【鹿島建設×大田区】 羽田イノベーションシティを多種多様な人が集う「実証実験のメッカ」へーー地域の課題解決も目指すスマートシティ構想
昨夏、羽田空港跡地にオープンした「HANEDA INNOVATION CITY(羽田イノベーションシティ/HICity)」――。羽田空港といえば、海外主要都市(約60カ所)・日本全国(約50カ所)と空路でつながる、東京の「空の玄関口」だ。
こうした特徴のある羽田空港隣接エリアに開業したのが、羽田イノベーションシティである。「先端技術」と「文化」をキーコンセプトに未来志向のまちづくりが進む。特徴的なのは、「3D K-Field」という鹿島建設が開発した空間情報データ連携基盤が実装され、すでにオープンデータとして提供されていることだろう(参考ページ)。
去る2月19日、この「3D K-Field」を活用して新たなビジネスアイデアを考える「HANEDA INNOVATION CITY IDEATHON(アイデアソン)」が開催された。その様子はすでにイベントレポートとして紹介したが、今回はHICityの開発において中心的な役割を担う次の2名に、HICityの全体構想やアイデアソンの振り返り、目指すビジョンについて聞いた。
【画像左】 鹿島建設株式会社 開発事業本部 / 羽田みらい開発株式会社 SPC統括責任者 加藤篤史氏
【画像右】 大田区 空港まちづくり本部 事業調整担当課長 鈴木孝司氏
先端産業と文化産業が融合する、スマートシティの構築へーー「モビリティ」「ロボット」「健康・医療」の3つに焦点をあて、企業誘致にも取り組む
――まず、羽田イノベーションシティ(HICity)の全体構想についてお聞きしたいです。
鹿島建設・加藤氏: HICityの開発は、大田区が保有する土地(羽田空港跡地第1ゾーン)を50年間有効活用するというコンペで、我々が当選をして開発を進めているものです。もともと大田区さんからは「先端産業」と「文化産業」の拠点をつくるという2つのテーマをいただいていました。
我々は特に、先端産業の拠点創出の文脈で、「モビリティ」「ロボット」「健康・医療」の3つに焦点をあて、企業誘致に取り組んでいます。企業誘致といっても、ただ単に外部から企業を呼んでくるだけではありません。誘致した企業と大田区内に立地する4000社程度の中小企業との協業を促し、新しい事業創出につなげることを目指しています。
こうした流れがある中で、2019年に国土交通省が主導するスマートシティモデル事業「先行モデルプロジェクト」の公募が始まりました。我々はHICityの開発にスマートシティを活かそうと考え、大田区さんに相談のうえで、応募をすることにしました。
――「スマートシティモデル事業に応募したい」という相談があった際、鈴木さんはどうお感じになったのでしょうか。
大田区・鈴木氏: 大田区の目指す「先端産業の拠点づくり」と「スマートシティの構築」は、非常に親和性が高いと感じました。ですから「大田区としても喜んで協力します」とお伝えしましたね。
――各地でスマートシティの構築が進んでいますが、HICityにおけるスマートシティの特徴は?
大田区・鈴木氏: HICityにおけるスマートシティ構築には、2つのベクトルがあります。ひとつは、テストベッド(試験用環境)としての活用です。HICityをテストベッドとして大いに使っていただき、新しいビジネスの創出や既存ビジネスの拡大に向けた動きを進めていただく。そして、取り組みの内容を広く発信する。もうひとつは、それらの取り組みを通じて、大田区が抱える地域課題の解決を図りたいということです。
HICityをきっかけに、大田区の地域課題を「分野横断的に」解決する
――大田区の地域課題には、どのようなものがあるのですか。
大田区・鈴木氏: モビリティに関して例をあげると、大田区は縦に電車が走っています。しかし横の移動が非常に不便なんですね。すべてに対してバスを走らせることは困難ですから、おのずと交通不便地域がたくさん発生します。また交通面の課題だけではなく、一人暮らしのご高齢者が歩行困難だと、家に閉じこもりがちになるという福祉面での課題もあります。
こうした課題は、先端技術を用いたモビリティを導入することで、解決につなげられる可能性があるでしょう。たとえば、ご高齢者が乗り心地のよいモビリティに乗って、気持ちのよい外気を吸いに行くなどです。先端モビリティを起点に、交通や福祉といった地域課題を分野横断的に解決する――そういったことが、HICityをきっかけに実現できればと思っています。
分野を横断して地域課題を解決するには、大田区の職員一人ひとりが、この取り組みを自分事として捉えることが重要です。我々空港まちづくり本部が窓口となり、大田区の抱える様々な課題を吸い上げます。それを民間企業の皆さんに提示し、民間企業の皆さんから「こんなことができる」というビジネスアイデアをご提案いただく。そして、テストベッドでご検証いただき、施策に反映させる――そんな仕組みを具現化していく考えです。
――昨年、大田区はANAグループのavatarin株式会社と基本協定を締結されました。
大田区・鈴木氏: avatarinさんとは、地域課題を解決できる可能性を感じたため協定を締結しました。たとえば、区内の勝海舟記念館や中小企業の工場などにアバターを置き、HICityから遠隔で観光するといったことを実現したり。あるいは、肢体不自由だけれどもコミュニケーションはとれる方に、自宅にいながらアバターを介して接客できる機会を提供したり。分野をクロスオーバーしながら、地域課題を解決できる可能性があります。
※参考:【プレスリリース】大田区とavatarin株式会社が、デジタルトランスフォーメーションによる地域社会発展に関する基本協定を締結
――大田区は、HICity内に「HANEDAxPiO(ハネダピオ)」という拠点をお持ちです。この場所の狙いは?
