日本オープンイノベーション研究会(JOIRA)代表理事・成富氏が語る現場起点の教育体系とは――「オープンイノベーションを“特別なこと”から“日常”へ」
日本国内におけるオープンイノベーションの機運が年々高まっている。大手企業などによるアクセラレータープログラムの開催、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の設立、さらには政府による後押しなど、オープンイノベーションの取り組みが広がった。だが、成功と失敗の分岐点はどこにあり、現場では何が起きているのか――。実際のところ言語化・体系化がされておらず、不透明な場合が多いのが現状だ。
2025年3月、一般社団法人日本オープンイノベーション研究会(以下、JOIRA<ジョイラ>)は、オープンイノベーションを通じた経済の発展および国際社会への貢献を目的に設立された。具体的には実態調査による一次データの収集と教育体系化を両輪に、オープンイノベーションを“当たり前の企業活動”にするのが活動の主旨だ。
そこで今回TOMORUBAでは、JOIRAの活動にフォーカスした記事を「前編」「後編」と2回に分けてお届けする。
「前編」となる本記事では、JOIRAの代表理事をつとめる成富氏に、設立の経緯、現在の取り組み、そして目指す姿を聞いた。後日公開する「後編」では、オープンイノベーションをテーマにしたイベントに登壇する成富氏を通し、JOIRAの具体的な活動をレポートする。
▲一般社団法人日本オープンイノベーション研究会 代表理事 成富 一仁氏
メーカーの技術職、経営支援団体、DXコンサルティングファームにて主に製造業の経営課題解決に資する情報提供や教育プログラムの設計・運営に携わる。アメリカ、中国、ドイツ、イスラエルなど海外の先進事例を継続的に調査し、その知見を国内企業の戦略立案・意思決定に反映。2021年よりeiiconに参画後は自治体や大手企業のオープンイノベーション企画・実行を一貫して支援してきた。多様な業界・セクターと協働し、本質的な共創を推進してきた経験を基盤に、一般社団法人日本オープンイノベーション研究会を設立し、代表理事に就任。
JOIRA立ち上げの背景とオープンイノベーションの課題
――まず、JOIRAを立ち上げた背景についてお聞かせください。
成富氏 : オープンイノベーションという言葉が国内に広がって十数年が経ち、学術的な知見はかなり出揃いました。ただ、産業界でなぜ成功し、なぜ失敗したのかという要因が、一次データとして十分に共有・構造化されているかというと、まだ道半ばです。
論文のフレームはあっても、「現場でどう適用され、どんな順序で運用されたのか」という運用の設計図が見えにくい。そこで私たちは、(1)実態調査で一次データを取り続ける、(2)成功・失敗の要因を抽出し教育体系に落とし込む——この二段構えをミッションにしました。
▲設立の背景
▲ミッション・ビジョン・バリュー
――立ち上げる際に「一般社団法人」にしたのは、どんな狙いからなのでしょうか。
成富氏 : 理由は二つあります。ひとつは中立性です。もうひとつは情報アクセスの広さ。株式会社の論理から一歩引くからこそ得られる情報アクセスとネットワーク――。これが一次データの厚みを生み、現場への適用までの距離を縮めると考えています。
――成富さんは自治体や大手企業などのオープンイノベーション支援において、豊富な知見・経験をお持ちです。実際のオープンイノベーションの現場では、どのような課題が浮かび上がっていますか。
成富氏 : オープンイノベーションは、「社内体制の整備」と「社外連携」の同時運転です。要求されるマネジメントの項目が多く、業務改善案件より難度が高いのが実情です。
上位層に強い推進者がいても、ミドルやボトムへ降りるほど「どこから手を付けるべきか」「型がないまま動いてしまう」といった初動でのミスが起きやすい。また、潤沢な予算が付かない現場も多く、常に外部コンサルに委ねられるわけではありません。ここに、等距離で伴走できる一般社団法人の介在する余地があると考えています。
知の循環をつくるJOIRAの活動の柱
――JOIRAの足元の「活動の柱」について教えてください。
成富氏 : 大きく教育(人・組織づくり)と調査研究(事例・知の蓄積)の二つですが、
1)情報発信やセミナーで関心層を広げ、
2)研修・プログラムで実践の手段を渡し、
3)実践から一次データを回収して成功・失敗の要因を抽出し、
4)再び知見を発信して次の関心層へ返す。
この循環を継続的に回していくことで、オープンイノベーションの関心→実践→推進へのステップを生み出したいと考えています。
――直近ではどのような取り組みに力を入れていますか。
成富氏 : 当面は「調査」に力をいれます。調査票を広く配布し、2025年度末に調査票の分析に基づいた知見を共有する計画で、コア分析の対象は売上100〜300億円の中堅企業です。比較のため隣接層も調査しますが、主となるのは中堅企業です。
