老朽化する鉄道施設をどう建て替える?3Dプリンター建築で挑む都市インフラの未来──キングサーモンプロジェクトで実証を進める東京都交通局×セレンディクスの取り組みに迫る
都政課題とスタートアップとのマッチングを通じて、都政現場の課題解決と、スタートアップによる実証実験や販路拡大に向けた戦略立案を支援する「キングサーモンプロジェクト」(東京都主催)。これまで5期にわたり計22件のプロジェクトが採択され、都政現場をフィールドに実証実験に取り組んでいる。
東京を出発点に、世界に名を轟かせるユニコーン企業へと成長し、ゆくゆくは東京で後進のスタートアップを育成する存在となる「キングサーモン」企業の輩出を目指す本プロジェクト。どのような企業が、どのようなパートナーと協業して、事業開発に取り組んでいるのだろうか。そこで今回TOMORUBAでは、第6期に採択されたセレンディクス株式会社と東京都交通局による取り組みを紹介していく。
兵庫県に本社を構えるセレンディクスは、工業用3Dプリンターを活用した住宅・建築物の開発を手がけるスタートアップ。これまで3Dプリンター住宅の建設や鉄道関連施設の整備などに取り組んできた。
本プロジェクトでは、都内の鉄道施設における老朽化や建設人材不足、建設コストの高騰といった課題に対し、3Dプリンター技術を活用した新たな建設手法の可能性を検証。東京さくらトラム(都電荒川線)・巣鴨新田駅周辺を想定した条件下で、プラットフォーム上屋の一部モデルを製作・設置し、今後の実装可能性を探る。
なぜセレンディクスはキングサーモンプロジェクトに挑んだのか。都市部の狭隘地(※)での施工という難題に、どう向き合ったのか。そして今回の実証は、建設業界や都市インフラの未来にどのようなインパクトをもたらしうるのか――。セレンディクスの佐藤蒼士氏に話を聞いた。
※狭隘地(きょうあいち)……面積などが狭くゆとりがない土地のこと
3Dプリンターを活用した建築手法を住宅から鉄道施設へ、セレンディクスの挑戦
――まず、御社の事業概要と特徴について教えてください。
セレンディクス・佐藤氏 : セレンディクスは兵庫県西宮市に本社を置くスタートアップで、「30年の住宅ローンをゼロにする」というミッションのもと、ロボットによる住宅建設の実現を目指しています。主な事業は、建設用3Dプリンターを活用した住宅の開発・販売です。
私たちの事業の特徴は、ロボット施工によって現場作業の人員を最小化しながら、安定した品質と施工スピードを両立できる点にあります。建物の構造は、モルタルと鉄筋を用いたシンプルな構成にすることで、部材管理や施工工程を大幅に簡素化しています。これによって、建設コストの削減や施工効率の向上を実現し、将来的には住宅価格の大幅な低減にもつなげていきたいと考えています。
実績としては、2022年に愛知県で日本初となる3Dプリンター住宅を建設しました。これは作業延べ24時間で完成したことでも非常に話題になりました。さらに住宅だけでなく、鉄道関連施設のプロジェクトにも取り組んでいます。
東京都交通局への提案に先立ち、JR西日本に鉄道関連施設を提供した実績もあります。こちらは2025年3月に竣工し、設置自体は約1時間半で完了しました。今回の東京都交通局とのプロジェクトも、JR西日本のプロジェクトと同じチームで取り組んでいます。
▲セレンディクス株式会社 佐藤蒼士氏
――鉄道関連施設に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。
セレンディクス・佐藤氏 : きっかけは、JR西日本から老朽化した無人駅舎の建て替えについて相談をいただいたことでした。地方の無人駅舎は利用者が減少しているものの、施設の建て替えは必要です。ただ、従来工法で建て替えるとなるとコストが大きくなってしまいます。
一方で、簡易的なプレハブのような建物では地域の方々に受け入れられにくいという課題もありました。駅は地域の象徴的な施設でもあるため、景観や意匠性も大切にしたいというニーズがあったのです。そこで、コストを抑えながらも自由度の高いデザインが可能な当社の3Dプリンター建築の技術に注目していただきました。実際に建設した駅舎では、外観に地域のモチーフを取り入れるなど、景観との調和にも配慮した設計を行っています。
――今回、キングサーモンプロジェクトに参画した背景を教えてください。
セレンディクス・佐藤氏 : 私たちは国内でも早い段階から3Dプリンター建築に取り組み、実績も積み上げてきましたが、行政との連携実績が十分ではありませんでした。そうした中で、東京都内で実証できるキングサーモンプロジェクトは非常に大きな機会だと感じ、応募しました。紹介いただいた複数の候補先の中でも、東京都交通局は私たちが得意とする鉄道関連施設との親和性が高く、非常に相性の良いパートナーでした。
