"移動・交通"を担う愛知県企業2社(トヨタ自動車・名鉄)の新規事業担当者にインタビュー!『あいちマッチング』で生み出された成果とは?<後編>
政府や自治体などの積極的な後押しもあり、近年、新規事業創出やオープンイノベーションの取り組みが活発になっている。そうした中、愛知県はイノベーション創出の仕組み作りを喫緊の課題と捉え、他に先駆けて2018年に「Aichi-Startup 戦略」を策定。戦略に基づくひとつの施策として、愛知県企業の高い技術力・ノウハウと全国のスタートアップの新しい技術・サービスの掛け合わせで、新規事業創出を目指すプログラム『AICHI MATCHING』(以下、あいちマッチング)を実施している。
今回、『あいちマッチング』に参画いただいた、オープンイノベーションによる新規事業創出に熱心な愛知県企業にフォーカス。新規事業の担当者に、プログラムに参加した背景やパートナー企業との共創プロジェクトの概要と成果、今後の目標や構想などをお聞きした。その内容を前編・後編に分けてお伝えする。
先日掲載した前編に続く、今回の後編記事では、モビリティカンパニーへの変革を目指す「トヨタ自動車」と、名鉄オープンイノベーションLabを設立し共創活動にも積極的な「名古屋鉄道」の2社を取り上げる。
【トヨタ自動車】 仲間づくりが、新規事業の足掛かりに
▲トヨタ自動車株式会社 新事業企画部 事業開発室 事業化2グループ長 鬼頭 司 氏
――貴社は2021年・2022年と2期連続で『あいちマッチング』に参画しています。まずは参画の背景を教えてください。
鬼頭氏 : 当社は2019年からトヨタ事業創出スキームを整備し、その仕組みの元で新規事業創出に取り組んできました。現状、私たちのグループで進めているアイデアの多くは、基本的には自社のみで推進していますが、一社単体で新たな事業を生み出すのは難しい場合もあり、ソリューションのアイデアも単調になってしまうことがあります。
当社の持つものづくりのノウハウや技術など、強みを活かすことは前提です。その上で、サービスなどの他事業との掛け合わせで新しい事業が生まれるのではないか。そうした考えのもと、オープンイノベーションプログラムである『あいちマッチング』に興味を持ちました。
当時の『あいちマッチング』はコロナ禍で行われており、私たちとしては、どのようにしてスタートアップの方々に会えば良いのかと思案していた時期でもあったのです。その点、『あいちマッチング』ではオンラインでマッチングの場を作っており、とてもありがたかったです。共創にむけてのテーマについては、2021年のbatch1・batch2、2022年でそれぞれ変えながら、参加いたしました。
――2021年はカーボンニュートラルなど「環境」をテーマに、2022年はWeb3など「デジタル」をそれぞれテーマにしていますね。
鬼頭氏 : はい。応募当初はいずれも設定したテーマが少し広いのではと感じていました。そのような中、『あいちマッチング』の運営を担うeiiconの皆さまと壁打ちをしながら少しずつ解像度を高め、2021年のbatch1では”サーキュラーエコノミー”をテーマとしました。ただ、それでも抽象度は高く、ご応募いただいたスタートアップの皆さまには、共創のイメージが付きにくかったかもしれません。
実際、人工レザーを開発しているスタートアップからの応募もあれば、AI系のスタートアップからの応募もありました。結果として、マッチングを果たせたスタートアップは1社です。こうした反省を踏まえ、2021年のbatch2ではテーマの解像度を”サーキュラーエコノミー”から少し高めて”アップサイクル”としたところ、応募数は減りましたが、質の高いマッチングにつながりました。テーマを絞ることで、マッチングする精度が高まる手応えはあります。
――2022年はテーマを大きく変えて、Web3を掲げています。
鬼頭氏 : 当時、Web3という言葉がメディアに踊り始めた時期で、NFTやトークン、また、X to Earnが注目されました。そのような中、新しい分野へのチャレンジ、情報収集をすることが新規事業の探索につながると考えたのです。特に、Web3の良い点を活かして、社会課題解決に資するようなプロジェクトにつながることを目指しました。
例えば、地域活性化、カーボンニュートラル、ヘルスケア、健康増進などは、社会課題として認識されているものの、解決に向けた活動の取組みには時間がかかります。それをNFTやトークンを活用してちょっとしたインセンティブを付与する。その結果、これまで解決の糸口があるものの、推進に苦労していたところを改善できるのではないかと考えたのです。
