
建設現場の監理業務を変える!ARグラスがもたらす実践的ソリューションとは?「キングサーモンプロジェクト」から生まれた渋谷区×Cellidによる”建設現場DX”を追求
東京都が主催し、都政課題とスタートアップとのマッチングを通じて、都内行政現場の課題解決とスタートアップの実証実験や販路拡大のための戦略立案をあわせて支援する「キングサーモンプロジェクト」。これまで5期にわたってスタートアップが採択され、都内行政現場をフィールドに実証実験に取り組んでいる。
東京を出発点に、世界に名を轟かせるユニコーン企業へと成長し、ゆくゆくは東京で後進のスタートアップを育成する存在となる「キングサーモン」企業の輩出を目指す本プロジェクト。どのような企業が、どのようなパートナーと協業して、事業開発に取り組んでいるのだろうか。
そこでTOMORUBAでは、取り組みの事例を紹介していく。第3弾として取り上げるのは、キングサーモンプロジェクトの第5期で採択されたCellid株式会社と渋谷区による取り組みだ。Cellidは、次世代デバイスのARグラス用ディスプレイおよび空間認識エンジンの開発をてがける日本発のスタートアップ企業。
今回の協働プロジェクトでは、渋谷区が発注する建設現場において、ARグラスを活用し、ベテラン職員等が遠隔から指示等を行い、監理業務を実施した。この取り組みを実施することによってどのような手応えや成果を得たのだろうか?――プロジェクトの担当者である渋谷区 経営企画部 施設整備課の担当者およびCellidの山本氏・岡部氏・田川氏に話を聞いた。
ベテランの技術職員の離職や若手技術職員の育成に課題感
――今回の協働プロジェクトの実証フィールドは、「渋谷区が発注する建設現場」です。まずは、渋谷区としてどのような課題を改善したいと考え、キングサーモンプロジェクトに取り組んだのかをお聞かせください。
渋谷区・担当者 : 建設業界の人材不足は深刻な課題となっており、渋谷区においても技術職員の人材確保は重要になっています。また、定年退職によるベテラン職員の離職に伴い、若手職員の人材育成も課題となっています。
このような状況下で、高度成長期に建設された多くの施設が老朽化し、更新時期を迎えています。限られた時間でより効率的に実施するためには、新技術や遠隔業務支援ツールの活用が求められるため、本プロジェクトに取り組もうと考えました。
――それでは次に、渋谷区と共に協働プロジェクトを推進したCellidの事業概要を教えていただけますか。
Cellid・山本氏 : Cellidは、スマートフォンに代わる次世代のデバイスと注目されるARグラス用ディスプレイおよび空間認識エンジンの開発を主軸とする事業を展開しています。ARグラス用ディスプレイとして、最先端の光学シースルーディスプレイ方式のウェイブガイド(DOE方式)を製造。Cellid独自の光学シミュレーション技術と独自の生産技術で、一般的なメガネレンズと同等の薄さと軽さ、鮮明な画像、ウェイブガイドで世界最大級の広視野角を実現したディスプレイモジュール製品を展開しています。
またCellid SLAMなどの空間認識ソフトウェア技術を用いた、産業別ソリューションの開発、提供もしています。ARディスプレイのハードウェアの技術と、現実世界の空間認識のソフトウェアの技術を連携し、現実世界とデジタル世界の融合「Blending the Physical and Digital Worlds」を促進し、より人間に身近で段違いに便利な情報ツールの実現を目指すスタートアップです。

▲Cellid株式会社 事業開発部 エンタープライズソリューショングループ ソフトウェアサブジェクトマターエキスパート 山本駿氏
――続いて、「キングサーモンプロジェクト」に参画した背景についてお聞かせください。
Cellid・山本氏 : 当社は、昨年11月にデザイン性と軽量性に優れたメガネ型ARグラスのリファレンスデザイン(検証モデル)をリリースしました。Cellidのディスプレイモジュール製品を実際にARグラスの形にし、様々なユーザーに利用可能にした製品になります。軽量・薄型、透過率が高いことを特徴としており、ARグラスの現場利用のボトルネックを解消しています。
キングサーモンプロジェクトでは本製品を活用したユースケース創出、特に建設、インフラ管理の現場において現場支援に寄与できると考え参画しました。

▲Cellidが開発するメガネタイプのARスマートグラス。これは、検証用モデルであるリファレンスデザインとなる。(画像出典:Cellidプレスリリース)
実証実験を通し、ARグラスを活用した遠隔業務支援の可能性を認識できた
――今回の協働プロジェクトでは、渋谷区が発注する建設現場において、CellidのARスマートグラスを用いて遠隔から指示等を行う監理業務の実証実験を実施しました。まず、都政現場の抱える課題をどのように捉え、解決を図っていったのでしょうか。
Cellid・山本氏 : 渋谷区が発注する建設現場の課題として挙がっていたのは、ベテラン職員の工数削減です。これに取り組むには、まず実際の業務プロセスを理解し、どの情報がいつ必要になるのか、また判断基準についても把握する必要がありました。
今回の実証実験では、現在のARデバイスを通常業務に試験的に導入し、ARグラスで対応できる遠隔業務支援の範囲を明確にしました。特に難しかった点としては、現状のARグラスは性能面でまだ発展途上であり、準備に時間がかかったり、予期しない誤作動が発生したことです。例えば、操作用のスマートフォンがユーザーの衣類に触れることで誤作動を引き起こすケースがあったのですが、この問題には、ソフトウェアの迅速なアップデートを行うことで対応しました。
また、現場の業務を見てみると、これまでは建設現場に納入される材料等の型番と数量を、作業員が紙のリストをもとに目視で照合をしていました。こうした煩雑な業務もARマーカー(目印)を作成し、ARグラスを活用することで効率化に取り組んでいます。
このように、実証実験中であっても発生した課題を素早く発見し、迅速にPDCAサイクルを回して改善を重ねることが課題解決につながると実感しました。

