
都民の防災意識を変える!東京都都市整備局×GATARIが仕掛けた「防災クエスト」のリアルな手応えとは?――キングサーモンプロジェクトから生まれた事例に迫る
東京都が主催し、都政課題とスタートアップとのマッチングを通じて、都内行政現場の課題解決とスタートアップの実証実験や販路拡大のための戦略立案をあわせて支援する「キングサーモンプロジェクト」。これまで5期にわたってスタートアップが採択され、都内行政現場をフィールドに実証実験に取り組んでいる。
東京を出発点に、世界に名を轟かせるユニコーン企業へと成長し、ゆくゆくは東京で後進のスタートアップを育成する存在となる「キングサーモン」企業の輩出を目指す本プロジェクト。どのような企業が、どのようなパートナーと協業して、事業開発に取り組んでいるのだろうか。
そこでTOMORUBAでは、取り組みの事例を紹介していく。第2弾として取り上げるのは、キングサーモンプロジェクト第5期に採択された株式会社GATARIと、東京都都市整備局との取り組みだ。
GATARIは、デジタルツインとARcloud技術を活用したMixed Reality(※)プラットフォーム「Auris(オーリス)」を提供するスタートアップ。同社と都市整備局は、2025年2月1日と2月23日、都立水元公園で開催する防災イベントで、液状化現象についてのイマーシブアクティブラーニング(没入型学習)を体験する「防災クエスト」を行った。協業するに至った背景や取り組みの詳細・成果などについて、東京都都市整備局の松沼氏・高嶋氏・東氏、GATARIの竹下氏・武田氏に話を聞いた。
※Mixed Reality(MR、複合現実):リアル空間とデジタル空間がシームレスに融合し(ミックスされ)、リアルなモノとバーチャルな情報を等価に表示・操作することができる状態のこと
【取材対象者】
・東京都都市整備局 課長 松沼宏樹 氏
・東京都都市整備局 高嶋直章 氏
・東京都都市整備局 東奈緒美 氏
・株式会社GATARI 代表取締役CEO 竹下俊一 氏
・株式会社GATARI シニアプロデューサー 武田正史 氏
液状化現象の認知度向上に向けた協業
――今回の取り組みは防災が大きなテーマですが、GATARIとの協業に至る前、都市整備局ではどのような課題を抱えていたのでしょうか。
都市整備局・松沼氏 : 都市整備局では、地震による液状化の被害のリスクや、対策の必要性を都民の方に広報していくことに課題を感じていました。
以前から、耐震化や火災に対する不燃化などの対策はある程度進んでいたのですが、液状化に対しては都民への情報提供等にとどまっていました。しかし、2022年の被害想定で、液状化により約1万1000棟の建物被害が出ることが分かり、本格的に検討を進めてきたのです。2024年度には補助制度や、民間事業者との連携による液状化対策促進のコンソーシアム設立など、さまざまな取り組みをスタートさせました。
しかし、都民の方にいかにして液状化の認知度を拡大していくのか、難しさを感じていたのです。それを今回の協業により解決したいと考えました。
――続いて、GATARIの事業概要についてお聞かせください。
GATARI・竹下氏 : GATARIは、「Mixed Reality」(MR)というデジタルの情報を現実の世界に配置して保存できる技術を使った体験の提供を行うスタートアップです。デジタルの情報を扱うことで、物理的には施設に負担なく、さまざまな体験やコンテンツを無数に空間にレイヤーで保存することができます。当社では、この「Mixed Reality」を誰でも作れ、それを配信できるプラットフォーム「Auris」を手掛けています。
これまで、様々なユースケースの開拓を行ってきました。たとえば維持管理メンテナンス、研修領域、そして最近目立つのがエンターテインメント領域です。「Auris」はユーザーが今どこにいて何をしているのかをもとに物語が展開していくため、いわゆるロールプレイングのように“自分ごと化”でき、自分が主人公として自分の選択で物語が進んでいく体験を提供できます。

▲株式会社GATARI 代表取締役CEO 竹下俊一 氏
――なぜキングサーモンプロジェクトへの参画を決めたのですか?
GATARI・竹下氏 : GATARIのサービスである「Auris」はグローバルでみてもかなりユニークであるため、早い段階での海外展開を目指していました。キングサーモンプロジェクトは、海外展開の支援を含めた取り組みということが、参画のきっかけになりました。
今回の協業にあたり、「Mixed Reality」の“自分ごと化”できる特徴が、防災領域でもお役に立てるのではないかと考えました。また、当社の経営戦略的に、エンターテインメントはイベント性が強いため、常設性が高く恒常的に価値を発揮できるユースケースを探していました。防災、特に液状化対策は常設性が高いと感じたことも協業の背景にあります。

