東北電力グループが電力会社の枠を超えた共創プロジェクトで事業化を目指す――約5カ月のインキュベーション・PoCの成果とは
70年間にわたって、東北6県、および新潟県にエネルギーを供給し、地域から信頼を得ている東北電力グループ。同グループは今、従来の電気事業だけではなく、「スマート社会」の実現に向け、ビジネスモデルの転換に挑んでいる。ここで定義する「スマート社会」とは、地域に住む人たちが、ひとつひとつのサービスを意識することなく、快適・安全・安心な生活を手にできる社会のこと。社会問題が顕在化しつつある交通・教育・福祉などさまざまな分野において、新たなビジネスを創出することで、「豊かさの最大化」を図っていく構想だ。
この取り組みを推進するべく、2020年7月に東北電力内に事業創出部門を設置。次いで、2021年4月に新会社「東北電力フロンティア株式会社」を設立した。さらに同年5月からは、幅広いパートナーとの連携・共創により、新たな価値を創造するためのプログラム『TOHOKU EPCO BUSINESS BUILD』を始動。東北電力では初となる、オープンイノベーションプログラムである。
今年度は、次の3つのテーマでビジネスアイデアを募集した。
(1)20~30代向けの暮らし便利サービス
(2)行動変容による予防医療・健康促進
(3)持続可能な農業
これらに対し、100件近いビジネスアイデアの応募があったという。その中から、6チームを選出。2日間の『TOHOKU EPCO BUSINESS BUILD DAYS(7月開催)』を経て、3チームが採択された。その後、約5カ月のインキュベーション期間へと進み、去る12月7日に最終審査会(成果発表会)が東北電力の本店ビル内で催された。本記事では、最終審査会で披露された3つの共創プロジェクトについて紹介する。なお、今後、3つの共創プロジェクトについて、社会実装(事業化)に向けて次のステップに進むことが発表されている。
3チームが登壇、約5カ月のインキュベーションで得られた成果を発表
最終審査会では、東北電力グループと共創パートナー企業の双方から担当者が登壇。共創プロジェクトの進捗やインキュベーションの成果を審査員に向けてプレゼンテーションした。審査員を務めたのは、東北電力グループより次の5名となる。
■岡信 愼一氏(東北電力株式会社 副社長執行役員/東北電力フロンティア株式会社 取締役社長)
■新田 盛久氏(東北電力株式会社 上席執行役員/東北電力フロンティア株式会社 取締役副社長)
■小山 光雄氏(東北電力株式会社 執行役員 事業創出部門長)
■武山 徳彦氏(東北電力フロンティア株式会社 取締役 マーケティング本部長)
■青山 光正氏(東北電力株式会社 事業創出部門スマート社会実現ユニット イノベーション推進担当部長)
なお、審査にあたっては、次の4つの軸が設定された。
(1)テーマ性
「スマート社会実現」のテーマに沿っているか。スマート社会実現に向けて、適切なサービスかなど。
(2)課題とソリューションの妥当性
解決したい課題とソリューションが明確になっているか。マーケット/業界を理解した上での共創アイデアとなっているかなど。
(3)実現可能性
プロダクトが完成されているか。実現可能な計画・リソースは整っているかなど。
(4)市場拡張性
対象となるターゲット/ユーザーの市場環境は十分にあるかなど。
「新しい雇用の仕組みを活用した、単日・短時間の働き方を提供」――株式会社ワンデイワーク
最初に登壇したのは、株式会社ワンデイワーク(三越伊勢丹グループ)と東北電力フロンティア株式会社のチームだ。同チームは単日・短時間で「働く・雇う」を実現するプラットフォームサービスを提案した。
同チームによると、例えば、結婚や子育てなどの理由により離職した方が、家庭や子どもを優先しながら、再び働くことにハードルを感じており、一方で地域企業は、慢性的な人手不足や繁閑に応じた人員雇用ができないことに課題を抱えているという。この現状を打開するためのソリューションが、ワンデイワークが開発・提供する「働き手」と「雇用主」をインターネットでつなぐ求人・求職者情報プラットフォーム(スマートフォンのアプリ)だ。
チームメンバーはインキュベーション期間中に、東北・新潟在住の子育て層・主婦層を対象に、様々な形でリサーチを実施。その結果、東京とは異なる東北・新潟ならではの地域特性が見えてきたという。少子高齢化や労働人口減少といった社会課題が顕在化する中で、アプリを活用し、「単日・短時間」の新たな働き方を実現する本サービスの意義やニーズの高さを説明した。
また、東北・新潟の企業にて、ワンデイワークのプラットフォームを活用して、実際に単日雇用の求人から受入れを実施した。雇用主へのヒアリングでは、「業務の繁閑の差が大きく、それにあわせた働き手の募集に苦労していたので、このようなサービスがあると助かる」、「成功報酬方式で広告掲載料がかからないことがメリットだ」といった声や、「業務がマニュアル化されていない現状では就業時の受入・教育体制などに課題がある」等の課題が寄せられたという。
今後の展開として、インキュベーション期間で見えてきた新たな課題を踏まえ、事業アイデアのさらなるブラッシュアップを図りたいと話し、東北電力グループと三越伊勢丹グループの両社の強みを発揮し、共創による事業化を目指していきたいと力強く締めくくった。
<審査員コメント>
「東北・新潟のマーケットの特性や、働く人の意欲の高さなどを紹介いただき、迫力のあるプレゼンだった」、「働きたくても働けない人は多くいるため、社会課題解決にもつながる」といった評価する声があがった。また、東北電力グループと組むことによるシナジー効果や今後の事業展開の方向性について多くの質疑が交わされた。
「20~30代の“ちょっといい暮らし”をサポートする、住まいと車の新しいサブスク型サービスの創出」――Mysurance株式会社