大田区・鈴木氏: 羽田空港に近いという立地の優位性を活かし、日本全国あるいは世界からアイデアを持った人たちの集まる「ハブ拠点」をつくりたいと考え、「HANEDAxPiO」を設けました。アイデアを持って集まってきた人たちと、大田区内にある高い技術を持ったものづくり企業の交流を促し、新規ビジネス創出に向けた動きを仕掛けたいと思っています。
鹿島建設・加藤氏: 実際、HICityに入居を決定・検討されている企業は、羽田空港との近さから「今後、様々な企業がここに進出してくるだろうし、そういった企業と関係性を構築できるだろう」という期待をお持ちです。ですからこれから間違いなく、HICityで交流によるイノベーションが起きてくると思いますね。
▲「HANEDA INNOVATION CITY IDEATHON(アイデアソン)」も、大田区が運営する「HANEDAxPiO」で開催された。
HICityに実装された「3D K-Field」を切り口に、アイデアソンを開催――位置をとらえることで、どんな新しいサービスの可能性があるのか。
――去る2月19日、HICityで「HANEDA INNOVATION CITY IDEATHON(アイデアソン)」を開催されました。このアイデアソンでは、HICityに実装されている空間情報データ連携基盤「3D K-Field」の活用をテーマにされましたが、その狙いや理由についてお聞きしたいです。
鹿島建設・加藤氏: スマートシティの取り組みの根幹を成しているのが、この「3D K-Field」なんですね。各地でスマートシティの構築が進んでいますが、「3次元の位置情報を使ってスマートシティを広げていこう」という考え方を持っているのは、HICityだけです。こうした特異性から、テーマとして選びやすかったというのが理由のひとつ。
それと、スマートシティは技術的・工学的に難しい話題になりがちです。しかし、概念的に「位置をとらえることによって、何か新しいサービスにつなげられないか」とお話しをすることで、分かりやすくなる。とてもよい俎上になるのではないかと思いました。
――「3D K-Field」は、建設現場の管理システムとして使われてきた技術だそうですね。
鹿島建設・加藤氏: はい、基本にあるのはBIM(Building Information Modeling)で、3次元の設計図のようなものです。これまで建設会社は、2次元の設計図を作成し、それを頭の中で想像しながら、現場で3次元の組み立てを行ってきました。それを、「3次元の立体にし、建設工事に着手する前に、仮想空間上で建ててしまおう」と鹿島建設が率先して進めてきました。ですから、もともとBIMという考え方があって、スマートシティの流れがある。これらをミックスして「3D K-Field」を関連づけたということです。
▲HICityにおける「3D K-Field」
――今回のアイデアソンについて感想をお聞きしたいです。
鹿島建設・加藤氏: 技術に寄ったアイデアソンでしたが、技術の進歩のスピードが速く、様々なサービスが技術的に可能になっていることに驚きました。一方で、ロボットなどの先端技術を実際に実装するまでには、まだ多くの壁があると感じました。その壁が何かというと、やはり永続的に続けていくためには、コスト面で有利に働いたり、運営がスムーズになったりと、分かりやすいメリットが必要です。それがないと、技術を採用して深めていこうという話にはなりません。
――まだ、「分かりやすいメリット」が見えづらいと。
鹿島建設・加藤氏: はい。それともう一つは、我々建設会社が今後展開していくべきことですが、ロボットやモビリティを実装しやすい建物づくり・空間づくりを、より深く研究・推進していかなければならないと感じました。
――なるほど。アイデアソン当日、予定より審査時間が延びました。裏側でどのような議論がなされていたのでしょうか。
鹿島建設・加藤氏: 実は、点数が非常にぶれました。今回は審査員に「サービスを考えているディベロッパーサイド」「技術提供をするサイド」など様々な方がいらっしゃいました。ですから「技術的に優れている」「サービスとして優れていて、今後の展開に期待できる」など、それぞれ軸が異なるわけですね。
私が「この企業がいい」と推薦しても、意外と皆さん推してくださらなかったり…(笑)詳しく伺うと、それは「技術的には開発途上である」とか「真新しい技術ではない」といった見解でした。
――最優秀賞は、LOOVIC(ルービック)さんが獲得されましたが、決め手は?
