瀬戸内海を舞台に、船舶の安全運航と海上ライドシェアに挑むプロジェクト―「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開中
降り注ぐ太陽の光に照らされ、キラキラと輝く瀬戸内海。穏やかな海に浮かぶ島々を訪れることも、広島観光の楽しみの一つである。しかしながら、瀬戸内海では海難事故が多く、船舶が安全運航できる仕組みの確立が求められている。また、島しょ部では人口減による定期航路の廃止が相次ぎ、島に住む人々の移動手段が失われつつあることも、大きな課題だ。こうした海上交通の安全性と利便性向上に挑むのが、海の共創基盤コンソーシアムである。
具体的には、海洋交通手段である海上タクシーやプレジャーボートなど船舶のライドシェアのプラットフォーム開発、そして安全運航を支援するアプリの開発に取り組む。また、観光客が島に到着した後の観光も楽しめるように、海上交通のみならず島内のフリータクシーのシステムも開発。江田島市内での実証実験を予定している。これらが社会実装されれば、瀬戸内海での生活、そして観光がより快適になるだろう。
ひろしまサンドボックスによる「実証実験支援実績特集」の記事第九弾は、”海の共創基盤~せとうちマリンプロムナード~”にフォーカス。瀬戸内海を舞台に水陸をつなぐMaaSの実証実験に挑戦するコンソーシアムの取り組みについて、ピージーシステムの佃氏・黒木氏と広島テレビ放送の佐藤氏にインタビューを実施した。また、本実証事業の中でのひろしまサンドボックスによる様々な支援内容についてもお届けしていきたい。
▲特設LPにて、「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開!
<取材対象者>
■株式会社ピージーシステム 広島本社 イノベーション事業部 部長 佃浩行 氏
■株式会社ピージーシステム 広島本社 イノベーション事業部 黒木凌 氏
■広島テレビ放送株式会社 経営・総務本部 DX事業推進室 DX事業部 新規事業プロデューサー 佐藤晃司 氏
ライドシェアの仕組みで、島しょ部海上交通の安全性と利便性向上に挑む
――海の共創基盤コンソーシアムのテーマ設定の背景について聞かせてください。
ピージーシステム 佃氏 : 広島県の島しょ部では、過疎化による定期航路の減少により、島で暮らす人々の交通手段が確保しにくくなっているという社会課題があります。また、瀬戸内海に浮かぶ島々の美しさを多くの人に知っていただくために、観光を促進したいという想いもありました。そこで、海上の様々な船舶を相乗りするライドシェアの仕組みを作り、海上の移動をスムーズにできないかと考えたのです。
しかし、大型船舶以外のリアルタイムな航行情報や、牡蠣筏など海上構造物の位置は把握できていません。瀬戸内海はもともと事故が多いため、安全運航のためのシステムも必要でした。こうした課題を解決するために、富士通が持つ海洋クラウドを活用できないかと考えたのです。
▲本プロジェクトにおける現状・課題などを整理すると上図のようになる。
――ピージーシステムさんと広島テレビさんは、どのような経緯でコンソーシアムメンバーに加わったのでしょうか。また、コンソーシアムではどんな役割を果たしていますか。
ピージーシステム 佃氏 : ひろしまサンドボックスの公募が始まった時、私たちも地元広島のために貢献したいという気持ちがありました。私は以前富士通で働いていたのですが、当時の仲間が海の共創基盤のプロジェクトを始めると声を掛けてくれたことから、会員になったのです。さらに、ひろしまサンドボックスの活動を行うために、新たにイノベーション事業部を発足させました。
ピージーシステム 黒木氏 : 基盤となるシステムは、富士通さんや他のコンソーシアムメンバー企業で開発しています。当社はそれらを繋ぐシステムを開発しています。
広島テレビ 佐藤氏 : テレビ局として、コンソーシアムが行っている取り組みのプロモーションや、観光促進を映像の面からサポートできるのではないかと考え、参画しました。また、グループ会社である映像制作会社、広島放送もコンソーシアムメンバーです。私個人としては、前職で県の仕事をしていたことから、観光事業者さんたちとの繋がりがあります。その繋がりを活かして、この実証プロジェクトをスケールさせるような動きをしています。
▲ピーシーシステムを中心にコンソーシアムを構築。さらに行政や大学、スタートアップなどがパートナーとして加わり、それぞれの強みを活かしながらプロジェクトを支えている。
IT活用が遅れる海洋領域で、前例もなくマネタイズ難易度も高い安全領域に取り組む難しさ
――続いて、実証実験の内容について伺いたいと思います。課題に対して、具体的にどのようなアプローチをしたのでしょうか。
ピージーシステム 佃氏 : 当初は、観光と海上交通という2つのテーマで取り組みをスタートしました。まず観光面では、富士通が開発したアプリケーションやプラットフォームをいかに活用していくのか、議論をしていきました。
また、海上交通については、技術要素の立ち上げから行い、その技術をどう商用化していくのか、方針を決めていきました。大型船舶以外のリアルタイム情報については、専用のスマートフォンアプリを開発。アプリをインストールしている船同士が、互いの位置が分かるという仕組みで、安全運航を支援していきます。
