【イベントレポート】JOIRA 代表理事・成富氏登壇── 行動変容の壁を越える。3つの事例から紐解く“共創による突破のヒント”
日本オープンイノベーション研究会(JOIRA)に迫るシリーズ企画。先日公開した前編では、JOIRAが「共創型新事業創出の推進機関」として、教育・ナレッジ共有・事例研究などを通じてオープンイノベーション(OI)の価値を広げようとしている姿を、代表理事・成富氏のインタビューから紐解いた。
本稿はその後編として、JOIRAの活動の一つであるイベント登壇の様子を紹介する。そのイベントとは、2025年11月に開催された「行動変容の壁を越える〜単独から共創まで、挑戦の現場から学ぶ突破のヒント〜 」だ。
会場となったのは、富士通が立ち上げた「Uvance Innovation Studio」。ビジネスコミュニティ「BeaTRIBES」を運営するリトライブ株式会社とJOIRAの共催で行われた本イベントは、「行動変容」をキーワードに、企業単独の取り組みから他社・他地域を巻き込んだ共創プロジェクトまで、実践者の知見を共有する場として企画された。成富氏は、ピッチを行った3つの共創事例について的確なアドバイスやコメントを投げかけた。その模様をレポートしていく。
富士通が「場づくり」で挑む、自社と社会の行動変容
冒頭のキートークには、富士通株式会社の浮田氏が登壇。ハードウェア中心のビジネスを展開してきた富士通が社会課題解決型のソフトサービスへと舵を切り、「Fujitsu Uvance」というサステナブルな世界の実現を目指す新事業ブランドを掲げている現状について紹介した。
象徴的な取り組みが、会場でもある「Uvance Innovation Studio」である。朝7時から夜23時まで入退室ができ、競合他社やスタートアップも含め、多様なプレーヤーが無料で利用できるオープンな共創空間だ。浮田氏は「富士通一社が主役ではなく、一プレーヤーとして外部と混ざり合うための場所であり、それ自体が社員の行動変容を促す装置である」と語る。今後はスポーツをテーマにした協業プログラム「Fujitsu Accelerator Program for SPORTS」も同スタジオで始動する予定だ。
▲富士通株式会社 戦略アライアンス本部 シニアディレクター 富士通アクラレーター代表 浮田 博文 氏
成富氏が提示した、行動変容とOIをつなぐフレーム
続いて登壇したのが、JOIRA代表理事の成富氏。前編で触れたとおり、JOIRAは2023年3月に設立された新しい一般社団法人であり、11名の理事が多様なバックグラウンドから参画している。
▲一般社団法人日本オープンイノベーション研究会 代表理事 成富 一仁 氏
※関連記事:日本オープンイノベーション研究会(JOIRA)代表理事・成富氏が語る現場起点の教育体系とは――「オープンイノベーションを“特別なこと”から“日常”へ」
成富氏はあらためてJOIRAのミッションを紹介したうえで、オープンイノベーションと行動変容をつなぐ視点を示した。
欧米企業では78%がOIを活用している一方で、日本企業は47%にとどまる。「生産年齢人口が大きく減少するなか、限られたリソースで付加価値を最大化するためには、外部の知見と結びつくOIが欠かせない」と指摘する。その上で、行動変容には「ケイパビリティ(できる力)」「オポチュニティ(機会・環境)」「モチベーション(やる気)」の3要素が必要であり、「始める―続ける―定着する―自分ごと化する」というプロセスをデザインすることが重要だと述べた。
成富氏は「今日の事例が、この3要素と4つのプロセスのどこに効いているのかを意識しながら聞いてほしい」と参加者に投げかけ、後の事例紹介へ話をつなげた。
事例① 行動データ×社員食堂で支える、健康経営の「続けられる仕組み」
最初に紹介されたのは、エグゼヴィータ株式会社と株式会社グリーンハウスによる共創プロジェクトである。テーマは「健康経営」と「行動変容」の掛け合わせだ。
▲写真左から、エグゼヴィータ株式会社 Co-founder & CEO 多田 洋史 氏、株式会社グリーン・フードマネジメントシステムズ(グリーンハウスグループ)GreeneX Plus推進室 アシスタントマネージャー 笹井 翔也 氏
エグゼヴィータは、スマートフォンやウェアラブルデバイスから取得した行動データを解析し、個人の生活リズムやコンディションを“見える化”する技術を持つ。一方、グリーンハウスは社員食堂や高齢者施設、学校給食、ホテル、レストラン・デリカなど、「食を通した健康貢献企業」としてさまざまな事業を展開している企業だ。
両社がタッグを組んで開発しているのが、自分の状態を理解しながら、栄養士の知見を反映した伴走支援を受けられるアプリ「My Tone(仮称)」だ。実証実験では、エグゼヴィータが行動データを解析し、睡眠や活動量、食事の傾向などを可視化。グリーンハウスの管理栄養士がそのデータをもとに、社員食堂でのメニュー選びや生活習慣に関する個別アドバイスを行っている。
特徴的なのは、最初から高度なアルゴリズムに任せきりにするのではなく、「AI+人」のハイブリッドでMVP(Minimum Viable Product)をつくっている点だ。まだ精度が出ていない部分は、あえて人手で補完しながら、仮説検証とフィードバックを繰り返しているという。
「若手社員やプロアスリートなど、“コンディションの乱れがパフォーマンスに直結する人”ほど、こうしたサービスを素直に受け入れ、行動変容につながりやすいことがわかってきた」とグリーン・フードマネジメントシステムズの笹井氏は語る。
成富氏は「行動データの可視化はケイパビリティを高め、社員食堂という日常導線でのアプローチはオポチュニティをつくっている。さらに、栄養士という専門家が“自分のために考えてくれている”という感覚を与えることでモチベーションも底上げしている。3要素をバランスよく組み合わせている良い事例だと思う」とコメントした。
