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コーセー共創プロジェクトの裏側 「量子コンピュータ×化粧品で、業界のものづくりに変革をもたらす」

コーセー共創プロジェクトの裏側 「量子コンピュータ×化粧品で、業界のものづくりに変革をもたらす」

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研究開発技術とカウンセリングのノウハウを活かした、高付加価値化粧品のブランドビジネスに強みを持つコーセー。社外の技術やアイデアをかけあわせ、コーセー全社で新たな価値創造を目指したオープンイノベーションの取り組み「コーセーとの共創における Innovation Program」。現在、2期目のプログラムとして募集がスタートしている。

2018年6月に、国内大手化粧品メーカー業界初となるアクセラレータープログラムを実施した同社は、スタートアップと社内イノベーションプログラムLinkの選抜メンバーとの共創チームを創設し、新たな価値創造に取り組んだ。この取り組みを率先して進めているのが、トップであるコーセー社長・小林氏であることも本プログラムの特徴である。 

※過去記事:トップの視点 | コーセー社長・小林氏「自ら発信し、イノベーションの素地を創る」

そして、本プログラムに採択されたテーマが、量子コンピュータ開発に強みを持つMDR株式会社との共創チームが提案した「きれいCAD構想(CAD;Computer−Aided Design)」。

コーセーの経営陣や社員が口々に「夢を描くことができた」と絶賛し、審査員の満票を獲得したというMDRチームは、現在プランの実用化に向けて邁進している。2019年4月には、この共創を推進するため役員直下の部署を新設し、社員異動も行われたことからも、コーセーの本気度が見て取れる。

そこで今回は、コーセーの研究所所長であり、この共創プロジェクトを全面的にバックアップする執行役員・林氏と、共創チームメンバーである黒谷氏、吉川氏、MDRの中村氏、イーグル氏に、共創の背景や進捗、そして未来に描く夢について伺った。

■株式会社コーセー 執行役員 研究所 所長 医学博士 林昭伸氏 <写真中>

■株式会社コーセー 価値創造研究室 先端技術研究グループ 黒谷達氏 <写真左から2番目>

■コーセーインダストリーズ株式会社 管理本部 人事総務課 人事係 吉川健太郎氏 <写真左>

■MDR株式会社 中村人哉氏 <写真右から2番目>

■MDR株式会社 イーグル亜沙氏 <写真右>

■経営陣から社員まで、「夢」を描くことができた。それが、採択の決め手

――2018年にスタートした第1回のアクセラレータープログラムでは80社以上の応募があり、採択されたMDRチームとは現在共創プロジェクトが進行していると聞いています。まずコーセーさんに伺いたいのですが、貴社がスタートアップとの共創に取り組む背景について聞かせてください。

コーセー・林氏 : 昨今、化粧品業界はグローバル化が進展し、それに伴い薬事規制などの制限が強化されています。また、古くから化粧品業界は専門店でのカウンセリング販売が主体でしたが、2000年前後よりセルフコスメ市場が活況となり、ドラッグストアの台頭やEC市場の隆盛など、販売チャネルが変化してきました。一方、製剤技術は成熟しており、業界全体として進歩は鈍化していると感じます。

そこで今、必要なのが外部との共創です。売り方も研究開発も、革新的なことを異分野の方々と共に推し進めていかねばならない時期に差し掛かっています。これまで通り内弁慶のままでは、いくら大手で老舗であっても、近い将来企業生命が危ぶまれるかもしれません。

化粧品大手各社のものづくりのスタンスには、それぞれ特徴があります。我々コーセーの大きな特徴は、ものづくりの「匠」。職人たちが感性を活かし、ヒット商品を続々と生み出してきました。匠の感性を財産として今後も大切にしつつ、革命的なものを生み出していくには、外部共創が不可欠だと考えました。

▲コーセー・林氏は1987年に入社し、研究職として有効成分開発をメインに、品質保証や薬剤開発、皮膚科学などに携わった経歴を持つ。

――続いてMDRさんに伺いたいのですが、貴社の事業紹介と、コーセーとの共創にどのような可能性を感じて応募に至ったのか、教えていただけますか。

MDR・中村氏 : 当社は量子コンピュータ開発に強みを持つベンチャー企業です。社是は、「人類の解けない問題を解く」。量子コンピュータのみならず、物理や化学など様々な専門家が集う、“複雑な問題に情熱を傾ける変な集団”です。

応募の背景の1つは「美の最適化」です。今、日本の化粧品会社はグローバル化を進めていますが、世界中の多様な人種・宗教・習慣を持つ人々に化粧品を届けていくために、我々の素早い計算力と施策能力が発揮できると考えました。

そして2つ目は、アンチエイジングに興味があったことです。人生100年時代、若さや健康を長く保つことは、重要なテーマ。そこにコーセーさんと共に挑んでいくことに、意義を感じました。

――2019年1月に開催した最終審査では、審査委員の満場一致でMDRチームの採択が決まったそうですね。どのような点が採択の決め手になったのですか?

