ついに日本進出!音に「触覚」を加え、エンタメの世界に引き込む新感覚のスピーカー。フィンランド発「Flexound™」
フィンランド、フランス、韓国などで、まったく新しい「エンタメの楽しみ方」が広がっている。映画館の座席内に埋め込まれた新しい仕組みのスピーカーにより、音を聞く際に肌への振動が伴い、まるで映画の世界に入り込んだかのような没入感を得られるのだという。
手掛けるのは、2015年に創業したフィンランドのスタートアップ「FLEXOUND Augmented Audio™(以下:フレックサウンド)」。同社は、特許を取得した独自のサウンドテクノロジーシステムを持ち、聴覚のみならず触覚も刺激する新たな手法で、リスニング体験をアップデートする。8月10日にユナイテッド・シネマとの協業による日本進出を発表したこともあり、国内での動向にも注目が集まりそうだ。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第5弾では、フレックサウンドを取材。同社のCEO Mervi Heinaro(メルビ・ヘイナロ)氏に技術の革新性、これまでの歩み、日本展開について聞いた。
振動で「音」を感じる。特許取得のサウンド技術
フレックサウンドが開発した「FLEXOUND Augmented Audio」(フレックサウンド・オーグメンテッド・オーディオ)は、特許を取得したサウンド技術であり、ヘッドホンとスピーカーの中間のようなリスニング体験が得られるそうだ。
「過去100年もの間、私たちは耳だけで音を聞いてきました。しかし、音は実際には振動であり、肌でも感じることができる。敏感な触感を通して音を聞くことで、より音に集中しやすくなり、エンタメの世界への没入を導きます」
▲フレックサウンドの技術を導入したマレーシアの映画館
例えば、映画館のシートにこの技術を活用すると、演者のささやく声や鳥の羽ばたきなど、わずかな音さえもしっかり耳に届き、映画の世界の一員になったような気分になるという。実際、人間の耳で音として聞くことができるといわれる周波数の範囲、20ヘルツから2万ヘルツまでの全体で、非常にクリアな音質を実現する。この可聴周波数範囲のうち、500ヘルツまでを振動として肌で感じ取れるそうだ。どの席に座っても同様の音質を実現するメリットも。
同技術をフィンランド国外で初めて採用した韓国・ソウルの映画館では、導入後のユーザーのフィードバックが高評価だったことから、導入からわずか1ヶ月後に、新たな映画館への採用を決めたほど。
「ユーザーから、『演者の感覚を隣で共有しているようだった』『これまでにない素晴らしい体験だった』などの評価が相次ぎ、韓国のクライアントはビジネスチャンスと捉えたようです。2021年5月に開催された最新の市場調査でも、91%のユーザーが『ほかの人に体験を勧めたい』、77%が『新しいサウンド体験をとても楽しんだ』、89%が『地元の映画館で導入してほしい』と答えました」
重量・スペース・エネルギーの削減にも期待
そもそも、フレックサウンドのサウンドテクノロジーは、自閉症の子どもたちの治療を目的に開発が始まっている。音響学の博士、兼バイオリニストのJukka Linjama(ユッカ・リンヤマ)氏が、セラピストの妻に頼まれ、自閉症の子ども向けのセラピーのために、この技術を開発した。
「音楽や瞑想に加えて、さまざまなバイブレーターも、集中やリラックスを促す目的で使用されています。ユッカの妻は、音楽と振動を組み合わせた振動音響療法により、子どもたちの落ち着きを取り戻せるのではないかと考えたのです」
▲自閉症の子どもたちのために開発された「タイコフォン」
そうして、同社のサウンド技術を使用したクッション型の製品「Taikofon(タイコフォン)」が完成。その名の通り、日本の太鼓にインスパイアされており、音響の仕組みが太鼓にやや近いのだとか。多くの自閉症の子どもたちがこれを使用し、音楽を楽しめるようになったという。
▲一般向けの枕型クッション「フム」
