約500名が集結!未来の静岡を創るオープンイノベーションの祭典『SHIZUOKA STARTUP DAY 2025』に密着――鈴木県知事や有識者が語る”スタートアップ×静岡”の可能性
静岡県では、スタートアップ支援が近年ますます活発化している。地域の企業や自治体、支援機関が連携し、若手起業家や新規事業の挑戦を後押しする取り組みが広がっているのだ。地域資源を活かした革新的な事業や、首都圏や海外への進出を視野に入れた支援の輪も拡大し、静岡発のスタートアップ・エコシステムへの注目が高まっている。
そのエコシステムに関わるスタートアップや事業会社、投資家、自治体関係者、支援機関などが一堂に会し、2025年12月22日、東京・有楽町のTokyo Innovation Baseでオープンイノベーションの祭典『SHIZUOKA STARTUP DAY 2025』が開催された。約500名が集まり、会場は熱気と期待感に包まれ、トークセッションやピッチは立ち見が出るほどの盛況となった。
本記事では、イベントの中でも特に注目を集めた2つのセッションに焦点を当てる。静岡県知事が登壇したセッション「静岡が目指すスタートアップ・エコシステムの可能性と現在地」と、静岡県内企業によるオープンイノベーションの実例に迫ったセッション「オープンイノベーションで切り開く静岡の未来」だ。――静岡の未来を共創する多様な挑戦の姿を、現場の臨場感とともにお届けする。
【開会の挨拶】 「このイベントを通じて、静岡県の魅力を十二分に感じてほしい」
静岡県が取り組む新しい産業と出会える1DAYイベント『SHIZUOKA STARTUP DAY 2025』が開幕し、主催者を代表して静岡県 経済産業部 産業革新局長 山家裕史氏が挨拶した。
山家氏は、「本イベントは、静岡県のスタートアップ関連施策や県が推進する次世代産業関連プロジェクトを首都圏の皆さんに知っていただき、県内への呼び込みと各プロジェクトや県内企業、自治体とのマッチングを図ることを目的に開催するものだ」と説明。さらに、「このイベントを通じて静岡県の魅力を十二分に感じていただければと思う」と述べ、多彩なプログラムや交流会の紹介も行い、来場者の注目が集まる中、イベントはスタートした。
▲静岡県 経済産業部 産業革新局長 山家裕史 氏
【鈴木知事 登壇セッション】 「静岡が目指すスタートアップ・エコシステムの可能性と現在地」
次に紹介するのは、静岡県知事・鈴木康友氏が登壇した注目のセッションだ。産業や自然、歴史など多様な資源を持つ静岡県では、県内各地でスタートアップをテーマにした活動が活発化している。このセッションでは、静岡県が目指すスタートアップ・エコシステムの方向性や、スタートアップがどのように活用できるかを、県知事や県内のキーパーソンが語り合った。
<登壇者> ※写真左→右
■西村真里子氏(株式会社HEART CATCH 代表取締役 静岡県フェロー)※モデレーター
■小原嘉元氏(株式会社和多屋別荘 代表取締役)
■鈴木康友氏(静岡県知事)
■篠原豊氏(一般社団法人静岡ベンチャースタートアップ協会 理事長)
■高野由之氏(株式会社ARTH 代表取締役)
セッションの登壇者は5名で、いずれも静岡県のスタートアップ・エコシステムに深く関わる人物だ。モデレーターを務めた西村氏は、2019年から新たなビジネスの需要創出と県内企業の課題解決を目的に静岡県と静岡銀行が共同で実施している、スタートアップと県内企業とのビジネスマッチングイベント『TECH BEAT Shizuoka』のプロデューサーを務める。このプログラムに関連して、2025年7月に開催されたイベントには、3日間で178社のスタートアップが参加し、来場者は1万人を超えるほど、注目を集めたという。
▲モデレーター・西村氏(写真左)、静岡県知事・鈴木氏(写真右)