日本酒のスタートアップと共創に取り組む
――それぞれの共創プロジェクトの成果や進捗をお伺いできればと思います。まずは2021年の成果についてお聞かせください。
鬼頭氏 : batch1では、日本酒のスタートアップとマッチングし、木製酒器を作ろうという話で盛り上がりました。私たちのグループでは中山間地域で取り組んでいるプロジェクトがあり、現場の課題として多くの間伐材を抱えていました。間伐材は燃やせばCO2排出の原因となりますし、放っておいても場所を取るだけです。当社の持つものづくりのノウハウ・技術と日本酒をグローバルで広めたいスタートアップの知見の掛け合わせで、社会貢献につながるプロジェクトができるのではないかと思案しました。
――スタートアップとの共創で難しさや壁を感じることはありませんでしたか。
鬼頭氏 : そうですね、互いに互いの業界や商習慣、文化を詳しくは理解できていないところがありましたので、その点の情報格差を埋める必要はありました。その対策として、早い段階で当社の工場を見てもらったり、当社もスタートアップの手がける日本酒の販売店に足を運んだりして、うまくギャップを埋めることができたと思います。
――テーマを”アップサイクル”に絞ったbatch2では、どのような成果が得られましたか。
鬼頭氏 : 車の生産工程で生じるシートレザー、シートベルト、エアバッグなどの端材や廃材を活用することを目指しました。具体的な成果の一つとして、シートベルトやエアバッグの端材を活用したバッグの製作につながりました。一口にアップサイクルの商品といっても幅広くあります。その為、私たちとしてはオープンイノベーションでの商品開発以外にも内製開発を実施し、どのような商品が受け入れられるか、社内で販売を実施して、反応を探るなどしました。また、別の視点ではボタニカルアートへの活用などもあり、当社だけではなかなか思いつけないアイデアと出会えることができたと感じています。
――社内の反応はいかがでしたか。
鬼頭氏 : とてもポジティブに捉えられ、良い反応が返ってきましたね。
――テーマを大きく変えた2022年はいかがでしたでしょうか。
鬼頭氏 : おかげさまで、多くのスタートアップと話をすることができました。Web3も抽象度の高いテーマで、現時点においてもまだ試行錯誤が続いている段階です。スタートアップの皆さまも、当時は手探りで新たなビジネスを探しているような印象を受けました。その意味で、大きな可能性を秘めている分野とも言えます。
――事業創出につながる手応えはあったでしょうか。
鬼頭氏 : ブロックチェーンを使ったソリューションのアイデアが出てきています。本来であれば、ブロックチェーンはお客様の困りごとを解決する手段の一つですが、現在はお互いの持っているアセットやリソースで何ができるかという観点でディスカッションを重ねています。
一つ見えてきたのが、アップサイクルの商品との掛け合わせです。ブロックチェーンはトレーサビリティと相性が良いので、素材の出所を証明するのに役に立つと思います。そうすることで、お客様に安心をお届けできるのではないかと思考しています。
『あいちマッチング』は、全国のスタートアップと出会える有力な場
――『あいちマッチング』は2023年度も開催します。参画を検討している事業会社の方にメッセージをお願いします。
鬼頭氏 : お客様の価値観が多様化してきています。そのような中で新規事業を創出するには、私たちも多様な知見を掛け合わせて、多くの仲間と共に活動をしていく必要があると思っています。斬新なアイデアを持つスタートアップなどとパートナーシップを結べるオープンイノベーションは有効な手段です。中でも『あいちマッチング』は県内外のスタートアップと出会える場です。”あいち”と冠していますが、愛知県の枠を超え、本当にさまざまな出会いが創出されます。参画する意義は非常に大きいと言えるでしょう。
――オープンイノベーションに慣れていなくても大丈夫でしょうか。
鬼頭氏 : はい。スタートアップとのオープンイノベーションに慣れていなくても、愛知県やeiiconさんのバックアップがありますし、勉強会もあります。その意味で、安心して臨めるのではないでしょうか。
