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SPORTECで語られた「地域版SOIP」の共創事例――名古屋グランパスと松本山雅がスタートアップと取り組んだプロジェクトはどのような成果を生んだのか?(SPORTEC 2023セミナーレポート)

SPORTECで語られた「地域版SOIP」の共創事例――名古屋グランパスと松本山雅がスタートアップと取り組んだプロジェクトはどのような成果を生んだのか?(SPORTEC 2023セミナーレポート)

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2023年8月2日~4日、東京ビッグサイトに多くの来場者を集め、日本最大のスポーツ・フィットネス・健康産業総合展示会である「SPORTEC 2023」が開催された。同展示会において、特別講演として実施されたのが、スポーツ庁による「スポーツ産業の拡大 ~地域におけるスポーツを核としたオープンイノベーション推進策〜」と題されたセミナー企画だ。――本記事では、その内容をレポートしていく。

セミナーは、スポーツ庁が中心となって運営されている「地域版SOIP(Sports Open Innovation Platform)」の趣旨や概要、実践事例を、スポーツチームやスポーツに関心のある企業に広く知ってもらうことを目的に企画されたものである。

SOIPとは、新たな事業の創造、価値創出、社会課題解決などのために、スポーツと他産業とのオープンイノベーションの手法を用いて推進させることを目指すプラットフォーム。全国版SOIPと地域版SOIPがあり、いずれもすでに日本各地で多くの実証や事業化の事例が生まれている。

セミナーでは、スポーツ庁によるSOIPの紹介のほか、2023年に実施された地域版SOIPの2件のオープンイノベーション事例について、それぞれのスポーツチームと企業の担当者が登壇して講演が行われた。オープンイノベーションを通じて生み出された事業により何を目指すのか、その難しさややりがいなど、共創事業経験者ならではの生の声を聞かせてくれた。

スポーツ庁担当者・井上氏が語る、SOIPを推進する理由

最初の登壇者は、スポーツ庁参事官(民間スポーツ担当)付参事官補佐の井上悠太氏。井上氏からは、スポーツ庁としてオープンイノベーション事業に取り組む意図について説明がされた。スポーツ庁では、スポーツを成長産業化させること、また、その市場規模を拡大させていくことをミッションにしている。そのミッション実現の一環として取り組まれているのが、SOIP(Sports Open Innovation Platform)だ。

●スポーツを軸に、社会課題の解決につながる新たな財やサービスを創出

SOIPは、スポーツ市場を広げるためのプラットフォームであり、その目指すところは、スポーツコンテンツを中心に、他産業の価値高度化、さらには社会課題の解決へと、同心円的にスポーツ市場を拡大していくことである。

まず中核として、スポーツそのもの、つまり、「する、みる、ささえる」ものとしての、スポーツコンテンツが存在している。この中核の周辺には、映像コンテンツ、IoT/ウェアラブル活用、AR/VR技術、SNS、データ/AI活用など、スポーツコンテンツが直接的に利活用されたり、コンテンツに投資されたりすることにより、スポーツの価値が高度化される領域がある。これが、1段階目だ。

その領域から、ヘルスケア、教育、観光、飲食など、様々な他産業へ波及し、さらに、スポーツコンテンツが他産業における事業を高度化させるという効果も得られるのが、2段階目だ。そして3段階目として、スポーツの場から、SDGsの17目標に含まれるような、社会課題の解決につながる新たな財やサービスが創出されていく社会になる。

「このような社会を目指し、スポーツ市場の裾野を広げ、スポーツ産業の市場規模拡大を図る取り組み、これが、スポーツオープンイノベーションの取り組みとなります」と、井上氏は強調した。

▲井上 悠太氏/スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 参事官補佐

●2023年の地域版SOIPは、東北、関東、九州の各エリアで開催

次に、SOIPの具体的な活動内容や目標について説明がなされた。SOIPは、大きく「全国版」と「地域版」とにわかれている。全国版は、スポーツ分野ごとに存在するいわゆる中央競技団体(全日本柔道連盟、など)とのオープンイノベーション推進の機会を提供し、グローバル展開などの先進事例を目指すものだ。

