『MASH UP! KUWANA 2025 Special Day』レポート!――桑名市に新しい風が吹く。獣害対策、観光、農業などのスタートアップが提案する共創プランとは?
2024年3月、三重県桑名市は、国や各自治体の動向、桑名市の現状等の背景を踏まえ、目指すべき方向性などを明確にし、スタートアップとの共創を戦略的に推進していくことを目的とした「くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略」を策定。同戦略では、桑名市内をフィールドとした課題解決や新たなチャレンジを通じて“スタートアップとの共創”を生み出し続けることを理念とした「くわなスタートアップ・オープンフィールド」の構築(仕組み化)がビジョンとして掲げられた。
この「くわなスタートアップ・オープンフィールド」の仕組み化を目指し、桑名×スタートアップによる新たな価値の創出を目指す事業共創プログラム『MASH UP! KUWANA』がスタートしている。2025年度のプログラムでは、(1)桑名市が解決したい課題を提示した「取組テーマ提示型」、(2)自由度の高い提案が可能な「スタートアップ提案型」という2種類のエントリー方法でスタートアップからの提案を募集し、審査の結果、計画フェーズに進む4社(ソーシャル・アイディー株式会社は株式会社Plaruとの共同提案)が決定した。
そして去る12月8日、『MASH UP! KUWANA 2025』の書類選考を通過したスタートアップ4社が集結し、自らの共創プロジェクトプランを発表するイベント『MASH UP! KUWANA 2025 Special Day』が桑名市内で開催された。
TOMORUBAは同イベントを現地で取材。本記事では、4社による共創プロジェクトプラン発表ピッチに加え、昨年度プログラムの参加スタートアップ2社による共創事例の進捗報告ピッチ、さらには桑名市長×スタートアップ支援機関×スタートアップによるトークセッション「MASH UPで生み出すくわな×スタートアップの相乗効果」の模様をレポートする。
桑名市とスタートアップの共創で「どんなまちができるのか」を語り合う1日に
イベントのオープニングに際し、桑名市長の伊藤徳宇氏が挨拶を行った。始めに伊藤市長は、2024年1月に実施された「くわなスタートアップサミット・開国〜KAIKOKU〜」(※レポート記事)から数えて3回目の大型イベントとなった今回の『MASH UP! KUWANA 2025 Special Day』の会場を見渡し、「回を重ねるごとに参加者が増え続けていることを大変嬉しく思います」と来場者に感謝の意を伝えた。
続いて伊藤市長は、愛知県のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」の代表で桑名市出身の佐橋氏からの提案が「くわなスタートアップ・オープンフィールド」の始まりであったことを紹介。取り組み開始以降、多くのスタートアップが桑名市を訪れて地元企業との交流を深めてきたことにより、現在では桑名市の人々が「スタートアップ」という言葉に慣れ親しみ、スタートアップとの共創に期待感を持っていると話した。
また、伊藤市長は今年度の『MASH UP! KUWANA 2025』について説明し、54件の提案が集まったと報告。「昨年度から一緒に取り組んできた2社、そして今年度選ばれた4社のピッチを心から楽しみにしています」とスタートアップ各社にエールを送った。
最後に伊藤市長は、「スタートアップの皆さんと桑名の人々が一緒にチャレンジする姿を、若い人たちや子どもたちにも見てもらうことで、桑名の若い世代にチャレンジする気持ちを伝えていきたい。それが私の大きな夢です。今日は桑名とスタートアップが共創することで、どんな街ができるのか。そんなことを語り合う有意義な1日にしたいと思います」と語り、挨拶を締めくくった。
昨年度プログラムの参加企業2社による共創事例の進捗紹介
ここでは昨年度行われた『MASH UP! KUWANA 2024』(※参考記事)に参加したスタートアップ2社(GEMBA、StarBoard)による共創事例の進捗紹介ピッチについて、登壇順にレポートする。
【1】株式会社GEMBA
現場DXサービス「GEMBA」に関する大洋産業との共創事例
