1. Tomorubaトップ
  2. ニュース
  3. AI・IoTでレモン生産者の高齢化・人口減に挑むプロジェクト―「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開中
AI・IoTでレモン生産者の高齢化・人口減に挑むプロジェクト―「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開中

AI・IoTでレモン生産者の高齢化・人口減に挑むプロジェクト―「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開中

  • 2283
  • 2267
  • 2239
6人がチェック!

レモンの国内生産が全国一位である広島県。島しょ部の傾斜地を利用して栽培された高品質で安心・安全なレモンは、全国的にブランドを確立している。しかしながら、生産者の高齢化や後継者不足により、生産量の維持が危ぶまれている。レモンの一大生産地である瀬戸内海中部の大崎下島(おおさきしもじま)も、例外ではない。かつては「黄金の島」と呼ばれていたほど、柑橘畑が広がっていた島内は、人口減によって耕作放棄地も目立つようになった。

こうした課題に立ち向かうべく、広島県呉市を中心とした農業・加工事業者の集合体「とびしま柑橘倶楽部」や、中国電力グループの情報通信事業を営む「エネルギア・コミュニケーションズ」などがコンソーシアムを組成し、実証実験に取り組んでいる。レモン農園にセンサーを設置し、気温や湿度などのデータや栽培データ、さらにはドローンによる俯瞰画像データを収集。そのデータを分析し、これまで勘と経験で行われていた栽培ノウハウをデジタル化しようとしている。

ひろしまサンドボックスによる「実証実験支援実績特集」の記事第一弾は、”島しょ部傾斜地農業に向けたAI/IoT実証事業”にフォーカス。大崎下島を舞台に、レモン生産者や地域を巻き込むレモンコンソーシアムの取り組みをお届けする。また、本実証事業の中でのひろしまサンドボックスによる様々な支援内容についてもお届けしていきたい。


特設LPにて、「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開!


■株式会社エネルギア・コミュニケーションズ ソリューション事業統括本部 事業創造部 事業開発チーム マネージャー 武田洋之氏

ITエンジニアとして入社後、ISPサービス「MEGA EGG」の技術部門などを経て、事業創造部に異動。新規事業の開発、事業化を担う。


■株式会社エネルギア・コミュニケーションズ ソリューション事業統括本部 事業創造部 事業開発チーム 熊本悟氏

入社時より事業開発チームに配属となり、レモンのプロジェクトに携わる。現地にて生産者と一体となりながら実証実験を推進。

「黄金の島」の輝きを、AI・IoTで取り戻す

――まずは、コンソーシアムの成り立ちから伺っていきます。エネルギア・コミュニケーションズさんが、ひろしまサンドボックス推進協議会の会員になったきっかけを教えてください。

武田氏 : 当社は情報通信事業を主軸とする企業です。新規事業の可能性を様々な産業で探るうちに着目したのが、農業分野のIoT化でした。そこで4年程前から体験農園などを運営する中で、今回のコンソーシアムを組んでいる、とびしま柑橘倶楽部さんや、農家さんと繋がり、レモン生産のIoT化に取り組むことになりました。

そんな時に、ひろしまサンドボックスの存在を知ったのです。既に実証実験のプランニングの段階でしたが、協議会メンバーと繋がることで可能性が広がるのではないかと考え、会員になりました。

――エネルギア・コミュニケーションズさんを含め、複数社でコンソーシアムを立ち上げています。どのように組成されたのでしょうか。

武田氏 : とびしま柑橘倶楽部さんと私たちが繋がり、その後、現地生産者の方々とコミュニケーションを重ねていました。一方、竹中工務店さんと、日本~アメリカ間のビジネスを展開するM-Crossさんは将来に向けた農作業の機械化の話を生産者の方々と進めていらっしゃったことから、我々のICT技術と掛け合わせることで、IoTを進化させた新しい農業におけるICTの仕組みづくりが推進できると考えました。呉広域商工会さんは、以前から生産者さんの支援をしていらっしゃいました。ウフルさんはIoT人材育成の実績があるため、島の方々のITリテラシー向上の役割を担っていただいています。


▲本コンソーシアムの構成

――今回の実証実験の舞台は大崎下島ですが、どのような課題があったのでしょうか。

熊本氏 : 広島県はレモンの生産が盛んです。その中でも特に生産量が多いのが、大崎下島をはじめとする島々です。大崎下島は、かつては柑橘類が島内の至るところに鈴なりに実を付ける様子から、「黄金の島」と呼ばれていたそうです。

