3年10億円に、実証フィールドスケールまでーー「ひろしまサンドボックス」に、多くの企業が集う理由
「イノベーション立県」を掲げ、多様な施策を実行している広島県。中でも3年間10億円規模の予算を投入して生まれたのが、「ひろしまサンドボックス」だ。広島県全体を実証フィールドとして、AI・IoTを活用した多様な実証実験を行える場を構築。県内外から技術・ノウハウを持つ企業・人材を呼び込み、県内企業との共創により知見を蓄積させ、広島発のソリューションを次々と生み出す共創エコシステムの構築を目指している。
▲特設LPにて、「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開!
2018年に実施された、テーマを設定しない自由提案型実証プロジェクトの公募では、県内外から応募が集まり、そこから9件のコンソーシアムが採択された。3年計画の最終年度も終盤に近付き、実証プロジェクトの成果も表れはじめている。他にも、行政がテーマを設定した実証プロジェクトの実施、会員企業に対する様々なサポートメニュー、AI人材の育成等、ひろしまサンドボックスでは多彩な取り組みが走っている。
今回TOMORUBAでは、ひろしまサンドボックスの事務局、そして9つの実証プロジェクトに取材を行った。本記事では、事務局である広島県商工労働局イノベーション推進チームの椛島氏、尾上氏に話を聞き、ひろしまサンドボックスの独自性、県内外から多くの企業が集まる理由を探った。
■広島県 商工労働局 イノベーション推進チーム 地域産業デジタル化推進グループ 主査 椛島洋介 氏
2000年に農業技術系の職員として入庁。農業分野の専門性を活かして、果樹の品種改良や農薬の試験関係、農家への技術指導等を行う。そこから経営企画チームで政策全般の企画や予算に携わる。2020年4月より、ひろしまサンドボックスのグループリーダー。
■広島県 商工労働局 イノベーション推進チーム 地域産業デジタル化推進グループ 主任 尾上正幸 氏
自動車メーカーに勤務後、イノベーションの取り組みに興味を持ち広島県庁へ入庁。人事課、中小企業庁への出向を経て、イノベーション推進チームに配属。ひろしまサンドボックスの立ち上げから携わる。
県を挙げたイノベーション・エコシステム構築への取り組み
――まずは「ひろしまサンドボックス」の全体概要についてお伺いしたいと思います。広島県ならではの産業・地域の特徴、そして「ひろしまサンドボックス」の立ち上げ経緯についてお聞かせください。
椛島氏 : 広島県は、造船・鉄鋼・自動車を中心とした「ものづくり」が盛んな県です。令和元年度までは製造品出荷額等が、中国・四国・九州地方で15年連続して1位となっています。しかしながら、第4次産業革命の潮流の中、ものづくりの現場ではデジタル技術の導入が遅れていることに大きな危機感を抱いていました。また、広島県は平地が少なく農業など一次産業の課題も抱いていました。そこで湯﨑英彦知事の旗振りのもと、2009年に「イノベーション立県」を掲げ、DX推進など新しい取り組みを続々とスタートさせています。
たとえば、新たなビジネスや地域づくりなどにチャレンジする多様な人が集まるイノベーション創出拠点「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」や、産学官連携によるスーパーコンピューター共同利用と人材育成を目的とした「ひろしまデジタルイノベーションセンター」を創設しています。
尾上氏 : そして、もっと軽やかにデジタル技術の社会浸透を推進すべく、2018年にスタートしたAI・IoTプラットフォームが「ひろしまサンドボックス」です。AI・IoT・ビッグデータといった最新テクノロジーやノウハウを保有する県内外の企業や人材を呼び込みたいという目的がありましたが、声を掛けたらすぐに集まるというわけではありません。そこで、県が費用を負担し、共創で試行錯誤できるオープンな実証実験の場を設けてはどうだろうという結論に至ったのです。
そうして、「広島県をまるごと実証フィールドに」を旗印に、3年間10億円規模の予算をつけて始まりました。みんなが集まって、作ってはならし、色んな創作を繰り返す「砂場」のように、何度も試行錯誤できる場として「ひろしまサンドボックス」と名付けています。
「ひろしまサンドボックス推進協議会」を中心に県内外の企業、スタートアップ、大企業がコンソーシアムを組成。89件の応募から9件を選定し、2018年度より3カ年計画で実証実験プロジェクトを推進しています。
――「ひろしまサンドボックス推進協議会」には、現在1500を超える企業・団体や個人が会員となっているそうですね。ここまで会員数を伸ばすことができた理由はどういうところにあるのでしょうか。
