駅で鮮魚は売れるのか?ーー11日間のポップアップから開始した“エキナカ鮮魚店”は年商1億円超の人気店に。駅の新たな価値を生み出した共創に迫る
JR東日本スタートアップは、JR東日本グループのアセットを起点に、スタートアップとの共創を通じて新たな事業創出に挑んできたCVCだ。一方、魚屋『sakana bacca』や生鮮品EC『魚ポチ』を展開するフーディソンは、「魚を売る」ことにとどまらず、水産業の構造そのものに向き合い、流通や小売の在り方を問い直してきたスタートアップ。異なる立場と文化を持つ両社は、これまでにない挑戦へと踏み出している。
その挑戦の象徴が、「エキナカ鮮魚店」と「新幹線物流」という取り組みだ。駅や新幹線という公共性の高い空間で生鮮品を扱うことには、衛生面や運用面など多くの懸念がつきまとい、当初は社内外から反対の声も少なくなかった。それでも両社は、小さな実証を重ねながらオープンイノベーションで事業を推進し、前例のないモデルを一つずつ形にしながら、2019年には資本業務提携を締結。事業拡大を続けたフーディソンは、2022年に上場を果たしている。
本記事では、JR東日本スタートアップの代表・柴田氏とフーディソンの代表・山本氏にインタビューを実施。「ありえない」と言われた構想を、いかにして現実の事業へと育ててきたのか。両社が取り組んだ2つの事例を通じて、共創プロジェクトが事業になるまでのリアルに迫る。
水産物流通への違和感から始まった挑戦
――飲食店専用の生鮮品EC『魚ポチ』や魚屋『sakana bacca』といった事業を展開しているフーディソンさんですが、2017年『JR東日本スタートアッププログラム』(※1)にエントリーされたことをきっかけに共創事業を推進してきました。まず、プログラムに応募した理由についてもお伺いしたいです。
山本氏 : まず、会社としてチャレンジしたいことは、「小売をやりたい」「卸をやりたい」「ECをやりたい」といった個別のものではなく、新たな生鮮流通を構築することでした。もともと日本では大量に魚が水揚げされていました。どんどん獲れるから市場に流れて、それがスーパーに並んで「安いよ、安いよ」と売られていた。そうした構造がベースにあったわけです。
しかし今、魚はそれほど獲れないし、獲れる魚も場所によって変わってきています。そうなると、これまでのように上から下に流していく構造は、作り変えないと機能しません。商流をつなぐ役割も必要だし、物流をつなぐ役割も必要だし、加工をつなぐ役割も必要になる。そう考えたときに、「つなげる役」そのものに、大きな価値があるのではないかと思ったのです。
小さい規模、例えば首都圏内なら自分たちでトラックを走らせて運び込めば何とかなる。でも、東北や北陸などの産地から持ってくることまで含めて考えると、誰かのインフラに相乗りするか連携するかを考えないと、大きな一手にはならない。結局、「生鮮流通に新しい循環を」というビジョンを掲げていても、東京都心で魚を売っているだけになってしまう。
だから、産地と東京をつなぐインフラをお持ちで、なおかつ首都圏に販売拠点をお持ちのJR東日本さんと一緒に取り組みたいと考えました。
▲株式会社フーディソン 代表取締役CEO 山本徹 氏
――柴田さんにも伺いますが、フーディソンさんのどのような点に惹かれて、「一緒にやろう」と思われたのでしょうか。
柴田氏 : フーディソンさんが僕らと共創を始めたのは、まさに『JR東日本スタートアッププログラム』の初年度でした。当時はeiiconさんに、プログラムの情報発信などの支援をしてもらっていて、そうした中で応募いただいたのがフーディソンさんなんです。当社側でも「何か新しいことをやりたい」という空気が、若手社員を中心に盛り上がっていました。そんなタイミングで応募をいただき、まさに願ったり叶ったりでした。
