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進化する世界の「スポーツテック」 筋肉の3D化にスマートバスケットボール、触覚放送も登場
全米バスケットボール協会(National Basketball Association、以下NBA) では、先端技術を活用してバスケットボールや関連ビジネスを進化させる研究開発を目的とした「NBA Launchpad(ローンチパッド)」を実施している。本取り組みでは、ユニークな技術やビジネスモデルを持つ各国の企業が毎年採択され、NBAとプロジェクトを進めている。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第61弾では、NBA Launchpadを通じた「スポーツテック」に着目。技術進化が著しいスポーツ市場の現状を追った。
サムネイル写真提供:Spalding
「スポーツの未来」をテクノロジーで切り開く
NBAが主催する「NBA Launchpad」は、2021年から毎年開催されており、先端技術を活用してバスケットボールの未来をより良くしていくための研究開発を目的としている。
具体的なテーマは、選手の健康や幸福、パフォーマンスの向上、ケガの予防と回復の革新、審判員のトレーニング、バスケットボール関連のビジネス拡大など。これらのテーマに沿った技術やビジネスモデルを持つ企業の応募を世界中から受け付けている。
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▲NBAはバスケットボールのより良い未来のためにNBA Launchpadを継続している(写真提供:Unsplash
採択された企業は、NBAのエコシステム内で6ヵ月間のユニークな研究開発プロジェクトに参加する。製品開発に重点を置きつつ、NBAの主要人物からの指導や、業界全体にわたる人脈への露出が提供されるという。
最終的に、NBAの幹部、戦略的パートナー、投資家にプロジェクトの成果を発表し、各企業との戦略的提携の可能性を評価するのが一連のプロセスだ。本取り組みで採択されたユニークな企業を抜粋して紹介したい。
【Nextiles】生地に電子機器を織り込み、パフォーマンスを分析
2018年に米国ニューヨーク州で創業した「Nextiles」は、布地に小型の電子機器をシームレスに組み込み、パフォーマンスに関する詳細なデータを測定して提供する。
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▲Nextilesが販売する「アームスリーブ」。上腕部分に小型機器が織り込まれている(Nextilesのプレスリリースより)
ヒジに装着する「アームスリーブ」や足元に敷いて使用する「ファブリックフォースプレート」が発売中で、NBA Launchpadのプログラムを通じて商品開発が促進されたようだ。
選手が同製品を使用してトレーニングを行うと、同社が提供するソフトウェア上でパフォーマンスの計測や疲労具合の把握が可能に。取得データは、方向、速度、距離などの従来のセンサー測定項目に加え、力、曲げ、伸張、速度、圧力なども含まれる。それらを通じて、全体的な運動を最適化するサポートも提供するという。
【Springbok Analytics】筋肉を3Dで可視化、パフォーマンス向上へ
2013年に米国バージニア州で創業した「Springbok Analytics」は、MRIデータをAIで解析し、選手の筋肉を3D化する「筋肉分析技術」を強みとしている。個々の筋肉の量と質、左右非対称性、むくみなどを分析し、集団間でデータを比較して予防ケア、選手の育成、研究、臨床上の意思決定に役立てる。また、複雑なMRIデータをシンプルな3Dに変換することで、筋肉の健康状態を視覚化する。
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▲筋肉を3Dで可視化して、健康状態の把握やパフォーマンス向上に役立てる(Springbok Analyticsの公式ホームページより)
同社のプレスリリースでは、バスケットボール選手のパフォーマンスと筋肉の相関関係の研究結果が発表されており、研究によると下半身の大きな筋肉群の総量の変化は、スプリント(短時間に全速力で走ること)のスピード、ジャンプの高さ、筋力といったバスケットボールの主要スキルと強く相関していることが分かったそうだ。
NBA Launchpadのプロジェクトでは、定量的な3D筋肉量データをもとに、ケガをした選手のプレー復帰の決定をより適切に行えるかどうかを評価した。
【SkillCorner】試合映像から選手とボールの追跡データを生成
2016年にフランス・パリで創業した「SkillCorner」は、試合の映像から選手とボールのトラッキングデータを生成し、チームのプロファイリングや身体負荷測定、選手のスカウト、パフォーマンス向上などに役立つ洞察を提供する。特別なカメラやハードウェアの追加が必要ない点が革新的であり、映像に写っている選手だけでなく、映像の外にいる選手の位置も推定できる。