GEMBAは、製造現場における改善・管理業務を直感的に一元管理できる現場DXサービス「GEMBA」を2025年4月末に正式リリースした。同社が昨年度の『MASH UP! KUWANA 2024』に参加し、桑名市で銑鉄鋳物業を営む大洋産業と出会った時点では、「GEMBA」は未完成の状態だったという。
両社は2025年1月から大洋産業社内でのトライアルという形で共創をスタートし、大洋産業の現場から上がる生の声を参考にしながら「GEMBA」の改良を推進。その結果、「表示アイコンの絞り込み機能」「安全/保全/5Sなどのマルチ業務対応」「Excel/CSV出力機能」など、現場の要望に即した新機能を追加した上での正式リリースが実現。大洋産業は2025年5月から「GEMBA」を正式導入し、両社の良好な共創関係は現在も続いている。
同社は、桑名鉄工協同組合や三重県鋳物工業協同組合の参加企業にも「GEMBA」を紹介する機会を得て、そのうちの1社とトライアルを実施するなど、今後もより多くの市内企業と連携することで相乗効果を高めていくとした。
【2】株式会社StarBoard
桑名と世界の共創で、持続可能な人材エコシステムを実装
三重県を中心とする東海圏でインドネシア人特化型の人材紹介や人材定着支援サービスを提供するStarBoardは、昨年の『MASH UP! KUWANA 2024』にて、インドネシアの各省庁や教育機関と桑名市の企業を直接つなぎ、人材確保のサポートと定着化を図る共創プランを提案した。
同社は、桑名市を外国人材受け入れのモデルケースにするために、この1年で様々な活動を展開。累計450名超の就職支援を実現したほか、2025年8月には桑名市役所や桑名商工会議所との共催セミナーを実施した。また、『MASH UP! KUWANA 2024』の参加が大きな反響を呼び、メディアからの取材依頼も増えたという。さらに同社は、新たなサービスとして「MyStar」を発表した。「MyStar」はAIのアルゴリズムを活用して人材と企業を適切につなぐシステムであると説明された。
スタートアップ4社による共創プロジェクトプラン発表ピッチ
続いては、『MASH UP! KUWANA 2025』の書類選考を通過した4社(FaroStar、ソーシャル・アイディー、QUINT、物語運輸)の共創プロジェクトプラン発表ピッチについて、登壇順にレポートする。
【1】株式会社FaroStar
サル出没通知×安心地域づくり
空飛ぶ船と呼ばれる表面効果翼船や四足歩行ロボットの開発を行うFaroStarは、AI×ディフェンステックや自動管制システムの技術に強みを持つスタートアップだ。同社は、「AIでサルの出没を見える化し、地域の安心と農作物保護を実現するスマートシステム」を提案した。
桑名市ではサルの出没が増え、農作物被害や住民不安が深刻化していたが、従来の罠を使うような対策では効果が限定的だった。同社の提案するシステムは、AIカメラがサルを検知し、サーバーからスマートフォンにサルの検知を通知することで被害の拡大を未然に防ぐというもの。
現在はソフトウェア開発を推進中であり、2026年1月末には機材の設置も含めた完了を見込んでいる。まずは冬場の検証を行った上で中間報告を実施し、その後は秋口に発生するイノシシも含めた検証・データ収集を行い、事業化の判断を仰ぎたいとした。
【2】ソーシャル・アイディー株式会社・株式会社Plaru
旅マエ・旅ナカ・旅アト全対応 人とデータがめぐる持続的な観光モデル構築
宿泊客や観光客のSNS投稿の二次利用を可能にする「旅アトリーチ」を展開するソーシャル・アイディーと、AI旅行計画アプリ「Plaru(ぷらる)」を提供するPlaruは、ファンづくりを起点とする「人とデータがめぐる持続的な観光モデル構築」を共同提案した。
具体的には、桑名市観光協会の公式サイトに観光客のSNS投稿を掲載して集客を行った上で、桑名に訪れた観光客に「Plaru」で様々な観光ルートを提案。その後、観光を終えた観光客のSNS投稿を、再度観光協会のサイトにアップするという循環型のサービスだ。SNS投稿の掲載許可取りはソーシャル・アイディーが実施するが、自分のSNS投稿が掲載された観光客は、再度桑名を訪れるファンになりやすい。このように旅マエ・旅ナカ・旅アトの全工程を活用して桑名のファンを生み出すことにより、桑名の関係人口創出につなげていく狙いだ。
2026年以降は、観光からのファン化の流れや「Plaru」のルート案内による観光客のデータ収集に関する実証を行うことで、サービスの有用性を見極めていきたいとした。