フーディソンさんからご提案いただいた、駅に鮮魚店を出すなんていう発想は、普通の社内議論ではまず出てきません。しかも、僕らは鮮魚店のノウハウも顧客もなく、仕入れ先などのコネも何も持っていませんから、すでにそういうものを持つフーディソンさんとは、ぜひ一緒に新しいことに挑戦してみたいと思ったんです。
それに、水産業というレガシーな業界にスタートアップが挑戦している。これは、僕らがやりたかったことの先駆けでもありました。アナログな水産流通にデジタル技術を取り入れてDXしていこうという発想や、既存のものに新しいテクノロジーやノウハウを掛け合わせる。そういうことに本気で取り組むスタートアップがあること自体、衝撃でもありました。
私たちはプログラムの初年度で共創の経験やノウハウが蓄積されていません。そうした状況の中で、何か一つ目指すべき方向の兆しのようなものを感じさせてくれたのが、まさにフーディソンさんだったんです。そこから、「駅で鮮魚店って面白いんじゃない」「築地みたいにセリをやろう」「新幹線で運んだらどうだろう」といった、やんちゃな議論が始まりました。
▲JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長 柴田裕 氏
品川駅で“鮮魚”は売れるのか――ポップアップショップで平均日販65万円の売り上げを達成
――プログラム期間中の2018年1月、品川駅構内のエキナカ商業施設に鮮魚店『sakana bacca』をオープンされました。これは、スムーズに進んだのですか。
柴田氏 : 正直に言うと、簡単には進みませんでした。常設店まではとてもたどり着けず、まずは2018年1月に11日間だけの臨時売店(ポップアップショップ)からのスタートです。品川駅やエキナカ商業施設の運営会社との交渉では、「駅で鮮魚店をやるのは難しい。家の近くの鮮魚店やスーパーで買うに決まっているだろう」と言われ、なかなか突破できなかったのを覚えています。
当時は、駅で鮮魚を売るという前例もなかったんですよね。駅という場所柄、においや衛生面への懸念も大きかった。一般的なスーパーの鮮魚店であれば厨房がありますが、品川駅の中に厨房を作れるわけもない。
さらに物流の動線も含め、これまで想定してこなかった課題が多く、そもそも売れるかどうかも分からない中で、においをはじめとする新たなリスクの発生を懸念する声がたくさん出て、本当にアウェイな状況でした。
▲品川駅内のポップアップショップの様子(画像出典:JR東日本スタートアップHP)
――どのように周囲の理解を得ていかれたのでしょうか。
柴田氏 : フーディソンさんが、できない理由を一つずつ粘り強く突破していってくれたんです。例えば、駅構内に厨房を設けられないという課題に対しては、「中目黒の『sakana bacca』で処理をしてきます」と代替案を示してくださった。一度NOと言われて「これは無理だ」と諦めるのではなく、スモールスタートでもいいので打席に立つことにこだわり、実現できる形を探り続けていきました。
――懸念点を解消しながら、お互いに受け入れられる着地点を探っていかれて、11日間の臨時売店となったのですね。期間限定でオープンしたお店の反響はいかがでしたか。
柴田氏 : オープン以降、売り上げは日に日に伸びて、品川駅の臨時売店としては歴代2位の記録を残すほどの成功でした。「ここで鮮魚を買いたい」と思ってくださるお客様は、確実にいらっしゃったんです。平均日販は65万円にまで伸び、11日間トータルでも大きな売上となりました。プログラムでは来店客数と売上を目標としていましたが、想定を大きく上回る結果となったのです。
新幹線で“鮮魚”を運べるか――佐渡の朝獲れエビを東京で販売
――その華々しい結果が、翌年2019年の常設店へとつながるわけですね。同時に、鮮魚を新幹線に載せて産地から東京に運ぶ「新幹線物流」にも挑戦しています。これも、社内の理解を得るのは簡単ではなかったのでは?
