広島を支える4社が、革新的なデータ連携基盤構築に挑むプロジェクト―「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開中
ひろしまサンドボックスでは、「分野を超えたデータ連携」の実現を、将来像として描いている。2020年10月には、自治体初のデータカタログサイトである「ひろしまサンドボックス データカタログサイト」を公開。そこには、本記事で紹介するデータ連携基盤の実証実験で得た知見が多分に取り入れられている。
今回取り上げるプロジェクトは、ソフトバンクや広島銀行、中国電力ネットワーク、そして「ゆめタウン」などの商業施設を展開するイズミといった異業種によるコンソーシアムだ。各社異なるプラットフォーム間で取得したデータを連携させ、新しいサービス創出に取り組むための、データ連携基盤の構築を目的としてスタートした。
各社データ活用に向けた検討を進めていた段階だったそうだが、プロジェクトがスタートした2018年当時は、異業種間でのデータ連携の実証事例は珍しく、多くの困難が立ちはだかった。その壁を乗り越えるべく、どのような議論を進めていったのか。そして、新たなサービス創出の可能性は見えたのか――。
ひろしまサンドボックスによる「実証実験支援実績特集」の記事第四弾は、”異なるプラットフォーム間での有機的なデータ結合を行い、新しいサービス創出に取り組める、データ連携基盤の構築とその実証”にフォーカス。4社の担当者に集まっていただき、話を伺った。また、本実証事業の中でのひろしまサンドボックスによる様々な支援内容についてもお届けしていく。
▲特設LPにて、「ひろしまサンドボックス」を軸に産学官による9つの実証実験を随時公開!
<取材対象者>
■ソフトバンク株式会社
5G&IoTソリューション本部 担当部長 東谷次郎 氏 <写真左>
5G&IoTエンジニアリング本部 徳丸有砂 氏 <写真右>
■中国電力ネットワーク株式会社
ネットワークサービス部 マネージャー 岡佳弘 氏 <写真右>
ネットワークサービス部 副長 白石裕一 氏 <写真中央>
ネットワークサービス部 担当副長 千々松拓紀 氏 <写真左>
■株式会社広島銀行
デジタル戦略部デジタル戦略室 室長 石原和幸 氏 <写真右>
デジタル戦略部デジタル戦略室 中塚真也 氏 <写真左>
デジタル戦略部デジタル戦略室 木村文音 氏 <写真中央>
■株式会社イズミ
未来創造推進部 坂本俊一 氏
産業間のデータ連携は可能か、そして何を生み出せるかを検証したい
――データ連携基盤のコンソーシアムでは、地元を代表する多彩な企業が集まっていることが印象的です。まずは、なぜこのコンソーシアムを組成したのか、お聞かせください。
ソフトバンク 東谷氏 : 私たちソフトバンクとしては、データ連携基盤を構築して、その構築した基盤を経由することによって、産業間の多様なデータをどう連携できるのか、検証したいと考えていました。
その前に、そもそも連携が可能なのか。連携できたとして、その先にどのようなサービスやソリューションが創出できるのか。様々な課題がありましたが、ひろしまサンドボックスというプラットフォームを活用して、ぜひ広島県の企業がお持ちのデータをどうかけ合わせられるのか、トライしたいと考え、ひろしまサンドボックス推進協議会の会員企業であるみなさんに、コンソーシアムの組成をお願いしました。
――それぞれの企業にお伺いしたいのですが、この申し出をソフトバンクから受けて、どのような感想を抱きましたか。
広島銀行 石原氏 : お声がけをいただいたのは、2018年頃。ちょうど私たち広島銀行としても、デジタル技術を活用して新しい価値を生み出すことを経営方針に掲げ、取り組みをスタートした時期です。タイミングが合致したこと、しかも当時国内ではかなり進んだコンセプトだったことから、チャレンジしてみようと思いました。
中国電力ネットワーク 岡氏 : 当社には、ライフラインである電力を提供する会社として、多くの地域データが存在しています。社会的にもデータの必要性が高まる中で、私たちが保有するデータ資産をいかに活用すべきか、検討を進めていました。ソフトバンクさんの構想は、当社だけでは発想できないことで、非常に魅力的に感じました。