コーセー・林氏 : 「人間とコンピュータとの共創」に審査員一同、「夢」を描くことができた。それが一番の理由です。化粧品業界では、化学・生物・薬学といった分野が主体ですが、そこに量子コンピュータという新領域が入ってくるということも、新鮮に感じました。

――未知なる領域への恐れよりも、「夢」の方が大きかったということでしょうか。

コーセー・林氏 : 正直なところ何が生まれるのか分かり切っていないところもありますし、成功の確約もありません。しかしその分、可能性も大きく、共創の過程の中で様々な“枝葉”が生まれるはずです。だからこそ、オープンイノベーションの意味があるのではないでしょうか。

オープンイノベーションは、結論が分かり切っていることに対して取るべき手法ではないと思います。そのような場合は、通常通りに契約をしてお金のやり取りをすればいいだけです。私たちは、夢と可能性に掛けてみようと考えました。

――コーセーの黒谷さんや吉川さんは、現在MDRさんとチームを組んでプロジェクトを進めていらっしゃるそうですが、なぜMDRさんと組もうと思ったのでしょうか。

コーセー・黒谷氏 : まずは、先ほど林が話した通り、夢を描くことができたからです。他のスタートアップは、共創した場合のゴールがある程度予想できましたが、MDRさんだけは予想ができず、とてつもない可能性を感じました。

もう1つは、「計算力」というキーワードです。今の状況をブレークスルーするには、研究所の技術だけでは足りません。当社が得意な研究領域ではないコンピュータ領域に強みを持つMDRさんとなら、殻を破れるのではないかと思いました。

コーセー・吉川氏 : MDRさんのスタンスも、他とは全く違うと感じました。他社さんは「うちはこれが得意で、こういうことができます」と、ある程度レールを敷いて提案をしてくださいました。しかしMDRさんは「コーセーさんの悩みはどんなことですか?」と、私たちのやりたいことを具現化するスタンスだったんです。これは、未知なる領域に挑戦できそうだと期待が高まりました。

あとは、チームメンバーがMDRさんとの共創を熱望したことです。「MDRさんとどうしても組みたい。それができないのならプログラムから降りる」というほどでした。

■共創成功のため、部署も新設。経営陣や研究所との連携も、さらに強固に。

――現在、まさに共創プロジェクトが走っているところだと思います。今どのような取り組みを進めているのか、教えていただけますか。

MDR・中村氏 : 先々にはラボラトリーオートメーションなどを見据えていますが、まず第一歩として、化粧品の設計における思考プロセスを可視化する取り組みを進めているところです。

――「思考を可視化する」というのは、どういうことでしょうか。

MDR・中村氏 : みなさんがご存知のフローチャートやデータ構造など、知識の中の状態遷移を言語化する手法を使っています。たとえば、ある感触を化粧品に加えるには、設計プロセスのどこに、どのようなタイプの薬剤・材料を加えなければならないのか。そうした基本的な知識を得ることができれば、あとは計算力で膨大な処方を出すことができます。当然、混ぜてはいけない成分など禁止事項に抵触しないよう、コーセーのデータベースを活用しながら実行しています。

――共創が決まっても、進展せず消滅してしまうプロジェクトも多くあります。しかし両社の共創プロジェクトは進めば進むほど熱が高まっていると感じます。それは何故でしょうか?

MDR・中村氏 : コーセーの製品を生み出す「匠」がいることは大きいですね。コツコツとものづくりをして、紡いできた歴史はコーセーさんの大きな強みです。そこに我々の計算力やAIが入っていくと、さらに良さを際立たせることができるのではないかと思います。

あとはプロジェクトメンバーの方の熱量の高さです。もし熱量が低かったら絶対に一緒にやっていませんよ。仕事をやらされている人と、自分の意思でやっている人、この年齢になればだいたい見分けがつきますからね(笑)。 

MDR・中村氏 : 私はこれまで大手メーカーを3社経験して、その後はベンチャー企業の支援をしてきました。その経験から実感しているのは、ものづくり屋というのは「好きなものしか好きになれない」ということです。

私はもともと、化粧品には全く興味はありませんでした(笑)。しかし今回コーセーさんと共創するということで、生まれて初めてコーセーのカウンターで、コスメデコルテや雪肌精などのスキンケア製品を買って使ってみました。すると、それまでは何を使っても同じだと思っていたのですが、明らかに肌が変わったんです。これはいいと、妻や母にも勧めてみると、好評で。「こんなに良いものなら、もっと良くするお手伝いをしたい」と考えるようになりました。寝ても覚めてもコーセーさんのことを考える、まさに恋をしたような状態です(笑)。

――実際にコーセーさんは、今回の共創プロジェクトのために「先端技術研究グループ」を新設し、チームメンバーの方々はそこに異動されたのですよね。それほど、社を挙げて共創の成功のためのバックアップ体制を作っている。本気度の高さを感じます。