一般向けには、「HUMU(フム)」という名称の枕型のクッションを発売中だ。ヨーロッパのほか、日本でもクラウドファンディングサイト「Kibidango(キビダンゴ)」を通じて、販売されている。
エンタメ体験の拡張やリラックスへの誘引は、同社が得意するところだが、実はその他にも多くの利点がある。例えば、映画館の座席に導入する場合、Dolby Atmos、DTSといった同業他社のプレミアムなスピーカーへアップデートするより、コストがかからない可能性がある(ただし、諸条件によって異なる)。
さらに、フォーマットを問わず、あらゆる音源に「触感」の付加価値を加えられる。ミュージカル、クラシックコンサート、eスポーツなど、音を楽しむコンテンツとは非常に相性が良い。
▲自動車のシートに応用したイメージ
自動車のシートやソファなどの家具に応用するプロジェクトも進行中だ。2020年11月には、韓国最大手の自動車メーカー・Hyundai Motor Groupが、自動車製品にフレックサウンド・オーグメンテッド・オーディオの搭載を検討していると表明した。
この場合の付加価値としては、スピーカーを置くためのスペースや材料の重量を大幅に削減できるだけでなく、一般的なスピーカーシステムと比べて、使用するエネルギーを約90%も削減できることだ。
さらに、車内での過ごし方にも好影響があり、座席ごとに別々の音を聞くことも可能だ。例えば、カーナビの音を運転手だけに届けたり、運転席と助手席で別々の音楽を聞いたり。安全性の面でも、事故防止目的のアラートを触覚によって物理的に感じられるため、事故が減らせる可能性があるという。
アジアやヨーロッパの映画館で、続々と採用
さまざまな商品展開の可能性を秘めている同社の技術だが、現状は、エンタメ体験の拡張を目的に映画館で採用されている事例が多い。2019年2月のフィンランドでの採用を皮切りに、2019年8月に韓国、同年11月にマレーシア、2020年12月にサウジアラビア、2021年7月にフランス・カンヌで採用されている。
▲韓国のシネマチェーン「CJ CGV」のプレミアムシアター「Gold Class Wangsimni」の様子
アジア初の採用となった韓国では、同国のCJグループが展開するシネマチェーン「CJ CGV」のプレミアムシアター「Gold Class Wangsimni」の全席に、フレックサウンド・オーグメンテッド・オーディオが導入された。ゆったりとした革張りの座席に飲み物やスナック等のサービスに加え、最先端のサウンドテクノロジーで顧客を呼び込むのが狙いのようだ。
世界7ヵ国540ヵ所で3,900以上のスクリーンを運営するCJ CGVは、映画に合わせてモーションシートが動きながら、水、風、光、霧、香りなどの環境効果を通じて五感を刺激する「4DX」や、正面と両サイドの3つのスクリーンで最大270度の視界を提供する世界初の「SCREEN X」などを開発し、精力的にエンタメ体験の拡張を目指す。そんな同社が、唯一無二のフレックサウンドの技術にいち早く注目したわけだ。
実は、このプレミアムシアターの座席をフレックサウンドと共同製作したのは、スタジアム等の家具製作事業を展開する日本のコトブキシーティング株式会社の関連会社で、マレーシアにあるFerco Seating Systems Ltd.(フェルコ・シーティング・システムズ株式会社)だ。
▲カンヌの映画館「Cineum Cannes」の外観
2021年7月には、ヨーロッパ映画の中心地であるカンヌの映画館「Cineum Cannes」で採用され、フランスに初進出。世界でも感度の高い映画館が、次々と採用を決めている。
Heinaro氏いわく、同社の技術を導入した多くの映画館で、プレミアムな体験と引き換えに鑑賞料金を引き上げ、利益増を見込んでいるとのこと。フィンランドの映画館では、一般的なサウンドシステムの映画館に比べて、2ユーロ(約260円)の引き上げを実施しているそうだ。
ユナイテッドシネマと協業!いよいよ日本進出へ
2021年8月、フレックサウンドから日本進出のニュースが発表された。2019年から協力関係を築いてきたユナイテッド・シネマ株式会社と、フレックサウンドが開発した映画館向けの新型イス「FLEXOUND Pulse™(フレックサウンド・パルス)」を日本で普及させるプロジェクトを本格化するという。