イズミ 坂本氏 : 当社も、データ活用やデジタルマーケティングの取り組みに着手しようというタイミングで声を掛けていただきました。それまで各店舗での購買データの蓄積は膨大にあったのですが、その分析や活用については手を付けられていなかったのです。そこで、会社としてプロジェクトを組んでスタートしようとしていたことから、ぜひコンソーシアムに加わりたいと考えました。
▲コンソーシアムの構成図。各社の役割は上記のようになっている。
コンソーシアムに立ちはだかる、データ提供の壁
――続いて、実証実験の流れについて伺っていきます。コンソーシアムを立ち上げて3年ですが、まずどのような構想で実証事業はスタートしたのでしょうか。
ソフトバンク 東谷氏 : まず、1年目は各社がどのようなデータを出していただけるのか、そしてそれらのデータをいかに安全に取り扱うのか、法的な視点も含めて検討をしていきました。
「データ」と一口に言っても、エンドユーザーさんの許諾を得なければ出せなかったり、監督官公庁の定めた決まりが厳しかったり、社内でのルールが厳格であったり、それぞれ制約があります。その中で、「どこまで出せるか」かなり真剣な協議を行ったのです。また、どのようなデータで連携できるのか、ユースケースの想定も行いました。
――各社、個人情報の取り扱いも含め、データの提供には非常に厳しい制約があったのではないかと推察します。どのような壁がありましたか。
広島銀行 石原氏 : こういった異業種間での情報共有の取り組みは、当行で前例のないことです。そのため、どこまで提供できるのか、どのような決裁ルートをたどればいいか、誰も答えを持っておらず、かつその方法を誰が決めていいのかもわかりませんでした。そういった組織内での調整に、非常に苦労しました。
中国電力ネットワーク 白石氏 : 各社、想いや事情も異なる中で、かなり調整が難航したのではないかと思います。当社でも同じく、規制がある中で調整が大変でした。そこでコンソーシアム内に限ってデータを提供する事を条件に、どこまで出せるのかを見極めながら議論を行いました。
イズミ 坂本氏 : お客様の購買データや流通データをどのような形で出すのかについては、当社においてもかなり慎重な議論が必要でした。最終的に、目的をしっかりと説明した上で、契約を締結すること、そしてクローズド環境で使用することを説明して合意を得ました。
ひとつ、コンソーシアムでの協議の中で興味深かったのは、先ほど東谷さんがお話しされた、ユースケースの検討です。具体的にどのような状況でデータ連携基盤を活用していくのか、当社にとってプラスになるアイデアを沢山いただくことができました。
――どのようなユースケースについて協議したのでしょうか。
ソフトバンク 東谷氏 : 民間データを掛け合わせた、災害に資するサービスの想定です。実証事業がスタートする直前、2018年7月、広島豪雨災害が起こりました。その時、県内では多くの道路が寸断され、物流も混乱していました。
こうした状況下でも、イズミさんでは物資を可能な限り安定供給すべく、社内で情報を共有して、通行できるルートを確認し、物流を止めず配送を続けられたそうです。その発言を受け、中国電力さんが、電力の復旧のためにいち早く現場に駆け付けるために、早い段階で道路状況のリアルなデータを入手しているというお話しをされたのです。
そこから、各社のデータを掛け合わせて情報共有をすることで、災害復旧支援や、避難所の誘導、物資の輸送などに必要なルート設定がより早く効率的にでき貢献につながるのではないかと、議論は大変盛り上がりました。
▲地域が抱える社会課題などをベースに、11のユースケースが協議された。
道半ばだが、地域スコアリングなど、今後につながる取り組みも
――2018年にスタートした実証実験も、いよいよ大詰めですね。当初掲げていた目標に対して、どの程度達することができましたか。
ソフトバンク 東谷氏 : 目標に対しては、道半ばです。ただ、プロジェクトがスタートした3年前と比較すると、我々を取り巻く環境は変化したと感じています。当時は、「データ連携基盤って何?」という状態でした。しかしこの3年の間に、政府や内閣府もデータ連携基盤やスーパーシティといった、データ連携に関する政策を打ち出しています。
