日立×MOLCURE、AI創薬の“データ共有ジレンマ”を突破 秘匿AI基盤でオープンイノベーションを加速
株式会社日立製作所(以下、日立)は、AI創薬におけるオープンイノベーションを加速する「秘匿AI基盤」の開発に着手した。AI創薬スタートアップの株式会社MOLCUREとの協創を通じ、2026年度からのサービス提供を目指す。
本基盤は、製薬企業やアカデミアが保有する機密性の高い研究データと、スタートアップのAIモデルを、互いに開示することなく連携可能とするもの。創薬領域におけるデータ共有のボトルネックを解消し、AI活用の加速と研究開発の効率化を実現する狙いだ。
データを「見せずに使う」──創薬における新たな連携モデル
創薬分野では近年、研究開発費の高騰や成功確率の低下、開発期間の長期化といった課題が深刻化している。その打開策としてAI創薬への期待が高まる一方で、データの取り扱いが大きな障壁となってきた。
従来は、機密情報を匿名化して共有する、あるいは専用環境で個別にAIを学習させる方法が一般的だった。しかし、匿名化の強化はAI精度の低下を招き、また情報漏洩リスクも完全には排除できない。結果として、企業間・組織間での大規模なデータ連携は進みにくい状況にあった。
こうした課題に対し、日立が開発する秘匿AI基盤は、「データもAIモデルも開示しないまま活用する」という新たなアプローチを提示する。
検索可能暗号×TEEで実現する高セキュリティ環境
本基盤の中核となるのは、日立独自の秘匿情報管理技術である。具体的には、データを暗号化したまま検索や計算を可能とする「検索可能暗号」と、CPU内部に隔離された安全な実行環境であるTEE(Trusted Execution Environment)(*1)を組み合わせている。
これにより、データは乱数化された状態で処理され、万が一漏洩しても元の情報を復元することはできない。また、AIモデルも同様に保護されるため、企業間での知的財産の混在や流出リスクも抑制される。
製薬企業は自社の研究データを、スタートアップはAIモデルを、それぞれ秘匿したまま持ち寄り、同一の計算環境上で学習・推論を実行できる。これは従来の共同研究の枠組みを大きく変える可能性を持つ。
MOLCUREとの協創で「抗体創薬」から展開
日立は本基盤の実用化に向け、AI創薬領域で実績を持つMOLCUREとの協創を本格化させる。すでにPoC(概念実証)を実施し、データとAIモデルを秘匿したまま安全に学習・推論が可能であることを確認している。
サービス提供は、MOLCUREが強みとする抗体創薬を起点に開始。その後、核酸やペプチドなど、さまざまなモダリティへの拡張を見込む。
さらに本サービスでは、製薬企業やアカデミアのニーズと、スタートアップの技術シーズをマッチングする機能の実装も視野に入れる。単なる基盤提供にとどまらず、共創そのものを加速する役割を担う構想だ。
将来的には、本基盤を複数の企業・研究機関・自治体が参画するコンソーシアム型へと発展させる計画だ。AI創薬パートナーや製薬企業、CRO(医薬品開発受託機関)、バイオテック企業、アカデミアなど、多様なプレイヤーの参加を促す。
日立は本取り組みを、自社の次世代産業向けソリューション群「HMAX Industry」を支える中核サービスとして位置付ける。さらに、データ活用を軸としたLumada 3.0(*2)の実装を通じ、バイオ医薬分野での新たな価値創出を狙う。
「守り」と「活用」を両立する基盤が創薬を変える
AI創薬の進展において、データと知財の保護は不可避の前提条件である。同時に、それらを閉じたままではイノベーションは生まれにくい。
日立が打ち出した秘匿AI基盤は、「守る」と「活用する」という二律背反を乗り越えるアプローチである。データを開示せずに価値を引き出すという発想は、創薬に限らず、あらゆる産業に波及する可能性を秘めている。
オープンイノベーションが次のフェーズへと進む中で、本基盤が担う役割は小さくない。創薬のスピードと質を同時に引き上げる新たなインフラとして、その展開に注目が集まる。
(*1)TEE (Trusted Execution Environment) : プロセッサ(CPU/GPU)内にハードウェア的に隔離された安全な実行環境のこと。OSや管理者権限であっても、この領域内のメモリ内容を覗き見たり改ざんしたりすることはできないため、極めて機密性の高いデータ処理やAIモデルの実行に適している。
(*2) Lumada 3.0:日立のドメインナレッジで強化したAIを活用することにより、Lumadaを進化させたもの。Lumadaとは、お客さまのデータから価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するための、日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション・サービス・テクノロジーの総称。
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(TOMORUBA編集部)