
スタートアップとの共創を生み出す桑名市。市民のWell-Beingのために推進する『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』発表から1年の手応えとは?
三重県桑名市は、2024年3月に『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』を策定し、スタートアップとの共創を推進する方針を示した。この戦略では、桑名をフィールドとした課題の解決や新たなチャレンジを通じて、スタートアップとの共創を生み出し続けることを目指している。
2024年度には、この戦略の実行に向け、スタートアップと桑名市による事業共創プログラム『MASH UP! KUWANA 2024』が開催された。2024年12月に行われたイベント『MASH UP! KUWANA 2024 Special Day~KAIKA~』(※)では、5社のスタートアップが桑名をフィールドにした事業プランを発表。現在、これら5社のプロジェクトは実証フェーズへと進んでいる。
TOMORUBAでは、桑名市が掲げる『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』の全貌に迫るべく、戦略の構想から推進を担う伊藤徳宇 桑名市長と、『MASH UP! KUWANA 2024』を主催した桑名市役所 スマートシティ推進課の田端氏・三輪氏にインタビューを実施。――桑名市がスタートアップとの連携を強化する背景や狙い、この1年で得た成果について詳しく聞いた。
※イベントレポート記事:新たな価値の創出を目指す事業共創プログラム「MASH UP!KUWANA2024」のスペシャルデーをレポート!スタートアップ5社が提案する共創プロジェクトプランに迫る
【伊藤市長インタビュー】桑名市が掲げる『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』の全貌
――桑名市は2022年、『桑名オープンフィールド構想』を掲げられました。この構想を描くに至った背景からお聞かせください。
伊藤市長: 私が市長に就任して13年になりますが、市政運営の根底にあるのは「全員参加型市政」という考え方です。行政だけが市民の課題解決や暮らしの向上に取り組むのではなく、多くの方と連携しながら進めていく。この思いを掲げて出馬し、当選しました。時代が大きく変わり、人口も税収も減少する中で、皆で協力しながら進めていこうという考えがベースにあったのです。
その中で、最初に取り組んだのが公民連携です。民間と行政が連携し、市民サービスを向上させるとともに、財政負担の軽減にも注力してきました。これまで民間から約300件の提案を受け、そのうち100件程度が形になっています。大きな税負担をかけずに民間と協力して市民サービスを向上させる形ができたと自負しています。
公民連携で一定の成果が出た頃、その先にもっとできることがあるのではないかと考えるようになりました。民間企業に加え、大学などさまざまな団体と手を組み、協力し合う仕組みが構築できるのではないかと。こうした考えから、『桑名オープンフィールド構想』をスタートさせたのです。これは、さまざまな実験や取り組みに、桑名という場所を提供するという考え方です。

▲桑名市長 伊藤徳宇 氏
――その構想をもとに、2024年3月には『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』を策定されました。ここで、スタートアップに注目された理由は何ですか。
伊藤市長: スタートアップは今、最も活気のある人たちの集合体だと思うからです。既存の組織や枠組みだけでは解決できない課題が増えている時代ですから、スタートアップの持つ優れた技術やアイデアがその突破口になるのではと感じています。勢いのあるスタートアップの皆さんと手を組み、課題解決やまちづくりを進めていくことが、今、求められていることだと思います。
また、昨年(2024年)名古屋市に開業したオープンイノベーション拠点「STATION Ai」の代表・佐橋宏隆さんが桑名市出身というご縁もあり、スタートアップの盛り上がりについて話を聞く機会がありました。佐橋さんから「名古屋の次にスタートアップが事業を展開する場所として、桑名は非常に良い立地なのではないか」とアドバイスをいただき、この戦略を考えるに至ったのです。
かつて、東京のビットバレーを中心に多くのベンチャーが生まれましたが、当時の地方には人材もノウハウも少なく、同じような動きは広がりませんでした。ですが今は、名古屋や浜松などの中部エリアの都市でもスタートアップが活発に動き出しています。起業家からも「自治体と一緒にさまざまな場所で実験したい」という声をよく聞きます。だからこそ、桑名市もそうした挑戦ができる場所にしていきたいと考えています。
――『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』の狙いや目指す方向性についてもお伺いしたいです。
伊藤市長: この戦略で目指しているのは、市民一人ひとりのWell-Beingを高めることです。ただ、Well-Beingの感じ方は人それぞれですから、従来のように行政が画一的な方法で何かを提供するだけでは、実現は難しいと思います。だからこそ、スタートアップの多様な知見やサービス、考え方を取り入れながら、一緒に取り組んでいくことが大切です。こうした連携を通じて、市民のWell-Beingを実現したいと考えています。
――戦略発表から約1年。この間、事業共創プログラム『MASH UP! KUWANA』が開催され、スタートアップとの共創が進んでいます。1年間を振り返って、どのように感じていらっしゃいますか。
伊藤市長: スタートアップの方々とコミュニケーションを取る中で特に感じたのは、時間軸の立て方の重要性です。行政は10年、20年という長期的なスパンで物事を考えなければならない組織ですが、スタートアップは全く異なる時間軸で活動されています。この違いを埋めて、スタートアップの価値観に基づいて対応しなければ、行政の方を振り向いてももらえないことを痛感しました。即断即決が大事だと学びましたし、貴重な経験を積めた1年だったと思います。
――スタートアップとの共創で特に印象に残っている取り組みは?
伊藤市長: 印象に残っているのは、ウェブのバリアフリー化をするサービス『フェアナビ』を開発するKANNONさんとの取り組みです。2024年1月のイベントで代表の山下さんのピッチを聞き、興味を持ちました。そして、桑名市のホームページでの導入を決定し、同年4月には発表も行いました(※プレスリリース)。この経験から学んだことは、私たちが迅速に行動することで、スタートアップの方々に「桑名は決断が早い」と感じてもらえることです。
特に初期のスタートアップは、お金を稼ぐことだけでなく、実績や信用を積むことも大切にされています。そのため、まずは行政と連携することが大きな価値になることが分かりました。こうした学びから、桑名市はスタートアップとの連携を積極的に進めており、その一環でLX DESIGNさんとの連携協定を結びました(※プレスリリース)。また、『MASH UP! KUWANA』を通じて、スタートアップ5社とのプロジェクトを推進しています。