▲富士通のシステムを活用した「海洋クラウド」の概念図。
――実証実験を進める上で、どのような壁がありましたか。
ピージーシステム 黒木氏 : 海の安全の担保に取り組んでいるのですが、安全というのは、マネタイズが難しい領域です。そこで、安全だけではなく、エンターテインメント要素も加えながら、マネタイズできるようなシステムを作りこんでいるところです。そもそも、海というものはITの導入が遅れており、前例がないことに取り組んでいく難しさもありました。
ピージーシステム 佃氏 : 想定通りにいかなかったこととしては、ディープラーニングによるカメラ映像からの船舶認識技術です。船に搭載したAIカメラで周囲の船舶を認識し、走行中に周囲の船舶や構造物とぶつからないように活用できないかと考えて実験を行ってみました。
しかし、距離の測定が難しく、結局うまくいきませんでした。クルマでも、カメラで周囲を認識して障害物を避ける安全運転システムがあることから、船も同じようなことができないかと考えたのですが、なかなか思ったようにはいかないものですね。ただ、そうした失敗も、色々なことにチャレンジできるひろしまサンドボックスだからこそ、得られた成果だと思います。
江田島市の協力を得て、水陸をつなぐMaaS実証実験へ
――実証実験も最終年度を迎えていますが、現在はどのような状況なのでしょうか。
ピージーシステム 黒木氏 : ライドシェアを行う海上タクシーを係留させる場所があるのですが、クルマの駐車場のような管理システムは、これまでありませんでした。そのシステムを現在開発中です。
また、観光に関する取り組みとして、江田島市さんに全面的に協力をいただいています。例えば船のライドシェアで江田島に到着したとしても、島内の移動手段が確保できなければ、快適な観光はできません。そこで、江田島市のタクシー会社さんに協力いただいて、フリータクシーの取り組みを進めています。そのためのアプリも開発中です。
――海上のみならず、陸上も巻き込んだMaaSの実証実験となってきているのですね。地元のタクシー会社などの反応はいかがでしたか。
ピージーシステム 佃氏 : 江田島市さん経由で声を掛けていただき、協力体制はできています。ただ、タクシードライバーさんは高齢の方も多く、仕事の仕方の面で、なかなか変えられないところもあります。そこで、クラウド型タクシー配車サービスを提供する電脳交通さんに間に入っていただき、プロジェクトを進めています。
――フリータクシーも含めた実証実験は既に実施されているのでしょうか。
ピージーシステム 佃氏 : 本来であれば、2020年に江田島市で開催予定だった「えたじま ものがたり 博覧会」という、まち博イベント期間に合わせて実証実験を行うはずでした。しかし、コロナ禍によりそれがオンライン開催になってしまったのです。そこで、方法を変えて行なうべく、現在広島県と調整を進めています。現状、一般旅行者をターゲットとするのは不可能ですから、関係者による疑似的な実証になるでしょう。
本当にやりたいこととしては、例えば定額で好きなホテルに泊まって、乗り物乗り放題というプランなのですが、旅行業としての縛りがあり、なかなか実現は難しそうです。ただ、もしこれが実現できれば、メジャーではない観光地や、アクティビティがもっと注目されるのではないかと思います。
参入の難しい「海」の世界、広島県の支えが心強かった
――今回、ひろしまサンドボックスの実証実験の中で様々な支援があったと思いますが、どういったところに魅力を感じましたか。
ピージーシステム 佃氏 : 一番は、ネットワークづくりに協力していただけたことです。オープンイノベーションの取り組みではよくあることかもしれませんが、私たちのコンソーシアムでも議論を進めるうちに方向性の違いが明確になるなどして、発足時から顔ぶれが随分変わりました。ひろしまサンドボックスからは、新たなコンソーシアムメンバーを紹介していただくこともあり、非常に助かりました。
広島テレビの佐藤さんもそうですし、東大発スタートアップで観光アプリを開発するスキームヴァージ社も、その中の一社です。彼らが香川と岡山で提供している海上タクシーのアプリを、私たちのライドシェアの取り組みに活用したいと考えています。他にも、県の港湾課や、水産課との橋渡しもいただきました。
また、江田島市に2021年に開業する海上ホテルがあるのですが、そこに私たちが提供する海上タクシーを運行させようという話が進んでいます。そのホテルも、広島県からの紹介でした。
――取り組みを外部に発信する機会も、多かったのではないでしょうか。
ピージーシステム 佃氏 : CEATEC2019など、イベントで登壇する機会を設けていただきました。これまで講演の経験はほとんどなかったのですが、このプロジェクトに参画したことで、色々な反響をいただきましたね。
広島テレビ 佐藤氏 : 広島テレビが主催するインバウンドセミナーにも登壇していただきましたね。
――どのような反響がありましたか。
ピージーシステム 佃氏 : 登壇者同士で会話も生まれますし、聴講してくださったかたから声を掛けていただくこともありますね。あるイベントで江田島市での実証実験について話した時に、「海上タクシーをやります。陸ではフリータクシーもやります。さらに将来は、広島空港から江田島に直接飛行機を飛ばしたいです」という、陸・海・空で自由に移動ができるようになればいいなという夢を語りました。