――御社は兵庫県に本社を構えています。JR西日本との実績もある中で、東京進出の足がかりにするという意味合いもあったのでしょうか。
セレンディクス・佐藤氏 : そうですね。東京は道幅が狭い住宅地が多く、建物づくりのハードルが高いんです。一方で、東京都民の方からのお問い合わせは非常に多い。だからこそ、今回東京や関東エリアへのチャネルを広げられる可能性があると感じ、キングサーモンプロジェクトに挑戦した側面もあります。
老朽化した鉄道施設、人手不足、コスト高――東京都交通局の課題にどう応えるか
――今回の協働プロジェクトでは、都電荒川線のプラットフォーム上屋を想定した構造物の一部を、3Dプリンター技術で製作・設置する実証実験を行っています。東京都交通局が抱えていた課題について教えてください。
セレンディクス・佐藤氏 : 東京都交通局の方と打ち合わせを重ねる中で伺ったのは、都電荒川線の施設の多くが50年以上前に建設されており、老朽化が進んでいるという点です。ただ、改修工事を進めようとしても、建設業界では人手不足が深刻で、施工コストも高騰しています。また、住宅地に隣接する駅などでは敷地や道路が狭く、施工が難しいケースも多いと聞いています。
そこで私たちは、建設のDXとも言える3Dプリンター建築の技術を活用することで、施工人員を最小化しながら、安定した品質で建設を行う方法を検証できないかと考えました。
今回、巣鴨新田駅周辺を想定したのも、住宅地に隣接した鉄道施設という条件が、まさにこうした課題を象徴する場所だったからです。また、施工方法としては、工場で製造したパーツを現場へ運び込み、組み立てる方式を採用しています。ただし、都内の狭い道路環境では大型トラックが入りにくいため、従来は10トントラックで運んでいた部材を、4トントラックでも搬入できるサイズに分割する必要がありました。
▲3Dプリンターで製造された構造体の完成イメージ。今回の実証では、この構造の一部ユニットを設置し、耐久性や使用性などを検証する
狭隘地施工という難題、都市インフラへの実装を目指す実証実験
――今回のプロジェクトを進める上で、どのような難しさがありましたか。
セレンディクス・佐藤氏 : 一番大変だったのは、パーツの強度確保と輸送の段取り、この二つです。今回の実証では、駅のプラットフォーム上屋を想定した構造物の一部を3Dプリンターで製造し、複数のユニットを連結して設置する構造を採用しています。ただ、今回の実証フィールドは住宅地に隣接する駅周辺を想定しており、前面道路が3メートル未満と非常に狭い環境です。そのため、大型車両での搬入が難しく、小型トラックで運搬できるサイズに部材を分割する必要がありました。
パーツを小さくすると、その分強度を確保するのが難しくなります。製造中に割れてしまう、運搬中に欠けてしまうといったリスクもあるため、短期間のプロジェクトの中で品質を担保しながら設計・製造を進めることが大きな課題でした。
また、物流面でも工夫が必要でした。パーツは熊本の工場で製造し、その後、千葉県柏市の中継拠点まで輸送し、そこで小型トラックへ積み替えて現地に搬入するという工程を組んでいます。通常であれば大型トラック一台で済むところを、今回は都市部の施工条件に合わせた物流設計が必要になりました。
――都市部の狭隘地での施工を前提とした実証という点でも、これまでとは異なる難しさがあったのですね。今回のフィールドは御社にとっても挑戦的な条件だったのでしょうか。
セレンディクス・佐藤氏 : はい。これまでは前面道路が6メートル以上ある場所を前提に施工を行うケースが多かったのですが、今回は狭隘地を想定した場合に、どのような条件で実施すれば設置できるかの検証を実施予定です。都内の住宅地に隣接した駅環境を想定した実証なので、かなり難易度は高い条件となります(※)。狭い場所での作業になるため、安全面にも細心の注意を払い、交通誘導の配置なども含めて事故が起きないよう慎重に進めます。
※佐藤氏のインタビューは3/4に実施し、ユニット設置作業は3/5に行われた。
▲3Dプリンターで製造されたパーツを現地へ搬入し、クレーンで吊り上げる様子。工場で製造したユニットを現場で組み立てることで、短期間での施工を実現する
――設置後は、どのような実証を進めていくのでしょうか。
