広島県知事・湯﨑氏登壇!産官学の垣根を超えた共創を体現する「ひろしまサンドボックス」が生み出した成果とは?
”イノベーション立県”を掲げる広島県で、2018年からスタートした、「ひろしまサンドボックス」。その名の通り砂場(サンドボックス)のように何度も試行錯誤できる実証実験の場として、県内外の企業や大学等、様々なプレイヤーが参画し、業界の垣根を越えて共創に挑戦している。
2月26日にオンラインで実施されたオープンイノベーションカンファレンス「JAPAN OPEN INNOVATION FES 2020→21」では、スペシャルセッション「オープンイノベーション3.0 産官学連携から見えるみらいのカタチ featuringひろしまサンドボックス」を開催。湯﨑英彦広島県知事をはじめ、多くのスピーカーが登壇し、ひろしまサンドボックスから選定された9つの実証プロジェクトの実証成果発表と、パネルディスカッションが行われた。
広島県ならではの課題から、全国、そして世界に共通する課題まで、多彩なテーマで行われた実証実験から、どのような”みらいのカタチ”が見えたのだろうか――セッションの模様をレポートする。
多様な人材や企業が広島に集い、つながることからイノベーションが創出され、そこから広島発の新しいビジネス創出を目指したい
まずは広島県知事 湯﨑英彦氏が登壇し、広島県がDX推進の一環として取り組む「ひろしまサンドボックス」を紹介した。
ひろしまサンドボックスは、「広島県をまるごと実証フィールドに」をキーワードに、最新のデジタル技術を活用し、地域課題や行政課題などの解決に向け、国内外の多様な人材や企業が共創で試行錯誤できる、オープンな実証実験の場だ。2018年、3年間で10億円という予算規模でスタートした。
当初は、このセッションで紹介する自由提案型の9つの実証プロジェクトとして始まったが、現在では県が抱える行政課題を解決するための実証プロジェクトや、ニューノーマル時代の新たな常識を再定義するようなソリューション創出を目指したプロジェクトなど、多岐にわたるプロジェクトが進行しているという。
3年間の取り組みを通じて、ひろしまサンドボックスのコミュニティである「ひろしまサンドボックス推進協議会」には、2021年1月末現在、1800を超える企業や団体、大学が名を連ねている。湯﨑知事は、「今までにないことにチャレンジしていく雰囲気が、着実に形成されていると感じる」と述べた。
そして「今後も国内外の多様な人材や企業が広島に集い、つながることからイノベーションが創出され、そこから広島発の新しいビジネスが創出されるように、オープン、アジャイル、チャレンジの精神を持って取り組みを進めてまいります」と湯﨑知事は語り、最後に参加者に向けて「ぜひ、ひろしまサンドボックスにご参画いただき、共創して新たなビジネスを創出していければと思います」と呼びかけた。
それぞれが強みを生かし、オープンイノベーションの理想のカタチを体現する9つの実証プロジェクトによる成果発表
続いて、広島県商工労働局イノベーション推進チームの尾上正幸氏が、ひろしまサンドボックスの概要について説明した。
尾上氏は、「実験はすぐに成功するわけではなく、失敗も付き物です。広島県では、そのような失敗も含め、ぜひチャレンジしてくださいというメッセージを持って、この事業に取り組んで参りました」と、ひろしまサンドボックスに根付く精神を紹介し、9つのコンソーシアムによる成果発表へとつなげた。
●宮島エリアのストレスフリー観光事業
トップバッターを飾ったのは、「宮島エリアにおけるストレスフリー観光」コンソーシアムの、NTT西日本 山本氏。カメラやセンサーで収集したデータを分析し、LINEアカウントから混雑状況の見える化や、穴場スポットを案内し、観光客の行動変容の有無を検証した。その結果、混雑状況を見て行動した人は、約38%となり、情報発信が行動変容を促す可能性が見えたという。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(西日本電信電話株式会社 中国事業本部 ビジネス営業部 ビジネス戦略部門 ソリューション推進担当 主査 山本 麻祐子氏)
●島しょ部傾斜地レモン栽培実証事業
続いて発表を行ったのは、「島しょ部傾斜地レモン栽培実証事業」。瀬戸内の大崎下島のレモン農業を見える化、機械化し、地域活性化につなげようというプロジェクトだ。登壇したエネルギア・コミュニケーションズの武田氏は、「この取り組みが、ビジネス実証や技術開発だけではなく、人や文化など地域の潜在能力を高めていくものではないかと思います」と語った。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(エネルギア・コミュニケーションズ株式会社 事業統括本部 事業創造部 マネージャー 武田 洋之氏)
●スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業