柴田氏 : もちろん、大反対に遭いました。「新幹線で魚を運ぶなんてありえない」という反応で、この挑戦もハードルは相当高かった。最終的になんとか許可が出たのは、わずか6日間だけです。「6日間ならやってもいい」と言われたので、採算が取れるかどうかはさておき、まずは最初の一歩を踏み出すことにしたのです。
ただ、においの問題もありますし、「車内のどこに魚を置くのか」という課題も当然、出てきます。当時、ちょうど新幹線の車内販売が撤退し始めていた時期で、私たちはどの新幹線に車内販売が行われていないかを把握していました。
「この便には車内販売が載ってないですよね。だったら、車内販売の人が使っていたカート置き場が空いているはず。そこに荷物を置かせてもらえませんか」と提案をして、話を前に進めていきました。
――この新幹線物流の実証実験は、テレビをはじめとするメディアでも大きく取り上げられましたね。
柴田氏 : おっしゃる通りで、初日の便の到着駅はとんでもない人だかりでした。その日の朝に獲れた『佐渡の南蛮エビ』を新幹線で東京に運んだのですが、到着すると大勢の人たちがエビを囲み、撮影する姿も見られるなど、大きな注目を集めました。夕方に商品を店頭に並べると、あっという間に完売。瞬間蒸発するような売れ行きでしたね。
山本氏 : あの日のことは、今でもよく覚えています。朝、佐渡で漁師さんと一緒に漁に出て、体中うろこだらけになりながら、定置網の手で巻く作業を一緒にやりました。獲った魚介類を積んで、佐渡から新潟に渡り、新幹線に乗って東京に着いたら、もう柴田社長がおられて、メディアの方もとんでもない数だったんです。
私もインタビューを受けましたが、ポップアップショップを行った1年前とは全く異なる景色で、正直とても連続しているとは思えないレベルでした。宮古からウニが届き、佐渡からエビが届いて、それがもう蒸発するように売れていく。これは本当にすごい価値だなと感じましたし、当社のブランドイメージも含め、明らかにレベルが上がったと実感した瞬間でした。
▲新幹線物流の流れ(画像出典:プレスリリース)
――2019年には、両社で資本業務提携も結ばれました。これについて、どのように受け止めていらっしゃいましたか。
山本氏 : 資本業務提携を中身の伴う形で進めていくというのは、正直かなり難しいと感じていました。業務でも連携するからという理由で出資を受けても、その後、特段何も起こらないケースは少なくありません。それ自体がネガティブというより、実現すること自体が難しいのだと思っています。
その点、今回の場合は、すでに業務連携が走っていましたし、議論の中でも「小売店をしばらくやりましょう」だけでなく、「この小売店を使ったら、こんな面白いことができるんじゃないか」という拡張性のある話を、我々以上に想像していただいていました。
小売店に色々な取り組みを実装していくことで体験価値が上がりますし、魚の新鮮さに対して「新幹線で届ける」というイメージが加わることで、より強いブランディングにもなる。そうしたことを一緒に実現していこうという議論が積み重なった上での資金調達だったので、結果として非常に健全で自然な形の資本業務提携が生まれたと思います。
――柴田さんは、いかがですか。
柴田氏 : 私たちCVCとしては、単なる出資はやっていないんですよね。事業を作るCVCというものを目指しているので、必ず「資本業務提携」という形にしています。しかも、「資本提携の前に、事業連携をする」と決めています。実はこのスタイルが確立したのが、フーディソンさんの出資の前後で、その頃から「ファイナンシャルリターンに負けず劣らず、事業リターンを追求します」ということを公言するようになりました。
単にファイナンシャルリターンを求める出資は、もちろんベンチャーキャピタルなら一般的だと思いますが、コーポレートベンチャーキャピタルが行う以上は、何らかの事業リターンが必要だと考えています。しかも僕らはBS出資ですからね。当社はJR東日本から100%出資を受けていますが、その奥にはお金を払ってくれているお客様がいます。
その方々に、どんなリターンを返せるのか。単に出資先が上場すればいいわけではありません。駅の魅力向上や、地方の魅力向上につながるパートナーシップであるべきだと考えています。だからこそ、私たちは必ず業務提携を行ったうえで出資するスタイルを取ってきました。そのプロトタイプとも言える形ができたのが、この2019年の資本業務提携だったと思います。
ワンタイムの実証実験から、収益を生む事業へ
――2019年から約7年が経ちました。品川駅の『sakana bacca』と新幹線物流の現状についてもお伺いしたいです。
山本氏 : エキュート品川の常設店は、月1,000万円前後を安定して売り上げる店舗に成長しています。現在は、お弁当を中心に販売しており、品川駅から新幹線に乗るお客様が、旅のお供に買っていただくようなポジションを獲得できています。
先日も友人から「新幹線の隣の席の人が、『sakana bacca』の弁当を食べている」と嬉しい報告をもらいました。品川駅のほかにも、新橋駅、五反田駅、東京駅(グランスタ東京、グランスタ丸の内)、大宮駅(エキュート大宮)にも店舗数を拡大しており、JR東日本さんとの連携では6店舗出店をしています。
▲フーディソンが展開する『sakana bacca』は全9店舗(2026年3月現在)。その中の6店舗はJR東日本との連携によって立ち上がっている。(画像出典:サカナバッカHP)