全国版SOIPの枠組みで実施されている具体的な取り組みとしては、大きく「SOIN(ネットワーキング)」「アクセラレーション」「コンテスト」の3つにわかれている。「SOIN(ネットワーキング)」は、いわゆる情報発信、交流のことで、このようなイベントに出展したり、講演をおこなったりすることもその1つである。「アクセラレーション」は、年1回開催されている、新事業創出支援のための取り組み、また、「コンテスト」は、同じく年1回開催されており、事業拡大支援のためのプログラムとなる。

一方、地域版SOIPは、この後で紹介されるような、日本の各地域に根ざして活動しているスポーツクラブ、スポーツチームと企業とにより、各地域の特色を反映したオープンイノベーション実施を目指す取り組みだ。

地域版SOIPは、過去2年間(2021年、2022年)で「北海道、甲信越・北陸、東海、関西、中国、沖縄」の各エリアでアクセラレーションプログラムが開催され、20のクラブチームが参画。事業化に向けた取り組みが進んでいる。2023年は、「東北、関東、九州」の各エリアでアクセラレーションプログラム実施が予定され、今まさに公募の準備などが進められていることが紹介された。

最後に、「スポーツ産業の拡大に興味があるスポーツチーム、事業者様の方には、ぜひご参加いただきたいと思います」と、参加が呼びかけられて、井上氏の講演は締めくくられた。

続いて、地域版SOIP事業の運営支援を手がけている、株式会社eiiconの村田から、オープンイノベーションとはどんなものか、なぜ今オープンイノベーションが必要とされているのかといった内容についての説明があった。

村田は、オープンイノベーションとは「意図的に社外のプレイヤーと手を携えてイノベーション創出を行う経営手法」と紹介。さらに、「受発注とは異なり、企業と共創パートナー企業が対等な関係で共に新たな価値創出を目指すこと」だと強調した。加えて、スタートアップ育成5か年計画の第三の柱が 『オープンイノベーションの推進』であり、国の成長戦略としても重要な取り組みになっていると解説した。

▲村田 宗一郎氏/株式会社eiicon 執行役員 Enterprise事業本部 公共セクター事業本部管掌

事例報告1:「あいちローカルパートナーズ ~プロジェクト背景と進捗~」(株式会社名古屋グランパスエイト×株式会社Spornia.)

本セミナーは、2022年の地域版SOIPにおいて実現した2件の共創事例について、スポーツクラブと企業の各担当者が、リアルな内実を語るパートへと移った。

1つ目は、東海地域アクセラレーションプログラムにおいて実現した、名古屋グランパスと株式会社Spornia.との共創事例だ。「あいちローカルパートナーズ ~プロジェクト背景と進捗~」と題された講演で、株式会社名古屋グランパスエイト、事業開発部部長兼経営サポート部副部長の谷藤宰氏と、株式会社Spornia.代表取締役の上山開氏が登壇した。

【右】 谷藤 宰氏/株式会社名古屋グランパスエイト 事業開発部部長 兼 経営サポート部副部長

【左】 上山 開氏/株式会社Spornia. 代表取締役

●差別化が難しい今、”ファン化”の重要性が増している

まず上山氏は、名古屋グランパスとの共創により進めている「あいちローカルパートナーズ」のコンセプトを「サッカーを起点に街・地域と共に創る 子ども中心の育成コミュニティ」だと説明した。ただ、それだけでは抽象的なので、具体的に理解してもらうため、(1)背景、(2)“応援交換”による“地域のファン化”、(3)取り組み事例、の3点を順に説明した。

背景として語られたのが、市場が成熟してきたことにより、商品やサービスの機能的価値だけでは差別化が難しくなり、情緒的価値や社会的価値を訴求することの必要性が生じていることだ。その上で、情緒的価値や社会的価値の訴求によって、企業と顧客との間に感情的な結びつきを形成することを、上山氏は「ファン化」と呼び、その重要性が増していると強調した。

一方、中小企業では、ファン化のための施策を打とうにも、予算も人員も限られている。その課題に対してソリューションを提供することが、「あいちローカルパートナーズ」の狙いだという。

