スマートシティの最先端モデル「HICity」で実証実験に進む5つの事業アイデアが決定ーーデジタルツインを活用するアイデアソン開催!
世界屈指の利用客数を誇る「羽田空港」。その隣接エリアに昨夏開業した「HANEDA INNOVATION CITY(羽田イノベーションシティ/HICity)」は、「先端」と「文化」をキーコンセプトに、未来志向のまちづくりを推進しているエリアだ。スマートシティ実現に向けた先進的な取り組みを、実証・実装するテストベッドとしても機能している。
実はこのまち、「3D K-Field」という鹿島建設が開発した空間情報データ連携基盤が導入されている。「3D K-Field」とは、各所に設置されたIoTセンサーから人やモビリティ、ロボティクスの位置情報・稼働状況などを収集し、デジタル空間上にリアルタイムで立体表示するシステムのこと。つまり仮想空間上に、HICityの「デジタルツイン」が存在するのだ。
▲HICityにおける「3D K-Field」のメイン画像(プレスリリースより抜粋)
去る2月19日、この「3D K-Field」を活用し、以下4つのテーマを軸にビジネスアイデアの創出を目指す「HANEDA INNOVATION CITY IDEATHON(アイデアソン)」が開催された。HICityの開発をリードする各領域のメンターたちとともに、各社が持ち寄ったビジネスアイデアをブラッシュアップするイベントとなる。
・THEME01:スマートモビリティ
・THEME02:スマートロボティクス
・THEME03:スマートツーリズム
・THEME04:スマートヘルスケア
▲メンター企業
選出されたチームは、HICityでの実装に向けたマッチング・インキュベーション・実証実験へと進む。さらに羽田空港が立地する大田区とも連携し、ビジネスアイデアをHICityの外へと展開することも視野に入れる。
アイデアソン当日は、公募によって集まった合計8社のメンバーがHICityに集結。avatarin社のアバターロボットで区役所から遠隔で登場した松原忠義大田区長の挨拶に耳を傾けた後、HICity内を全員で見学してまわった。その上で、メンター陣とともにアイデアのブラッシュアップに挑戦。イベント終盤の最終発表会で、それぞれが練り上げたビジネスアイデアを披露した。本記事では、最終プレゼンの内容と結果発表の模様についてお届けする。
「新体感誘導サービス」など5社の採択が決定!
最終発表会では、アイデアソンに参加した8社が自社の強みと「3D K-Field」を絡めたビジネスアイデアをプレゼンテーション。すべての発表が終了した後、審査員による熱い議論の末、LOOVICが最優秀賞を受賞した。ほか4社(NEC/QBIT Robotics/感性AI/エクサウィザーズ)の採択も決定した。
▲最優秀賞を受賞したLOOVIC CEO 山中享氏(左)と、審査員である羽田みらい開発・加藤篤史氏(右)。
なお審査項目は、「新規性」「テーマとの合致度」「市場性」「実現可能性」の4点。審査員は次の8名が務めた。
<審査員>
■羽田みらい開発株式会社 SPC統括責任者 兼 鹿島建設株式会社 開発事業本部事業部 事業部長 加藤篤史氏
■鹿島建設株式会社 建築管理本部 建築技術部 天沼徹太郎氏
■株式会社マクニカ マクニカ営業統括本部 エバンジェリスト推進室 室長 峰尾基次氏
■TIS株式会社 AI&ロボティクスビジネスユニット プロデューサー 森広英和氏
■株式会社NTTドコモ R&Dイノベーション本部 クロステック開発部 第四開発企画 担当課長 鈴木喬氏
■富士フイルム株式会社 再生医療事業部 マネージャー 松田周作氏
■avatarin株式会社 連携研究部 ディレクター 三木一郎氏
■eiicon company 代表/founder 中村亜由子氏
※羽田みらい開発株式会社は、鹿島建設株式会社、大和ハウス工業株式会社、京浜急行電鉄株式会社、日本空港ビルデング株式会社、空港施設株式会社、東日本旅客鉄道株式会社、東京モノレール株式会社、野村不動産パートナーズ株式会社、富士フイルム株式会社の9 社出資によって設立された企業。HICityの事業開発・運営を担う。
■LOOVIC <最優秀賞>
「迷う・探すを無くす、新体感誘導サービス」
LOOVIC(ルービック)は、特殊な振動で道案内をしてくれるブレスレット型IoTデバイスを開発している。ジャイロセンサー搭載のウェアラブルデバイスで、スマートフォンの地図アプリとBluetooth連携させることにより、腕からの体感でルート案内を可能にするものだ。これを使えば、従来のように地図アプリを見るのではなく、手を引かれるような「自然なやさしさ」で、行きたい場所へ辿り着くことができる。
開発の背景には、視空間認知障害者の課題解決につなげたいとの想いがあるという。体感誘導を実現できれば、認知や記憶に負担を抱える人たちの行動範囲を広げられる。今回はこのデバイスと「3D K-Field」を連携させ、施設内の体感誘導案内や宝探しゲームといったイベント、災害時の避難誘導などに活用することを提案。「誰もが、いつでも、どこでも楽しめるHICity」を目指したいと語った。