理由は三つ。第一に地域経済への寄与度が高いこと。第二に人手不足や新規事業の必要性など“変わらざるを得ない”要因が濃いこと。第三に大企業の先行知を中堅企業仕様に翻訳し、社会実装する担い手になり得ることです。自治体の調査業務など、構造的に入り込める案件も増えており、ここを基盤に教育に関する取り組みの精度も高めていきます。
――対象として中堅企業(100〜300億円)に注力する理由をもう少し具体的に教えてください。
成富氏 : 中堅企業は、地域経済を支える“要(かなめ)”であり、大企業と地域をつなぐ存在です。大企業が持つオペレーショナル・エクセレンス(業務の高度化・効率化)を、自社の規模や文脈に合わせてアレンジし、実装できる柔軟さがあります。
また、一次産業や観光、雇用、税収などへの波及効果も大きく、地域全体への影響力も見逃せません。中堅企業で成功事例が積み上がれば、オープンイノベーションが地域単位で自走し始める。
私たちは、そうした動きを後押しするために、3,000億円規模の大企業の先行事例を研究し、その知見を50〜300億円規模の企業へと“翻訳”して届けたいと考えています。
▲オープンイノベーションをテーマにしたイベントに登壇する機会も多い成富氏。
JOIRAが描く未来図――「オープンイノベーション」と言わなくても機能する社会へ
――JOIRAの活動ですが、どのような機関と連携して進めているのでしょうか。
成富氏 : 公的機関や学術、産業プレイヤーと相互会員・共催のかたちで連携しています。社団の中立性があるので、自治体や第三者機関の枠組みにもアクセスしやすい。情報の流通経路を増やし、現場の知見を社会の資産にしていきます。
――大企業の経営層からオープンイノベーションの支援会社、さらにはイノベーション研究の第一人者である米倉誠一郎氏など、理事や賛同者の顔ぶれも豪華ですよね。
成富氏 : 理事や賛同者の価値は“肩書”ではなくフィードバックの質と速さにあると実感しています。調査票の設計ひとつを取っても、「その仮説は筋が悪い」「現場感とズレている」と遠慮のない指摘が飛びます。
しかし、そのおかげで測るべき変数が澄み、分析設計が洗練されます。一次データの質は、問いの質で決まりますから。方向修正のピン打ちが速い上に、人的ネットワークの紹介も厚い。時に資金繰りの相談に個人として手を差し伸べてくださることもあります。
――調査票の分析レポートの公開はいつ頃を予定されていますか。
成富氏 : 2025年度末に一次レポートを共有する計画です。初回はオープンイノベーションの現在地の提示に重心を置き、以降は年次で時系列の変化と成功・失敗の要因を更新していく予定です。並行して資格制度の設計を進め、推進者と支援者の共通言語を整えます。
――資格制度の設計というお話しがありましたが、その狙いを教えてください。
成富氏 : 狙いは二つです。一つは企業内推進者の型化。フェーズ認識、意思決定、連携評価の勘所を標準化し、属人性リスクを下げます。
もう一つは支援者側(金融機関・商工団体・自治体など)の底上げです。地域の伴走者が同じ地図を持てば、対話が噛み合い、案件の歩留まりが上がる。資格は“お墨付き”ではなく、「共通言語」として機能させたいと考えています。
――JOIRAが描く最終的なビジョンを教えてください。
成富氏 : 目指すのは、わざわざ「オープンイノベーション」と言わなくても、日常の企業活動として自然に使いこなされている状態です。
関心層の拡大→実践→知の再編集→再発信の循環が回り続け、一次データが厚みを増し、支援者側の共通言語が整う。結果としてオープンイノベーションの社会実装の速度が上がる。私たちは“語る団体”ではなく、循環を回す団体であり続けたいと思います。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
成富氏 : オープンイノベーションで成果を出すには、順序の設計が欠かせません。まずは自社のフェーズを正しく認識し、やるべきことの優先順位を定めること。そのうえで、必要に応じて外部と手を組み、初学者を受け入れる“作法”を持つことが大切です。JOIRAでは、一次データと教育体系を活用しながら、現場の一歩を後押ししていきます。ぜひ皆さんの現場の声を聞かせてください。
取材後記
JOIRAの活動にフォーカスする本企画では「前編」として、代表理事・成富氏のインタビューをお届けした。
オープンイノベーションの歩留まりを決める鍵は、「順序」と「共通言語」にある。関心から実践へ、そして知の再編集と再発信へ——この循環が滑らかに回り出したとき、オープンイノベーションは掛け声ではなく、企業の“日常”として息づいていくだろう。2025年度末に予定される初回レポートが、その変化の兆しをどう描き出すのか、注目したい。
後日公開する「後編」では、成富氏がオープンイノベーションをテーマにしたイベントに登壇した模様を取材。JOIRAの具体的な活動をレポートする。
(構成・取材・文:入福愛子、撮影:齊木恵太・加藤武俊)