愛知県メーカー2社(FUJI・八幡ねじ)の新規事業担当者にインタビュー!『あいちマッチング』で生み出された成果とは?<前編>
政府や自治体などの積極的な後押しもあり、近年、新規事業創出やオープンイノベーションの取り組みが活発になっている。そうした中、愛知県はイノベーション創出の仕組み作りを喫緊の課題と捉え、他に先駆けて2018 年に「Aichi-Startup 戦略」を策定。戦略に基づくひとつの施策として、愛知県企業の高い技術力・ノウハウと全国のスタートアップの新しい技術・サービスの掛け合わせで、新規事業創出を目指すプログラム『AICHI MATCHING』(以下、あいちマッチング)を開催している。
『あいちマッチング』に参画いただいた、オープンイノベーションによる新規事業創出に熱心な愛知県企業にフォーカス。新規事業の担当者に、プログラムに参加した背景やパートナー企業との共創プロジェクトの概要と成果、今後の目標や構想などをお聞きした。その内容を前編・後編に分けてお伝えする。
前編となる本記事は、愛知に本社を構えるメーカー2社が登場。電子部品実装ロボットや工作機械の開発・製造を手がける「FUJI」と、ねじをはじめとした締結部品を提供し社会インフラを支える「八幡ねじ」の担当者に話を聞いた。
【FUJI】 AIスタートアップの共創で自動搬送ロボットの事業化を目指す
▲株式会社FUJI イノベーション推進部 課長 神谷 一光 氏
――貴社は2023年度も含め、3期連続で『あいちマッチング』に参画しています。最初に参画を決めたのはどのような理由からでしょうか。
神谷氏 : スタートアップと会うことができる場が仕組みとして提供されていることが大きな理由です。当社もスタートアップを探すノウハウやネットワークを持っていますが、単独で多くのスタートアップに効率よく出会おうとすると、大変な労力がかかります。『あいちマッチング』に参画することで、これらのことが解消されると考えたこと、そして質の高いスタートアップと出会えることを期待したため、参画を決めました。
――連続で参画しているということは、『あいちマッチング』を通じたスタートアップとの出会いに手応えを感じていらっしゃると?
神谷氏 : はい。非常にポジティブな印象を持っています。実際、参画したすべての期で、当社の抱える課題について、共に解決を目指していただけるスタートアップと出会えています。良いスタートアップ、優秀なスタートアップと継続して出会える期待を持っており、今期も参画する運びとなりました。
――良いスタートアップと出会えているとのことですが、そのほかに感じているメリットなどはあるでしょうか。
神谷氏 : 『あいちマッチング』の運営を担うeiiconの方々にスタートアップとのマッチングから共創、PoCまで一連の流れを伴走してフォローアップしていただき、新しい学びが多かったと感じています。特に、マッチングがシステムとして構築されており、事業会社が活用しやすい形になっているのが良かったです。
こうしたプログラムの中には、出会いの場だけが提供されるケースもあります。その場合、事業会社の担当者がスタートアップとの出会いに慣れていれば良いのですが、うまくコミュニケーションを取れずに終わってしまう可能性もあります。
しかし、『あいちマッチング』では、いつまでに何をすべきかマイルストーンごとのアウトプットが明確で、担当者の方にはスケジュール通りに進められる支援体制があります。他の通常業務を並行して行っている中で、しっかりとサポートいただけたのは、ありがたいことでした。
PoCでの評判は上々、事業化の可能性も大きい
――貴社は3期とも共創プロジェクトを実現しています。その中で、画像AIスタートアップのbestat株式会社さんとの共創の概要や進捗をご共有ください。
神谷氏 : bestatさんと取り組んだテーマは、大規模小売店のバックヤードから商品を持ってくる自動搬送ロボットです。具体的には商品を載せるカゴ台車の下に潜り込むロボットで、商品を載せた後、自動で売場まで運ぶことを目指しました。これはもともと当社が取り組んでいたプロジェクト。当社だけではなかなか最適なソリューションを導き出せなかったのですが、bestatさんの技術をベースに課題解決手法を共に模索し、大きく前進させることができました。現在もさらなる機能向上に向け、進化し続けています。
――bestatさんのどのような技術を活用したのでしょうか。
神谷氏 : 画像を用いた物体認識の技術です。ロボットが台車に潜り込む時、車輪の位置などを正確に把握できないと、狭い通路の走行に支障が出るリスクが高まります。この時に、bestatさんの画像AIの技術を活かすことができました。実はbestatさんは物流について経験は持っていませんでしたが、当社が必要としている具体的なソリューションを目にしたbestatさんは、自社の技術が応用できるのではないかと考えたそうです。
――どんな技術を求めているか明示することで、良いスタートアップに出会えるという好事例ですね。
神谷氏 : 仰る通り、テーマに具体性を持たせたことが、当社にとっても、スタートアップとのスムーズなマッチングに繋がったと認識しています。逆に、テーマが広すぎたりぼやっとしすぎていたりすると、スタートアップ側もどんなソリューションを提供して良いかわからず、困るのではないでしょうか。その結果、マッチングの精度が下がることもあるかもしれません。この事例は、テーマにある程度の具体性を持たせることの大切さを改めて実感した良い事例になりました。