鈴木知事は、これまでのキャリアに触れながらスタートアップ支援への思いを語った。知事は、静岡県浜松市出身で、慶應義塾大学と松下政経塾を卒業後、企画会社の経営を通じて新規事業開発に約10年携わった。その後、政治の世界へと転じ、衆議院議員、浜松市長(4期16年)を経て、2024年には静岡県知事に就任。静岡県がスタートアップ先進県を目指す理由について、鈴木知事は「スタートアップが来ることで、地域経済が大いに発展する」と強調した。
県が取り組む具体的な施策として紹介されたのが、『TECH BEAT Shizuoka』と『静岡県ファンドサポート事業』だ。ファンドサポート事業は、鈴木知事が浜松市長時代に始めた取り組みを県に広げたものだという。これは、県が認定したベンチャーキャピタルがスタートアップに投資した額と同程度の交付金を、県がスタートアップに交付する仕組みとなっている。鈴木知事は、「スタートアップは資金を非常に獲得しやすくなる。さらに県が交付することで社会的信用も高まる」とメリットを語る。さらに、「県に拠点を置くことが交付条件になるため、県外から有望なスタートアップを呼び込むこともできる」と、本事業の意義を語った。
小原氏は、佐賀県・嬉野温泉で、2万坪の敷地と歴史ある建物を持つ『和多屋別荘』を運営している。旅館としても使われるこの場所で、コロナ禍前からオフィス事業を展開。現在は18社のスタートアップが入居し、製薬や食、ウェルビーイングなど多様な分野の企業が集積しているという。嬉野は、温泉、嬉野茶、肥前吉田焼という三つの地域資源を持つ土地で、「静岡県と非常に近しい」と話す。
「伊豆半島には大型旅館を含めて数百の旅館があり、嬉野と同じような取り組みができるのではないか」と提案する小原氏は、すでに鈴木知事とともに、伊豆の温泉旅館を活用したスタートアップ拠点づくりを進めていることを明かした。これに対し鈴木知事も、「週の半分を伊豆の温泉やサウナに入りながら働く、そんな新しいワークスタイルを提案していきたい」と応じた。
▲和多屋別荘・小原氏
約5年前に静岡県沼津市に移住した篠原氏は、38歳で起業し、スタートアップ経営に携わってきた。現在は「事業と事業を創る人の数を増やす」をミッションに、全国でエンジェル投資やスタートアップ・エコシステムの構築に取り組んでいる。また、鈴木知事が民間人だった時代に静岡ベンチャースタートアップ協会を共に立ち上げ、現在は同協会の理事長を務めている。
篠原氏は、静岡県の現状を俯瞰的に捉えながら、交通アクセスが良いことから「若年層の県外流出人口が全国ワースト1位」という課題を挙げる。一方で静岡県は、街も漁港も山もあり、農地からグローバルカンパニー、旅館までが揃う、「環境・コンテンツ・文化・人の宝庫」である点が大きな魅力だと強調する。こうした資産を活かして「グローバルを目指せる起業家をたくさん生み出したい」と熱意を込めた。
そのための静岡ベンチャースタートアップ協会であり、「特に若者たちの進路の選択肢の一番が起業にならないといけない」との考えから、学生向けのビジネスコンテストやスタートアップイベントを数多く展開。これらの場には鈴木知事自ら足を運ぶことも多く、鈴木知事も「学生たちの起業のハードルが低くなっている」と実感を交えて語った。
AI時代を見据えた視点も共有された。篠原氏は、AIが進化するほどリアルな産業の価値は高まると指摘。一次産業や製造業があり、都会よりも実証実験や社会実装が進めやすい静岡は、スタートアップにとってチャンスが豊富だと話す。これに対し西村氏も、ブルーカラービリオネアに言及しながら、ソフトウェアやIT関連がAIに代替され始める中で、手触り感のある仕事の方が儲かることに若者が気づき始めていると応じた。
▲静岡ベンチャースタートアップ協会・篠原氏
株式会社ARTHを率いる高野氏は、西伊豆・土肥で進めるまちづくりや、オフグリッドモジュールの開発事例を紹介した。築300年の邸宅を再生した観光拠点はミシュランにも掲載されるなど高評価を獲得。また、既存の電気・ガス・水道インフラに接続せず、完全に独立した状態で暮らせるオフグリッドモジュール『WEAZER』は、西伊豆で1泊44万円の宿泊施設として展開され、高価格ながら予約が相次いでいるという。