【3】QUINT
誘引餌「ジャンタニコイコイ」による「桑名モデル」の構築
個人事業主として幅広い事業を展開するQUINTの菊池氏は、ジャンボタニシによる稲の食害を防ぐ誘引餌「ジャンタニコイコイ」による「桑名モデル」の構築を提案した。
菊池氏が開発したジャンタニコイコイは、ジャンボタニシのみを引き寄せる圧倒的な誘引効果を持ち、宮崎県や福岡県で行った実証では、既存の対策と比べて大きな食害低減が認められたという。しかし、「実際にどれだけの収穫が守られたのか」を判断するための定量評価には至っていないため、桑名市内で様々な設置手法の実証やアンケート調査を行い、効果を定量化・数値化することで「桑名モデル」を構築し、実用性の可視化を目指すという。
今後のロードマップとしては、桑名市の協力を得て2026年に大規模な実証実験を行うほか、法人化も併せて実施。様々な販路を構築してビジネスを展開していくとした。
【4】物語運輸株式会社
桑名の水辺に、“日本文化のたまり場”をつくる
「物語の力で日本の伝統文化を世界に轟かせる」というミッションを掲げ、日本の伝統文化を活かしたEコマース事業や体験事業を展開する物語運輸は、同社の体験事業・ジャパンカルチャースタジオの実装をベースとする「桑名市・水辺の文化回廊構想」を提案した。
具体的には、桑名市が誇る「水辺」、そして「灯り」「伝統」、さらにはカヤックのようなマリンアクティビティを融合させた新たな“日本文化のたまり場”をつくることにより、複数の伝統文化を一カ所で楽しめる体験拠点の構築を目指す。核となる体験は、桑名の無形文化財である連鶴を活かした「連鶴模様入り提灯づくり」のワークショップであり、物語運輸が全国で展開する「提灯づくりワークショッププログラム」のノウハウを活用して運営する。
今後のロードマップとしては、2026年度に向けて準備・実証・事業化を3段階で進めていく。最終的には桑名市を全国初の伝統文化体験ターミナルとし、全国各地へ展開できる「観光体験の仕組みモデル」の構築を目指す方針だ。
トークセッション「MASH UPで生み出すくわな×スタートアップの相乗効果」
4社による共創プロジェクトプランのピッチ終了後、「MASH UPで生み出すくわな×スタートアップの相乗効果」と題し、オープンフィールドの実現に向けてスタートアップとの共創の機運醸成をしていくためのトークセッションが実施された。
桑名市における地元企業とスタートアップとのリアルな共創実態や今後の展望などについて、桑名市長、スタートアップ支援機関、昨年の『MASH UP! KUWANA 2024』に参加したスタートアップ代表者2名が語り合った模様をダイジェストで紹介する。
<トークセッション登壇者>
■桑名市長 伊藤徳宇氏
■STATION Ai株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 佐橋宏隆氏
■株式会社GEMBA 代表取締役 藤井聡史氏
■株式会社StarBoard 代表取締役 矢部将勝氏
※モデレーター:株式会社eiicon 執行役員/地域イノベーション推進本部 本部長 伊藤達彰
【テーマ1】 くわな×スタートアップの共創の最前線
トークセッションの冒頭、伊藤市長は「3年前までは見えなかった景色が桑名に広がっている」と語り、2023年から行政機関としての桑名市と共創を続けているKANNON社やLX DESIGN社との取り組みについて紹介した。
また、トークセッションに参加しているGEMBA、StarBoardの活動にも言及し、「初年度は行政とスタートアップの共創がメインでしたが、昨年度はGEMBAさんやStarBoardさんのような地元企業とスタートアップの共創が生まれ、今年に関してはQUINTさんのような農業分野での共創も始まろうとしています。スタートアップの方々に持ち込んでいただいた新しい風が、市民の皆さんの雰囲気を明らかに変えています」と、直近3年間での桑名市の変化を説明した。
GEMBAの藤井氏は、「本日お話した大洋産業様には、アプリができていないアイデアベースの頃からお付き合いいただき、私たちと一緒になって最初の一歩を踏み出していただきました。ただ、同じことを別の地域で行おうとしても難しいと思います。やはり『MASH UP! KUWANA』のようなプログラムを通じて桑名市からご紹介いただけた、という信頼感があってこその共創だと感じています」とプログラムに参加する意義を語った。
