明治 × Beer the First、余剰乳素材を活用した『MILK MOON』を約3ヶ月で共創――約半年で4万本販売し、海外展開も視野に。サステナブルな共創の全貌とは
1917年に設立し、牛乳・乳製品、菓子、食品の製造販売等を手がける明治。業界を牽引する大手企業として高いブランド力を誇る同社は、目まぐるしい事業環境の変化に対応すべく、積極的に新規事業やオープンイノベーションに取り組んでいる。
そうした中で、明治はクラフトビールを手がけるBeer the Firstと共創し、乳素材を用いたアルコール飲料『MILK MOON』を生み出した。明治の余剰乳素材を活用するという従来にない切り口で商品体験を提供する本共創プロジェクト。酒類販売業の免許を持たない牛乳・乳製品メーカーである明治がBeer the Firstと共に、RTD(※Ready To Drink:蓋を開けたらそのまま飲めるアルコール飲料)という新たな市場に挑んでいる点でも、大きな注目が集まっている。
缶チューハイやカクテルなどを含むRTD市場は、家飲み需要や健康志向の高まり、酒税改正(第3のビール増税)が追い風となり、ビール類に次ぐ主要な酒類カテゴリーとして成長中だ。そうした側面から見ても、関心を集める共創プロジェクトと言えるだろう。
2024年秋に出会った明治とBeer the Firstは、わずか3カ月で商品コンセプトの構想から販売体制の構築までを推進し、2025年3月に『MILK MOON』をリリースした。その後、半年で累計4万本を出荷。デザインや味わいも独自性が高く、ターゲット層である若年女性を中心に選ばれる商品に成長している。
▲『MILK MOON』は、紀ノ国屋などのスーパーやコンビニ、小売量販店などで販売されている。(※画像出典:プレスリリース)
この共創プロジェクトは、明治で在庫過多となっていた脱脂粉乳の活用にもつながる意義ある取り組みだという。事実、発売から半年で実際に0.5トンの脱脂粉乳が活用され、余剰乳素材のアップサイクルにも貢献しつつある。今回は、プロジェクトを推進する両社の担当者に集まってもらい、開発の経緯や成果、今後の展望を聞いた。
共創で生まれたミルクサワー『MILK MOON』、発売後6カ月で販売数が4万本に到達
――明治さんとBeer the Firstさんの共創によって誕生した『MILK MOON』ですが、2025年3月に発売されました。その特徴や約6カ月経った今の成果を教えてもらえますか。
Beer the First・坂本氏 : 『MILK MOON』は乳原料を使ったRTDで、アルコール度数3%のお酒です。乳原料を使ったお酒は市場にほとんどなく、ユニークな商品に仕上がっています。今回は明治さんと連携し、在庫過多の脱脂粉乳を活用して開発しました。ミルク感をしっかり感じられるよう工夫し、甘さは蜂蜜で表現しています。バイヤーや売り場の方からも「珍しい商品だね」と注目されています。
▲株式会社Beer the First 代表取締役社長 CEO 坂本綿一氏
――明治の松浦さんにも、『MILK MOON』の開発に込めたこだわりや、発売後の反応についてお伺いしたいです。
明治・松浦氏 : 明治では、今回のような在庫過多となっている材料を使ったアップサイクルの事例は多くありませんでした。私たちの強みである乳素材を活かし、これまで手がけてこなかった“お酒”というカテゴリーで開発できたことは、大きな挑戦だと感じています。
お客様からも「可愛い」「売り場にあまりない色とデザイン」といった声を多くいただき、反響を実感しています。通常、当社の商品はどうしても商業デザイン寄りになりがちですが、今回はイラストレーターに依頼して一枚絵でパッケージデザインをするという新しい表現にも挑戦できました。
▲株式会社 明治 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発グループ 松浦枝里子氏
――確かに珍しいデザインで、思わず手に取りたくなります。開発時の想定顧客はZ世代の女性だったと伺っています。このパッケージデザインには、どんな狙いがあるのでしょうか。