東京大学の中尾教授は、「スマートかき養殖IoTプラットフォーム実証事業」について紹介した。広島が誇る牡蠣養殖産業だが、平成以降は採苗率が不安定傾向にあり、それが牡蠣養殖家の経営を圧迫している。その課題解決に向けた、水中センサー、ドローン、潮流シミュレーション、画像認識など、最新技術と人との繋がりによる牡蠣の安定生産実現に向けた取り組みについて述べた。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(国立大学法人東京大学 大学院 情報学環・学際情報学府 教授 中尾 彰宏氏)
●データ連携基盤の構築とその実証事業
続いてソフトバンク 東谷氏が、「データ連携基盤の構築とその実証」について報告を行った。東谷氏は、複数の企業データを連携することによる新たなサービス創出事例や、データ利活用を行うデータカタログ基盤の構築について紹介した。さらに、今後は広島県内での様々な社会での活用はもちろん、全国エリアとの連携も視野に入れて進めていきたいと展望を語った。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(ソフトバンク株式会社 担当部長 東谷 次郎氏)
●医療や健康情報の流通基盤を構築する事業
「医療や健康情報の流通基盤を構築する事業」について説明を行ったのは、広島大学の市川氏だ。自治体が保有するレセプトや健診データ等を個人が自身の意志で提供し、対価を受け取るようなデータ流通基盤構築を目指した。しかし個人情報保護法が壁となり、生のデータを流通させることはできなかったという。市川氏は「パーソナルデータの流通を阻むのは、技術よりも解釈論」と結論付けた。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(国立大学法人広島大学 主査兼URA 市川 哲也氏)
●保育現場の「安心・安全管理」のスマート化事業
次に、アイグランの重道氏が、「保育現場の『安心・安全管理』のスマート化事業」の成果について発表した。午睡チェッカ―と導入して保育現場の労働環境改善をはかり、離職者の減少と、潜在保育士の掘り起こしに取り組んだ同事業。これにより、残業時間や離職率は減少し、96%の職員が「負担・不安が減った」と回答したという。この実証実験の成果を、日本全国、そして世界へ広げていくことを目指す。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(株式会社アイグラン 代表取締役会長 重道 泰造氏)
●海の共創基盤~せとうちマリンプロムナード事業
AI/IoTそして衛星データを使い、誰もが気軽に瀬戸内散歩ができる世界を目指したのは、「海の共創基盤~せとうちマリンプロムナード事業」だ。ピージーシステム 佃氏は、海洋クラウドを活用したユースケースを紹介した。瀬戸内のあらゆるデータを収集することで、船舶の安全運航システムを提供する。また、観光アプリと海上タクシーとフリータクシーを有機的に結合させるシステムの実証を継続している。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(株式会社ピージーシステム イノベーション事業部 佃 浩行氏)
●通信型ITSによる公共交通優先型スマートシティ構築事業
広島大学の藤原教授は、「通信型ITSによる公共交通優先型スマートシティ構築事業」の説明を行った。路面電車やバスなど公共交通車両が実際に走る空間で、安全運転支援システム、公共交通優先システム、電停共有の安全支援システムを実現。利用者からの社会的受容性が高いことを確認できたという。今後も取り組みの継続を検討しており、広島と同じような課題を持つ地域へと水平展開していく予定としている。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(国立大学法人広島大学 大学院 先進理工系科学研究科 教授 藤原 章正氏)
●つながる中小企業でスマートものづくり事業
最後にデジタルソリューション 橋詰氏が登壇し、「つながる中小企業でスマートものづくり事業」の成果を発表した。中小企業の現場にAI/IoTを導入することで、現場改善と経営判断に効果があるソリューションを目指した。機械の稼働率を見える化するシステムや、道具等を追跡するシステムを開発することで、現場の作業効率がアップしたという。今後もこのノウハウを活かし、広島の中小製造業を繋げていく予定だ。 ※詳細内容はコチラをご覧ください。
(デジタルソリューション株式会社 マネージャー 橋詰 公太氏)
担当者が語る、「実証実験の苦労」と「ひろしまサンドボックスへの期待」
成果発表が行われた後は、登壇者たちによるパネルディスカッションが実施され、実証実験における苦労や、ひろしまサンドボックスに対する期待について各々が語った。
●設問1:実証実験での一番の苦労は?