また、市場の需要も急速に高まっています。そういった世の中の動きと照らし合わせると、我々の取り組みは、少し早すぎたのかもしれません。そのため事前想定からすると、達成できていないことは多いですが、少しずつ進んでいると思います。
――地域スコアリングにも取り組まれたと伺いました。
ソフトバンク 東谷氏 : ユースケースの議論をしていくうちに、実際にデータを掛け合わせて見せられるような形を作ろうということで、地域スコアリングを始めました。地域スコアリングサービスは、大手企業であれば調査会社に依頼することで、その地域の購買力や出店計画といったデータを入手することができます。しかし、中小企業や新規事業者の場合、そのデータをなかなか手に入れることは難しいのです。
そこで、簡単な道標となるようなサービスを、ユースケースとして作りました。具体的には、各社に統計データを出していただき、それを偏差値化し、地域の購買力や環境を出し、デモンストレーションを行いました。
――次のステップとして、地域スコアリングデータのサービス化も想定していますか。
ソフトバンク 東谷氏 : 実証実験では対価が発生しないということで、お互いができる範囲で行っていましたが、事業化となるとマネタイズが必要です。さらに現実的に事業化を考えると、各社がデータを永続的に出し続けるという経営判断が必要になります。そこはまだハードルが高く、今後の課題です。
ひろしまサンドボックスは、自治体には珍しい、自由なテーマで実証実験ができる場
――ひろしまサンドボックスというプラットフォームをきっかけに立ち上がったコンソーシアムですが、実証実験を進める中で、サポート内容はいかがでしたか。また、どのような魅力を感じましたか。
ソフトバンク 東谷氏 : ひとつは、フリーなテーマで応募ができたことです。行政が主催するもので、ここまでテーマを自由に設定して実証実験ができることは、珍しいと思います。資金面においても、目的用途を自由に設定して予算を付けることは、行政としてもリスクを負うことになります。そこにあえて挑戦した広島県さんは“太っ腹”だと感じています。
また大きなところでいうと、このコンソーシアムもひろしまサンドボックスがあったからこそ、組成できました。今年度はコロナ禍であまり一同に会する機会を設けられませんでしたが、昨年度は2週間に1度、みなさんと顔を合わせる機会を設けることができました。それは、こういったプロジェクトならではだと思います。また、イノベーション推進チームの方をはじめ、県庁のみなさんも前向きで、時には我々の定例会に参加していただきました。
――広島県では、2020年10月にデータ利用希望者と提供者をマッチングする「データカタログサイト」を公開されましたね。そのオープンプラットフォームには、このコンソーシアムの知見が活かされているのでしょうか。
ソフトバンク 東谷氏 : そうですね。我々の研究報告や実証報告など、広島県さんの方でご活用いただいています。この取り組み自体が、行政からの資金で運営されているため、それをお返しできたらと考えています。広島県のデータ連携に関する取り組みは、他の自治体等からの問い合わせも多数あったようです。
そういったことからも、我々の取り組みは先進的だったと自負しています。民間同士でデータを掛け合わせるという事業も一つの成果だと思いますし、それを行政が今後、災害時の効率的な支援や高齢者の介護、観光といった様々な事業にどう生かすのか、寄与するものがあったと思います。
実証実験期間を通して、各社にもデータ連携への認識が浸透
――実証実験は今年度で一区切りですが、今後の展望も聞かせてください。
ソフトバンク 東谷氏 : 先ほどお話ししたように、データ連携は今後間違いなく必要とされます。私たちはそこに先行して取り組んだことで、失敗や困難も含めて様々な知見を得ることができました。
先日も広島県の担当者の方とお話ししたのですが、もし今の世の中の状況で同じことを同じメンバーでできたら、もっと課題を乗り越えながらできるはずです。できるならば、もう一度同じメンバーで取り組みをしたいです。そのくらい、やり残したことがたくさんありました。
――やり残りしたこともたくさんあると思いますが、得たものも大きかったはずです。最後に各社さん、今回の実証事業で得たものや、ひろしまサンドボックスの魅力について一言ずつお願いします。