<審査員・受賞者コメント>
羽田みらい開発・加藤氏は、技術的な裏づけの部分から議論をスタートし、一緒に羽田を盛り上げていきたいとコメント。LOOVIC・担当者は、発達障害を持つ人たちの課題に触れながら、“やさしいテクノロジー”で、HICityに新しい体験、また訪れたい体験を創出したいと熱意を込めた。
■日本電気株式会社(NEC)
「都市に止まり木を」
NECチームは「効率化のあまり休める場所がない」ことを都市開発の課題として提起。自動運転モビリティを、仮眠スペースや移動型カフェ、語らいの場といった「都市の止まり木」として活用するアイデアを発表した。これにより移動に価値を付加する考えだ。さらに同社の世界最速を誇るブロックチェーン技術を用いた情報基盤を構築することで、様々な交通モード(飛行機や電車、バス、タクシーなど)をシームレスにつなぎ、各モビリティの全体最適を図ることもできるという。
HICity内ではその皮切りとして、既存の自動運転バスを用いた「止まり木サービス」の実証実験を提案。人やモノの行動履歴をトレースできるブロックチェーン技術と、3Dビジュアル化できる「3D K-Field」を組み合わせれば、購買のヒートマップを作成することも可能だという。将来的な発展として、現状だと個々で最適化されている各交通モードをブロックチェーンで接続し、利用者に対してシームレスに使えるUIとして提供。大田区全体の利便性向上にも寄与していきたいと展望を述べた。
<審査員・受賞者コメント>
マクニカ・峰尾氏は、ブロックチェーンは日本が大事にしていかねばならない技術だとし、NECのブロックチェーン技術に何かをプラスして、大田区や東京都、さらにはグローバルにも発信・展開していきたいと期待を込めた。NEC・担当者は、大田区発・日本発で、世界において戦えるビジネスモデルを創出したいと語った。
■株式会社QBIT Robotics
「“愛想のいい” 移動販売ロボット」
QBIT Robotics(キュービットロボティクス)は、「ロボットと人が協働する、楽しい社会をつくる」をビジョンに掲げるロボティクス・サービス・プロバイダーだ。同社のソリューションを使えば、ロボットがユーザーの属性情報を取得し最適な発話を行ったり、ユーザーの表情の良し悪しをAIで学習しコミュニケーションを最適化したりすることができるという。
これをもとに、今回は2つのビジネスアイデアを提案。1つ目は、ロボットによるコンビニ商品などの移動販売だ。「3D K-Field」を用いて人の位置や密度などを確認。売れそうな場所にロボットが移動し、愛想よく話しかけることで商品購入を促す。販売できたか否かのデータを取得して次に活かす。2つ目は、移動販売ロボットを用いた商品宣伝サービス(試飲・試食など)。ロボットが試食などを促し利用者からアンケートを取得。一連のサービスをパッケージ化し、新商品のテストマーケティングを行いたいメーカーなどに販売するという。
<審査員・受賞者コメント>
TIS・森広氏は、ロボットを使ったサービスは無機質なものになりがちだが、QBIT社のおもてなしエンジンが感情に訴求する可能性がある点に興味をもったと述べ、ロボットを使ったサービスをブラッシュアップしていける可能性を感じたとコメント。QBIT Robotics・担当者はこれを機に、サービスロボットの世界を前に進めていきたいと意気込みを伝えた。
■感性AI株式会社
「どこでもロボットコンシェルジュ~感性情報を活用できる街~」
感性AIは、人間の感性を数値化する感性評価AI 「Hapina」をコア技術とする企業だ。この技術を用いて、HICityにおける感性情報の収集・活用を目指す。具体的には、利用者に小型のロボット(あるいはスマホアプリ)を所有してもらう。そしてロボットとの会話やSNSから、所有者のパーソナリティをロボットに学習させる。学習した内容をもとに、ロボットがレコメンドやメンタルヘルスケアを行う。HICityでは、このロボット(スマホアプリ)が、蓄積した感性情報から、施設内のオススメスポットや商品などをレコメンドするという。
加えて「3D K-Field」との連携により、施設運営者側へメリットをもたらすアイデアも提案。既存のビーコン以外に新たに集音マイクを設置し、空間の感性情報を取得する。空間の感性情報から、たとえば密になっているエリアが「充実した密」なのか「不快な密」なのかを分析したり、イベントの温度感把握や効果検証に活かすという。さらにデータビジネスへと仕上げていける可能性にも言及した。
<審査員・受賞者コメント>
羽田みらい開発・加藤氏は、音声の入手方法に課題はあるものの、感性情報の取り扱いには非常に興味があるとし「今後の広がりに期待したい」と述べた。感性AI・担当者は、選ばれたことへの驚きを表すとともに、採択されたことに対して感謝の意を伝えた。
■株式会社エクサウィザーズ
「ミルキューブで、HANEDA INNOVATION CITY のスマートライフを実現。」