――bestatさんとの共創は現在、どのような局面を迎えていますか。
神谷氏 : 大手ホームセンターで実証実験を行っています。「既になくてはならないものになっている」など、好評をいただいており、嬉しく思っています。店舗内は、カゴ台車を運ぶには通路幅は狭く、また、重たいカゴ台車を人手で運ぶため、危険が伴う場合があります。このため、自動搬送ロボットの導入は、人手不足解消はもちろんのこと、労働災害の低減・撲滅についても期待されています。
▲営業終了後の店内にてカゴ台車を搬送するロボットの様子(画像出典:プレスリリース)
――2023年度はどのようなテーマを設定しているのでしょうか。
神谷氏 : 引き続き、自動搬送ロボットを扱い、マッピングをテーマにします。求めているのは、店舗のマップを自動生成する技術です。店舗に自動搬送ロボットを導入する際、店舗スタッフ側でロボットのセットアップをするのは困難を伴うので、自動でマップを作れるようにしたいのです。
家庭で使われるお掃除ロボットもマップを自動生成しますが、家庭の場合は壁や家具にぶつかっても、それほど大きな問題にはなりません。一方、店舗の場合は商品が陳列されており、ぶつかりながらマップを作るわけにいきません。店舗面積も広くランダム動作だけではマップ作成の時間も大幅にかかってしまいます。また、店舗はさまざまなディスプレイがされており、ポップをはじめ、天井から何かをつるしているケースもあります。このため、当社としては2Dのみならず、3Dの技術も歓迎しています。
募集テーマに具体性を持たせることが、良い出会いを実現する重要なポイント
――『あいちマッチング』への参画を検討している企業にメッセージをお願いします。
神谷氏 : 自社だけでスタートアップを探し、自分たちにマッチする企業と出会うのは、そのノウハウを持っていたとしても、なかなか難しいと感じます。『あいちマッチング』では、第三者が間に入りマッチングを実施します。これはとてもありがたい仕組みで、共創による新規事業の創出を目指す第一歩となるのではないでしょうか。マッチングは愛知県さん・eiiconさんのサポートがありますので、自社にとって最良のスタートアップとの出会いが実現されます。その上で、共創からPoCまで一通りのことが経験できるでしょう。
――事業会社側で準備しておくことはあるでしょうか。
神谷氏 : 会社、少なくとも新規事業開発担当者が共創にコミットし、協業のための環境や体制の準備をすることが欠かせません。当社でも決してスタートアップに丸投げすることはせず、自社の強みを整理し、スタートアップの強みを理解するよう努力し、お互いの強みを持ち寄って、うまく組み合わせることで、スタートアップと共にサービスやプロダクトを作り上げていくことを心掛けるようにしています。その際、事業部を巻き込む準備をしておくことも重要です。新規事業の担当者とスタートアップで盛り上がっても、事業部の協力を得られない場合、そこで頓挫してしまいますから。
――“具体的なテーマアップ” “自社の強みの整理” “事業部の巻き込み”いずれも、とても大切なポイントですね。
神谷氏 : はい。いろいろお伝えさせていただきましたが、『あいちマッチング』のサポートは手厚く、オープンイノベーションを考えているのなら、積極的に参画することをお勧めします。
【八幡ねじ】 スタートアップ3社と共創プロジェクトを進め、PoCを実施
<右>株式会社八幡ねじ 企画開発部 部長 渡邉 雄一郎 氏
<左>株式会社八幡ねじ 技術開発課 課長 清水 規央 氏
――まずは『あいちマッチング』に参画した背景を教えてください。
渡邉氏 : 当社はねじの製造を手がけ、多品種少量の製品を効率的に出荷するために物流システムの自社開発を進めています。当社としてはより事業を高度化させたいとの思いを持っており、特に物流については現状を大きく変える必要も感じていました。一方で、自社だけで高いレベルの目標を達成するのは限界があります。そこで、スタートアップの力を借りることはできないかと、『あいちマッチング』に参画したのです。
――物流について、具体的にどのような課題があったのでしょうか。
渡邉氏 : 近年はEコマースの隆盛で、これまで以上に小口の依頼が増えています。現状の人員ではお客様のニーズに対応するのが困難になっていくことが予想されます。新たに人材を確保しようとしても、人口減少が進む中で容易なことではありません。コストもかさむ一方となってしまうでしょう。このため、物流の自動化は必須と捉えており、スタートアップには自動化に関するソリューションを求めました。
また、当社の場合は商品単価が決して高いとは言えないこともあり、大規模な投資をして自動化を進めてしまうと結局、コストメリットが得にくくなってしまいます。単純に倉庫を作り変えてしまえば良いということではありません。この点も加味しながら自動化を進めることが必要になっています。
外部企業との新たな出会いが、自社の社員の視野を広げた
――貴社は2021年から3年連続で『あいちマッチング』に参画しています。プログラムに参加しての感想をぜひお聞かせください。
