【画像認識・ローカル5G・ビッグデータ・IoTの4テーマ】東芝×スタートアップでインキュベーションに取り組んだ共創プロジェクトの成果とは。
エネルギー・社会インフラ・電子デバイス・デジタルソリューションなど、社会を支えてきた東芝の技術。現実やモノなどのフィジカルの世界のあらゆるデータを、サイバー空間のデジタル技術により解析・分析・理解し、実世界にフィードバックすることで新たな世界を創る、CPS(サイバーフィジカルシステム)戦略を掲げている。
その東芝が進めているオープンイノベーションプログラム「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM 2020」では、7月に協業検討フェーズに進む18社を採択。画像認識・ローカル5G・ビッグデータ・IoTを切り口に、現在共創プロジェクトが進んでいる。
先日、「みんなのアイデア共有会」と銘打ったピッチ大会が、東芝社内で行われた。本記事では、4つのテーマ9社のプレゼンテーションの模様をレポートする。
Visconti~リアルタイムの画像認識で新たな価値創出を目指す
東芝デバイス&ストレージ株式会社 システムデバイス事業統括部 杉本 雅史 氏
先陣を切ったのは、リアルタイム画像認識LSI「Visconti™️」の共創プロジェクトだ。東芝デバイス&ストレージ株式会社 システムデバイス事業統括部 杉本 雅史 氏が始めに登壇し、Viscontiの特徴と強み、社会課題の解決とスマートシティの実現といった目標について説明した。続いて、本テーマで採択された3社がプレゼンテーションを行った。
●鳥獣害対策から世界農業改革へ
株式会社アジラ アノラ事業部 AIプロジェクトマネージャー 若狭 政啓 氏
トップバッターは、「AI技術で人を豊かに」というビジョンを掲げる株式会社アジラだ。トラブルの元となる行動や空間の違和感行動の検知を可能にする「行動認識AI」、文字・文字以外の表記を高精度で認識する「AI-OCR」という2つのソリューションを提供している。
アジラが東芝と進めているのが、行動認識AIを活用した害鳥獣被害の削減システムの開発だ。農業は屋外での作業が多く、厳しい環境下での連続動作が求められる。そうした点で「Viscontiが不可欠」だと、アノラ事業部AIプロジェクトマネージャーの若狭政啓氏は語った。
対象害鳥獣を多角化するとともに農作物や食肉工場への多角化、そして海外展開なども見据える。さらに、動物だけではなく人間行動認識にも共創のフィールドを広げる。そこで取得した多様なデータからデータビジネス展開など、事業の可能性が広がるプロジェクトだ。
●リアルタイム魚画像データ解析で、養殖を効率化
Blue Tag株式会社 共同創業者 中尾悠基 氏
次に登壇したのは、画像AIサービスの開発・提供を行うBLUE TAG株式会社の共同創業者 中尾悠基氏だ。今回の共創プログラムで同社が挑むのは日本漁業が抱える課題の解決。リアルタイムの魚画像データ解析を通じて、養殖を効率化するプロジェクトを進めている。
水中は過酷な環境である上に、動き回る魚の行動・成長データをリアルタイムで取得することは困難であるため、高耐環境負荷で解析速度が速いViscontiと、BLUE TAG社の画像AI技術を組み合わせることで、その課題に対応する。
AI開発課題のボトルネックとなる良質な教師データ集積・再学習プロセスを最小限の負担に抑える仕組みを取り入れることで、開発及び改良サイクルを好循環することができ、現場ファーストのソリューション実現が可能と示唆した。
●防犯カメラAI解析分析ソリューション
株式会社VAAK セールスエグゼクティブ 山本悟史 氏
続いて、「人工知能の眼で社会課題を解決する」をミッションに掲げる株式会社VAAKのセールスエグゼクティブ山本悟史氏がプレゼンテーションを行った。同社は、ソフトバンクと東京大学 松尾研究室によるAIファンド出資第一号のスタートアップである。様々なシーンにおける異常を高い精度で検知・解析する解析基礎技術に強みを持つ。既設のIPカメラからエッジデバイスまたはクラウドを使って、リアルタイムで受信者がアクションを取りやすいレベルに分類した上で、顧客のデバイスに通知を行うというシステムを提供する。
今回Viscontiと共創することで、検知速度アップ、1setでのカメラ台数増加、機器設定の簡略化・軽量化が実現できると、山本氏は説明。その効果としては、産業スペックでの提供、既存顧客の満足度向上、そして新規産業へのアプローチが期待できるという。