AI関連事業を展開するエクサウィザーズは、キューブ型のAIカメラ「ミルキューブ」を開発。クラウドではなくエッジ(カメラ内)でAI処理ができるため、ネットワーク負荷分散や低コスト運用、プライバシー保護などが可能だ。加えてリアルタイム解析にも適している。同社は「人」に注力したアルゴリズムを開発しているため、顔認証や属性解析、動線解析、骨格解析などによって、誰が・どこで・何をしているのかを可視化できるという。
これをHICityに導入することで、次の3つの観点で課題解決・事業創出を目指す。1つ目は、ミルキューブで施設内の混雑率を計測。「3D K-Field」とデータ連携することで空調制御などを行うという。2つ目は、既存のコワーキングスペースにミルキューブを導入。誰がどのエリアに滞在していたのかを可視化し、利用実績に応じた課金などを提案する。3つ目は、店舗にミルキューブを設置し顧客や店員の行動を収集。マーケティングや広告配信に活かすという。同社はすでに多数のAIプロジェクト実績を保有しているとし、これらを活用して「HICityの価値向上につなげたい」と締めくくった。
<審査員・受賞者コメント>
鹿島建設・天沼氏は、プロダクトの完成度の高さに驚いたと感想を述べながら、三密の検知やビーコンを使わない点なども同社の課題感にマッチしていたことを伝えた。エクサウィザーズ・担当者は「迅速に動きながら小さなステップでもいいので、皆さんと一緒に現場の課題解決につなげていきたい」と語った。
セキュリティ、防災、健康…残る3社のビジネスアイデア
――なお、今回は惜しくも採択にはならなかったが、残る3社(ラック/初田製作所/リマークジャパン)が提案したビジネスアイデアは次の通りだ。
■株式会社ラック
「スマートシティのセキュリティかつセーフティなIoT網」
株式会社ラックは、サイバーセキュリティ事業において実績を持つ企業だ。2020年にはセンサーから取得したデータをもとに異常事象を検出するセキュリティ分析サービス「town」構想を発表した。今回は「3D K-Field」と「town」の連携により事故や犯罪を防ぐアイデアを披露。HICity内に設置されたカメラ画像(骨格検知)、位置情報、バイタルデータ(≒感情)などから、挙動の不自然な利用者を特定。警備ロボットなどを活用して有事に備える。同時に大田区や川崎市などへも横展開し街全体のセキュリティ向上を狙うという。
■株式会社初田製作所
「HANEDA INNOVATION CITY Smart Simulation」
株式会社初田製作所は、消火器や消火設備の老舗メーカーで、防災コンサルティングサービスなども提供している。今回は防災・火災シミュレーションプログラムを提案。HICityの施設情報やリアルタイムでの人の密集度などを「3D K-Field」上で一元的に把握。加えて避難訓練で情報を蓄積する。これらのデータをもとに、火災発生時の適切かつ迅速な「避難誘導」「防災システム稼働」「スタッフへの指示」「消防署へのデータ連携」につなげる。また、避難誘導にロボットや避難誘導ARなどを活用するアイデアなども盛り込んだ。
■リマークジャパン株式会社
「健康アプリ×3D K-Field ~お得に健康に、それが集客を増やす~」
リマークジャパン株式会社は、「3D K-Field」の位置情報と同社の健康アプリをかけ合わせ、HICityでの健康増進企画を提案。来場者にアプリをダウンロードしてもらい、位置情報に応じて、歩くことを促進したりヘルシー料理のクーポンを配布したりと、健康増進につながる通知を送るという。健康増進につながった行動をポイント化し、HICityで交換できる仕組みも検討。ゲーミフィケーション要素や仲間と共有できる機能なども付加し、楽しみながら継続できるよう工夫を凝らす考えだという。
新しい技術やアイデアを吸収し、HICity 第二期事業に着手
最後に、羽田みらい開発株式会社・加藤篤史氏が登壇、全体講評を行った。
「このプレゼンテーションのために、多大なる時間・知力を尽くしていただいたことに深く感謝している。賞はつけているものの、各社それぞれの提案に感銘を受けたし、それぞれが非常に興味深いプレゼンであった。今回をつながりのはじめの機会として、末永くHICityとお付き合いいただければと思う。
私たちはこれから第二期事業ということで、まちの残り半分を建設することに邁進していかねばならない。今回に限らず、新しい技術・新しいものを貪欲に吸収しながら、まちを建設していきたいと考えている。引き続き、技術革新、新しいアミューズメントの提供、新しい価値の提供にご協力いただけるとありがたい」と述べ、本アイデアソンを締めくくった。
取材後記
仮想空間上に、デジタルツインを構築しているHICity。これを活かして、どう施設の利便性向上や管理者の業務効率化、新たなビジネスの創出につなげるか――本アイデアソンからは、そのヒントを垣間見ることができた。スマートシティを実現していく方法にまだ定石はない。だからこそ、こうしたテストベッドでの実験が必要なのだろう。HICityは引き続き、斬新なビジネスアイデアを求めているという。世界へと開かれた空の玄関口「羽田」で、ビジネスアイデアを実証したいという企業は、コンタクトをとってみてはどうだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)