顔の動きで車イスを操作……驚きの進化を遂げた「イヤホン」 世界のスタートアップが披露するイヤホンの新たな可能性
イヤホンが劇的な進化を遂げている。「音を聞く」という従来の機能にとどまらず、同時通訳から健康管理、制御プラットフォームにまで拡張している。2026年1月6日〜9日に米国・ラスベガスで開催されたCESでは、顔や目の動きで車イスなどを操作できる「次世代イヤホン」や、高精度のリアルタイム翻訳を行う「AI通訳イヤホン」が受賞した。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第73弾は、「スマートイヤホン」の驚きの進化に着目。世界のスタートアップなどが開発する最先端の製品を一挙に紹介する。
サムネイル写真:Wisear提供
98%の精度で“双方向同時通訳”をかなえる「翻訳イヤホン」
まずは、2016年創業の中国深セン発のスタートアップ・Timekettle(タイムケトル)が販売する「W4 Pro AI通訳イヤホン」から。2026年のCESで受賞し、世界的に高評価を得ている製品だ。販売価格は、58,649円となる(タイムケトルのECサイト参照)。
▲世界的に評価の高いタイムケトルの「W4 Pro AI通訳イヤホン」(タイムケトルの公式ホームページより)
CES 2026の公式サイトによれば、同製品は「骨声紋(こつせいもん)センサーとLLM搭載の文脈認識AIを組み合わせた世界初のインイヤー翻訳デバイス」だという。骨声紋とは、頭蓋骨を通して伝わる音声の振動を検知し、その振動パターンを識別する技術を指す。
装着者の骨から音声の振動を直接検出することで、背景ノイズに左右されないクリアな音声を認識。また、独自のリアルタイム翻訳通信技術「HybridComm™ 」により、なめらかな双方向同時通訳を可能にしている。AIは文脈を予測して意図を解釈し、同音異義語を補正することで、42言語・95のアクセントに対応。これらにより、0.2秒の遅延で98%の翻訳精度を実現するという。
中国テック・スタートアップ専門メディア「36Kr」によれば、「タイムケトルの売上高は2024年に2億人民元(約45億円)に達し、2025年も大幅に成長。6年連続で業界1位を獲得し、世界170カ国以上で販売、累計ユーザー数は100万人を超えている」と報道されている。
“脳の集中力”を可視化する「脳波計搭載ヘッドホン」
2015年に米国・マサチューセッツ州で創業したNeurable(ニューラブル)が開発した、脳波計(EEG)搭載ヘッドホン「MW75 Neuro LT」(499ドル:約78,000円)も注目を集めている。
▲脳波を計測し、集中力を高めるという「MW75 Neuro LT」(出典:ニューラブルのプレスリリース)
同製品は、「脳年齢」「落ち着き」「集中力」「不安」「認知速度」などの認知に関するインサイトを毎日取得し、症状アラートや科学的根拠に基づいたヒントと組み合わせることで、頭脳明晰で健全な精神状態を維持できるとされている。
ヘッドホンを装着しながら作業を行うと、脳活動が追跡される。その後、アプリ上でフォーカスタイムラインと脳の健康スコアを確認、自身の集中パターンを学ぶことで効率的に休憩を取りながら、パフォーマンスを最適化できるという。
同社によれば、利用者の3分の2が即座に集中力向上を実感し、集中時間が平均33%増加したとのこと。現在、米国とカナダで利用可能で、公式ECサイト上では「売り切れ」となっている。
脳活動、睡眠、噛み締めなどを検知する「多機能イヤホン」
2017年にスイス・チューリッヒで創業した「IDUN Technologies(イードゥーン・テクノロジーズ)」も、脳波計を搭載したインイヤーEEG「THE IDUN GUARDIAN(ザ・イードゥーン・ガーディアン)」を販売している。
▲EEGデータのほか、睡眠や噛み締め、眼球運動の把握など多機能なTHE IDUN GUARDIAN」(イードゥーン・テクノロジーズの公式ホームページより)
現在、同社のECストアで販売されている「THE IDUN GUARDIAN 3」(1,299フラン:約26万円)は、リアルタイムのEEGデータへのアクセスのほか、睡眠と日中活動のレポート、噛み締めの検知、眼球運動の監視など多様な機能を備える。
現在は最新製品「IDUN Guardian 4 Starter」が先行販売中で、こちらは999フラン(約20万)となっている(先行販売終了後は1,299フランとなる)。
同社の公式ホームページによれば、最大の特長は「電極素材」だという。長年にわたる材料科学研究を経て、信号品質と再利用性の完璧な組み合わせを発見。THE IDUN GUARDIANには最新の「DRYODE ™テクノロジー」を採用し、最高クラスの柔らかさとドライな肌触りを実現したという。
耳の形に合わせて成形できる「究極のカスタマイズイヤホン」