●街クラブを巻き込みながら、”ファン化”を促進

次に、「あいちローカルパートナーズ」において、ファン化をどのように実現していくのかという事業の中身が解説された。その概要を上山氏は、「地域に根付いている、街クラブ、部活動、大学のサークルなどをスポンサードしていくことで、ファン化を実現していく。ゼロからコミュニティを作っていくのではなくて、既存のコミュニティを巻き込んでいって、彼らをファン化し、ファンコミュニティに変えていくというのが、私たちのアプローチになっています」と説明。ゼロからのコミュニティ作りではないため、コストや時間に制約のある中小企業でも、比較的取り組みやすいという。

街クラブは、全国に約30万団体が存在している。日本全国のどの街にもほぼくまなく存在しているため、どの地域でも展開できるポテンシャルがある。さらに、一般的な街クラブの参加者は、半径4km圏内に300名規模が集う密集度が高く、家族構成やライフスタイルなどに共通性が高い。そのため、マーケティングを実施する際に、非常に精度の高い施策が打てることも、比較的狭い商圏で活動する地域企業にとってのメリットだ。

その育成のために、Spornia.では「応援交換」という考え方を用いた、独自の計測理論を策定している。応援交換とは、例えば、スポンサーがお金を出して街クラブはロゴを載せて終わりということではなく、企業と街クラブ(ファン)とが、お互いに困っていることに対して助け合う“応援サイクル”の関係作りということになる。「『あいちローカルパートナーズ』は、地域の企業に最適な街クラブをマッチングして、応援交換を繰り返しながら、ファン化を実現していくのが、サービスの目的です」と語る。

●名古屋グランパスが参加することで、応援交換サイクルが加速

ここで、名古屋グランパスとの協業があることでその応援交換のマッチングがスムーズになり、応援サイクル作りも加速されているという。実例として紹介されたのが、チタカ・インターナショナル・フーズ株式会社と、EASTALL FCというサッカーチームのマッチングだ。

東海地方で様々な外食事業を展開するチタカ・インターナショナル・フーズ株式会社は、新業態の台湾フードカフェの集客に苦戦していた。そこで、店から1.5kmを活動拠点としていたEASTALL FCの活動をサポート。

そのことを、特設サイトに掲載して、名古屋グランパスのSNSで発信したり、中日新聞の取材を受けて「グランパスがマッチング仲介」とする記事が書かれたりするなど、大きなPR効果が得られた。

さらにチタカ・インターナショナル・フーズからは、クラブ向け特別弁当の販売や、EASTALL FC限定の特別クーポン配布などを実施。また、グランパスキャラクター「グランパスくん」のEASTALL FCへの訪問、グランパスの公式戦への無料招待など、グランパスとの協業ならではの施策を実施して、EASTALL FCをサポートしている。

「ミーティングの場などでは、こちらから何もいわなくても、EASTALL FCさんから『何か自分たちが力にできることを先に教えてほしい』といっていただいて、主体的に企業に貢献しようというアクションが生まれていたりします」と、応援交換サイクルが回りはじめている様子が伝えられた。

事例報告2:「地域版SOIPを起点とした共創について ~スポーツチームと地域のこれから~ 」(株式会社松本山雅×株式会社DATAFLUCT)

事例報告の2つ目は、甲信越・北陸でのアクセラレーションプログラムで実現した、株式会社松本山雅と株式会社DATAFLUCTの共創事例だ。「地域版SOIPを起点とした共創について ~スポーツチームと地域のこれから~ 」と題した講演で、株式会社松本山雅取締役営業部長の柄澤深氏と、株式会社DATAFLUCT ソリューション事業本部 事業開発の松田一朗氏が登壇した。

【左】 柄澤 深氏/株式会社松本山雅 取締役営業部長

【右】 松田 一朗氏/株式会社DATAFLUCT ソリューション事業本部 事業開発

●自社の課題を解決するために、地域版SOIPに参画

松本山雅は、長野県松本市でJ3リーグに所属(2023年季)し、地元ファンから熱烈に愛されているサッカークラブだ。また、DATAFLUCT社は2019年創業、データプラットフォーム構築やDX推進支援などをおこなっているスタートアップ。CO2排出量の可視化や削減量の価値変換、オフセットなどで、行動変容を促す事業にも取り組んでいる。この環境価値流通のプラットフォームとなるのが、今回の共創のテーマともなっている「becoz」である。