尾上氏 : イノベーション・ハブ・ひろしまCampsの会員などに、直接呼びかけて、草の根で広げてきたところが大きいですね。また、5G、ブロックチェーン、AI、ニューノーマルなど、随時テーマを設けて興味のある企業や人に集まっていただいています。
特徴は、「デジタル×実証フィールドのスケールの大きさ」
――広島県の他にも、イノベーションに力を入れている自治体の動きが近年目立ちます。そういった他の自治体にはない、広島県ならではの特徴を教えてください。
尾上氏 : 一番大きな特徴は、多くの(イノベーションに力を入れていると言われている)自治体が基礎自治体(国の行政区画における最小単位)ということに対して、広島県は「県」という単位でデジタルの取り組みを進めていることです。実証実験のスケールも大きくなりますし、実証フィールドも広域です。
そして、実証実験のテーマを自由提案型として、あまり絞りすぎていないことも大きな特徴だと思います。そのため、9つの実証実験はテーマも、そこに集まるプレーヤーも非常に多様です。
▲2018年8月に開催された交流会の様子
年々進化を続ける、取り組み内容や支援内容
――続いて、ひろしまサンドボックスの具体的な取り組み内容について教えてください。
椛島氏 : ひろしまサンドボックスの枠組みには、「実証プロジェクト」「サポートメニュー」「人材育成」の3つがあります。「実証プロジェクト」には、先にお話しした9件の自由提案型実証プロジェクトの他に、行政提案型実証プロジェクトもあります。
「サポートメニュー」は2019年にスタートしましたが、ひろしまサンドボックス推進協議会の新規会員企業や、実証プロジェクトで選外になった企業などを対象に、チャレンジできるようなサポートを実施しています。大手プラットフォーマーを中心に、様々なメニューを随時追加しています。
※詳細のサポートメニューはこちら
そして2020年に始まった「人材育成」では、AI人材開発プラットフォームの開発を行っています。これは、将来的に企業とのマッチングも含めたAI人材活躍の場の創出、そして県民にAIを身近に感じてもらうことを目的としています。
――自由提案型のみならず、行政提案型の実証実験テーマも、道路・獣害・スポーツなどバラエティに富んでいますね。
椛島氏 : もともと「ひろしまサンドボックス」は商工労働局イノベーション推進チームから始まったのですが、3年経った今では県庁の中でも認知度が上がり、庁内全体を巻き込んだ“オール県庁”での取り組みへと育っています。各局の課題に沿ったテーマを設定するため、多様性が生まれていますね。
資金、実証フィールドの調整などあらゆる面で、会員企業・団体を後押し
――ひろしまサンドボックス推進協議会の会員企業・団体に対して、どのような支援が特に特徴的でしょうか。
椛島氏 : 自治体との連携機会の提供、企業マッチング機会の提供、ビジネスメンタリング機会の提供、人財育成の機会の提供、資金負担/提供、情報発信機会の提供など細かくは様々ありますが、まずは3年10億円という資金の支援は大きいと思います。9件の自由提案型実証実験はもちろん、行政提案型についても規模は大きくありませんが経費支援を実施しています。
尾上氏 : プロジェクトと実証フィールドとの紹介など、仲立ちを行うことは多いですね。もちろん県の施設もそれぞれ使命がありますから、県庁がお願いしたとしても、すぐに合意を取れるわけではありません。しかし、企業が直接行くよりも話を聞いてもらいやすいですね。
他にも、コンソーシアム組成の際に「こんな人いませんか?」と相談を受けて人と人とを繋ぐ縁結びや、コンソーシアムと基礎自治体との連携、メディアへの情報発信機会の提供なども実施しています。
――実証実験にはそれぞれ、ひろしまサンドボックスのメンバーが担当としてついていらっしゃるのでしょうか。
尾上氏 : もちろんです。9件の自由提案型実証実験と、行政提案型実証実験、そしてサポートメニューの担当を、4名のチームで分担しています。当初は3名で、予算に強い人、IT系に強い人、そして民間の経験があり企業と話ができる私でスタートしましたが、2年経った段階で、経営企画チームにいた椛島が加わりました。それぞれの専門性を発揮しつつ、バランスの良いチーム体制になっています。
▲広島県 商工労働局 イノベーション推進チームが、ひろしまサンドボックスの運営事務局を担っている。
なぜ、“オール県庁”が実現できるのか。
――ひろしまサンドボックスならではの自由な雰囲気も、イノベーション推進には大きく寄与しているのではないかと推察します。まず、自治体は縦割り組織というイメージがありますが、全庁で連携できる秘訣とは?