渡邉氏 : 非常に多くのスタートアップと出会え、当社にとって良い経験ができたと思っています。どのスタートアップも熱心に思いを伝えていただき、最終的には3社のスタートアップとパートナーシップを結ぶに至っています。マッチングの確度も高く、愛知県さん・eiiconの方たちの支援はとてもありがたかったです。
清水氏 : スタートアップの方と議論することで、自分たちの目指していることや課題がより明確になったことも大きなプラスだったと思います。3社との共創プロジェクトはいずれもPoCまで進んでいますが、当社にとってPoCは新しい概念でした。
――詳しく教えてください。
清水氏 : 当社は老舗企業ということもあり、やれるとなれば100%全力を尽くしますが、できないことには手を出さないという考え方がありました。その点で、「できるかできないか分からないことは、まずPoCで試してみる」というのは、目から鱗と言いますか、とても新鮮で納得のいくものでした。PoCの概念を取り入れることで、よりチャレンジングな試みができるようにもなるはずです。
――スタートアップとの共創で、社内に変化などは見られたでしょうか。
渡邉氏 : そうですね。外部の方と接することで、さまざまな視点を獲得できたのではないでしょうか。とても良い経験になり、視野が広がっています。
清水氏 : スタートアップとの共創で、工場にAGV(無人搬送車)を導入することになったのですが、「ここに導入されたらより業務が効率化されるから2台目を入れましょう」という話が現場から出ています。こうした提案がこれまで現場から出ていることはありませんでした。大きな変化があったと感じています。
経営層からの期待も多く、事業化が望まれている
――次に、具体的な共創プロジェクトについてもご紹介ください。AI系のスタートアップ、株式会社コーピーさんとの共創はいかがでしょうか。
渡邉氏 : コーピーさんとは、AIを活用してねじの検索・特定技術の開発を進めています。当社が手がけるねじはホームセンターなどでも販売されているのですが、10万種類もあり、実物を見て型番や用途を特定するのは簡単ではありません。
このため、お客様の対応で、ホームセンターの店舗スタッフの方が苦労するケースが多くなっていました。実際、当社にもたびたび問い合わせが寄せられており、この問題を解決したいと考えたのです。最終的には店舗スタッフの代わりに、お客様に対してどこにどのねじが置いてあるかを答え、必要に応じて発注の対応までできるプロダクトを作り上げられればと思っています。
――進捗はいかがですか。
渡邉氏 : まだ始まったばかりですが、ねじの形の認識はできるようになっています。難しいのがサイズの認識です。ねじには100分の1ミリ単位の大きさのものもあり、周囲の明るさが異なると違ったサイズに捉えてしまうケースが発生しています。解決の道筋は見えており、現在は改善を重ねているところです。
――今後の展開が楽しみです。経営層からの期待も大きいのではないでしょうか。
清水氏 : 経営層からは早く結果を出せと急かされていますが、これは期待の表れだと捉えています。実際、物流の自動化は事業に与える影響が大きく、先ほどご紹介したコーピーさんとの共創は、営業面での高い効果が期待されています。
まずは自社の強みと課題を把握することが大事
――最後にあいちマッチングへの参画を検討している企業に向け、メッセージをお願いします。
渡邉氏 : 『あいちマッチング』は多くのスタートアップと出会える有力な機会ですが、ただ何となく参画していては思うような成果が得られません。大切なことは、参画に当たり、自社の強みと課題を把握することです。マッチングの精度にも影響しますので、自社の強みと課題の把握が成功への第一歩だと考えられます。
清水氏 : 当社は最初に『あいちマッチング』に参画した時、募集テーマを広く曖昧なものにしていました。一定の応募数は集まったものの、スタートアップの方と深い議論はできなかったのです。その反省を踏まえ、2回目の時はテーマを絞り込み具体性を持たせました。そうしたところ、スタートアップの方からは最適なソリューションを提供していただきました。
テーマを絞り込むと本当に実現できるのかと不安になると思いますが、自社が本当に求めていることは何かと思案し、チャレンジングな目標であってもぶつけてみるのが良いと思います。ぜひ良いマッチングを実現し、新事業創出へとつなげてください。
取材後記
『あいちマッチング』に参画する企業のインタビューの前編をお届けした。興味深かったのは、いずれの企業もテーマの絞り込みと課題の明確化の重要性を語ったことだ。特に、テーマを絞り込み具体性を持たせたことがマッチングの成功につながったと強調した。応募を検討している企業にはぜひ参考にしてほしい。『あいちマッチング』は回を重ねるごとに、ますます盛り上がりを見せている。今後、どのような事業が生み出されるか、目が離せない。
なお、後日公開する記事後編では、モビリティカンパニーへの変革を目指す「トヨタ自動車」と、名鉄オープンイノベーションLabを設立し共創活動にも積極的な「名古屋鉄道」の事例を取り上げる。
※『あいちマッチング』の詳細はコチラをご覧ください。
(編集・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)