広島銀行 石原氏 : 当初、データ連携基盤については、一部の担当者しか理解できていませんでした。しかし、ひろしまサンドボックスで取り組みを進める中で、行内でもデータ連携の意義や価値への認識が広がっていったと感じています。
こういったことは、なかなかお金を出して研修などを受けたとしても、難しいことだと思います。ひろしまサンドボックスの実証実験という場だからこそ、積極的に議論を進めて果敢にトライし、知見や気付きを得られました。
広島銀行 木村氏 : この実証実験に参加することで、異業種間のデータを掛け合わせることによる新たなビジネスの可能性を感じることができました。自社だけではできない世界観を描くことができるプロジェクトで、非常に得るものが大きかったと思います。
広島銀行 中塚氏 : 世の中に先行してスタートしたプロジェクトだったことから、乗り越えられない壁もあったことは事実です。しかし、まず挑戦したこと、そして実際に手掛けて見なければ分からない難しさや課題に気付けたことは、今後につながる大きな収穫でした。
ソフトバンク 徳丸氏 : 私は経理部門から異動して、このプロジェクトでも予算管理を任されました。各社さんと連携しながら実証実験を進める経験は、すべてが新鮮でした。異業界の企業同士がここまで連携して色々な挑戦ができるのは、ひろしまサンドボックスの「失敗してもいい」という自由なコンセプトがあってこそだと思います。
中国電力ネットワーク 岡氏 : 単体のデータだけではなく、複数の企業のデータを持ち寄って掛け合わせることにより、新しい価値を創造することができることに魅力を感じました。また、これまではデータは基本的に社内で使うものという認識でしたが、今回の実証実験を通して、外部に向けて活用するメリットにも気付くことができました。
中国電力ネットワーク 白石氏 : 東谷さんもおっしゃっていましたが、自由なテーマで提案できることは魅力ですね。そして実証実験を進める中でも、失敗を恐れず自由な発想ができました。このコンソーシアムを通して様々な企業との出会いもあり、貴重な経験ができたと思います。
中国電力ネットワーク 千々松氏 : データ連携と一言でいっても、実現するには様々な制約や壁があり、思い通りに進まないことも多かったです。しかし、そこで社内で様々な調整をしたり、働きかけたりすることで、今後につながる道を拓くことができた、そういうプロジェクトだと思います。
イズミ 坂本氏 : コンソーシアムのみなさんと協議を行う中で、自社の持つデータの価値や、データ活用の面白さを感じることができました。また、「個社対行政」という関係だけでなく、コンソーシアムとして様々な企業とスクラムを組んで、行政のプラットフォームで実証実験を進めることで、事業の可能性が広がることにも気づかされました。
※eiicon companyがオンラインで開催する日本最大級の経営層向けオンラインカンファレンス「Japan Open Innovation Fes 2020→21」にて、スペシャルセッション「オープンイノベーション3.0 産官学連携から見えるみらいのカタチ featuringひろしまサンドボックス」を開催[2/26(金)12:30-13:40]。「ひろしまサンドボックス」を牽引する広島県知事・湯﨑氏をはじめ、9つの実証プロジェクトを代表する担当者がそれぞれの成果をプレゼンします。ぜひ、オンラインでご視聴ください。
視聴方法やスケジュールなど詳細はこちらをご覧ください。 https://eiicon.net/about/joif2020-21/
▲スペシャルセッションの詳細はこちら▲
取材後記
ユースケースの話題3年の実証期間がクライマックスを迎える今、成果としては「道半ば」だということだが、コンソーシアムメンバー各社では、データ連携に対する理解がかなり進んだようだ。これこそ、非常に大きな成果ではないだろうか。世の中のデータ連携への気運が高まる今後、プロジェクトで掴んだ手応えをもとに、各社どのような取り組みを進めていくのか、楽しみである。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)