尾上氏 : きっかけは、「道路整備課の課題を、ひろしまサンドボックスとの連携でやってみたらどうか」という知事の一声でした。そこで行政提案型の実証実験がはじまり、その成果が出たことから、他の局からも声が掛かるようになったのです。
土木建設局とは、様々なデータを一元化する取り組み「ドボックス」(土木×DX)を実施していますが、それも知事からの提案から始まりました。トップの力強い掛け声から、各課がデジタル技術に目を向けるようになったようです。
――トップコミットメントは確かに重要ですが、ともすると「やらされ感」に繋がります。しかし広島県の場合は、現場も積極的に参加しているように感じます。そういった気質はどう生まれてきたのでしょうか。
尾上氏 : 広島県が色々なことを積極的に進めるタイプだというところが大きいですね。
「AI・IoT導入を推進する」という大きな旗印はありますが、その方法については担当課に一任されています。任せてもらえたら、担当者としてもやる気が出ますよね。そして提案をすれば、ある程度聞いてもらえます。
椛島氏 : DX推進の視点として「オープン、アジャイル、チャレンジ」の3つがありますが、知事からの投げかけをヒントに、職員が自発的にプロジェクトを組み立てていく、そういった動き方が県庁内でかなり醸成されてきていると感じます。
▲2019年10月に実施した実証プロジェクト中間発表会
アンテナの高い地元企業・団体へ、情報提供し続けることで巻き込みの土台を築く
――デジタル化推進は、地元企業では理解や協力を得にくい印象があります。どのように巻き込んでいらっしゃるのでしょうか。
尾上氏 : 地元企業の中にも、アンテナが高く新しい情報に日頃から触れていらっしゃる方々がいます。例えば一次産業でいくと、9つの実証実験プロジェクトのうちスマートかき養殖IoT プラットフォーム事業は平田水産という企業がコンソーシアムに入っています。社長は水産試験場の研究員として勤務していた経験があり、データの利活用について造詣も深いため、すぐに取り組みに対して賛同してくださいました。
また、AI・IoTを活用したレモン栽培の事業は、とびしま柑橘倶楽部という六次産業化に取り組む団体が入っています。こうした、新しいことに取り組んでいる地元企業・団体の方々に対して、しっかりと情報を提供していくことがポイントだと思います。
――これだけの規模でも、「失敗していい」と宣言していることは素晴らしいと思います。実際に失敗をして何度もやり直しているプロジェクトもあるのでしょうか。
尾上氏 : もちろん、失敗はたくさんあります。実証実験を具体的に進めていく段階でピボットしたことにより、コンソーシアムから離れてしまう企業もあります。
また、最初に壮大なビジョンを掲げてスタートしたものの、実際に始めてみると難航し、想定通りに進まないものもあります。私たちとしては、失敗も成功も受け入れ、共有しながら進めていくことこそが、AI・IoTの導入に必要なことだと考えています。
より県外スタートアップの力も借りながら、「オープン、アジャイル、チャレンジ」で推進
――最後に、ひろしまサンドボックスの今後の展開も含め、読者へのメッセージをお願いいたします。
椛島氏 : ひろしまサンドボックスの認知は、3年間でかなり広がりました。今後は民間の方々にも参画していただき、行政と民間が共同で運営する形にしていきたいと考えています。
行政がずっと主導するのではなく、行政のサポートのもとで、民間の方々の活力で運営されることが、イノベーションのエコシステムを根付かせるために必要です。そのために、広島県内だけではなく、広く全国の方々に来ていただき、ぜひ一緒にひろしまサンドボックスを盛り上げていきたいですね。
尾上氏 : 公募をして、様々な企業に集まっていただく。そのサイクルは変わりませんが、スピード感はより速くなり、多くの人に情報を届けられるようになってきました。より多くの方々に、広島県のイノベーション立県としての取り組みや、AI企業にとって大きなチャンスが広がっていることを伝えたいと考えています。これからも「オープン、アジャイル、チャレンジ」で取り組んでいきたいです。
▲2019年5月に開催されたアイデア検討イベントの様子
※eiicon companyがオンラインで開催する日本最大級の経営層向けオンラインカンファレンス「Japan Open Innovation Fes 2020→21」にて、スペシャルセッション「オープンイノベーション3.0 産官学連携から見えるみらいのカタチ featuringひろしまサンドボックス」を開催[2/26(金)12:30-13:40]。「ひろしまサンドボックス」を牽引する広島県知事・湯﨑氏をはじめ、9つの実証プロジェクトを代表する担当者がそれぞれの成果をプレゼンします。ぜひ、オンラインでご視聴ください。
視聴方法やスケジュールなど詳細はこちらをご覧ください。 https://eiicon.net/about/joif2020-21/
▲スペシャルセッションの詳細はこちら▲
取材後記
県全体という広大な実証フィールド、ものづくり産業を中心とした豊富なリソース、イノベーション創出のための多様な施設や支援体制、そして何より失敗を恐れずトライできる風土、非常に魅力的な環境が広島県に存在すると感じられる取材だった。ひろしまサンドボックス推進協議会では、随時会員を募集しているため、AI/IoTを軸に何か新しい取り組みを推進したいと考えている方は、ぜひコンタクトをして欲しい。
TOMORUBAでは今後、9つの実証プロジェクトについての記事を順次公開していく予定だ。
(取材・編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)