講演では、松田氏と柄澤氏により、地域版SOIP参加の背景やサービスの内容が紹介された。まず松田氏からは、DATAFLUCT社の課題が説明された。それは、同社でリリースした個人向けのCO2排出量と削減量の可視化やカーボン・オフセットを実現するサービス「becoz」が、一定の注目を集めつつも、爆発的な普及はしていなかったという点である。

そんな中で、Jリーグが「世界一クリーンなリーグ」を目指して、全公式戦でのカーボン・オフセットを実現することが発表され、注目をしていたところ、同時期に甲信越での地域版SOIPに松本山雅が参画することを知った。

「個人の意識と行動を変えて、カーボン・ニュートラルな未来を作るために、大勢の人を集めて夢中にさせられる仕掛けが提供できないかと考えていたので、ちょうどよいきっかけになると思いました」(松田氏)。

一方、松本山雅の柄澤氏は、松本周辺という限られたエリアの中で、地域密着営業で協賛企業を探索してきたものの、それがやや頭打ちになっていることを感じていたという。「松本山雅のチームは発足当初からSDGsやESGの文脈に沿って、地域貢献や社会貢献をうたい活動はしていたのですが、なかなかそれが目に見える形で伝わってないという課題を感じていました。そこでより具体的に、SDGs環境やダイバーシティにわかりやすくフォーカスした協賛メニューやプログラムのようなものを作りたいと考え、地域版SOIPに参加しました」(柄澤氏)。

●エコ活動を通じて松本山雅を応援できる仕組み

それぞれ課題を持った両者が、地域版SOIPで出会い、その後の共創を通じて生み出された事業が「松本山雅FCゼロカーボンチャレンジ」である。松田氏は同サービスを、「エコ活+クラウドファンディングみたいなイメージ」だと紹介した。具体的な仕組みは以下のようになっている。

まず、松本山雅のサポーターをはじめとした地域住民は、普段の暮らしの中でのエコな活動へのチャレンジ、例えば、資源をリサイクルしたとか、車を使わずに自転車で移動したといったことがあったとき、スマホで撮影して写真を登録する。すると、その活動に応じたポイントを受け取ることができる。ポイントが一定まで貯まると、松本山雅に関連したグッズやサービスと交換できる。一方、サービスの運営費用やグッズなどの購入費用は、スポンサー企業の協賛金でまかなう。ここで重要な点は、松本山雅のファンなら必ず喜ぶグッズやサービスがもらえることだと、松田氏は強調した。

「松本山雅FCゼロカーボンチャレンジ」でポイント上位者がもらえるのは、貴賓室やVIP席での松本山雅のゲーム観戦招待、選手サイン入りのスタッフ着用ウェアなど、ファンなら絶対に欲しくなるものばかり。いわば「推し活」として参加できる仕組みだ。これにより、利用者の市民は松本山雅に貢献しながら、エコにも貢献できる。また、スポンサー企業のほうは、社会貢献活動をPRできるとともに、多くの地域住民とのタッチポイントを作ることができる。

もちろん、松本山雅のファンの増加やファンへの貢献にもつながるため、クラブにもメリットがあるという風に、いわゆる「三方よし」の仕組みとして構築された仕組みが「松本山雅FCゼロカーボンチャレンジ」だ。実際に、2023年3月からおこなわれた実証では、3か月で約250名の参加者があり、当初目標としていた500kg-CO2を大きく上回る、750kg-CO2の削減が達成されるという大成功を収めた。

パネルディスカッション

本セミナーの最後に、事例を報告した4名が登壇して、パネルディスカッションが行われた。講演の中では語りきれなかった部分が、司会のeiicon・村田とのやり取りを通じ、深掘りされていった。