オープンイノベーションはどちらが上ということはなく、対等な関係で行われます。そうした「共創」がきちんとできているか、eiiconのコンサルタントの皆さまがきちんと見て適宜、フィードバックが行われます。私自身、学びや気づきが多く、助けられたところが多々ありました。参画には大きなプラスがあると実感しています。
【名古屋鉄道】 『あいちマッチング』を通して”共創に積極的”というブランディングを構築
▲名古屋鉄道株式会社 事業創造部 チーフ(事業創造担当) 堀場 萌美 氏
――貴社は2年連続で『あいちマッチング』に参画となりましたが、参画するにいたった経緯・背景を教えてください。
堀場氏 : 当社は『あいちマッチング』に参画する以前からも、新規事業の創出に取り組んでいました。私自身、これまでに保育事業を立ち上げた実績もあります。一方で、グループ企業を約120社も抱えていることもあって、自前主義が強く、オープンとは言えない雰囲気があったのも事実です。
そうした頃にコロナ禍の影響などで痛手を受け、「このままではいけない、共創にも目を向けなければならない」と、意識が大きく切り替わりました。ちょうどそのタイミングで『あいちマッチング』を知ったのです。ぜひ参画し、新規事業の創出につなげていきたいと考えました。
――本年度は「名鉄オープンイノベーションLab」立ち上げなど、新規事業の取組みに積極的ですね。おっしゃるように、共創意識の高まりがうかがえます。
堀場氏 : はい。当社は中部エリアで唯一の私鉄であり、「オープンイノベーション」と冠するラボを持つことで、当社が共創に前向きで、他社との接点を求めていることが広く認知されるようになりました。私たち自身が外に行く機会も増えましたし、さまざまな企業の方からお声がけをいただくようになっています。
――『あいちマッチング』に参画していかがでしたか。率直な感想、感じたメリットをお聞かせください。
堀場氏 : 当社にとって最大のメリットであり、参画の意義は”課題と向き合えたこと”だと感じています。課題というと、何となく自分たちでこれだろうというものはあると思いますが、それが真の意味で課題と言えるのか、実ははっきりしないことが多いのです。
『あいちマッチング』では、愛知県やeiiconのコンサルタントの方に何度もアドバイスを受けました。世の中やお客様が求めるニーズを捉え、本当の意味での課題を見つける。その上で、パートナー企業にどんなアセットやリソースを提供できるかを考える。ディスカッションを通じ、あらゆる面が深堀できました。『あいちマッチング』を意味のあるものにし、最後までやり抜くためのサポートを受けることができて、知見が広がりましたね。
加えて、『あいちマッチング』の主催は愛知県で、運営を担うeiiconはメディアを持っていることから、広報・PR面でも大きなメリットがありました。お伝えした通り、当社がオープンイノベーションに乗り出したのは最近のことなのですが、スピーディーに認知を広めることができました。2023年3月に開催されたデモデイ(※)に登壇した後は、東京など他の地域の方からも多くお声がけをいただいています。
※参考記事:【AICHI INNOVATION DAYレポート<後編>】 愛知県企業とスタートアップの化学反応で生まれた新たな事業とは?3チームが披露したビジネスモデルを紹介
スタートアップと共創、実証実験を通じ、新たな気づきを得る
――昨年度は株式会社INJUSさんと株式会社ユカシカドさん、両社との共創を実現しています。具体的にどのようなことを行ったか、お聞かせいただけますでしょうか。まずはINJUSさんとの共創をお伺いできればと思います。
堀場氏 : INJUSさんはスマホ向けネイティブアプリやLINEアプリなどの開発を行っています。名鉄グループでITコンサルティングやシステム開発・運用などを担う株式会社メイテツコムと共創しました。メイテツコムは新規企画としてLINEを活用することを思案していた一方で、自社にLINEミニアプリの開発ノウハウがありませんでした。こうした背景もあり、INJUSさんとマッチングしたのです。
両社が共同で開発を進めたのが、学校向けのメモアプリ「MEMOLIN」で、特に部活動の連絡や記録に使われることを想定しています。マッチングしてから3カ月足らずでプロトタイプをリリースしており、非常に展開が早かったのが印象的です。
――ユカシカドさんとの取り組みも教えてください。
堀場氏 : ユカシカドさんは栄養改善に特化したスタートアップで、尿検査を実施してその結果から一人ひとりに合わせたサプリメントや食品を提案します。当社は『あいちマッチング』のテーマとして、空き区画の活用を掲げていました。ユカシカドさんと話し合いを進める中で、沿線住民の方の健康寿命の延伸が重要なテーマになると気づいたのです。