『WEAZER』が注目を集める理由について高野氏は、「贅沢の定義が富裕層を中心に変わってきている。自然を独り占めしつつ、自然にダメージを与えない。過ごし方の質を求める人が増えている」と返答。主要な利用者層について問われると、「国内客で最も多いのは20代」と明かし、会場に驚きが広がった。ディベロッパーや富裕層などからこのモジュールを買いたいという問い合わせも増えていると話す。
▲ARTH・高野氏
スタートアップ誘致の方策について小原氏は、「先進的なことに取り組める舞台があることと、人口減少など目を覆いたくなるような課題があること、この光と影の両面をオープンにすることが大事」と述べた。高野氏もこれに賛同しつつ、「スタートアップに1億円出資するより、1億円で仕事を発注する。社会課題を解決させてやり、狼煙を上げてほしい」と強調。加えて、それを支える“旦那衆”が、静岡に多いことも伝えた。
篠原氏は、スタートアップを「超長期で支えつつ規制緩和もして、実証実験支援のように社会実装を行いやすくする。政治や行政との一体感が地方のスタートアップ・エコシステムには重要だ」と語った。最後に鈴木知事が、「地方は課題のデパート。それを解決してくれるスタートアップにぜひ来てほしい」と呼びかけ、静岡ならではのエコシステムの輪郭が浮かび上がるセッションとなった。
【静岡県内企業 登壇セッション】 「オープンイノベーションで切り開く静岡の未来」
続いてのセッションは、「オープンイノベーションで切り開く静岡の未来」と題し、静岡県を代表する2社が共創の最前線を語る内容となった。ここでは、静岡という地域で、いかにスタートアップと連携し、新たな価値を生み出そうとしているのかが語られた。
<登壇者>※写真左→右
■渋谷厳氏(株式会社TOKAIホールディングス 経営戦略本部 スタートアップ推進部長)
■藤谷旬生氏(スズキ株式会社 次世代モビリティサービス本部 本部長)
■伊藤達彰氏(株式会社eiicon 執行役員 地域イノベーション推進本部 本部長)※モデレーター
冒頭では、両社の事業背景とこれまでの歩みが紹介された。TOKAIホールディングスは1950年、静岡県焼津市でガス事業からスタートし、リフォーム、住宅関連、情報通信、CATV、さらには介護施設や結婚式場など、多角的に事業を広げてきた企業である。静岡県内約150万世帯のうち、約90万世帯と直接的な接点を持つことが強みだ。現在は、次世代のインフラ会社を目指している。
渋谷氏は、同社のオープンイノベーションの方向性として、「既存事業のアップセル・クロスセル」「地域活性化への貢献」「GX推進」の三つを挙げる。出資先には、自動AI音声認識サービスを展開するシルバコンパス、廃棄茶葉を有効活用する素材技術を持つS-Bridges、次世代高圧ガス容器を手がけるAtomisなどがある。
▲TOKAIホールディングス・渋谷氏
一方、スズキは自動織機からスタートし、時代の変化とともに自動車やバイクへと事業転換してきた歴史を持つ。『小・少・軽・短・美』という哲学を大事にしており、この考え方はスタートアップに通じるところがあるという。2025年2月発表の新中期経営計画では「生活に密着したインフラモビリティ」を目指すことを掲げ、「新事業領域で、2030年度までに売上目標500億円を超え、2040年には既存事業に並び立つ」という宣言もした。
藤谷氏は、同社がスタートアップの真似をするのではなく、スズキが長年培ってきた量産力や信頼性、グローバルなネットワークなどを活かし、スタートアップと一緒に新領域を切り開いていきたいと話す。具体的な事例として紹介されたのが、多目的電動台車『MITRA』だ。スズキが“足”となるこの車体を提供し、スタートアップがセンサーやソフトウェア、ロボットを載せることで、多様な現場へ展開していく考えが示された。