Beer the First・山川氏 : 商品開発を進める中で、明治の社内の方にも何度かインタビューを行い、商品のスペックや企画内容について意見を伺っています。特に、私たちとは世代の違うZ世代の女性社員の声は、新しい視点としてとても参考になりました。松浦さんも商品開発のスペシャリストなので、一緒に開発を進める中で多くのことを学ぶことができましたね。
▲株式会社Beer the First 取締役 山川大介氏
Beer the First・坂本氏 : 明治社内でのインタビューを通して得られたデータをもとに、『MILK MOON』のパッケージは、淡く落ち着いた“夜っぽい”デザインにしています。
ただ、夜の雰囲気だけではミルク感が伝わらないため、“牛”のモチーフも取り入れました。乳飲料の表示には厳しいルールがあるそうですが、アルコール飲料は自由度が高いため、ユニークなデザインができたと思います。
――Beer the Firstさんは「UTAGE BREWING」というブランド名でクラフトビールをメインで手がけていますが、今回の共創でビールではなく、RTDを選択した理由は?
Beer the First・坂本氏 : おっしゃる通り、私たちは社名にもあるようにクラフトビールをメインに扱う会社です。ただ、明治さんには、ビールだけではなくRTDやノンアルのいずれかで共創がしたいとお伝えしていました。その中で、脱脂粉乳を一番活かせるのはどれかと調査した結果、RTDになったのです。私たちにとって乳素材を使うのも、RTDに取り組むのも初めてで、まさに初めてづくしの挑戦でした。
――2025年3月に『MILK MOON』を発売してから約6カ月ですが、現時点で累計どのくらい売れているのですか?(※本取材は2025年10月に実施)
Beer the First・坂本氏 : 今、累計で4万本弱です。明治さんとの共創プロジェクトが始まったのは、2024年の秋ごろ。それから約1年で、すでに4万本弱を販売しています。当社としてはこれまでにない反響をいただいています。
――狙い通り、Z世代にあたる20代の女性によく飲まれているのですか。
Beer the First・坂本氏 : ポップアップイベントでは、想定していた20代よりも経済的な余裕の出てきた30代女性の反応が良く、意外とZ世代だけに限らず上の世代にも支持されていることが分かりました。以前、高輪ゲートウェイで開催した試飲イベントでも、比較的若い女性が『MILK MOON』に興味を持って立ち止まってくれる印象で、狙っていたターゲットとの相性は良いと感じています。
余剰在庫の脱脂粉乳に着目し、アルコールという新たな活用の可能性を探索
――次に、明治さんとBeer the Firstさんがタッグを組むことになった経緯についてお聞きしたいです。なぜ、オープンイノベーションに取り組もうとされたのでしょうか。
明治・松浦氏 : 私は現在、新規事業開発を専門に行う部署に所属しています。社内では「自社だけではできないことがある」という認識が共有されており、新規事業を生み出す手段の一つとして、オープンイノベーションも活用していきたいと考えています。そうした中、当社ではコーポレートアクセラレータープログラムを実施してきましたが、どうしても既存事業に近いテーマが多くなる傾向がありました。
一方で、明治がこれまで取り組んでこなかった新しい領域にもチャレンジできると期待をして、神奈川県が主催するプログラム(※1)に参加をすることに。特に今回は“アルコール”という、当社ではほとんど扱うことのない分野で提案をいただいた点が非常に新鮮で、Beer the Firstさんと「ぜひ一緒に取り組んでみたい」と思いました。
――今回の共創では、明治さんから脱脂粉乳を提供されています。脱脂粉乳の在庫が増えている点が課題と伺っていますが、どのような背景があるのですか。