しかしこの10年間で人口が30%減少。最盛期には1万人ほどいた島民も、現在は1600人ほどになり、年々減り続けています。さらに、島民の高齢化も進んでいます。今後もその流れが続けば、やがて広島県の特産品であるレモンが消えてしまうかもしれません。

そこで、AIやIoTを活用してレモンの生産者を増やす仕組みの確立や、大崎下島のレモン栽培ノウハウを後世に伝える仕組みが必要だと考えました。また、島全体の活性化のために、関係人口の増加への仕掛けも不可欠です。こうした3つの課題に対して、コンソーシアムおよび関係者の方々と取り組んでいます。


センサーでデータを取得する一方、生産者のITリテラシー向上にも取り組む

――3年間の実証実験の歩みを聞かせてください。

武田氏 : ひろしまサンドボックスに採択される前から現地に出向き、課題を掘り下げていました。ただ、現実的にやってみないと分からないことが沢山あるため、まずは見える化のためにセンサーを取り付けたり、ドローンを飛ばし画像撮影したりしながら、生産者の方々が何を求め、何が必要なのかを把握することに努めていきました。

生産者の方々は高齢の方も多いため、センサーやドローンに馴染みはありません。そのため、レモン栽培とAI・IoTがどうリンクするのか、何に使えるのかを理解していただくことに努めていきました。


――レモン生産者の方々にとってあまり身近ではない技術を、どのように浸透させていったのでしょうか。

武田氏 : 生産者の方の多くは、意外とスマートフォンやタブレットを持っていらっしゃいます。ただ、それがどうレモン栽培に繋がるのか、どう使いこなせばいいのか、分からない。そこで、AIやIoTは決して遠いものではなく、とても身近なものであること、そして、そこにご自身が所有するツールが有効に使えるということを分かっていただくための工夫をしていきました。

例えば、通常であれば電話で連絡を済ませるところを、メッセンジャーなどでコミュニケーションしたり、Facebookで自身のアピールをしていただくなど、どんどんスマホやタブレットを触っていただいて、ITリテラシーが上がっていきました。

熊本氏 : 私は、現地で生産者さんたちにセンサーの情報をスマホやタブレットで見せて、AIやIoTを身近に感じていただけるようにしていましたね。私自身、このプロジェクトに入社直後に配属された新人でした。それに情報系の専攻で、機械系の知識はあまり深くなかったことから、生産者さんたちに近い目線で、一緒に成長していくことができたと思っています。


――1年目はITリテラシーを高めることなどに注力したということですが、2〜3年目はどのようなことを進めていったのでしょうか。

武田氏 : センサーなどで農園の客観的なデータを取得する一方で、レモン生産者さんの栽培ノウハウをデータ化する取り組みをしていきました。スマートフォンの操作に慣れていただいたところで、作業記録を付けていただくことにしました。しかし、単に作業記録表に入力するのは面倒ですよね。そこでチャットボットを開発して、QA感覚で簡単に入力できるようにしました(下画像参照)。

2~3年目は、この作業記録を蓄積してノウハウ化することに注力していました。そして作業記録のデータを農園のデータと融合して相関関係を出し、将来的にはAIで作業計画のレコメンドを出せる仕組みを、現在開発中です。


試行錯誤の末に見えてきた、レモン栽培のノウハウ

――実証実験の期間も終盤に入り、色々な成果が見えてきた頃だと思いますが、これまでどんなところに苦労しましたか。

武田氏 : 当初は農園の状況を可視化するために、センサーでデータを取るだけではなく、ドローンを飛ばして農園を撮影をし、農園を俯瞰的に把握しようとしていました。しかし、画像を撮影するだけでは、単なる写真データにすぎません。しかもレモンの木は常緑樹で、変化を目視により理解することは難しいのです。

そこで、どのようにドローンのデータを活用するのか試行錯誤をし、最終的には活性度を取得して分析することで、レモン樹木の変化などの様子を把握しようというところに落ち着きました。ドローンの活用を検討する際には、ひろしまサンドボックス推進協議会の会員企業にドローンメーカーさんが何社からいらっしゃったため、情報交換なども行い、情報収集を行いました。