セレンディクス・佐藤氏 : キングサーモンプロジェクトでの実証終了後も、東京都交通局ご協力の下、本格導入に向けた実証を進めていくことになっています。まずは経年劣化の観察を行います。半年から1年ほど設置した状態で、塗装の剥がれやパーツの欠損、雨風への耐久性などを確認していく予定です。また、見た目の変化だけでなく、必要に応じて強度確認なども行っていきたいと考えています。今回の実証では、施工費や施工期間、さらに狭隘地での施工の実現性などを、従来の施工方法と比較しながら検証していきます。
加えて、東京都交通局の施設担当者にも実際の構造物を見てもらい、今後の導入に向けた改善点や評価についてフィードバックをいただく予定です。実証を通じて得られる知見を、将来的な公共交通施設への実装につなげていきたいと考えています。
▲ユニットをクレーンで吊り上げ、連結させる。プラットフォーム上屋のモデルを構築
▲ユニットを現地で接合・固定する作業の様子
建設業の未来を変える可能性――今回の取り組みがもたらす社会的インパクトとは
――今回の取り組みがもたらす社会的インパクトについて、どのように考えていますか。
セレンディクス・佐藤氏 : 建設業界にとって非常に大きなインパクトがあると思っています。これまでの建設は、大工さんや職人の手作業で進めるのが当たり前でしたが、ロボットで建築物をつくる事例は、世界的に見てもまだ多くありません。大きなインパクトの一つは、人手不足の解消につながる可能性があることです。
建設業は厳しい労働環境が課題として指摘されることもありますが、私たちの建築はリモコン操作などでロボットが動き、建物をつくっていく。そうした新しい働き方が広がれば、建設業に携わる人も今後増えていくのではないかと思っています。
――キングサーモンプロジェクトへの参画によって、事業成長や海外進出の面でどのようなメリットがありましたか。
セレンディクス・佐藤氏 : 事業成長という観点では、これまで条件面からお断りしていた案件にも、今後は対応できるようになると思っています。今回、短納期かつ3メートル未満の狭隘な土地を想定したチャレンジングな条件での実証実験ができたことで、出力精度・現場機材の選定・現地オペレーションなど改善すべき課題や新たな発見を得られた事が最大の成果として考えております。
今後このような厳しい条件でも建設できる可能性が広がっていくと考えており、さらに東京や大阪のような都市部でも展開しやすくなると思います。
また、設計から建て方までを約2か月強で進められたのは、これまでで最も短いスピード感でした。これだけ短期間で導入できるという実績は、お客様に対しても大きなアピールポイントになります。海外展開という面では、まずオーストラリアを見据えています。今後予定されている国際イベントなども念頭に、小規模施設やチケット売り場のような建築物への展開が考えられます。東京都のような厳しい条件下で実証した経験は、海外でも十分に通用するアピール材料になるはずです。
――最後に、キングサーモンプロジェクトへの参加を検討しているスタートアップへメッセージをお願いします。
セレンディクス・佐藤氏 : ぜひ、いろいろなスタートアップ企業に参加してほしいと思っています。過去の採択企業を見ても、有名なスタートアップが多く参加していて、その後に売上を伸ばしているケースもあると感じますし、本当に良い機会だと思います。特に、私たちが今回挑戦したような、今までできなかった難しい条件のプロジェクトに対して、東京都の支援を受けながら一緒に解決していけるのは、スタートアップにとって非常に大きい。資金面の支援も含めて、成長につながるプロジェクトだと思います。
また、キングサーモンプロジェクトを運営するeiiconの支援も非常に手厚かったです。審査会前は資料の添削やパートナー探し、審査会後も実証に向けた調整や相談対応、関係者とのミーティング設定まで、伴走するように支援していただきました。リソースが限られるスタートアップにとって、こうした支援は本当にありがたいです。
取材後記
「キングサーモンプロジェクト」は、都のリアルな課題とスタートアップの先端技術が真正面からぶつかり合い、その接点から社会実装の可能性を育てていく取り組みだ。今回取材したセレンディクスと東京都交通局の取り組みでは、3Dプリンター建築という先端技術を活用し、老朽化した鉄道施設や建設業界の人手不足、コスト高といった課題に向き合う実証実験が行われた。取材を通じて感じたのは、取り組みが単なる新しい建設技術の提案にとどまらず、都市インフラの改修や建設のあり方そのものを見直す可能性を秘めているということだ。特に、狭い道路や限られた搬入条件など、東京ならではの厳しい環境の中で実装を目指した点は印象深い。実証を重ねながら、都内鉄道施設や建設現場への実装がどのように進んでいくのか、今後の展開に期待したい。
(編集・文:入福愛子、撮影:齊木恵太)