▲「Auris」は、スマホ1台ノーコードで現実に没入する未体験の感覚を生み出すことができるMixed Realityプラットフォーム。ヘッドマウントディスプレイなどを一切必要とせず、スマホとイヤホンだけで、今までにない没入体験を提供することができる。
南葛SCも協力!体験型コンテンツ「防災クエスト」は、想定以上の高評価を記録
――2月1日の「防災・液状化ワークショップ」、そして2月23日の「水元公園防災まつり」にて、防災クエストを開催されましたが、こちらの実証実験の全体像をお聞かせください。
都市整備局・高嶋氏 : 防災クエストは、公園内にあるクエストをクリアして、液状化について学ぶストーリー仕立ての体験型コンテンツです。液状化について楽しく学ぶことができるよう、私たちとしては液状化についての知識や実証の場を提供し、GATARIさんからはエンタメ領域の知見を提供いただくことで実現しました。
私たちの「キングサーモンプロジェクト」を通じた協業は、2024年の12月半ばから2025年の3月までという期間で実施するため、この短い期間でどれだけ効果を得られるのかという懸念がありました。そのなかで、開催地となった水元公園が位置する葛飾区は、液状化の被害想定が最も多く、事前対策の補助制度もあります。
そして「水元公園防災まつり」は想定来場者数が8000人と多く、実証フィールドとして適していると考えました。そして「防災・液状化ワークショップ」は、『キャプテン翼』で有名なサッカークラブ南葛SCとのコラボレーションで地元に入り込んでいく狙いもありました。
――防災クエストで、どのような体験ができるのですか?
GATARI・竹下氏 : 参加者は、登場人物の声に導かれて、歩いたり、しゃがんだり、実際にからだを動かしながらクエストを進めていきます。クエストは、液状化の影響や調査・対策、実際の関連制度にまつわる内容になっています。ゲームを楽しみながら進めていくうちに、液状化にあまりなじみのない人にも知識が身に付いていく仕立てです。

▲防災クエストは、水元公園内にあるクエストをクリアして、液状化現象について楽しく学ぶストーリー仕立ての体験型コンテンツ。
――防災クエストの内容は、どのように企画していったのでしょうか。
都市整備局・松沼氏 : 私もはじめはそうでしたが、一般の方々は液状化のイメージがつかないと思いました。たとえば耐震化であれば認知度も関心度もある程度高いため、普及啓発イベント等を実施した場合に参加してくれる方もいらっしゃるでしょう。しかし液状化をまったく知らない方に来ていただくには、何か工夫が必要だと考えました。それをGATARIさんと共に形にしていきました。
GATARI・竹下氏 : 採択の前の審査会で、「イマーシブアクティブラーニング」というキーワードを掲げていました。能動的に学ぶアクティブラーニングを、イマーシブな没入型の技術とセットにすることで、自分の身体を使いながら世界観に没入し、防災を“自分ごと”にできるのではないかと考えたのです。そして、液状化をどのような形でクエストに仕上げていくのか、試行錯誤をしていきました。
――2つのイベントで防災クエストを実施して、どのような反響がありましたか?
都市整備局・高嶋氏 : 2月1日の「防災・液状化ワークショップ」、2月23日の「水元公園防災まつり」共に、防災クエスト参加者の90%以上が満足というアンケート結果でした。小さなお子さんから、年配の方まで楽しんでいただいたようです。
また、「水元公園防災まつり」のアンケートでは、「液状化のアドバイザーに相談してみたいですか」という設問を設けていたのですが、50人中7人が「はい」と回答してくださいました。これは想定していた数を大きく超えており、防災クエストにより液状化への関心が高まったのではないかと考えています。


▲「防災・液状化ワークショップ」は、サッカークラブ南葛SCの協力のもと実施された。子どもから親世代まで、幅広い層が防災クエストを通して液状化について学んだ。
スタートアップとの共創は、行政にとっても新たな可能性を広げるものに
――今回の取り組みの中で、それぞれどのような難しさを感じましたか?
都市整備局・高嶋氏 : ひとつは、防災クエストが新しい取り組みであったことから、なかなかイメージしてもらいにくかったという点です。局内で説明する際も伝わりにくく、合意形成に苦労しました。
もうひとつは、行政の一般的なフローとは大きく違ったことです。通常は、年度内に次年度の予算を確保して進めていきますが、今回はキングサーモンプロジェクトの一環として実施したことで、2024年12月に協働を開始して2025年2月1日に実施するという行政としては異例のスピードになりました。
それでも、「液状化の認知度を上げるという意味でも、ぜひ実施したい」という想いが強く、上司にもくんでもらい、実施することができました。
(※編注:キングサーモンプロジェクトの協働期間は、プロジェクトにより異なる)
GATARI・武田氏 : 最も大変だったのは、イベント実施までの準備期間です。通常では3カ月ほどかかる内容を2週間で集中的に仕上げたのですが、だからこそ軸がブレることなく無駄のない良い体験を提供することができたと考えています。