――熊本さんはいかがでしょうか。

熊本氏 : はじめのうちは、農園にセンサーを入れれば、土地の傾向を分析して掴めると考えていましたが、実際には水の流れが違ったり、石が含まれていたりして、土地によってかなり特徴が異なり、なかなかうまくいきませんでした。

それも、生産者の方々の作業記録データが1年分蓄積されることでやっと「なぜこういう数値が出たのか」「なぜ水分量が上がったのか」、因果関係が少しづつ見えてくるようになりました。

――3年間実証実験を進める中で、生産者さんからはどんな声が上がっていますか。

熊本氏 : 初年度は「こんなセンサーを入れて一体何ができるのか?」という声も生産者から上がっていました。私自身も初めてのことで、なかなかうまく説明できなかったことも一因だと思いますが、理解を得るのに時間がかかりました。その中で、一緒に時間をかけて色々な取り組みを進めていく中で、生産者の方々の考えも変化してきたと感じます。

「今日は空気が乾燥している気がするけれど、センサーではどういう数値になっているの?」など、興味を持ってくださるようになりました。私たち自身も、センサーを単に入れるだけではなく、生産者の方々と一緒に、これからのレモン栽培の形を創り上げていく意識が芽生えてきたと感じています。


――生産者さんと良好な関係を築くために、どのようなことに気を付けましたか。

熊本氏 : 私たちはIT、生産者さんたちはレモン栽培と、お互いの仕事は異なります。そこで私も自宅のベランダでレモンを育てて、少しでも生産者さんたちの仕事について理解していこうとしました。

実証実験を加速させる、ひろしまサンドボックスならではの多面的な支援

――今回の実証実験を進める上で、ひろしまサンドボックスからはどのような支援がありましたか。

武田氏 : ひとつは、プロモーション、メディア戦略です。NHKに取材を受けたり、Forbesに記事が掲載されたりしたことから、多くの反響をいただきました。このプロジェクトは、ただ大崎下島の中で取り組んでいるだけでは、誰の目にも止まりません。メディアで外部に発信し続けることで初めて興味を持ってくださる方が島外からいらっしゃいます。私たちも、様々な企業や人を島にお連れしました。現在、関係人口の増加や経済効果について算出中です。


また、今後ドローンの進化やデータ通信量が増大することを考えると、現在のLTEでは限界が来てしまいます。そこで、総務省の「ローカル5G実証事業」申請のための準備を、中国総合通信局や広島県に支援を頂きながら進めているところです。

他にも、CEATEC2019に湯﨑知事が登壇された機会と同時に、私も本プロジェクトについてイベントにて説明を行いました。

熊本氏 : アメリカや中国への視察・調査にも出向きました。傾斜地での精密機械農業は、アメリカにはないビジネスです。このコンソーシアムの一員であるM-Crossさんはロサンゼルスの会社であることから、アメリカ展開の可能性を探るべく、現地に出向きました。また、中国へは最新技術の情報収集のために行きました。

――ハッカソンも開催したのですよね。

武田氏 : 2年目に、広島県と当社が共催でハッカソンを開催しました。島外・県外の方々50名ほどに大崎下島に集まっていただき、2日間で様々なアイデアを出していきました。

1つ面白かったのは、生産者さんを悩ませる草刈り作業を、エンターテインメント要素を加えて楽しい作業にしていくというアイデアです。このハッカソンも含めて、何かあれば大崎下島で打ち合わせをしたり、取材に呼び込んだりしてきました。そうやって接点を持つことで、レモン栽培に興味を持つ人が増えていくといいと思います。

「大崎下島モデル」を、全国へ、そして世界へ――

――これまで実証実験を3年間進めてきて、今後の展望についてはどう考えていらっしゃいますか。

熊本氏 : これまで蓄積したデータから得たレモン栽培のノウハウをもとに、今後新規就農者の方が、始めた日から何をすればいいのか分かるような仕組みづくりを進めています。しかし、生産者人口を一気に増やすことはなかなか難しいことです。そこで各家庭で空いているスペースにレモンの木を何本か植えてもらい、レモンの生産量を上げていく「庭先プロジェクト」もとびしま柑橘俱楽部で推進していく予定です。


武田氏 : 私たちのミッションは、農業分野におけるIoT事業を立ち上げることですが、単純に農家の方々にIoTビジネスを提供したとしても、農家の方々の立場からするとアップセールスしない限りは単なるコストになってしまいます。