▲包み込むようなデザインにより、「プライベートシネマ」のような感覚で映画に没頭できるというフレックサウンド・パルス
シート内にフレックサウンド社の最新技術を搭載した同製品は、「Inside the sound(音の中に入っていく)」をキャッチコピーとしており、同社最高レベルの没入体験を生み出すという。
まだ具体的な情報は明かされていないが、次世代型映画館として発表できるよう両社で取り組んでいくとのこと。国内で未知なる体験ができる日も近いはずだ。Heinaro氏は、「日本は世界の中でも重要なマーケット」だと、意気込みを表す。
「日本は、エンタメ産業と自動車産業のどちらも市場が大きく、弊社の技術が貢献できるシーンが十分にあると感じています。自動車や映画館だけでなく、ホームシアターにも需要がありそうです。音に包み込まれるような感覚でエンタメの世界に浸りながらも、隣の部屋にいる人や近所に音漏れする心配がありません」
フレックサウンドは、複数のベンチャーキャピタル(以下VC)から投資を受けているが、中でも最大のVCは日本のルーツを持つ、NordicNinja(ノルディックニンジャ)だ。このVCの一員である日本人の新國信一氏は、2019年からフレックサウンドの取締役も務めている。新國氏にもコンタクトを取り、日本人、かつVC視点でのフレックサウンドへの期待感を聞いた。
「フレックサウンドとの出会いは、フィンランドで開催されているSlush(スラッシュ)というスタートアップイベントでした。音に包まれ、音を身体で感じるような体験がなんともユニークで、2019年にノルディックニンジャが立ち上がってから、本格検討を経て投資を決めました」(新國氏)
新國氏によれば、これまでにない没入体験もさることながら、本質的な価値の提供として、「エネルギーやスペースの削減」にも大きな期待を抱いているそうだ。映画館のような規模感のある場所で機材投資をせずとも、小ホールや遊園地のアトラクション、カラオケボックスでさえ、映画館のような臨場感のある体験ができる場所に変わるという。さらに、自動車や飛行機などへの応用も視野に入れているとのこと。
「自動車業界では自動運転やEV化が進んでいますが、フレックサウンドの技術を使うことで必要なエネルギー量を抑えることが可能です。結果的に、現状のエネルギー消費で数十キロの距離を追加走行できるのではないかと試算しています。ただ、自動車に搭載する場合、5〜6年、あるいはそれ以上の期間を要するので、まずはエンタメ向けで事業基盤を固めつつ、中長期的に自動車や飛行機などへの導入を進めたいと考えています」(新國氏)
▲韓国の自動車メーカー・Hyundai Motor Groupが2020年にソウルで実施した「オープン・イノベーション・ラウンジ」の様子
コロナ禍により、飛行機関連のプロジェクトは完全にストップし、エンターテインメント関連も日本側のパートナーとの対面が叶わず、かなり進行は遅れてしまったというが、ようやく日本展開が本格的に始まったところだ。
「発売中の枕型のプロダクト『HUMU』は、多くはないですが、確実に国内で流通しています。日本人ユーザーは拡張体験への感度が高いと思いますので、実際に映画館で体験できるようになったら、SNS等を通じて広がることを期待しています。どうしても実体験をしないと伝達しづらいので、メディアの方にも映画館で体験してもらえるようになれば理想ですね」(新國氏)
編集後記
実は、取材を申し込んだ段階では日本進出の事実は把握しておらず、偶然にも日本進出のニュースを含むタイムリーなインタビュー記事となった。新國氏は、「国内産のエンタメコンテンツが豊富で、他国と比べコロナの影響を受けづらい日本市場への期待値が高い」とも語っていたが、映画、ゲーム、eスポーツなど、コロナ禍により国内エンタメの存在感は、むしろ増しているかもしれない。日本人ユーザーの反応が楽しみだが、まずは私自身が体験してみたいという衝動にかられた。
(取材・文:小林香織)