――順調に出店を拡大されているのですね。新幹線物流はいかがですか。
山本氏 : 新幹線物流も継続的に活用しており、直近では気仙沼のカツオを新幹線で東京まで運び、東京で食べてもらう取り組みを行いました。カツオは鮮度が非常に重要な魚です。気仙沼で食べる場合の美味しさと東京で食べる場合の残念さに、大きな差がありました。
そこで「気仙沼で食べている味を東京にも伝える」というコンセプトで、市長も交えてキャンペーンを企画。アンケート結果では、多少価格が高くても「水揚げ当日に食べたい」という意向が明確に出ており、新幹線物流の価値を強く実感できました。
逆に、東京の『sakana bacca』で作ったお弁当を宮城のデパートにお届けする際にも新幹線物流を活用しています。地方都市のデパートで東京の美味しいお弁当を食べていただくための物流手段として、新幹線が毎週のように使われるようになっているんです。単なるスポットの物流手段というよりも、インフラの一つとして浸透し始めているのではないかと思います。
――JR東日本さん側からみて、これらの取り組みからどのような経済的メリットが生まれたのでしょうか。
柴田氏 : 新幹線物流については新幹線料金をいただいていますし、エキナカの小売店も賃料をいただいています。それに、僕らから見たフーディソンさんのお店の魅力は、実は省スペースで出店できることなんです。駅構内の遊休スペースを活用しながら、コンテンツの多様化にもつなげられる。大きな鮮魚店だと面積を大きく取ってしまいますが、『sakana bacca』であれば他の店舗も含めて、お客様の多様なニーズに合わせた最適な配置ができます。
新幹線物流についても、新幹線が混雑するお盆や年末年始に行っているわけではありません。新幹線が空いている時間などに荷物を載せて運ぶので、効率の良い運用につなげられます。さらに、フーディソンさんの鮮魚が新幹線物流を浸透させるきっかけにもなってくれており、経済的にも大きく貢献していただいていますね。
――フーディソンさんは、2022年に上場を果たしました。上場にあたって、JR東日本スタートアップさんとの資本業務提携は、どのような影響を与えたのでしょうか。
山本氏 : もともと上場を目指したのは、自分の世代を超えても残る会社をつくりたいという思いからです。そのためには、社会的・公的な基準を一定以上クリアする必要があると考えていましたし、投資してくださった方々にリターンを返す意味でも、上場は当然の選択でした。
ただ、私たちにとって本当に重要なのは、上場というイベントそのものではありません。最終的に実現したいのは、「日本国内の商流・流通・物流の再構築」です。JR東日本スタートアップさんは、そのビジョンを実現するための非常に重要なパートナーだと捉えています。ビジョン実現に向けて、小売店が出店できる場所を素早く用意していただいたり、社会的認知を高める取り組みを一緒にやっていただいたりと、大きく貢献していただいたと感じています。
――最後に、両社の今後の展望についてお聞かせください。
山本氏 : 現状では、売り上げの多くが首都圏に偏っています。各産地が持つ潜在的な価値を顕在的な価値へと変えていくには、物流機能や顧客との接点を持つ場所が必要で、それは自社だけではやりきれない部分も明らかにあると思っています。ですから今後も、JR東日本さんのご協力も得ながら、まだつながっていない地域との流通を考えていきたいです。
柴田氏 : フーディソンさんとJR東日本の最初の取り組みは、まさに『混ぜるな危険』だったと思います。駅に鮮魚店を出したり、新幹線で魚を運んだり、「それ、やっていいの?」と思われるようなことに、プログラムの場を活用しながら、一緒に踏み出してくれました。
最初は短期間での取り組みでしたが、今やJR東日本の事業の中にワンタイムではなく、ある程度組み込まれた形になっています。これからも、その異物感を失わずにいてほしいですし、できるだけ多く、そしてバラエティに富んだ形で、新しい事業を共につくっていけたらと思います。
※1)JR東日本スタートアッププログラム……JR東日本グループの駅や鉄道、グループ事業の経営資源・情報資産を活用し、ベンチャー企業やパートナーのアイデアと掛け合わせて新たなビジネスやサービスを生み出すオープンイノベーションプログラム。2017年度から開催している。
取材後記
eiiconは、『JR東日本スタートアッププログラム』のスタート初期に情報発信などで支援をしており、共創によって数々の「ありえない」の実現を目の当たりにしてきた。その一例として、サインポストとJR東日本スタートアップが共同でTOUCH TO GOを立ち上げ、無人AI決済店舗を生み出したことは印象深い(※取材記事)。
今回取材したフーディソンとの共創で実現した「エキナカ鮮魚店」と「新幹線物流」。――これらも当初は「ありえない」と受け止められた取り組みだ。それでも両社は諦めることなく、小さな実証と実績を重ねながら前に進めてきた。
今では、エキナカ鮮魚店は見慣れた光景となり、新幹線物流も『はこビュン』サービスとして浸透しつつある。非常識に見えた過去の挑戦は今日の日常となり、次の可能性へとつながり始めている。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)