▲スズキ・藤谷氏
セッション後半では、なぜオープンイノベーションに取り組むのか、その背景が掘り下げられた。渋谷氏は、「同じ事業を続けていると、いずれ成長は頭打ちになる」という危機感を率直に語る。人口減少や競争激化、生活スタイルの変化を見据え、スタートアップの革新的な技術と自グループの事業領域を掛け合わせながら、新たな事業を生み出していく必要があるとの考えを伝えた。
▲モデレーター・伊藤氏
藤谷氏は、同社社長がシリコンバレーに強い関心を示し始めたことが、スタートアップ連携を開始したきっかけだったと振り返る。その後、失敗を重ねてきたが、同社には「失敗をしても、トップがバックアップをし続ける社風がある」と語り、新しい挑戦を前向きに受け止め、面白がる空気が社内に根付いていることも紹介された。
スタートアップ連携について藤谷氏は、「スズキで取り組む以上は、スズキの強みに立脚し、スズキを使ってもらうことを大切にしている」と説明する。注力する領域も最初から決め打ちするのではなく、自分たちの強みを活かして新しいことに挑むとしたら、何ができるのかを考えた先に、自然と領域が見えてくると説明した。
「どのようなスタートアップとの取り組みを期待しているか」という問いに対し、藤谷氏は、量産力や国内外、とりわけインドにおけるネットワークが同社の強みだと説明。こうした「スズキが持っているものを活かしてくれるスタートアップと一緒に取り組みたい」と伝えた。渋谷氏は同じ質問に対し、個人顧客との取引が多い同社の特徴から、「個人のお客様に対してプラスアルファで訴求ができるスタートアップの力を借りたい」と述べた。
最後に、静岡というフィールドの魅力にも話題が及んだ。藤谷氏は、オープンマインドな気質が魅力だと話す。加えて、これまでのIT中心の世界では、プラットフォームをつくり、APIでつながることでエコシステムが成立してきた。一方、これからのフィジカルAIの世界では、現場が動かなければ成立しない。ものづくりの現場が今も残る静岡は、その強みを発揮できる土地だとの考えを示した。
渋谷氏も、希望する移住先ランキングで上位に位置する静岡は魅力的な場所だと述べ、「ぜひ、静岡という切り口でスタートアップに活躍してほしい」とメッセージを送り、セッションは締めくくられた。
【イベントハイライト】 セッション、ピッチ、ブース、交流会──次々と展開する多彩な企画で、静岡のエコシステムを体感する1日
東京・有楽町の広い会場は、「STAGE」と「ROOM」の2つのエリアに分けられ、異なるコンテンツが展開された。STAGEではセッションやピッチが行われ、登壇者の熱気あふれるプレゼンに来場者の視線が集中。
一方、ROOMではブース展示とピッチが並行して行われ、来場者は各ブースを回遊しながら、静岡県の自治体の取り組みや県内の次世代産業関連プロジェクトに直接触れ、理解を深める姿が見られた。
イベントのクロージングでは、静岡県の山家氏が再登壇し、スタートアップ施策の具体的な取り組みを紹介。その後、鈴木知事の乾杯で交流会がスタート。会場は活気に満ち、登壇者や来場者が意見交換に臨む姿が随所で見られ、静岡のスタートアップ・エコシステムの躍動を感じさせる1日となった。
取材後記
本イベントは静岡県が主催し、東京都での開催にも関わらず、多くの来場者で会場は終日賑わった。東京〜静岡間のアクセスの良さも手伝い、静岡県と首都圏の関係者が一堂に会した姿は圧巻である。セッションでは鈴木知事がスタートアップ支援に強い意欲を示す発言を重ね、その姿勢に参加者は大きな刺激を受けていた。セッションやピッチ、ブース展示、交流会まで、多彩なプログラムを通じて、来場者は静岡のスタートアップ・エコシステムの現場感と熱量を肌で感じ、その可能性の広がりを改めて実感する機会となったのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)