今後は、仕事中だけでなく、家庭や休日といった生活全体を視野に入れたサービス設計を進めていく予定だという。「会社としての健康経営」と「個人としてのコンディション管理」をつなぎ、無理なく“続けられる仕組み”に進化していくことが期待される。
事例② スタジアム発、リユース容器で「環境への無関心層」に届く
2つ目の事例は、株式会社カマンとJリーグに所属するプロサッカークラブ「湘南ベルマーレ」を運営する株式会社湘南ベルマーレによるリユース容器プロジェクトである。
▲写真左から、株式会社カマン 代表取締役 善積 真吾 氏、株式会社湘南ベルマーレ 風村 ひかる氏
カマンが展開するリユース容器のシェアリングサービス「Megloo」は、街中の飲食店など複数の店舗で使い回せる容器を提供し、使い捨てプラスチックごみの削減を目指す仕組みだ。しかし、対象となる容器包装ごみ約400万トンに対して、立ち上げ初期に削減できたのはほんの1トン程度。インパクトの小ささに、同社は課題感を抱えていたという。
そこで新たに着目したのが、「一度に多くの人が集まり、飲食を楽しむ場所」としてのスタジアムである。湘南ベルマーレのホームスタジアムでは、試合ごとに500〜600kgのごみが発生し、そのうち約3割が使い捨て容器だという。
2022年・2023年の2試合では、スタジアムグルメ全店の対象メニューをリユース容器に切り替える実証実験を実施。観客は通常どおりフードを購入し、食べ終わったら専用ボックスに容器を返却するのみ。運営側は洗浄・再利用のプロセスを設計し、「使い捨てから使い回しへ」という流れをスタジアム全体で実現した。アンケート結果によると、もともと環境問題にあまり関心がなかった層の6割が「今回の取り組みをきっかけに、環境について考えるようになった」と回答したという。
成富氏も「仕組みから行動を変え、そこから意識が変わっていく典型的なパターンですね」と評価した。「スタジアムという“非日常”の場で、強制ではなく自然な形で行動が変わる。その成功体験が、日常生活の選択にもじわじわと波及していく可能性がある。さらに、Jリーグがサステナビリティ指標を導入し、クラブ単位での取り組みを評価していく流れも、行動変容を社会レベルへ広げる重要な仕掛けになる」と湘南ベルマーレの風村氏は語る。
カマンは3年以内にリユース容器のコストを1食あたり約50円まで抑えることを目標に掲げている。また、湘南ベルマーレ側も、年間全ホーム戦での本格導入を見据えて検討を進めている。
事例③ 「やる気に頼らない」学習環境づくりに挑むスタートアップ
3つ目の事例として紹介されたのは、株式会社Herazikaによる学習習慣化のプロジェクトである。
▲株式会社Herazika 代表取締役 森山 大地 氏
人間の脳はもともと「目の前の危険」には反応しやすい一方、資格取得や受験のように長期的なリターンがある行為には集中し続けることが苦手である――そんな認識を前提に、Herazikaは「やる気に頼らない学習環境」を設計しているという。
同社のオンライン自習サービスでは、PCやスマホのカメラを通じて学習中の様子を互いに映し合う「バーチャル自習室」を提供している。学習者は、他の参加者が黙々と勉強している様子を画面越しに確認できるほか、自分の勉強時間のログや集中度の変化を可視化できる。
さらに、3人1組の「運命共同体チーム」を作り、出席率や勉強時間に応じてチームランクが変動する仕組みも導入。サボると自分だけでなくチームメイトに迷惑がかかるため、「やらなければならない状況」が自然と生まれる設計になっている。
「ノルアドレナリン(適度なプレッシャー)、ドーパミン(成果に対する報酬)、セロトニン(仲間とのつながり)という3つのホルモンバランスを意識しながら、続けられる仕組みを作っている」と森山氏は説明する。
公認会計士講座などで知られるTACと連携した事例では、従来は1年後に受講生の半数近くが授業から離脱していたのに対し、Herazikaのサービスを導入した受講生群では出席率が大幅に改善。TAC側が設定していた「行動変容指標」の10倍の成果が出たという。
これに対し成富氏は、「個人の行動変容は、本人の意思や気合いだけに依存すると必ずどこかで行き詰まる。Herazikaの取り組みは、テクノロジーとコミュニティ設計を組み合わせることで、“やらざるを得ない環境”を外側から用意している点がユニーク。今後、資格や受験に限らず、ダイエットやヘルスケアなど幅広い領域に応用可能なモデルになるかもしれない」とコメントした。
セッション終了後は全員で記念撮影が行われ、続く懇親会では登壇者を交えながら、参加者同士の情報交換とネットワーキングが積極的に行われた。
取材後記
3つの事例に共通していたのは、「まだ道半ばであり、手探りの状態であることを隠さない姿勢」だ。行動変容は、一度のキャンペーンや研修で完結するものではない。データの取り方、場の設計、インセンティブの付け方、コミュニケーションの工夫……あらゆる要素を少しずつ調整しながら、長い時間軸で取り組み続ける必要がある。
個社のプロジェクトを超えて、業界や領域をまたいだナレッジが循環していくとき、「オープンイノベーション」という言葉はようやく看板ではなく、現場の行動として根づき始める。
オープンイノベーション活用率 47%という数字は、日本企業の現状を映すと同時に、未開拓の余地が依然として大きいことを示している。多くの企業が、新しい成長曲線を描くための方法を模索している今、「どこに向かうか」「誰と組むか」「何から着手するか」を考える際の一つの場として、JOIRAの存在は今後さらに意味を持つようになるだろう。
(構成・文:入福愛子、撮影:加藤武俊)