続いての共創プロジェクトは、Mysurance株式会社、株式会社 DeNA SOMPO Carlife、損害保険ジャパン株式会社、および東北電力フロンティア株式会社の4社共創によるもの。東北・新潟に住む20〜30代の若者に焦点を当て、“ちょっといい暮らし”をサポートするサービスの開発を目指す。
同チームは現在の20代・30代が、不透明な将来への不安や収入・貯蓄の少なさなどから、初期費用負担が重い「住まい」や「クルマ」を無意識に諦めている現状を課題視。これに対し、サブスク型のサービスを提供することにより初期費用を平準化するプロジェクトの検討を進めている。
プロジェクトの具体化に向け、足下では、まずは「保険」に着目し、Mysurance・損保ジャパンとの共創によるオンライン完結型保険「東北電力フロンティア くらしのシンプル保険(賃貸タイプ)」をスタートしている。賃貸住宅入居者を対象に、保険をサブスク化(月払化)するもので、2021年11月24日より販売を開始した。その後、東北電力の会員制WEBサービス「よりそうeねっと」の会員向けにメールマガジンをテスト配信。現在、メール開封率・クリック率・申込遷移率・加入率を取得しながら、メールの訴求内容でのABテストや、顧客情報を活かした効果的なプッシュについて試行錯誤している最中だという。今後、認知拡大とタイミングをとらえたプッシュで、加入件数を増やし、さらなる共創につなげていきたい考えだ。
▲「くらしのシンプル保険」は、火災や水濡れのほか、家電・家具の盗難や破損・汚損も補償する。2種類のプランがあり、手頃な保険料やオンラインで加入できる点、年払いではなく月払いで支払える点が特長だ。
そのほかにも、不動産会社へのヒアリングや、ユーザーアンケート調査などにより、サービスのニーズや、顧客の課題の特定などを進めている。例えば、東北・新潟の暮らしでは“1人1台”の必需品である「クルマ」については、ターゲットである20代・30代では、サブスク型サービスの一定のニーズがあることを確認できたという。車の買い替え時期に関しては、車検や車の故障時が上位だが、20代・30代では就職・引越・免許取得・出産時なども一定数存在し、各社の持つ情報などを活用しながら、効果的にプッシュできる可能性があると話す。また、将来的な普及が見込まれるEV(電気自動車)についても、連携できないか検討していきたいと話した。
<審査員コメント>
「これからのスマート社会の実質的な担い手である20代・30代の暮らしを、少しでも豊かにしたいという提案だった」「東北・新潟では車が生活する上で欠かせない。そういうところでも貢献できる内容だった」との感想が伝えられた。また、EVの関連など、さらなる連携を模索したいとの前向きなコメントも寄せられた。
「オンライン薬剤師を活用した適切なセルフメディケーション推進サービス」――株式会社ウィメンズ漢方
最後に、株式会社ウィメンズ漢方と東北電力株式会社の担当者らが登壇。主に女性を対象としたヘルスケア基盤の構築を目指す事業プランを提案した(ウィメンズ漢方メンバーはオンラインで参加)。
ウィメンズ漢方では、不調を抱える女性を対象に、体質改善に向けたカウンセリングを実施。漢方薬やサプリメントを提案・販売する事業を展開している。専門知識を有する薬剤師による丁寧なカウンセリングを特長とし、顧客満足度の高さが強みとなっている。
今回の共創では、東北電力の持つ東北・新潟エリアにおける知名度やリソースと、ウィメンズ漢方のサービスとを組み合わせ、ウィメンズ漢方の事業を東北・新潟エリアへ、さらには全国へと展開する事業プランを披露。女性のライフステージごとにサービスを充実させ、妊娠・産後・育児・更年期に広げていくことを視野に入れていることも発表した。
事業化に向け、同チームはインキュベーション期間中、社員モニター(23名)と産科・婦人科の医師(6名)にインタビューを実施したという。社員モニター調査では、約80%から「不調が改善し、日常生活や仕事のパフォーマンスによい影響があった」とする結果が得られたそうだ。一方、医師からは「婦人科系では以前から漢方を処方しているが、薬のことはプロである薬剤師からアドバイスしてもらいたい」との声が寄せられたという。
今後は、東北・新潟エリアにおいて、両者が協業することから始め、全国展開、サービス拡充へとつなげたい考えだ。
<審査員コメント>
審査員からは「我々が目指すスマート社会の中で、女性が色々な悩みを抱えることなく、力を発揮できる社会を構築できる、我々の価値観にあった事業だと感じた」との感想が伝えられた。また「高い顧客満足度を誇る要因は何か」との質問が出たが、これに対し、生理痛などの女性特有の不調という相談しづらい悩みに寄り添い、それぞれの背景も考慮しながら、改善の目安も示して提案している点が、顧客満足度の高さにつながっていると返答した。
――成果発表会終了後、審査員による話し合いが行われ、3つの事業アイデアすべてが採択。今後、社会実装(事業化)に向けて次のステップに進むことが発表された。
※参考プレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000229.000037194.html
取材後記
快適・安全・安心に暮らすことのできる「スマート社会」の実現を目指し、新たな事業の種が蒔かれた『TOHOKU EPCO BUSINESS BUILD』。女性の就業支援や健康促進、20代・30代の生活を豊かにするビジネスプランが発表された。今回は、3つすべての事業アイデアが採択。今後、それぞれの強み・リソースを持ち寄りながら、事業化に向けて前進していく予定だという。東北電力グループと異業種が組み、東北・新潟エリアにどのような「スマート社会」を構築していくのか。今後の動きにも注目していきたい。
(編集・取材:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)