では、そのために必要なものは何かと考えた時に、センサーで取得したデータをトレーサビリティ情報として形を変えて提供する事を考えました。大崎下島のレモンを購入した消費者や、仕入れた飲食店・流通業者の方々が、「こういう場所で、こんな育て方をした安心・安全なレモン」ということが見えるようになれば、それは単なる情報から価値ある情報に代わります。そうなれば、アップセールに繋がるでしょう。

さらにこのトレーサビリティの仕組みは、農業分野や他の産業領域にも活用できる可能性があります。このビジネスの確立を、実証地の紹介など、広島県の支援をいただきながら進めています。

そして今後、この大崎下島で確立した農業モデルを、日本全国、あるいは世界に展開していきたいと考えています。柑橘系だけではなく、他の農産物や水産物へ。さらにはイノシシなどの害獣をジビエとしてトレーサビリティ情報を付加して販売することも検討しています。

このように、約80兆円規模の食品産業へのビジネス展開を進めていきたいですね。そして、ここに参画していただける方々とは、ぜひ一緒に取り組み、5年後10年後の事業継続を目指しています。

※【社会実装の見込み】

・スマート農業の実現のためデータの取得からロボティクスによる生産性向上の実証まで幅広く実証実験を実施。実証実験地も増加中であり、広島県農林水産局との連携もスタートするなど、横展開中。

・農業器具や自動搬送機器メーカーなど様々な企業が新たに参画しており実装に向けて確度を上げている。

――改めて、ひろしまサンドボックスの魅力と、共創を検討している企業にメッセージをお願いします。

熊本氏 : 自社だけで新しいことに取り組む場合、どうしてもROIを見なければならなかったりするため、できることにも限界があります。しかしひろしまサンドボックスの場合は、失敗を恐れず何度もチャレンジすることに意義があるプロジェクトであるため、非常にポジティブに色々なことに取り組むことができました。また、コンソーシアム外の企業からも様々な情報や意見などで協力をいただきました。みんなで創り上げていける環境だと思います。

武田氏 : はじめにコンソーシアムの構成を考えている時、ひろしまサンドボックス事務局がコーディネーターとして介在してくださったことで、非常に助かりました。ここまで介在してくれる仕組みは、他県にはないでしょう。

今回のレモンのコンソーシアムの他にも、「こんなことを考えているのだけど、こういう企業はありますか」と尋ねると、関連する企業を教えてくれるため、非常に良い環境です。ひろしまサンドボックス推進協議会の会員であることは、様々なミッションを達成していくために有意義なことだと思います。



※eiicon companyがオンラインで開催する日本最大級の経営層向けオンラインカンファレンス「Japan Open Innovation Fes 2020→21」にて、スペシャルセッション「オープンイノベーション3.0 産官学連携から見えるみらいのカタチ featuringひろしまサンドボックス」を開催[2/26(金)12:30-13:40]。「ひろしまサンドボックス」を牽引する広島県知事・湯﨑氏をはじめ、9つの実証プロジェクトを代表する担当者がそれぞれの成果をプレゼンします。ぜひ、オンラインでご視聴ください。

視聴方法やスケジュールなど詳細はこちらをご覧ください。 https://eiicon.net/about/joif2020-21/  


▲スペシャルセッションの詳細はこちら▲

取材後記

単にセンサーを付けてデータを取るだけではなく、生産者や島民と一体となり、島の未来に繋がる実証実験を丁寧に進めている姿が見て取れる取材だった。そして、広島県のリソースを活用して、様々な企業と情報交換をしたり、メディアやイベント等で外部に積極的に発信したりして、未来の担い手や関係人口の増加に向けてどんどん輪を広げている姿も印象的だった。レモン生産に関わらず、後継者不足や生産効率の悪さに課題を抱える領域は至るところにある。ひろしまサンドボックスの実証実験で生まれた「大崎下島モデル」が、世界に広がる未来は、近いのかもしれない。

(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)


シリーズ

「ひろしまサンドボックス」共創事例

【共創事例】「ひろしまサンドボックス」は、AI/IoT実証プラットフォームです。技術やノウハウを持つ広島県内外の企業や人材を呼び込み、様々な産業・地域課題の解決をテーマとして、共創で試行錯誤できるオープンな実証実験の場を構築。本企画では、様々な実証事例を取材形式でお届けし魅力に迫ります。