――渋谷区として、今回取り組んだ実証実験の所感をお聞かせください。
渋谷区・担当者 : 実証実験を通じて、ARグラスを活用した遠隔業務支援の可能性を認識することができました。移動時間の短縮や遠隔地からの指示が可能であることが実感でき、ベテラン職員の時間低減や若手職員の育成に役立つと感じています。
また、両手がふさがらない状態で映像や音声を共有ができ、さらに、ARマーカーでテキストがレンズに表示され、安全に作業が進められることはいい点として感じました。ただし、カメラの画質が低いなど詳細に確認ができないことや音声が別デバイスとなっていたので、聞き取りづらいなどまだまだ改善が必要な点もあると感じました。
――Cellidさんにお聞きします。今回の取り組みがもたらす社会的インパクトについてどのようにお考えでしょうか。
Cellid・田川氏 : 私たちは、ARデバイスやAR技術を活用して、より使いやすく便利な情報ツールを実現したいと考えています。ARグラスを使った遠隔支援を上手く活用できれば、移動時間の削減だけでなく、若手教育への活用、現場作業の効率化への応用も期待できます。
また、ARグラスにテキストを表示させることにより、現場で文字照合がしやすくなったという結果も得られました。今後さらに改善を続けることで、さまざまな業界への展開が期待され、結果として新たな雇用機会の創出やデジタル化の促進につながると考えています。

▲Cellid株式会社 プロダクトマネージャー 田川広恵氏
――「キングサーモンプロジェクト」に参画したことでどのような収穫がありましたか?
Cellid・岡部氏 : Cellidでは事業成長において、当社の技術を搭載したARグラスのリファレンスデザインを活用したユースケース開発は非常に重要な位置付けとなっています。特に建設業においては、これまでもゼネコン各社との実証経験はありましたが、今回、東京都における工事発注者との実証は初めてとなり、実証を通じて得られた知見や、業務改善効果等は当社の事業成長に大きく寄与するとともに、業界にとっても大きな社会課題解決に寄与できうる可能性を秘めていると考えています。

▲Cellid株式会社 事業開発部 エンタープライズソリューショングループ シニアマネージャー 岡部真輔氏
――「キングサーモンプロジェクト」事業の目的のひとつに、採択スタートアップの海外進出が掲げられています。海外進出という視点で、得たものはありますか?
Cellid・岡部氏 : 本事業を通じたユースケース開発の取り組みは、海外の顧客やパートナーの関心が高く、実証を通じて得ることのできた現場適用へのハードウェア、ソフトウェアの課題、現場期待感、改善効果は今後の事業開発や社会的なインパクトの観点から有意義な収穫があったと認識しています。
今回得られた知見を活かし、当社のパートナーと現場適用に資するデバイスの開発、フィードバックを通じたソリューション化、水平展開、海外展開を念頭にARグラスのソリューションを含めた現場普及ハードルを私たち自身が解決したいと考えています。
東京都との実証は、スタートアップとして大きなマイルストーンになる
――今回の実証実験を受け、渋谷区として今後スタートアップとの協働に対する期待感をお聞かせください。
渋谷区・担当者 : 実証実験を通じ、業務効率化のためには、施工者と連携し、工事全体でのICT技術の活用を進めることが重要であると感じました。ARグラスの利用を含めた新しい技術の導入で、リアルタイムの情報共有と迅速な問題解決が可能となり、技術の継承や情報共有の効率化が図れます。改善点が解消され利用できる幅がより一層広がることを期待します。
――それでは最後に、Cellidさんから「キングサーモンプロジェクト」への参画を検討しているスタートアップに向けてメッセージをお願いします。
Cellid・山本氏 : 東京都や基礎自治体との実証はスタートアップとしても大きなマイルストーンになることに加え、協働促進サポーター、東京都スタートアップ・国際金融都市戦略室の方々のサポートを得られる非常に手厚いプロジェクトだと感じました。
スタートアップとしてリソースが限られる中、直近の検証を完遂することがゴールとなりがちですが、事業成長という大きな目的に対して、客観的な視座を保ちつつ、プロジェクト推進や連携をしていただいたことは他のプログラムにはないメリットだと感じています。そのような利点を活かしながら、事業をさらにグロースさせていきたいスタートアップは「キングサーモンプロジェクト」の参画を検討してみてはいかがでしょうか。
取材後記
「キングサーモンプロジェクト」は、都政現場とスタートアップが協力して社会課題の解決に挑むユニークな取り組みだ。今回取材した渋谷区とCellidの協働プロジェクトでは、ARグラスという最先端技術を活用し、建設現場の効率化を目指す実証実験が行われた。取材を通じて感じたのは、行政が持つ現場のリアルな課題と、スタートアップの先端的ソリューションが交わることで生まれる新たな価値だ。特に、遠隔地からの作業支援や人材不足の解決策として、ARグラスの可能性は大きい。実証実験を重ねながら、現場での実装が進むことを期待したい。
(編集:眞田幸剛、撮影:古林洋平)