TOMORUBA

事業を活性化させる情報を共有する
コミュニティに参加しませんか?

AUBA
  1. Tomorubaトップ
  2. ニュース
  3. 「街が語りかける時代へ」――音声AR×鹿島建設
「街が語りかける時代へ」――音声AR×鹿島建設

「街が語りかける時代へ」――音声AR×鹿島建設

  • 9029
  • 7093
  • 6388
8人がチェック!

日本の玄関口として、世界とつながる「羽田空港」――。世界でもトップクラスの利用者数を誇る巨大空港だ。そんな羽田空港の隣接エリアに今夏、新たに誕生したのが、複合施設「HANEDA INNOVATION CITY(羽田イノベーションシティ、略称 HICity)」である。開発は鹿島建設をはじめとする9社の出資によって設立された、羽田みらい開発株式会社が手がけた。

同社は9月18日から5日間、HICityの本格稼働にあわせてまち開きイベントを開催した。イベントのコンセプトは、街のコンセプトに合わせて「先端」と「文化」の融合だ。会場には晴天のもと、多種多様なロボットや自動運転バスのほか、見上げるほど大きな提灯や紙ろうそくで描かれた巨大浮世絵が登場。各地から訪れた来場客を楽しませた。

イベントの開催中、さまざまな先端テクノロジーが披露されたが、本記事でフォーカスするのは、ARcloudを活用したデジタルテナントプラットフォーム「HICityARアプリ」だ。実はこのプロダクト、eiicon companyがサポートした「HANEDA INNOVATION CITY BUSINESS BUILD(以下、「ビジネスビルド」 ※1)」をきっかけに生まれたという背景を持つ。

TOMORUBA編集部は、開発に携わった株式会社GATARI 代表の竹下俊一氏と、実装パートナーである鹿島建設株式会社の忽那知輝氏にインタビュー。イベント開催に至るまでの道のりと、プロダクトの特徴、今後の展開について話を聞いた。

▲上写真はGATARI・竹下氏と、羽田みらい開発株式会社 SPC統括責任者/鹿島建設株式会社 開発事業本部 加藤篤史氏。

※1: 「HANEDA INNOVATION CITY BUSINESS BUILD」は、2日間のブラッシュアップ期間と、その後のインキュベーション期間を経て、HICityでの実証実験を目指すプログラム。2019年12月に参画者の募集を開始し、2020年1月31日、2月1日にアイデアのブラッシュアップを行った。そこから約8カ月を経て、今回のまち開きイベントでお披露目となった。関連記事:今夏開業する「羽田の新たな街」から飛び立つ、イノベーションとは?採択チームが遂に決定!

フィールドパートナーを求めて、ビジネスビルドに参加

――竹下さんが、「HANEDA INNOVATION CITY BUSINESS BUILD(以下、ビジネスビルド)」に参加しようと思った理由からお聞きしたいです。

GATARI・竹下氏 : 以前、大田区主催のスタートアップ講座に参加したとき、プレゼンを聞いていただいた方から「HICityと相性がいいのでは」とアドバイスをいただいたんです。それで、このプログラムに参加しようと思いました。

もともと私たちは、「デジタルな空間」と「リアルな空間」を重ね合わせることで生まれる、新しいユースケースを開発したいと考え取り組んできました。2019年頃には、それが技術的に実装可能なレベルになったため、フィールドパートナーを探していたのです。


▲株式会社GATARI 代表取締役CEO 竹下俊一氏

2016年、東京大学在学中に、株式会社GATARIを設立。「人とインターネットが融け合う世界を創る」というビジョンを掲げ、AR・MRをインフラとして社会に実装することを目指す。2020年9月、音声ARプラットフォーム「Auris(オーリス)」のプロトタイプ版をローンチ。

――フィールドを探していたことが一番の動機だったと。

GATARI・竹下氏 :  そうです。私たちの技術にとって最適なフィールドを検討した際、すでにあるフィールドよりも、これから新しく生まれるフィールドに参加するほうが、できることの可能性が広がるのではないかと考えました。

たとえばHICityの場合、床ひとつとっても、カメラで特徴を認識しやすい材質とパターンになっていて、ソフトウェアに優しい。逆に古い建物だと、大理石などが床材に使われているため、認識しづらいケースがあります。HICityは私たちにとって、最適なフィールドだと思いましたね。

――ビジネスビルドでは、デジタルツインに関する提案をされましたね。

GATARI・竹下氏 : はい。最終発表では、建物や街全体のデジタルツインを、「施設管理者側」というよりは「ユーザー側」が使うインフラとして整備していく。そのために、どのようなユースケースがあるのかを開拓していくという提案を行い、採択していただきました。


▲「HANEDA INNOVATION CITY BUSINESS BUILD」の採択時。GATARIと鹿島建設のメンバーによる集合写真。(2020年2月1日撮影)

――忽那さんはどのような点を評価して、GATARIさんと一緒に共創したいとお考えになったのですか。

鹿島建設・忽那氏 : 採択のポイントは、導入するとなった際に施設側の負荷が小さいことでした。というのも、ARや仮想現実を施設に実装する場合、センサーやビーコンといった物理的なハードが必要で、投資にある程度の資金がかかります。

一方で、GATARIさんがお持ちの技術は、デバイスが不要なのでハードを用意しなくても導入ができます。この導入のしやすさから、今後、異なる施設への展開も期待できますし、社会にも受け入れられやすいだろうと考えました。

――なるほど。竹下さんは、採択されたとき、どのようなお気持ちに?