当社にとって、沿線住民の方の健康は、事業収益に直結します。他方、ユカシカドさんは主にオンラインで事業を展開しており、リアルタイムでの栄養提供に課題がありました。互いに補完できる関係にあり、良い共創になると、とても盛り上がったのを覚えています。
――2023年3月にはユカシカドさんと実証実験を行っていますね。
堀場氏 : 3月30、31日の両日に、名鉄一宮駅で行いました。お客様の健康に関する課題をヒアリングし、必要な栄養素が取れる食品・飲料を販売するというものです。健康や栄養への関心度合いを調査する目的もあり、その意味で、ユカシカドさんは得るものは非常に多かったと話していました。特にオンラインサービスは高齢者にとって使いづらい反面、需要は高齢者のほうが高いというジレンマがあります。オフラインとどう連動させていくかは、重要な課題として捉えられました。
――ユカシカドさんとの共創や実証実験を通じ、貴社はどのような気づきがありましたか。
堀場氏 : 当社もヘルスケア領域についてまったく取り組みがなかったわけではありません。しかし、沿線に住む方々の健康寿命の延伸という観点にはあまり着目できていませんでした。もっと目を向けるべきだという議論が社内でも沸き起こっています。個人的には、今後はグループとして、ヘルスケア領域に注力できればと考えています。
なお、ユカシカドさんは最近パーソナライズの新商品をリリースされたようです。着実に事業を拡大していると実感しています。当社としても、ユカシカドさんとの共創の検討を続けていきたいと考えています。
特に新規事業の経験の浅い方に、おすすめしたい
――『あいちマッチング』への参画を検討している企業へ、メッセージをお願いします。
堀場氏 : 『あいちマッチング』の大きな魅力は、サポートが手厚いことです。ですので、特にこれから新規事業の取り組みに着手するに当たり知見が浅く、何から始めていいかわからない、という企業の方にとっては、大きなプラスになるのではないでしょうか。
さらに『あいちマッチング』は経験を積みながら、新規事業の創出を経験できるプログラムだと思います。課題設定からスタートアップとの具体的な協業方法の検討、PoCまでを多くの方のサポートを受けて進めることが可能です。当社がそうだったように、きっとたくさんの気づきや学びが得られるでしょう。
また、スタートアップだけではなく、愛知県内の事業会社との出会いもあります。あまり関わりのなかった事業会社とつながりを持てたことは、とてもありがたいことでした。『あいちマッチング』の活動が終わっても交流が続き、継続的に意見交換などを行っています。
――事業会社、大手企業同士のオープンイノベーションも考えられるのではないでしょうか。
堀場氏 : そうした可能性もあると捉えています。『あいちマッチング』を通じ、事業会社のコミュニティが形成されているので、今後何かしらの共創プロジェクトが生まれるかもしれません。
――今後、スタートアップ、大手を含め、どのような領域の企業と出会いたいとお考えでしょうか。
堀場氏 : 当社はさまざまな領域での新規事業の創出を目指しており、さまざまな業種・業界の方々とお会いしたいと考えています。中でも、今後は、ものづくりを手掛けている方たちとも積極的にコンタクトをとっていければと考えています。
取材後記
『あいちマッチング』は、「愛知県企業×全国のスタートアップ」で新規事業の創出を目指す上で、非常に有効性が高いと言える。共創に関する知見がまったくなかったとしても、手厚いサポートのもと、進めることが可能だ。仮に好ましくない方向に進みそうになったら適宜、軌道修正が行われる。その意味で、これからオープンイノベーションで新規事業の創出を目指す企業にとっては、多くの気づきや学びが得られる場となるはずだ。
また、全国のスタートアップと最適なマッチングが支援され、かつ事業会社同士の横のつながりができることから、共創の経験がある企業にとっても得られるものは大きいだろう。少しでも興味を持ったら、今年度の『あいちマッチング2023』のWebサイトを確認していただきたい。
https://eiicon.net/about/aichimatching2023/
(編集・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)