1981年にスイス・ローザンヌで創業した「Logitech(ロジテック)」と、1995年に米国・カリフォルニア州で創業した「Ultimate Ears(アルティメット・イヤーズ)では、一人ひとりの耳の形に合わせて成形できるワイヤレスイヤホン「UE PRO(ユーイー・プロ)」を共同開発。CES 2023での受賞実績もある。
▲「UE PRO」は耳の形に合わせられるほか、素材や色を選択できる(アルティメット・イヤーズの公式ホームページより)
アルティメット・イヤーズの公式ホームページによれば、同製品の本体モデルは599ドル(約9万円)〜2,999ドル(約47万円)まで幅広くある。個々の耳の形に合わせて究極のフィット感を生み出すほか、多くの素材・色から選べるなどファッション性も兼ね備えている。
“音声&タッチレス操作”を実現する「次世代イヤホン」
2020年にカナダ・バンクーバーで創業した「Naqi Logix(ナキ・ロジックス)」は、手や音声を使わず、意図に沿ってデバイスを操作できる次世代イヤホン「NAQI Neural Earbuds(ナキ・ニューラル・イヤバッズ)」を開発している。
同社の技術は、アゴを噛みしめる、まばたきをする、頭を動かすといった「マイクロジェスチャー」と「神経信号」をAIがリアルタイムで解析し、それをデジタル信号に変換。すると、パソコンやスマートホームの操作から車イスの運転まで、あらゆるものを制御できるという。26件の特許を保有し、インビジブル・ユーザー・インターフェース(目に見えないUI)の技術基盤を固めている。以下の動画では、頭の動きで車イスを操作する様子が紹介されている。
同社は、CES 2024、及び2025で「Honoree(ホノリー)」を受賞しており、2026年には最高賞である「ベスト・オブ・イノベーション」を受賞した。日本のメディアでは、電気信号でパソコン操作ができる「耳マウス」とも紹介されている。
2026年1月には、フランス・パリで創業し、耳を基盤とした神経信号処理とAI駆動型意図検出の分野で先駆的な「Wisear(ウィズイヤー)」を買収。同社もまた、音声&タッチレスでデバイス操作を実現するイヤホンを開発している。以下の動画では、頬の筋肉をわずかに動かすだけで着信に応答したり、お気に入りの曲を再生したりする様子が紹介されている。
“失神を予兆”する「健康管理イヤホン」
2020年に米国・マサチューセッツ州で創業したLumia Health(ルミア ヘルス)は、耳の前方からこめかみにある浅側頭動脈から「脳への血流量」をリアルタイムで追跡する「Lumia(ルミア)」を販売している。
日頃から製品を装着して、座り方や寝方、食生活などにより脳への血流がどう変化するかをモニタリングすることで、血流を改善する生活習慣を促進する。また、血流量の低下により起こる失神を数分前に予兆でき、水分補給や姿勢の調整などにより症状を未然に防ぎやすいという。
▲「脳への血流量」を追跡できる「ルミア」は、アクセサリー仕様に進化(ルミア ヘルスのプレスリリースより)
2026年に発売予定の最新製品「ルミア2」(249ドル:約39,000円)は、イヤリングやピアスのような形状で、以前の耳にはめるスタイルから進化している。現在は、予約を受け付けている段階だ。
最高音質と生体センサーを融合させた「スポーツイヤホン」
1945年にドイツで創業、音響ブランドとして80年以上の歴史を持つ「SENNHEISER(ゼンハイザー)」では、フィンランドのフィットネスブランド「POLAR(ポーラー)」とコラボしたアスリート向けイヤホン「モメンタムスポーツ」(59,950円)を販売している。「音響」と「ヘルステック」を高レベルで融合させた製品として評価を受け、CES 2024では11の「ベスト・オブ・ショー」賞を受賞した。
▲同製品は「深部体温」と「心拍数」を測定して、パフォーマンスを最適化する(ゼンハイザーの公式ホームページより)
同製品は、一般的なフィットネストラッカーが測定する表面温度ではなく、耳の奥から「深部体温」を臨床レベルの精度で計測。あわせて「心拍数」も追跡することで、熱中症予防やアスリートのパフォーマンス最適化に特化している。
音質にも妥協せず、独自開発した10ミリ口径のダイナミック型ドライバーを搭載。低温が逃げやすい「セミオープン型(環境音が聞き取りやすい構造)」ながら、パワフルな低音を実現するという。
従来の機能を大幅に越え、日常のあらゆるシーンで活躍する「最先端小型デバイス」に進化するイヤホン。さらなる進化に期待が高まるばかりだ。
編集後記
各社の最先端製品は、いずれも驚きや発見があったが、個人的に最もインパクトがあったのは、音声&タッチレスでの操作を実現する「ナキ・ニューラル・イヤバッズ」だ。高齢者や障がい者だけでなく、将来的に幅広い人に価値をもたらすかもしれない。イヤホンは、私たちにとってなじみのある製品であり、近い将来、次世代イヤホンやヘッドホンが広く普及する可能性は十分にありそうだ。
(取材・文:小林香織)