コーセー・林氏 : オープンイノベーションは、机上の空論になってはいけません。プロジェクトを立ち上げるだけで満足せず、予算を取り、組織をつくり、一刻も早くスタートすることが不可欠です。そのためにはMDRさんに早くコーセーの社内に入っていただき、社員と同じような動きをできるような体制を整えねばなりません。だからこそ、経営企画や人事と議論を重ね、説得し、新たな部署を作るに至りました。

また、社長をはじめトップにも常にプロジェクトの進捗を伝えるようにもしています。プロジェクトを常に前進させる、そして新鮮な状況を経営に伝える。それが私の役割です。

――なるほど。研究所がトップと足並みを揃えてコミットしていくのですね。他にも、プロジェクトメンバー以外の研究所員の方々も巻き込んでいく必要があるかと思いますが、その辺りは何か工夫をされているのでしょうか。

コーセー・林氏 : 確かに、中にはアクセラレータ―プログラムを単なる社内イベントとして捉えている研究所員もいます。そこで3月に研究所に向けて、MDRさんとの共創や課題について、黒谷がプレゼンテーションを行いました。今後も成果に応じて、定期的にプレゼンテーションを行っていきたいと思います。社内に進捗を発信することで、取り組みに興味を持ってもらい、「我こそは」という人材をもっと巻き込んでいきたいですね。

――研究員の「匠」と言われる方々と、MDRさんとの顔合わせも行ったのですか。

コーセー・林氏 : 半ば無理やり引っ張っていきました(笑)。本人たちも最初は「コンピュータと一緒にするんじゃないよ」というプライドもあったと思います。そのせいか、最初は身構えていました。

ですが、一方で成熟しきった化粧品の製造技術に行き詰まりも感じており、殻を破る何かを求めていたことも確かです。この道30年以上の匠だからこそ、新しい領域を学びたい、可能性を探りたいという気持ちがありました。

■「骨は全部拾うつもり。」 研究所トップが見せる意気込み

――強力なトップコミットメントのもと、部署も新設して体制を整え、今後さらに事業化に向けてドライブを掛けていくところだと思います。先ほどラボラトリーオートメーションという言葉も出てきましたが、この先に見据えている方向性について聞かせてください。

コーセー・林氏 : 最終的には、ラボラトリーオートメーション、そしてファクトリーオートメーションを目指しています。しかしそこに至るまでには超えるべきハードルがたくさんあります。まずは最小限の単位として3年を目途にロードマップを詰め、ステップバイステップで登っていくつもりです。

3年経った時に、もし最終的な結論に到達しないことがあったとしても、頑張った人達の努力は絶対に無駄にせず、骨は全部拾うつもりです。先ほど話したようにこのプロジェクトから様々な“枝葉”が生まれるはずです。その枝葉も成果として全て報告し、大きく育てていく気概を持って臨んでいます。

MDR・中村氏 : 化粧品の製造は、非常にアナログな要素が多いと感じます。少量多品種、かつ大量に、リージョンに合わせて作っていかねばなりません。これは、製造業に長年携わってきた私のような人間にとって、非常にチャレンジングなテーマ。製造・技術・販売を横串でつなげられるよう、変えていきたいですね。

――プロジェクトの可能性はもとより、それほどの意気込みを持っていらっしゃることからも、何か化粧品業界のものづくりが大きく変わりそうな予感がします。

コーセー・林氏 : うまくいけば、現在のものづくりの体制をガラリと変えることになると思います。今、化粧品業界はインバウンドや世界的な需要の高まりにより、欠品が多く発生しています。その中で、様々な規制をクリアしながら、スピーディーに大量生産をする方法を探っていこうとしています。

もちろん、そのためには様々な試行錯誤も必要ですし、メンバーたちからの予算、人、期間、色んな要望があるでしょう。困難なことも多いと思いますが、研究所長としてチームの頑張りや熱意を否定することは絶対にできません。苦労は覚悟の上で、夢の実現に向けて走っていこうと思います。

■取材後記

両社がこの共創プロジェクトに掛ける熱意を随所に感じるインタビューだった。化粧品業界と量子コンピュータは一見あまり強い縁を感じない領域だが、グローバル化が進み、より時代の変化が早くなっている今、量子コンピュータによりものづくりを効率化、最適化することは、化粧品業界に大きな変革をもたらすかもしれない。

コーセーは今、第2回目となるアクセラレータ―プログラムの募集を行っている。初回と同様に、強力なトップコミットメント、そして情熱あふれる社員との共創体制を整えている。募集テーマは前回よりも拡大しているため、興味のある方はぜひ応募をお勧めしたい。

コーセーとの共創における Innovation Program2019 感性にテクノロジーを。美に新体験を。(応募締切は7/22)

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)


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    目指すはラボラトリーオートメーション、そしてファクトリーオートメーション。期間は3年。
    骨は全て拾う覚悟でスタート。
    コーセー共創プロジェクトの裏側 「量子コンピュータ×化粧品で、業界のものづくりに変革をもたらす」 https://eiicon.net/articles/879

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