GATARI・竹下氏 :  実は、最終発表の数時間前に提案内容を大幅に修正したんです。同施設内に計画が予定されていたAR体験施設との重複を避けるためです。前日徹夜で完成させた資料を直前に作り直したため、発表も準備不足で結果には自信がありませんでした。ですから、採択が決定したとき、驚き半分、「やったぞ!」という感動半分でしたね(笑)

新型コロナによる紆余曲折を経て、アプリをリリース

――2020年2月の採択以降、どのように今回のAR音声解説アプリを練り上げていったのか。リリースまでの道のりについてお聞きしたいです。

鹿島建設・忽那氏 :  HICityは、約3,000人を収容可能なライブハウス「Zepp Haneda」を併設しています。アプリをインストールしてもらうためには、何かモチベーションを与える必要がありますから、当初はZeepで公演する有名アーティストとコラボして何かできないか、検討をしていました。イメージとしては、ここに来なければ体験できない何らかのARコンテンツです。

それと、もうひとつの軸として、施設の利便性を高めるツールとしての導入も検討しました。HICityに直結する天空橋駅を出てこのアプリを開くと、「あちらです」とガイダンスをしてくれるようなイメージです。この2軸でARアプリの実装を考えてきました。今も現在進行形で進めているところです。


▲鹿島建設株式会社 開発事業本部 事業部 忽那知輝氏

「HANEDA INNOVATION CITY」の起案段階からプロジェクトに参画。約4年半に渡り、街の立ち上げに向けて奔走する。現在は主に、デジタル技術を街に実装していく取り組みを推進。GATARI社の実装パートナーを務める。


――今回のまち開きでは、浮世絵をテーマにしたイベント「浮世絵 THE WORLD」とコラボレーションされましたね。

鹿島建設・忽那氏 : 実は、まち開きの約1カ月前に、新型コロナウイルス対策のため、当初予定していた有名アーティストとコラボができないと決定が下りました。そこで、浮世絵をテーマにしたイベントに切り替え、アプリも浮世絵とのコラボに変更することとなったのです。


▲イベント会場各所に設置された展示物にスマートフォンのカメラをかざすと、空間を認識して音声解説がスタートする。スマートフォンに搭載されたセンサーを組み合わせることで、ユーザーの位置を推定し、その場所に合わせた音声が流れる仕組みだという。


――では、制作期間は約1カ月だったと。

GATARI・竹下氏 : コンテンツの制作期間はそれぐらいですね。私たちが開発しているソフトウェアは2種類あって、ひとつは施設向けARcloudのプラットフォーム。もうひとつが、その上に載せるコンテンツで、今回は「浮世絵 THE WORLD」です。

コンテンツ以外は予定通りに進んでいたので、すぐにコンテンツ制作に取りかかることができました。

とはいえ、アプリをリリースできたのは、まち開き当日の9月18日。ギリギリまでApple社の審査が通らず、「まだか、まだか」と手に汗を握る思いでしたね。なんとか間に合わすことができて、安堵したのを覚えています。

――音声解説のBGMも、GATARIさんで制作されたそうですね。江戸情緒あふれるサウンドが、印象的でした。

GATARI・竹下氏 : 会社としては最先端の音響技術とAR技術を組み合わせたアプリケーションの開発をおこなっています。そのため、チームの半数はプラットフォームの開発を担うエンジニアですが、もう半分は音響エンジニアリングや音楽制作の専門性をもつプロダクションのメンバーです。

今回は時間もない中で素早くイメージに合った楽曲を作るため、プロダクションチームのメンバーの友人のアーティストに依頼し、録音もチームの音響エンジニアが担当しました。

最先端技術と伝統文化の融合と言う施設テーマと、今回のイベント名にある「浮世絵」と「The World」のバランスを意識してデモを重ね、最終的に雰囲気にあったとてもいい楽曲を作ることができました。   

――大企業と共創をしてみて、戸惑ったことや大変だったことはありましたか。

GATARI・竹下氏 : 私たちの技術は、分かりやすいものではありません。ですから、お互いに共通認識を持って、どういうことができるのかを一緒に考えていくフェーズが難しかったですね。

たとえば、施設の利便性を高めるにしても、私たちだけで分かることではありません。鹿島建設の現場の方に私たちの技術を理解していただき、「じゃあ、こういう使い方ができるんじゃないか」という意見が出てはじめて、こちらも具体的な提案ができます。それを見つけていく作業が大変でした。ただただ話し合いが続いた時期もありました。

そんな中、方向が定まるきっかけとなったのは、「Zepp Tokyoとコラボすればいいんじゃないか」という提案をもらったことでした。

「それなら、こういうことができます」という提案がしやすくなり、提案を続けるうちに鹿島建設の方からも「これにも使えるんじゃないか」という逆の提案をいただけるようになりました。相互理解が深まることで、ARを街に実装していくイメージが固まっていきましたね。