明治・松浦氏 : 牛から搾った生乳は、脂肪分を主成分とするバターやクリームと、脂肪分を取り除いた脱脂粉乳に分けて使われます。どちらも大切な原料ですが、現在はバターやクリームの需要が高まっているため、それらを作る過程で脱脂粉乳が大量に発生します。実際、バターやクリームを作ろうとすると、そのおよそ4倍の脱脂粉乳が出てしまうのです。
日本では、牛から搾られる生乳は基本的にすべて買い取ることになっているため、この脱脂粉乳を活用することは、最終的に酪農家支援につながります。そうした背景から、私たち乳業界としては「脱脂粉乳をどう有効に使うか」というテーマに業界全体で取り組んでおり、明治としても大きな課題と感じています。
――現状では、脱脂粉乳はどういった製品に使われているのでしょうか。
明治・松浦氏 : 脱脂粉乳は現状、ヨーグルトやアイスクリーム、カフェラテなどの乳製品や乳飲料の原料として使われています。使いきれない分も、牛の飼料などに活用しており、廃棄されることは一切ありません。基本的には、すべてを使い切るようにしています。
――Beer the Firstさんにもお聞きします。脱脂粉乳に着目した理由について教えていただけますか。
Beer the First・坂本氏 : これまで私たちがアップサイクルビールで使っていた材料は、災害備蓄品や炭水化物が中心でした。しかし、入れ替えのタイミングが不定期だったり、お米などは貯まるまでに時間がかかったりして、安定供給には課題があったのです。
明治さんのお話で、バターやクリームの製造過程で生まれる脱脂粉乳は安定的に調達できると分かり、「材料として使えるのでは」と期待。さらに、「脱脂粉乳を使うならRTDが適している」と聞き、ビール以外の新しい分野に挑戦したいという思いが強まり、共創に取り組む意欲が一層高まりました。
共創スタートから3カ月で新商品をリリース!スピード開発を成し遂げた強い意志と体制
――2024年秋に両社が初めて顔を合わせ、わずか半年後の翌年3月には新商品をリリースするという非常に短期間での開発でした。初期段階から、年度内での新商品完成を目標に据えていたのでしょうか。
Beer the First・坂本氏 : 毎年2月中旬に開催される食品関連の大型展示会『スーパーマーケット・トレードショー』に、この新商品で出展したいという思いもありました。ただ、その前に先行リリースする予定があったので、実質的には2月初旬には完成・お披露目を迎えなければなりません。そうなると、1月末にはほぼ新商品を仕上げておく段取りです。開発はまさに時間との勝負でした。
――かなりタイトなスケジュールだったということですね。
Beer the First・坂本氏 : はい。実質、2024年11月から翌年1月のわずか3カ月間でお披露目までこぎ着けた形です。ただ、松浦さんが私たちスタートアップに寄り添ってくださり、朝から昼過ぎまで打ち合わせを行ったり、週1回どころか2回・3回とミーティングを重ねたりして、同じスピード感で動いていただけたことが、間に合った大きな要因だと思います。北海道の乳業工場にも連れて行っていただきましたね。
――明治としては、どのように販売体制を構築していったのでしょうか。
明治・松浦氏 : アルコール商品を通常の店販に展開するのは初めてだったため、社内の反応がどうなるか非常に不安でした。しかし、実際には反応は非常に良かったです。
リリース後には、社内の新しい取り組みに興味を持つ人たちからたくさんの問い合わせがありましたし、支社のイベントや社内懇親会でも『MILK MOON』を使ってもらえました。商談の場では「こんな商品も出しているんですよ」と紹介してくれるなど、社内全体で好意的に受け止められました。
一方で、全営業を管理している部署には、早い段階で「こういうことをやります」と伝え、事前に調整していたので、営業部で混乱が起きることはありませんでしたね。加えて、販売先への商談にも可能な範囲で私が同行して、理解を得ながら進めました。
総じて社内からの反発はなく、どちらかというと「酒類販売業の免許がない中で、どうやって進めたのか」というポジティブな質問の方が多かった印象です。
アップサイクル商品の棚を定番化して消費者認知拡大、そして海外市場にも踏み出す