鹿島建設・加藤氏: 「3D K-Field」は位置情報であると先ほどお話ししましたが、地図上で誘導する方法には、いくつか種類があると思っています。その中でLOOVICさんは、ユニークなデバイスを使って誘導するアイデアをお持ちでした。最初、文面だけ見たときは、正直「どうかな」と思ったのですが、実物を目の前で見て「これはおもしろい」と。HICityを運営するパーツのひとつとして組み込めば、魅力的なサービスになるのではないかと思いました。
▲LOOVICは、同社が開発したブレスレット型IoTデバイスと「3D K-Field」を連携させ、施設内の体感誘導案内や宝探しゲームといったイベント、災害時の避難誘導などに活用することを提案した。
――鈴木さんからも、アイデアソンの感想をお聞きしたいです。
大田区・鈴木氏: これまで耳にしたことのないアイデアもたくさん出たので、興味深く聞かせていただきました。先ほどのお話にもありましたが、サービス面とテクニカル面の両面から審査員の方々に議論いただいたようなので、参加した皆さんにとってやり応えがあったのではないでしょうか。
ただ、アイデアと実装の間にはまだ距離があります。ですから、今後も継続してその距離を縮めていき、具体的な形にして発信していくことが大事だと思いました。単発のイベントとして終わらせるのではなく、今後の動きを追いながら、アイデアソンで議論したことがビジネスとして昇華するまで責任をもって見届け、形になったものを発信していきたいですね。
目指しているのは、多種多様な人が集う「実証実験のメッカ」
――改めて「ここHICityをどのような場所にしていきたいのか」、ビジョンについてお伺いしたいです。
鹿島建設・加藤氏: ここを「実証実験のメッカ」にしていくことが当面の目標です。すでにロボットを走らせるといったイベントを実施していますが、そういったイベントを拡大して、開発者自ら「ここで実験をしたい」と思ってもらえるような認知のある場所にしたいですね。
――今、仕掛けている取り組みの中で、実際のサービスにつながりそうなものはありますか。
鹿島建設・加藤氏: それぞれの取り組みを進化させたいと思っていますが、とくに自動運転バスですね。なぜ我々が自動運転バス「ARMA(アルマ)」をHICityに導入したかというと、「羽田空港とHICityを自動運転バスで連携させたい」と考えたから。それを夢見て投資を決めました。まずはそれを確実なものにし、先端技術が実際に役立つという事例をたくさん生み出していきたいです。
――実現する日が待ち遠しいですね!鈴木さんは、HICityのビジョンについてどうお考えでしょうか。
大田区・鈴木氏: HICityは、これだけの広さがあるので、様々な実証実験ができます。このことをより多くの方に知ってもらい、「実証実験の場」や「ショーケース」としてお使いいただきたいです。集まった人たちの中で交流が生まれ、各プレイヤーのアイデアが掛け算されることで、新しいビジネスが生まれる。そういったエコシステムをしっかり構築し、まちの価値向上につなげていきたいですね。
また、HICityで生まれた新産業や文化的賑わいが区民へと還元されたり、区内のものづくり企業との連携事例が生まれたりと、区内への波及効果にも期待しています。将来的には、区内だけではなく都内、日本全国へと波及していくような動きが、ここから生まれるといいですね。
――これからHICityをさらに盛り上げていくにあたり、どんな人たちと共創していきたいですか。パートナー企業となりえる人たちに向けて、最後にメッセージをお願いします。
鹿島建設・加藤氏: もともとHICityには、国籍・性別・宗教問わず、あるいは人間であるかロボットであるかを問わず、多彩な人たちが入り乱れてほしいという想いがありました。そういう環境をつくりたいので、技術面に強い人たちに限らず、物売りのサービスや、文化面で長けたアーティストの方たちにも来てほしいです。
大田区・鈴木氏: 何かを0→1で生み出したいという意欲をお持ちで、それを多くの人に向けて発信したいとお考えの方たちに、ぜひお越しいただきたいです。新型コロナはまだ収束していませんが、「この状況を逆手にとって何かを仕掛けたい」ぐらいの意気込みを持った人たちと、一緒に仕事がしたいですね。交流を通してお互いに化学反応を起こし、ここHICityから一緒にイノベーションを創出していきましょう。
取材後記
海外・国内約100カ所と空路でつながる羽田空港。その隣接エリアに開業したHICityを「テストベッド(実証実験のフィールド)」と位置づけ、スマートシティの構築や地域課題の解決に資するビジネスを生もうとする本取り組み。HICity内に設置された約400個ものビーコンからデータを収集・可視化する「3D K-Field」が導入済で、そのデータは順次公開予定だという。羽田空港を擁する大田区の強力なバックアップがあり、多方面への展開も期待できる。ここHICityは、他に例のない実証フィールドではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)