藤井氏の発言を受けたStarBoardの矢部氏は「桑名市の度量の深さとスピード感に驚かされた1年でした。知名度も実績もない当社のようなスタートアップを受け入れてくれただけでなく、セミナーの開催などについても行政とは思えないスピード感で後押ししていただいたことが印象に残っています」と話した。
STATION Aiの佐橋氏は、STATION Aiの入居企業の多くもGEMBAにおける大洋産業のような「最初に有償で使ってくれる1社」を探しているスタートアップが多いと語った。また、そのような最初のパートナーの1社は、中小企業である方がスタートアップにとってのメリットも大きいという。「中小企業の経営者の方はスタートアップのマインドに近いことが多く、最後まで一緒になって走ってくれる印象が強いです」と持論を述べた。
【テーマ2】 くわなスタートアップ・オープンフィールドが目指すべき未来
オープンフィールドについて藤井氏は、「実証フィールドについてはかなり自由に活用できています。また、桑名市内の様々なコミュニティとも交流していますが、コミュニティ内の強靱な信頼関係があるが故に、その中で閉じてしまっている側面も少なからずあると考えています。今後は、フィールドをオープンにするだけでなく、コミュニティもオープンにしていくようなお手伝いをしていきたいです」と今後の抱負を語った。
矢部氏は、オープンフィールドにおける参加者同士の化学反応に期待を寄せた。「私たちは外国人材と企業を結ぶサポートをしていますが、外国人の方が最初に日本を訪れるきっかけは圧倒的に旅行が多いです。そのような意味では、本日ピッチを行ったソーシャル・アイディーさんのビジネスと当社のビジネスを掛け合わせることもできそうです。また、インドネシアは稲作が盛んなので、ベトナムでもジャンタニコイコイの実証実験を行ったQUINTさんとの共創も考えられるなど、掛け算のような共創によってオープンフィールドをさらに活性化できたら素敵ですよね」と話した。
二人の話を聞いていた佐橋氏は、オープンフィールドの「オープン」という部分が、今後のポイントになると述べた。佐橋氏はIT業界の加速度的な成長を支えたオープンソースを例に挙げ、「何事においてもオープンであることが進化を早める鍵になります。桑名でのオープンイノベーション事例をしっかり共有し合い、人材を育て、ノウハウを貯めていくことが重要になると思います」と話した。
伊藤市長は、「佐橋さんが話したように、桑名をよりオープンにすることで、今後も多くの方々に新しい風を吹かせてもらえる場所にしていきたいです。私たちは今、そのようなオープンな風土を受け入れるための土壌づくりをしている段階なのかもしれません。当然、組織の人材も大事ですが、たとえ人が入れ替わったとしても、新しいものをオープンに受け入れられる土壌さえあれば、桑名市はまだまだ元気になれるはずです」と語り、トークセッションを締めくくった。
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クロージングとして、桑名市役所 スマートシティ推進課の三輪氏が登壇し、挨拶。『MASH UP! KUWANA 2025 Special Day』の幕が閉じた。なお、会場後方には、登壇したスタートアップ各社のパネルが設置され、イベント参加者による直筆の応援メッセージが添えられた。
取材後記
StarBoardの矢部氏がトークセッションで語っていたように、イベントやセミナー開催のバックアップ、市内企業や各種コミュニティへ接続のスムーズさなど、桑名市がスタートアップに対して実施している支援業務は、従来の地方自治体のイメージからは考えられないほどスピーディーだ。「くわなスタートアップ・オープンフィールド」の策定から3年ほどで様々な共創事例が花開いている理由も、桑名市の意思決定の速さによるところが大きいと言えそうだ。
また、伊藤市長が言及していたように、この3年間で多くの桑名市民や市内企業がスタートアップとの共創に対して期待感を抱くようになり、全市を挙げてスタートアップを歓迎する雰囲気が醸成されていることも感じられた。オープンイノベーションの先進地域となりつつある桑名市とスタートアップが生み出す新たな共創事例やイノベーションが、多くの自治体のロールモデルとなることを期待したい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己、撮影:齊木恵太)