――今後のビジョンについてもお聞かせください。
Beer the First・坂本氏 : 引き続き、この取り組みは継続していきたいと考えています。『MILK MOON』でチャレンジしたRTD以外にも、クラフトビールやノンアルコールなど、他の商品カテゴリーにもアプローチを進め、脱脂粉乳の可能性をもっと広げていく考えです。
脱脂粉乳を使った多彩な商品を、さまざまな売り場で届けることで、乳素材の課題を知ってもらうきっかけにもなればと思います。そして、当初掲げていたアップサイクル商品を集めた棚(売り場)作りの実現にも、一歩ずつ着実に近づけるよう取り組んでいきます。
明治・松浦氏 : 私たちも同じように、アップサイクルの棚づくりを目指していきたいです。日本では、アップサイクル商品であることが必ずしも購買の決め手にならないのが現状です。それでも、お店の棚に“いつもアップサイクル商品がある”という状態を定番化できたらと考えています。まずは日本において定番化し、その上で海外を目指していきたいと思います。
Beer the First・坂本氏 : 松浦さんがお話ししたように、『MILK MOON』は海外展開も視野に入れています。シンガポールやマカオ、香港などのアジア圏では、明治さんのお菓子の認知度が非常に高く、多くの消費者が親しみを持っています。その認知度やブランド力を活かしてお酒を流通させれば、面白い展開になるのではないかというご提案もいただいています。国内外で『MILK MOON』や他カテゴリー商品の可能性を広げ、新しい乳素材の楽しみ方を提案していきたいと思っています。
――ここまでの結果を踏まえて、今後はどのような方向性で販路を広げていく予定ですか。
Beer the First・山川氏 : 現在は、百貨店や高価格帯のスーパーに加え、一般的なスーパーや一部のコンビニでも取り扱われるようになってきました。駅の売店でも販売しているのですが、「お土産やギフトにもなるのでは」という話も出ており、そういった新しい層を今後狙っていきたいです。
また、すでに商品を卸しているスーパーさんの中にはリピート注文をいただいているところも少なからずあるため、その理由を分析し、今後の戦略に反映させていきたいです。「ここに行けばいつでも『MILK MOON』が買える」という固定の売り場づくりにも取り組んでいきたいと思っています。
――今回の新製品誕生によって、余剰な脱脂粉乳は順調に活用できているのですか。
明治・松浦氏 : 社外との共創から、脱脂粉乳を使った新しい商品として実際に販売できているのは、現時点では『MILK MOON』のみです。これを形にできたことは非常に大きな成果でした。今回の取り組みでは、年間1トンの脱脂粉乳を活用することを目標に掲げて開始し、現時点ではその約半分となる0.5トンを活用できています。今後はさらなる拡販に向けて『MILK MOON』以外にも商品を開発し、取り組みを一層強化していきたいです。
※1:「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」…神奈川県内に拠点を持つ大企業・中堅企業等と、質の高いベンチャー企業間の事業連携プロジェクト創出を目的とした組織。大企業・ベンチャー企業・研究機関・支援機関等が参画する協議会の運営を通してオープンイノベーションのコミュニティ形成に取り組んでいる。
取材後記
両社が出会ってから実質1年で、共創から生まれた新商品『MILK MOON』は約4万本を社会に送り出した。このスピード感と販売実績には改めて驚かされる。プログラム当初から年度内の商品化を目標としていたことも、成果につながった要素のひとつだろう。PoCで終わらせず、市場での顧客評価を得ようとする強い姿勢があったからこそ、こうした結果が生まれたのではないか。今後も、両社が生み出す新しい挑戦や、脱脂粉乳を活用した多彩な商品の展開に注目したい。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)