▲株式会社GATARI シニアプロデューサー 武田正史 氏
――今回の取り組みによって、スタートアップとの協業にどのような可能性を感じましたか?
都市整備局・松沼氏 : 液状化の認知度向上について試行錯誤する中で、今回GATARIさんとの協業によって「防災クエスト」という非常に良いコンテンツと巡り合うことができました。さらに冒険要素が加わるともっと面白くなるのではないかという発展性も感じられるため、今後も可能であればぜひ続けていきたいと考えています。
都市整備局・高嶋氏 : 今回、スタートアップとの協業は私たちにとって初めてのことで、不安も大きく調整も難しかったのですが、前例のない新しい取り組みができて面白かったです。アウトプットも想定以上の結果でした。新たな技術やこれまでにない知見をいただけることは、行政としても大きな可能性があると感じました。
都市整備局・東氏 : どこを探しても他にない、まったく新しいコンテンツを生み出すことができて良かったです。防災まつりはさまざまな自治体が行っていますが、今回の防災クエストはおそらくどこのイベントにもないものだと思います。そうした新しい学びの場を提供できてよかったです。個人的にも新しい技術の勉強にもなり、スタートアップのスピード感も新鮮で、これまでの都庁での経験とはまったく異なる経験ができ、非常に有意義でした。
事業の拡張性、海外展開など、スタートアップの飛躍につながるプロジェクト
――竹下さんは、今回の協業によってどのような成果を感じていますか。
GATARI・竹下氏 : ひとつは、防災領域でのユースケースの手応えが得られたことです。今回の協業を契機に、防災関連の企業から協業のお話をいただくなど、防災についての問い合わせが増えました。今回の取り組みの前は、当社のサービスが防災にどう役立てられるのか手探りでしたが、高い評価をいただき、ユーザーの反応も目の当たりにすることができたことで、今後の拡張性を感じています。
また、今回のイマーシブアクティブラーニングという、ロールプレイングによって“自分ごと化”する手法は、教育現場や企業研修にも展開できそうです。以前は想定していなかった新しい可能性が見えてきたこともよかったですね。
東京都さんと最初の実績をつくれたことが、スタートアップの当社にとっては非常に大きなお墨付きです。今後の展開を加速するエンジンにもなり、大変感謝しています。
――キングサーモンプロジェクトへの参画の背景にあった、海外展開のきっかけにもなりそうですか?
GATARI・竹下氏 : 防災領域では、まだ海外と具体的な話を進めてはいないのですが、ロールプレイングによって“自分ごと化”できることは、日本だけではなくグローバルでも共通だと思います。今回のプロジェクトをきっかけに、海外へのヒアリングも含めて可能性を探っていきたいですね。
――今後、キングサーモンプロジェクトへの参画を考えているスタートアップにメッセージをお願いします。
GATARI・竹下氏 : 新しい取り組みにおいては、当初の想定よりもうまくいかないことが往々にしてあります。通常のプロジェクトベースの場合、一度しか試行ができないことが多く、そこで結果が出なければ終わってしまいます。しかし「キングサーモンプロジェクト」はずっと伴走していただいているため、当初の想定とは異なる場合もすぐにリカバリーができますし、そこから新しいアイデアを出すこともできます。また、自社の新たな価値を見出せる機会になるという実感もあるため、スタートアップに参画をお勧めしたいです。
GATARI・武田氏 : 私は行政や企業などとの共創プロジェクトを主導してきたことも多いのですが、スタートアップ頼みだったり、スピード感が早すぎると言われたりと、あまり自社にとってのメリットを感じられないことも多かったです。しかし今回のプロジェクトでは、むしろ追い越されるのではないかと思うくらいのスピード感でした。それがまた楽しかったです。
スタートアップの観点でいうと、これだけ大きな予算で、これだけ大きなチャンスをもらいながら成長できるプログラムはそうそうありません。やらない理由はないはず、「やる」の一択です!
取材後記
スタートアップさえ驚くほどのスピード感で進んだ今回の事例。来場者からの評判も上々で、双方にとって今後につながる取り組みとなった。GATARI社にとっては、防災領域という新たなユースケースの開拓、海外展開に向けた足掛かりなど、事業の可能性を拡げる大きな経験だった。またGATARI・竹下氏も話していたが、スタートアップがこれほど都庁と接点を持てる機会は他になかなかない。「キングサーモンプロジェクト」は、これから行政との事業の展開を考えているスタートアップにとっては、これ以上ない機会になるはずだ。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)