●スポーツチームが地域版SOIPに参加した背景

まず、名古屋グランパスの谷藤氏に対して、同社が独自にスタートアップピッチを主催するなど、スポーツチームとしては相当積極的にオープンイノベーションに取り組んでいる理由が質問された。谷藤氏からは、名古屋グランパスは、現在売上高60億円程度だが、世界に挑むチャレンジャーとして100億円クラブを目標としている旨が説明された。その上で、同社ではチケット収入や協賛収入だけでは、100億円を達成することは困難であることから、新規事業開拓のためにも、オープンイノベーションに積極的に取り組んでいるという。

「現在、オープンイノベーションにより映画事業や、アップサイクルを中心としたクラウドファンディング、オークション事業などを実現し、ある程度の数字を達成できています。これらは、自社だけでは不可能な事業であり、やはり他社の力を借りることは必要だと痛感しています」(谷藤氏)。

また、それだけ独自の取り組みを実施している中で、今回の地域版SOIPに参加したことによる成果を問われると、谷藤氏は、次のように述べた。

「2018年、2019年と、独自でスタートアップピッチイベントをやったのですが、応募企業数という点で、なかなか苦戦しました。できるだけ発信努力はしているのですが、それでも、15から20社の参加といったところで、頭打ちになっていたというのが課題でした。今回、地域版SOIPに参画させていただき、Spornia.さんも含めて多くの新しい企業さんと知り合うことができたので、質量ともに、他社とのネットワークが増えました。これが一番嬉しいことでした」(谷藤氏)

一方、はじめてオープンイノベーションに取り組んだという、松本山雅の柄澤氏に今回の取り組みを通じて感じたところを問われると、次のように語られた。

「松本山雅の社員は、時間をかけていろんなことに取り組み、作り上げていくということは得意ですが、短期間に一気に目標を達成するために効率的に動くようなことは、あまり経験がありませんでした。IT企業であるDATAFLUCT社との共創事業を通じて、そういったことを学べたのは非常によい経験になりました。本音をいえば、共創事業をはじめた最初のうちは、かなり時間も拘束されるので、面倒臭い、大変だなと思うときも多かったのですが、事業が形作られてくる中で、それを乗り越えられる瞬間があった感じです。また、私たちは有り難いことに地元の企業さんから様々な提携企画などを持ち込まれることもあるのですが、そういった企画の是非を判断したり、進めていったりする際にも、今回の経験は非常に役立つものであったと思います」(柄澤氏)。

●スポーツオープンイノベーションの魅力と難しさ

続いて、スポーツチームとオープンイノベーションをすることの魅力や価値をたずねられた上山氏は、地域において圧倒的な信頼や人気を持つ地域スポーツクラブと協業することのメリットを次のように語った。

「無名のスタートアップである私たちが一番苦労していたのは、まず、お客様に話を聞いてもらう、信頼してもらうという点でした。ところが、名古屋グランパスさんと一緒に『あいちローカルパートナーズ』として営業活動をすると、アポを取れる数がいきなり5倍くらいに増えました。そして、訪問先でも、名古屋グランパスさんの話をきっかけとして、和やかにアイスブレイクができて、信頼も得られやすくなりました。そこがもっとも大きな価値だと感じました」(上山氏)。

それを聞いた松田氏も、「普通だったら会ってももらえないような企業にも、松本山雅さんとの協業ということで、面談できたりしたことに大きな可能性を感じました」と同調。スタートアップだからこそ、地域クラブの知名度を活用できるアドバンテージは大きなものがあるようだ。

逆に、苦労した点や難しかったことがあったかという質問に対しては、次のような感想が出された。

「東京と松本とでは、住民のライフスタイルが違っている面がありました。私たちは、SNS広告なども使って今回の取り組みの周知を図ったのですが、ぜんぜん響かないことに驚かされました。一番響いたのは、結局、スタジアムに出展することだったのです。地域の人を巻き込むとか、夢中になってもらうためのきっかけ作りで、私たちがそれまでに知っていたノウハウとは違う所があり、そこはすごく難しくて、苦戦したポイントでした」(松田氏)。

「今でも難しいと思っているのは、経済性の追求です。企画を提出する段階から、いかに名古屋グランパスさんが儲かる座組を作れるかという点に、私たちはこだわっていました。そうしなければ、1回だけの打ち上げ花火的なもので終わってしまいます。名古屋グランパスさんはじめ、協賛パートナーや街クラブの皆さんすべてにメリットがある経済性の設計が、今でもやはり難しいですし、ずっと追求し続けなければいけない所だと思っています」(上山氏)。