不動産、工場、バスやタクシー会社といった領域においても、こうした防犯カメラ解析分析ソリューションは強く求められている。そうした事業の可能性を示唆し、山本氏はプレゼンテーションを締めくくった。
ローカル5G~ローカル5Gの活用で製造業・社会インフラに新たな価値創出を目指す
東芝インフラシステムズ株式会社 社会システム事業部 通信システムソリューション営業部 エキスパート 加藤靖智 氏
工場やビル、プラントといった特定のエリアで独自に5Gネットワークを構築・運営できる「ローカル5G」が、2019年12月に制度化された。これにより、「従来、東芝のモバイルネットワーク向け事業はプロダクト販売事業中心に展開をしていたが、インフラサービス事業展開のチャンスが訪れている」と、東芝インフラシステムズ株式会社 社会システム事業部 通信システムソリューション営業部 エキスパート 加藤靖智氏は語った。
今年度府中事業所でPoCを行い、その結果をもとに東芝事業所への展開、顧客基盤へのビジネス展開を見据えている。そこで、今回のプログラムで2社を採択し、PoCの計画や今後のビジネス推進について協議をしているという。
●360度カメラを用いたリアルタイムでの現場管理
株式会社Nossa 代表取締役 福井 高志 氏
株式会社Nossaは、360度映像を用いたオンラインコミュニケーションツールを開発するスタートアップだ。360度カメラでリアルタイムで空間情報を丸ごと配信でき、配信側と閲覧側が双方向で会話をすることができる。代表取締役 福井 高志 氏は、メリットとして「閲覧者側が操作をして、360度映像の好きな方向を視聴できること」だと解説した。
従来のテレビ会議ツールでは、視聴できる部分は配信者がカメラを向けた方向のみだった。相手の顔を見て話すことだけが目的あればそれで十分だが、現場管理等においては、空間をまるごと閲覧できることが重要となる。また、複数名で視聴する時には、各自が好きなところを同時に視聴できる。これにより、見落としなく空間情報を共有しながら、必要なコミュニケーションに集中することが可能となる。
福井氏は、今回ローカル5Gとの共創に期待していることとして、「高解像度映像の伝送」と「より低遅延での双方向コミュニケーション」だと語った。今後行われる府中事業所でのPoCでは、現場の遠隔管理の可能性について検証していきたいという。今後も現場の声を聞きながら、実証実験を進めていく予定だ。
●AIカメラでの5S徹底
株式会社エクサウィザーズ AIプラットフォーム部AIビジョングループ 土倉 幸司 氏
続いて、AIカメラ事業を展開する株式会社エクサウィザーズ AIプラットフォーム部AIビジョングループ 土倉 幸司氏が登壇した。「AIの力で社会課題の解決に取り組む」をビジョンに掲げる同社は、エッジ処理を行う次世代AIカメラ「ミルキューブ」を開発している。
ミルキューブの特徴は、撮影した映像から必要な情報だけを抽出・データ化してサーバに送信することである。エッジ処理で人間をアバター化し、リアルタイムに近い形で混雑状況を可視化することも可能だ。具体的な事例としては、保育園でAIカメラを設置し、笑顔のシーンだけを自動で撮影。そこからスコアリングを行い、ベストショットをクラウドにアップロードするというサービスも提供している。
今回の府中事業所でのPoCではスマートファクトリーの一環として、製造現場を可視化していくという。
スマートファクトリー市場は、今後さらに成長が期待される。その中でミルキューブが貢献できるのは、インテリジェントセンサー、見える化ツール、ログ化といったところだ。「AI・画像解析を軸にしながら、コラボレーションを推進したい」と、土倉氏は語った。
GridDB~ビッグデータのリアルタイム分析で新たな価値創出を目指す
東芝デジタルソリューションズ株式会社 商品企画部 望月進一郎 氏
3番目のテーマは、IoTやビッグデータ向け超高速スケールアウト型データベース「GridDB」。NoSQLインターフェイスを使って、大量高頻度のデータを高速に集めると同時に、SQLインターフェイスで複雑な分析をリアルタイムで行うことが可能。このように2つのインターフェイスを持つデータベースというのは、世界的にも珍しい。
東芝デジタルソリューションズ株式会社商品企画部 望月進一郎氏はこれまでのユースケースは社会インフラシステムだったが、今後は異なる市場にもアプローチすることが課題と指摘。その点で、株式会社Datafluctを採択した。
もう一つの課題は、クラウドのセキュリティだ。クラウド化が進む中でユーザーが最も心配するのがデータ漏洩だ。安全なクラウドデータベースサービス提供に向けて、EAGLYS株式会社との提携を進めているという。続いて、両社によるプレゼンテーションが行われた。