一つ目の話題は、「実証実験での一番の苦労」について。
宮島エリアのストレスフリー観光事業のNTT西日本 山本氏は、技術的な面もさることながら、実証フィールドとなる宮島の住民や事業者の理解を得ることに最も苦労したという。「オープンイノベーションの取り組みは、コンソーシアム内だけでは実現できません。地域の人々の想いやルールを理解し、そこに入り込んで初めて進めることができるものです。そのことを認識してからは、宮島について勉強をしたり、イベントに参加するなど、地域の方々との関係構築を積極的に行いました」
「ICTを駆使すれば、何でも解決できるという傲慢な想いがありました。しかし一次産業、特に牡蠣養殖の場合は、まず課題を把握することが大変でした」と振り返ったのは、スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業の東京大学 中尾教授だ。漁協、漁業関係者、県の研究所など、様々な関係者にヒアリングをしたり、水産関係の論文を読むなど、情報収集にかなりのパワーを使ったという。加えて、海は非常に過酷な環境だ。中尾教授は、台風で水温センサーを設置した牡蠣筏が流されるなど、自然を相手にするからこそのエピソードも紹介した。
データ連携基盤構築事業のソフトバンク 東谷氏は、「各企業の中で出せるデータ、出せないデータがあります。それらをどういう形で連携させるかというところに苦労しました」と述べた。”データ連携”と一口に言うのは簡単だが、静的データ、動的データなど種類の異なるデータをどう連携させるのか、そして連携させたデータをどう活用してもらうのか、議論しながら形にしていくことは、容易ではない。「データを連携させるという段階だけでも道半ば。今後も試行錯誤が必要だと実感しました」
「ICT機器を導入することに対する現場の苦手意識があった」と話すのは、保育現場のスマート化事業のアイグラン 重道氏。色々な質問や不安の声が上がったが、一つひとつ丁寧に対応することで、解決していったという。加えて重道氏は、「この事業は、県民の皆様の多額の税金を使わせていただいています。だからこそ、結果を出さなければ、皆様に顔向けができません。広島県の待機児童問題を解決するためにも、潜在保育士の方々に復職を果たしていただかなければ。そこにこだわり抜くことこそ、一番の苦労だと私は考えます」と熱を込めて語った。
通信型ITSによる公共交通優先型スマートシティ構築事業の広島大学藤原教授は、「実証実験を進めるにあたっての環境づくりや調整」が、苦労したポイントだという。「路面電車とバスの電停共有を実施するには、交通規制を一部取り払ってもらう必要がありました。また、路面電車やバスには営業時間があります。その中で調整をしていくには、2年半というプロジェクト期間はかなり短く、時間の有効活用に腐心しました」と、藤原教授は述べた。コンソーシアムメンバーの協力、そして行政の理解、そして住民からの社会的受容性も高かったことが、短期間での実証実験の実施につながった。
●設問2:今後のひろしまサンドボックスに期待することは?
次に、「ひろしまサンドボックスのメリットや、今後に対する期待」に、話題は移った。
レモン栽培実証事業のエネルギア・コミュニケーションズ 武田氏は、ひろしまサンドボックス実証事業は、地域のデジタル化推進におおいに貢献したのではないかと話す。その上で、今後期待することとして、「今回の実績を活かして、地域にもっと取り組みを支援する仕組みが欲しいと思います。またこの実証事業で生まれたソリューションを、全国、そして世界の様々な地域に展開することを期待したいです。さらに、ひろしまサンドボックス協議会を県がずっと運営し続けるのでなく、参画する各社が自走して面白いことができれば、このコミュニティの価値がより発揮できるのではないでしょうか」と語った。
医療や健康情報の流通基盤構築事業の広島大学 市川氏は、ひろしまサンドボックスのメリットを2つ挙げた。「ひとつは、広島県の事業ということで、自治体からの協力が得られやすかったことです。もうひとつは、最先端の研究を社会実装する取り組みができたことです。大学では最新の研究を行っていますが、その研究と実社会の間にはギャップがあります。今回、広島県で3年10億という大きな予算を投じていただき、それができたことは得難い機会でした」。そして、引き続きこうした社会実装の機会を支援する取り組みを続けて欲しいと期待を述べた。
海の共創基盤事業のピージーシステム 佃氏も、「県の事業ならではのメリット」を挙げた。また、失敗してもいいというスタンスがあったからこそ、思い切って新しいことにチャレンジできたという。さらに、こう続けた。「期待することは2つあります。まず、コンソーシアム間で色々な取り組みができると、新しい可能性が生み出せるのではないでしょうか。もうひとつ、参画している企業には大手企業さんもいらっしゃいますが、当社は従業員50名ほどの小さな会社です。キャッシュフローも厳しいものがありますので、考慮していただけると、小さな会社でもチャレンジしやすくなるのではないかと思います」
つながる中小企業でスマートものづくり事業のデジタルソリューション 橋詰氏は、「私たち中小企業は、大手と比較すると、資金・人材・時間など色んなリソースが不足し、なかなか新しいことができません。今回、このひろしまサンドボックスがあったことで、チャレンジできました」と、改めて感謝の念を述べた。その上で、「この実証事業を契機として、今後も中小企業のDXに取り組んでいきたい」と展望を示し、「企業同士が様々なテーマで一緒に取り組み、輪を広げていく。そういった場を提供し続けてくださることを期待しています」と、締めくくった。
取材後記
9つの実証実験の成果発表を聞いて、改めて「ひろしまサンドボックス」には、多様な企業や団体が多彩なテーマのもとで共創し、試行錯誤しながら実証事業に大胆に挑戦してきたのだと実感できた。まさに、湯﨑知事が冒頭に語った通り「オープン、アジャイル、チャレンジ」を体現する取り組みだったのではないだろうか。ここから生まれた”広島モデル“が、日本全国、そして世界へと羽ばたいていくことが楽しみである。
「ひろしまサンドボックス」では、参加者のチャレンジを後押しするための資金的な支援や、企業・団体とのマッチング支援、セミナー開催、AIのe-learning提供など、多岐にわたるサポートメニューが用意されている。広島をまるごと実証フィールドとした共創に興味があるならば、ぜひ「ひろしまサンドボックス推進協議会」への参画を検討して欲しい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)
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