それを受けて、名古屋グランパスの谷藤氏は、企業がスポーツチームと組んでオープンイノベーションに着手することのメリットとして、すでにファンベースや知名度があることに加えて、ある程度の公共性があるため、地方自治体などを巻き込んだ座組を作りやすいことをあげた。一方、名古屋グランパスでも、60億円規模の「中小企業」なので、やはりリソースが限られている点はデメリットだと指摘した。

その上で、名古屋グランパスが今回のSpornia.との共創で得られたメリットとして、多くの街クラブとの強い関係が構築できたことで、子どもたちとの接点が持てたことがあげられた。近年、様々な事情から、地域スポーツクラブといっても、子どもへ直接アプローチすることが難しくなりつつある。その中で、「あいちローカルパートナーズ」の取り組みにより子どもたちからの応援が得られるようになったことは、長期的に見て大きな財産になるはずだという。

●スポーツオープンイノベーションの今後に向けて

セミナーの最後に、今回の取り組みをきっかけとした今後のビジネス展開や目標について、登壇者4名のそれぞれから語られた。

「今回の共創のPRを契機として、すでに愛知のバスケットボールチームや、関東のサッカークラブなどから共創の引き合いが来ており、大きな可能性を感じています。私たちの事業の成長ドライブとしては、共創相手となるチームやクラブがいかに儲かるかという所が一番大切であり、その視点をぶらさない座組を追求していきたいという思いを強くしています」(上山氏)。

「最後は、松本山雅さんが儲かって強くなるというのがゴールであることはどこまでいっても変わりません。その意味で、『脱炭素』というのは、あくまでも手段の1つに過ぎないともいえます。ヘルスケアやライフレコードなど、私たちの得意とするデータ分析を軸にした様々な切り口で、他の企業とも共創しながら、松本山雅さんを盛り上げるための取り組みを続けていけたら嬉しいですね」(松田氏)。

「私たちは、新しいことに積極的にチャレンジすることを、すごく大事にしています。ある意味、名古屋グランパスを踏み台にしていただくようなつもりでもよいので、少しでも共創の可能性がありそうな新しい事業企画などがあれば、ぜひ検討したいので、お声がけください」(谷藤氏)。

「松本というのはわりと特殊な地域柄で、感覚も非常にローカルです。しかし、グローバルになっていくことを、諦めてはいるわけではありません。業界的にグローバルにいろいろとやれることには、私たちもチャレンジしていきたいなと思っておりますので、パートナーとしてご協力いただける方がいらしたら、ぜひよろしくお願いいたします」(柄澤氏)。

なお、「SPORTEC 2023」の会場には、地域版SOIPに関するブースが出展。セミナーで語られた「株式会社名古屋グランパスエイト×株式会社Spornia.」、「株式会社松本山雅×株式会社DATAFLUCT」の共創事例にまつわる展示もされ、スポーツビジネスに興味・関心のある多くの来場者の目を引いていた。

取材後記

スポーツは、自分で行うことに加えて、観ることや推す(支える)ことでも関わることができる、多面性を持った魅力的なコンテンツである。それにもかかわらず、産業としてそのポテンシャルが十分に活用されているとはいえず、未知の力が眠っているだろう。今回紹介された事例を見ても、そのような可能性を花開かせるためには、オープンイノベーションの取り組みが非常に有効であると感じられた。今後進められる2023年度の地域版SOIPにおいても、私たちを驚かせてくれるような新しい発想によるスポーツコンテンツの展開が実施されるだろうと、非常に楽しみにさせられるセミナーであった。

本年度の地域版SOIP「SPORTS OPEN INNOVATION BUSINESS BUILD」は、東北・関東・九州の3エリアにて開催される。8/21からパートナー企業の募集も開始した。スポーツを軸に新たなビジネスを創出したいと考えている企業は応募を検討いただきたい。

https://eiicon.net/about/sports-open-innovation-bb2023/ 

(編集・取材:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)

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  • 富田 直

    富田 直

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