●リアルタイム分析可能なAIサービスを、安価・簡単にあらゆる産業に
株式会社Datafluct CEO Founder 久米村隼人 氏
「これからビッグデータ活用の民主化が始まる。しかしデータから価値創出するにはいくつものハードルがある。」そう語るのは、創業から18カ月で様々な業界・領域で14プロダクトをローンチしたデータサイエンス事業開発集団、株式会社DATAFLUCTの代表取締役 久米村隼人氏だ。
そこで同社が提供するのが、月額5万円から使える機械学習プラットフォーム「DATAFLUCT cloud terminal.」だ。これにより、誰もが簡単にデータをアップロードして、マルチクラウドでデプロイできるという。データサイエンティストが作ると1カ月ほどかかるが、このプラットフォームでは数時間で精度の高いモデルが完成する。
今回の協業では、GridDBの高い処理能力と大容量・高速という特徴に、同社のUX/UI、マルチクラウド、データストアといった特徴を掛け合わせて、安価で簡単に高速な分析環境を実現。多くの産業に提供していくことを目指す。「GridDBを時系列データベースで世界一にするところにご一緒したい」と、久米村氏は語る。
最後に、「DATAFLUCTはすべての産業にデータサイエンスの恩恵を与えていきたい。そのためには、安く、簡単に、高度な機械学習を届ける必要がある。Data Science as a Serviceとして、あらゆる産業に展開していきたい」と、改めてビジョンを語り、締めくくった。
●ビッグデータ・IoTユーザに、セキュアで高機能なクラウドデータベースサービスを
Eaglys株式会社 Business Development Director 矢次弘志 氏
次に登壇したのは、EAGLYS株式会社 Business Development Director 矢次弘志氏だ。同社はAIと高機能暗号・秘密計算といった暗号技術をベースとしたデータセキュリティ領域での事業を展開している。
強みとしては、暗号化したままデータ処理ができるセキュアコンピューティング技術だ。これによって、よりセキュアなデータ運用、データベース活用、データ共有が可能となる。複数の組織が、互いのデータを見せない状態でデータを共有する、匿名加工による弊害(加工コスト、データの質の低下、等)が解決できるということで、注目を集めている。EAGLYSは秘密計算においてグローバルでトップクラスの高速化技術を持ち、データベース向けの「DataArmor Gate DB」と、AI向けの「DataArmor Gate AI」を提供している。
今回のプロジェクトでは「GridDB」と「DataArmor Gate DB」との連携を進めている。たとえばネットワーク機器のサポートサービスでは、ユーザー企業のログデータをサポートベンダーが解析し、異常があればユーザー企業に連絡をする。そのログデータには、企業の機微情報が含まれるが、EAGLYSの技術により安全にクラウドに上げることが可能となる。これはログデータのみならず、工場IoTやAIのビジネスデータ分析にも応用が可能だ。
「高性能なデータベースであるGridDBに、当社のセキュリティ技術を掛け合わせることで、新規顧客の獲得、既存顧客のロイヤリティ向上といったビジネスの拡大に貢献していきたい」と、矢次氏は語った。
ifLink~さまざまなモノやサービスをオープンにつなぎ、新たなユーザー体験を迅速に共創する
株式会社東芝 CPSxデザイン部/一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ 村上 瑛 氏
最後に発表を行うテーマは「ifLink」だ。ifLinkとは、「IF=何かしらのトリガー」と「THEN=何かしらのアクション」を、それぞれの機器やWebサービスを自由な組み合わせで中継できるソフトウエアである。
株式会社東芝 CPSxデザイン部/一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ村上 瑛氏は、ifLinkのオープン化の取り組みと、その一環としてのifLinkオープンコミュニティについて紹介。その中でも活発な活動をしている2社が発表を行った。
●スマートビルディングで、従業員体験をアップデート
フューチャーロケット株式会社 CEO Founder 美谷広海 氏