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▲試合映像から選手とボールのトラッキングデータを生成する(SkillCornerの公式ホームページより)
NBA Launchpadのプロジェクトでは、これまでサッカーで培ってきた実績をバスケットボールに応用。NBAの試合や関連リーグの映像を利用してトラッキング技術を検証し、コスト効率の高いデータソリューションとして評価されている。その他、アメフトでも利用実績を持つ。
【nVenue】「マイクロベッティングシステム」を開発
2018年に米国テキサス州で創業した「nVenue」は、AIと機械学習を活用し、スポーツの試合におけるマイクロベッティングプラットフォームを提供する。マイクロベッティングとは試合の瞬間ごとの“小さな賭け”を指し、「次のシュートが入るか?」「この選手がパスを出すか?」といった細かい行動への予測に対して、賭けを行うものだ。日本では違法とされているスポーツベッティング(賭博)だが、米国では現在、38州で制限付きで許可されている。
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▲試合中に“小さな賭け”ができるプラットフォームを提供(nVenueの公式ホームページより)
同社では、リアルタイムの状況、過去の試合や各選手のデータ、会場の詳細など120を超えるインプットから1秒未満で予測を生成することで、観戦者がより試合に熱中しつつ、儲けることもできる仕組みを構築した。ベッティングシステムのほか、放送向けの予測コンテンツも提供している。
NBA Launchpadのプロジェクトでは、NBAの資産を活用してバスケットボール専用のマイクロベッティングシステムを構築した実績がある。
【SportIQ】IoT搭載バスケットボールでシュート精度を向上
2017年にフィンランド・ヘルシンキで創業した「SportIQ」は、IoT搭載のバスケットボールと、アプリ経由での分析データを提供する。9DセンサーやAI技術を含む内部センサーをボールに内蔵することで、ショットごとに192のデータポイントを追跡する。
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▲特許取得済みのスマートバスケットボールは、シュートの精度向上に役立つという(SportIQの公式ホームページより)
シュート位置、パワー、角度、テクニックなどに関するデータをAIにより分析することで、パフォーマンス向上のための直接的なフィードバックを提供する。特許取得済みの同社の技術は、パスとシュートの似通った動作を正確に識別でき、かつ99.9%の精度でシュートの成功・失敗を判断できるという。
これまでに2,000万回以上のシュートを追跡しており、定期的に使用することでプレーヤーのシュート精度が15%向上するそうだ。販売価格は、 1年間のサブスクリプション込で159ドル(約24,000円)が目安となる。
NBA Launchpadでは2025年に採択された。NBAと米国の女子プロバスケットボールリーグ・WNBAの公式バスケットボールに同社のセンサーを組み込み、「ラストタッチ」(ボールがコート外に出る直前に、どの選手が最後にボールに触れたかを指す概念)の検出モデルを開発・検証するという。
【OneCourt】試合データを触覚に変換、触覚放送を提供
2022年に米国ワシントン州で創業した「OneCourt」は、試合データを触覚と生成オーディオに変換する触覚放送技術により、視覚障害のある人にリアルタイムの触覚放送を提供する。
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▲試合データを触覚言語に変換して、視覚障害のある人にスポーツの楽しみを提供する(プロバスケットボールチーム「Portland Trail Blazers」のプレスリリースより)
追跡されたボールと選手の位置データを使用し、それを振動として感じられる独自の触覚言語に変換。専用デバイスの表面に手を置くことで、触覚を通した観戦が可能になる。アリーナ内、またはスタジアム内のWiFiや5G接続を使用して、触覚言語をリアルタイムでデバイスに送信している。
現在展開しているのはスタジアムやアリーナ内で観戦できるデバイスで、NBA Launchpad 2025を通じて、家庭用消費者向けハードウェア製品のプロトタイプを開発する予定だ。
編集後記
スポーツテックというと、選手の健康管理やパフォーマンス向上に着目されがちだが、今や審判員の効率的なトレーニングから観戦体験の向上まで、市場のビジネスモデルは多岐にわたる。報道によると、2018年には70億ドル(約1兆500億円)だった米国のスポーツベッティング市場が24年には1500億ドル近くに達すると予想されている。米国のスポーツ賭博ブームを含め、引き続きスポーツテックの動向に注目が集まりそうだ。
(取材・文:小林香織)