――忽那さんは、どのような点で苦労されましたか。

鹿島建設・忽那氏 : 新しい技術に対する抵抗は、少なからずあります。それを解きほぐしていくために、社内の関係者に実際に街に来てもらい、さまざまな側面から説明をしました。中でも効果的だったのが動画です。動画を見ながら、実装した際のイメージを掴んでもらいました。


「街が語りかけてくる」――音声ARが生み出す新感覚

――今回リリースされた、音声ARアプリの特徴について教えてください。

GATARI・竹下氏 : このアプリは、Hicityの3Dのデータを活用していて、それをゲームエンジンの中でシミュレーションをしています。つまり、現実世界にゲームエンジンを適用しているんです。

インタラクティブな音の表現はゲームの世界で先行して発展してきました。ゲームの中では、たとえばひとつの音楽があって、モンスターの声があって、効果音があって、すべてが混ざり合っても違和感がなく、ひとつの音楽として成立していますよね。

そういった演出はゲームの世界でしかできませんでしたが、今回はそれを現実世界に実装しました。この仕組みを使うと、さまざまなインタラクティブな演出が可能になります。

――音声ガイドといえばGPS機能のものなどがあります。ARを使うことで、従来の音声ガイドと比べて、具体的にどのように変わってくるのですか。

GATARI・竹下氏 : GPSの音声ガイドだと、スポットごとに断片的に情報を拾うことになります。一方、私たちが今回リリースした音声ARは、途切れることなくつながっています。ひとつのストーリーとして施設を体験できるんです。

ですから、偶発的に街が語りかけてくるような体験ができます。より没入感があり、学習効果も高いでしょう。各所に音が空間に置いてあり、それを歩きながら体験してもらうことが可能です。

加えて、よりパーソナルな体験にすることもできます。パーソナルな体験というのは、その人に最適化した情報で提示するということです。たとえばインバウンド対応として、ユーザーの母国語に合わせた情報のみを出すこともできます。

物理的な看板だと、5言語を並べる必要がありますが、この技術を活用すれば、環境自体をその人に合わせた見え方に変えることができる。裏を返せば、現実世界の情報を、よりシンプルにすることができるのです。


――リリース後のユーザーの反応はどうですか。

GATARI・竹下氏 : 体験した方たちからは、「今までにない体験ができた」「他でも活用できそうだね」といったコメントをいただきました。反応としては良好です。ただ、アプリを使ってみないと、何をやっているのかが分からない。使っていただくまでのハードルが高いので、その部分には工夫が必要だと感じていますね。

「真新しいもの」から「普遍的なインフラ」へ

――最後に、今後の展望についてお聞きしたいです。

GATARI・竹下氏 : AR・MRは新しい技術なので、今は真新しさだけで「おもしろい」と感じてもらえます。ただ、これからインフラとして人々の生活に根づく技術にしていくためには、時代的な真新しさがなくなっても、しっかりと価値を持てるかどうかが重要です。そういう意味では、長期的に育てていく必要があると考えています。

鹿島建設さんとの共同事業に関しては、経済的にどのようにWin-Winな関係性を構築していくか。Zepp Tokyoさんとのコラボレーションがコロナ禍で当面なくなった今、当初描いていたビジネスモデルには微修正が必要で、そこを模索している段階です。


鹿島建設・忽那氏 : どのようなビジネスモデルを構築していくかは、社内において常に求められます。ですから、どう収益を立てていくかは、引き続き検討を続けます。

加えて、大企業では社会的な意義も求められます。たとえば、HICityには目の不自由な方も来られるので、音声でガイドがあると利便性が高まるでしょう。そういった方向でのアプローチも考えながら、街へと実装していきたいです。

AR・MRはこれからの技術ですが、私は間違いなくヒットすると確信しています。より多くの方に知っていただき、価値を感じていただけるよう、作り込んでいきたいですね。

取材後記

実際、「HICityARアプリ」を片手に、街の中を歩き回ってみた。展示物にスマートフォンをかざすと、江戸情緒あふれる陽気なBGMとともに、軽快な語り口の解説がスタートする。

取材の中で竹下氏は、「偶発的に街が語りかけてくるような体験」と表現されていたが、まさにその通りの体験ができた。HICityのコンセプトは、「先端」と「文化」の融合。多くの人々が行き交う巨大空港隣接エリアという立地を活かし、世界に向けて日本の最先端、そして伝統文化を発信する――この街の今後の飛躍に期待が膨らんだ。

(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:齊木恵太)



新規事業創出・オープンイノベーションを実践するならAUBA(アウバ)

AUBA

eiicon companyの保有する日本最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA(アウバ)」では、オープンイノベーション支援のプロフェッショナルが最適なプランをご提案します。

チェックする場合はログインしてください

コメント8件


シリーズ

オープンイノベーション共創事例

AUBAを活用し、事業共創へ至っている企業へインタビュー。オープンイノベーションで重要なポイントなどをヒアリングいたしました。