フューチャーロケット株式会社は、アナログ電話機でスマート家電を操作できるhackfonや、トイレットペーパーの残量を計測できるスマートIoTトイレットペーパーホルダーの開発を行っている。今最も力をいれているのは、スモールビジネス向けAIカメラManaCamだ。これは神戸市のCOVID-19対策スタートアップテクノロジー公募プログラムに採択。道の駅混雑状況をモニタリングしている。他にも様々な展示会への出展について、CEO Founder 美谷広海氏が説明した。
ifLinkの共創プロジェクトでは、ビル従業員の体験をアップデートしていくスマートビルディングの取り組みを進めている。東芝インフラシステムズと東芝ITコントロールシステムとで、AIカメラやスマートトイレットペーパーホルダーを用いた実証実験を今年行う予定だという。また、AIカメラやアナログ電話をIoTリモコン化するデバイスも開発中だ。
この事業に取り組む理由について美谷氏は、「IoTはスマートシティや大手小売店など大規模事業者への導入が盛んだが、我々は小規模事業者や新興国を含めて、低予算かつボトムアップでDXを進めたいと考えている」と語った。その仮説検証をするために、2019年にはインドのバンガロールで行われたスタートアップイベントに出展。新興国での市場も見据えて、今後も取り組みを進めていくという。
●誰もが自由にノンコーディングで作れるIoTの実現へ
コネクトプラス株式会社 代表取締役CEO 坂井洋平 氏
この日最後にプレゼンテーションを行ったのは、conect.plus株式会社 代表取締役CEO 坂井洋平氏だ。同社は、ソフトバンクの社内起業制度から2019年4月にスピンオフしたスタートアップだ。IoTデータ活用に特化したアプリケーションをSaaSで提供している。IoTに特化したダッシュボードが、誰でもノンコーディングですぐに実装できるという特徴を持ち、ビルの設備監視や水道メーターの可視化といった社会インフラ企業に採択されている。
「ifLinkと私たちの想いは、共通している。それは、IoTの民主化だ」と、坂井氏は強調する。そこに向けて、誰でも自由にノンコーディングでIoTサービスを実現できる、アジャイルなPoC開発環境を構築。具体的な成果としては、ifLinkと連携するマイクロサービスを、わずか5日間で開発したという。ifLinkに繋がるあらゆるデバイス、あらゆるデータがコネクト+のサービスとシームレスに連携できる。
「しかしこれはまだまだIoT民主化の第一歩に過ぎない」と、坂井氏は語る。今後は、東芝が掲げるCPS時代に向け、新たなデータビジネスの創造に取り組む。現在、IoTプラットフォーム市場の全盛期だが、今後はそこに集まったデータの活用・サービス化のニーズが発生する。次のステージに向け、共創を積極的に進めていきたいと、坂井氏は想いを語り、発表を終えた。
クロージング・総括
●株式会社東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者 島田太郎 氏
4テーマ、9社のプレゼンテーションをすべて終え、株式会社東芝 最高デジタル責任者 島田太郎氏は「スピード感があり、非常にエモーショナル」と、スタートアップの発表について感想を述べ、「我々も負けずに進めていきたい」と話した。また、「まだ東芝側から提案できるテーマがあるのではないかと思う。今後、共創が進むことで、今まで困難だったテーマでも、次々とビジネス化が実現できるのではないか」と、今後の発展について見通しを語った。
●株式会社東芝 取締役 代表執行役社長 CEO 車谷暢昭 氏
最後に、株式会社東芝 取締役 代表執行役社長 CEO 車谷暢昭氏が、総括を行った。車谷氏は、まず各スタートアップのプレゼンテーションを讃えた。
さらに、「データの時代と言われて久しいが、今後もデータビジネスが最も成長する産業ということは間違いない。その中で特に大切なのが、IoTデータ、まさに東芝が掲げるCPSだ。GAFAは、サイバーデータで目覚ましいバリューを出した。しかしこれからは、モノから出てくるデータをいかに活用するかで、ビジネスの価値が決まるし、日本の製造業の今後も左右するだろう。東芝はその先端で戦っていきたい」と語り、スタートアップとの共創に対して強い意気込みを示した。
取材後記
各テーマの担当者と、スタートアップが一体となってプロジェクトを推進している様子が見て取れた。まだ協業検討が始まって数カ月だが、この発表会でのフィードバックをもとに、事業創出に向けた取り組みや実証実験を今後も重ねていくという。産業・社会を進化させるビジネスソリューションの共創を目指す東芝の動きに、今後も注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵)