット・ケーブルネットワークさんと、東京のVRスタートアップであるCinemaLeapさんが、VR映画製作ラボプロジェクト「STARCAT VR LAB」を始動するという事例も出てきました。
これら以外にも、Pascoで知られている敷島製パンさんと、「地産地消」「国産原料」をテーマにしたキッチンカー事業の展開を目指すYui supportさんが、「AICHI MATCHING」で出会い、Yui supportさんが敷島製パンさんから資金調達を実施されたという事例もあります。愛知といえば製造業をイメージされるかもしれませんが、私たちの身近な生活に関わる領域でも、続々と連携事例が生まれていますね。
▲農業を通じた地方創生事業を手がけるYui support株式会社は、敷島製パン株式会社から資金調達を実施した(参考:プレスリリース)
――続々と成果が出てきているのですね。改めて愛知県が、「AICHI MATCHING」にかける想いや期待についてお聞きしたいです。
愛知県庁・榊原氏: 愛知県は、イノベーション創出と生産性向上を大目標に掲げています。その中の重要な戦略として、Aichi-Startup戦略を位置づけています。本戦略は、既存産業と、いわゆる都市型のユニコーン創出とのオープンイノベーション推進が2本柱です。特に愛知県は製造業が盛んなので、前者のオープンイノベーションにウェイトを置いています。
▲「Aichi-Startup戦略」概要版より抜粋
――オープンイノベーションの推進によって、愛知県の企業と全国のスタートアップ、双方を盛り立てていくということですね。
愛知県庁・榊原氏: はい。愛知県の事業所数は全国で4番目に多く、36万事業所を超えます(※)。資金力があり、オープンイノベーションに割ける体力のある企業も多いです。日本経済の成長エンジンは東京と愛知にあると考えていますが、このいずれかが衰退すると、日本経済の先行きが不透明になることは、間違いありません。今、私たちがイノベーションの創出に取り組まなければ、日本の将来が危ういという危機感を強く持っています。
ですから、オープンイノベーションをさらに盛り上げ、「愛知に来たら、商売相手がいる」という状況を、できるだけ早急に構築したい。これが、「AICHI MATCHING」にかける私たちの想いであり、本事業の目的です。
――最後に、今回のイベントに参加している企業の皆さんに対して、一言メッセージをお願いします。
愛知県庁・榊原氏: オープンイノベーションに慣れない企業に対してお伝えしたいことは、失敗を恐れずに小さく速く、とにかく1回やってみること。これだけです。一方、すでにオープンイノベーションの実績が豊富な企業に対しては、「オープンイノベーションに取り組んだことで、こんな良いことがあった」という事例を積極的に発信してほしいです。今後も、こうした機会を増やしていく予定なので、これらの機会を「使い倒す」ぐらいの姿勢で、皆さんにご活用いただければと思います。
ホスト企業5社に聞いた、参加してみての手応えや今後の展望
続いてホスト企業の5社(日本特殊陶業株式会社・タツミ化成株式会社・株式会社八幡ねじ・株式会社MTG・トヨタ自動車株式会社)に、ショートインタビューを実施。本プログラムに参加した理由や参加してみての感想・手ごたえ、今後の展望など、忌憚のない意見を聞いた。
■日本特殊陶業株式会社
<募集テーマ>無理なく・無駄のない、エネルギー・環境社会へ
▲日本特殊陶業株式会社 ビジネスクリエーションカンパニー 岩井氏
セラミックを応用した製品を展開する、日本特殊陶業。スパークプラグや酸素センサーなどの自動車向け部品を中心に、産業・医療用途など幅広く提供している。担当・岩井氏の話によると、同社は長期経営計画の中でも、新規事業を加速させていくことを強く打ち出しており、その一環でオープンイノベーションにも注力しているのだという。こうした背景から、本イベントへの参加を決めたそうだ。
今回、運営を担うeiiconのメンバーが第三者として議論の場に同席したことで、単純に他社とつながるだけではなく、自社では気づけないような冷静な視点で、共創に向けて議論ができ、次のステップへと進めることができたと話す。また、「当初の想定と違う領域でも、ディスカッションを深めることで、新たな可能性を発見できた」という。中には、すでにサンプルを送ってもらい、次の打合せのスケジュールまで組んだ企業もあるそうだ。
複数社との議論を終え、岩井氏は「質も加味しつつ、積極的に"点"を打つことが大事だと気づいた」と振り返る。今回、複数の企業とつながれたことで、複数の"点"を打つことができた。その後の"線"は、自社内でや、企業との追加ディスカッションで、結び付けていきたいと話す。また、「プレゼンを一方的に聞くだけだと1つの点になるが、ディスカッションをすることで、無数に線があることにお互い気づけたこともよかった」と語った。今後は、"点"から"線"そして"面"へと育て、新規事業創出を加速していきたい考えだ。
■タツミ化成株式会社
<募集テーマ>プラスチック加工による「モノづくりの可能性」を提案
▲タツミ化成株式会社 課長代理 西垣氏
タツミ化成は、プラスチック製品の設計・試作から量産までを一貫して手がけている。多種少量生産により、新規の製品立ち上げに対する実績や扱う材料の種類も豊富なことが特徴だ。同社は、新しいことに積極的に取り組む会社であることから、これまでもビジネスマッチングイベントには頻繁に参加してきた。しかし、オンラインのイベントは、今回が初めてだったという。
担当の西垣氏に、オンライン(oVice)上でディスカッションをしてみての感想を聞いたところ、「表情がつかみづらい場での初対面は、難しいとの印象を受けた」というのが率直な感想だった。一方で、オンラインだからこそ、気軽に参加できるというメリットもあり、「コロナ禍中で、愛知県以外の企業さんと、気軽に話せる場がなかったので、こうした場がありがたい」とも語った。
1社とディスカッションを終えたばかりのタイミングで本インタビューを実施したが、次はロボットベンチャーとのディスカッションが控えているという。西垣氏は、ロボットベンチャーと議論することは稀だと話す。「当社はアナログな部品が多いので、ロボットなどデジタル寄りの話をできることが、とても楽しみだ」と期待を込めた。
■株式会社八幡ねじ
<募集テーマ>環境と人にやさしい物流の実現
▲株式会社八幡ねじ 清水氏
八幡ねじは、「ねじ」を中心とした締結部品を扱い、日本国内外に製造工程も持つ「モノづくりもできる専門商社」だ。同社は1回目の「AICHI MATCHING」から参加している。初回は愛知県からの誘いを受けて、参加を決めたのだという。継続して参加している理由を尋ねたところ、担当・清水氏は「考え方やビジネスの進め方など、自社にはないものを得られることが魅力だ」と話す。また同社は、自社だけがよくなっても意味がないという考え方であることから、パートナー企業と「ともに高めあえ、切磋琢磨できる点が、非常に魅力的なポイントだ」と語る。
本年度のプログラムについて感想を聞くと、モノづくりやモノづくりの支援を行う同社から見て、よりニーズに近いスタートアップに出会えた点がよかったとコメント。複数社とのディスカッションを終え、そのうち1社とは「実際に検証をしてみよう」という話へと進んだそうだ。すぐに商品化できるものではないが、検証で好ましい結果が出れば、共同開発という形で、さらなる可能性を探っていく考えだという。
■株式会社MTG
<募集テーマ>世界中の人々の、健康で美しく生き生きとした人生の実現
▲株式会社MTG インキュベーション推進室 白井氏
MTGは「ReFa」「SIXPAD」に代表される美容・フィットネス機器や、除菌液等の衛生用品・健康器具等を手掛けるメーカーだ。今回、話を聞いた白井氏のチームは、社外協業先や新規事業のネタを探索することを役割としていることから、こうしたビジネスマッチングのイベントにはよく参加しているという。同社は、以前も参加していることから、違いを聞いてみたところ、「大きな変化はないが、対面とオンラインという点では異なった」とのこと。
今回は10社程度のスタートアップとディスカッションを実施。手応えとしては、オンラインシステムの使い方に課題感はあったものの、「様々な企業と話すことができ、全体を通してはよかった」と話す。テーマに対する合致度も、比較的高かったという。来年3月にはデモデイも開催される予定だが、それに向けてどのような動きができそうか聞くと、「組み合わせによって、お互いにシナジーが生まれ、お互いにメリットがある。そう発展させるまでに、ピントがずれてくることもあると思っている。しかし期待として、少なくとも1社とは、何か形にしたい」と話した。
■トヨタ自動車株式会社
<募集テーマ>“地球環境に配慮したプロダクト” の開発・製造・販売
▲トヨタ自動車株式会社 新事業企画部 事業創造グループ 鬼頭氏
「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」というビジョンを掲げ、自動車関連事業だけではなく、SDGs・カーボンニュートラル等の社会的課題の解決に向けた技術革新、新規事業創出への対応も加速させているトヨタ自動車。担当・鬼頭氏に参加理由を聞いたところ、2つあると話す。ひとつは、新規事業に取り組むうえで、1社で完結することはほとんどなく、スタートアップとの連携を検討するためだ。もうひとつは、愛知県のモノづくり関連スタートアップを盛り上げたいという想いに、製造業として共感したからだという。
参加してみての率直な感想を尋ねると、「募集テーマに関係する話ができたところは、それほど多くはないものの、派生形で新たな気づき・インサイトを得られたことは非常によかった」と返答。「1社につき1時間という場だったが、お互い事前に資料を読み込んだうえで、ディスカッションを開始できたので、腹を割って議論ができ、いい関係を築くことができた」と振り返る。今後に関しては、「継続的にディスカッションをしたいと思った企業がいくつかあるので、引き続き議論の場を設けながら、成果が出せるようにしていきたい」と語った。
「AICHI MATCHING 2021」BATCH2 も、続いてスタート
2021年度のBATCH1は、マッチングDaysを終了し、各社でのインキュベーション期間へと入ったが、それに続く形でBATCH2が動き出している。ホスト企業の公募期間は11月11日(木)まで。11月中旬にホスト企業を決定し、その後、12月中旬よりスタートアップの募集を開始する。そして、来年3月には、成果発表会も予定されているという。
※BATCH2のスケジュールや申し込み等の詳細に関しては、こちらをご覧ください。
取材後記
愛知県庁・榊原氏の話にあった通り、このイベントを通じてマッチングし、事業共創や資金調達へとつながった事例が続々と生まれている。それは、愛知が得意とする「製造」にとどまることはなく、「食品」や「農業」、あるいは「司法」といった領域でも広がっている。事業共創の第一歩となる「AICHI MATCHING」――この場は、ホスト企業にとっても、スタートアップにとっても、新たなビジネスチャンスを得られる絶好の機会なのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)