すると、その講演を株式会社せとうちSEAPLANESという水陸両用機を運行する企業の社長が聞いていらっしゃって、声を掛けてくださったのです。「面白そうだね!」と。
――なるほど。実証実験の内容や、目指す世界観について話をする機会があったことで、色々な繋がりが生まれているのですね。
ピージーシステム 佃氏 : そうですね。他にも、海の世界というのは閉鎖的な側面もあり、様々な関係者と折り合いをつけていかねばならない場面があります。そういった時に、広島県が相談に乗ってくださったり、関係者との交渉を進めてくださったりして、とても心強かったですね。海の世界をよく知らない私たちだけでは、到底実現できなかったと思います。
ひろしまサンドボックスで得た経験、スキル、人脈を生かし、さらなる取り組みの広がりを目指す。
――実証実験の期間は今年度で終わりますが、来年度からはどのような展開を考えていらっしゃいますか。
ピージーシステム 佃氏 : 大々的な実証実験は難しいのかもしれませんが、小さなところから徐々に育てていきたいと思っています。ひとつの足掛かりとしては、黒木が現在進めている、桟橋の管理システムですね。これを何とか瀬戸内のマリーナに広げていきたいと思っています。
――どのようなシステムなのでしょうか。
ピージーシステム 黒木氏 : 桟橋の予約から決裁までを、すべてWeb上でできるシステムです。これまで予約システムは運用しているマリーナもありましたが、統一された仕組みはなく、料金徴収はすべて現金でした。それをオンライン化することで、より使いやすくしていきたいですね。
▲江田島市エリアの桟橋
――佐藤さんはいかがでしょうか。
広島テレビ 佐藤氏 : さきほど佃さんや黒木さんがお話ししたように、「海の共創基盤」といいながら、陸上のフリータクシーに取かかるなど、ユーザー目線で新しいことに挑戦が広がっています。今後は、島しょ部だけではなく、山間部にも広げていけたら面白いですね。
テレビ局としては、このプロジェクトが盛り上がるように、イベントなど何らかのお手伝いをしたいと思います。コロナ禍で現状はリアルイベントの開催には注意が必要ですが、広島テレビで開催するSUP(スタンドアップパドル)のイベントや、「グラン・ツール・せとうち」というサイクリングイベントなどと組み合わせて、うまく広げていきたいですね。
――最後に、ひろしまサンドボックスに興味を持つ読者にメッセージをお願いします。
ピージーシステム 佃氏 : ひろしまサンドボックスの一番の特徴は、「失敗してもいい」というコンセプトだと思います。一見できそうにないことでも、チャレンジすることで、次の展開につながり、新しい世界が見えることもあります。迷ったらまず挑戦することをお勧めします。
ピージーシステム 黒木氏 : 私たちのコンソーシアムは、参加企業の入れ替わりはもちろん、方針の転換もかなりありました。それでも、何度でもチャレンジして、ここまで実証を進めることができました。県庁の取り組みですが、いわゆるお役所仕事とは正反対で、「まずはやってみよう」というところが大きな魅力ですね。
広島テレビ 佐藤氏 : 本業を営んでいるだけでは決して出会うことのなかった企業や人と出会うチャンスがあります。今回のコンソーシアムから派生した繋がりで、今度は隣のコンソーシアムメンバー組んで新しいことをやってみる、といった可能性が無限に広がる場ではないでしょうか。また、この実証プロジェクト自体、広島の民間企業単体では到底できないことです。このような行政を巻き込んだ経験、そこで培ったスキルや人脈は、会社にとってはもちろん、個人にとっても大きな財産になると思います。
※eiicon companyがオンラインで開催する日本最大級の経営層向けオンラインカンファレンス「Japan Open Innovation Fes 2020→21」にて、スペシャルセッション「オープンイノベーション3.0 産官学連携から見えるみらいのカタチ featuringひろしまサンドボックス」を開催[2/26(金)12:30-13:40]。「ひろしまサンドボックス」を牽引する広島県知事・湯﨑氏をはじめ、9つの実証プロジェクトを代表する担当者がそれぞれの成果をプレゼンします。ぜひ、オンラインでご視聴ください。
視聴方法やスケジュールなど詳細はこちらをご覧ください。 https://eiicon.net/about/joif2020-21/
▲スペシャルセッションの詳細はこちら▲
取材後記
ピージーシステム佃氏が「本当にやりたいこと」として語った、定額で宿泊・乗り物乗り放題プランが、面白そうだと感じた。島しょ部と中山間部、特徴ある地形を擁する広島県だからこそ、陸・海・空で様々な移動手段をストレスなく利用できれば、観光の可能性が大きく広がりそうである。実証実験の期間は間もなく終了するが、広島テレビ佐藤氏が話したように、ひろしまサンドボックスでの様々な出会いから、今後どのような取り組みに発展していくのか、非常に楽しみだ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)