▲桑名市公式ホームページにおける「フェアナビ」の試験導入は2024年4月の市長記者会見で発表され、多くの報道機関が取り上げた。(画像出典:桑名市スマートシティ推進課note記事)
――即断即決のお話と関連して、意思決定のスピードを高めるために、市長が意識されていることなどはありますか。
伊藤市長: 行政はこれまで10年単位の「計画行政」を基本としてきました。しかし、変化が激しく不確実な時代において、10年前に決めた計画を基に行政を進めるのは、すでに時代に合わなくなっています。そこで桑名市では、この計画行政を見直し、時代の変化に柔軟に対応できる運用へと移行します。基本的なビジョンは持ちつつも、その時々のニーズに即した政策を展開する方針です。
――スタートアップとの連携を強化したことで、桑名市にもたらした変化はありましたか。
伊藤市長: 市内の事業者、特に若い経営者の目の色が変わってきたと感じます。桑名は自動車産業の盤石なエリアで、ともすれば挑戦しなくても生きていける街ですから、保守的な経営者も多かったように思います。しかし、昨今は新しい挑戦に目を向ける方が増え、例えば、自動車部品メーカーが半導体関連部品にチャレンジしたり、お菓子メーカーの代表者の発案で米を使ったビールを開発したりと、新たな動きが生まれています。また、2025年2月に開催したSTATION Aiでの中高生向けイベントを通じて、若い人たちにも挑戦する生き方のあることが広がり始めています。これは大きな変化だと感じています。
――2025年度の方針についてもお聞かせください。
伊藤市長: 新たな取り組みとして、桑名市がSTATION Aiの会員となり、スタートアップの皆さんと積極的にコミュニケーションを取っていきたいと考えています。また、現在進めている5つのプロジェクトを着実に成果につなげることも重要です。こうした取り組みを形にすることで、新たなスタートアップにも「この自治体なら一緒に組める」と注目してもらえるきっかけになると思います。私たち自治体も、引き続き走り続けていきます。
――最後に、桑名市内の方々と市外の方々の両者に向けてメッセージをお願いします。
伊藤市長: 市役所の職員や市内の事業者には、「さまざまな新しい手法の中から解決策を選んでいけばよいので、怖がらずに挑戦していきましょう」と伝えたいです。これまでの行政のやり方ではうまくいかず課題が残っているからこそ、新しい手法を取り入れる必要があります。その際にスタートアップとの共創、連携も選択肢に入れてほしいです。それは決して怖いことではなく、たとえうまくいかなくても、その経験は必ず財産になります。
市外の皆さんには、桑名市役所がスタートアップとの接点を持ち始めてから大きく変わったことを伝えたいです。スタートアップの時間軸を理解した上で、さまざまな取り組みができます。桑名市をフィールドに、新しい挑戦をしてほしいです。提案があれば、ぜひ持ってきてください。私たちはどんな提案も一度、まな板の上に乗せて検討します。一緒にプロジェクトとして形にしていきましょう。

【スマートシティ推進課インタビュー】事業共創プログラム『MASH UP! KUWANA 2024』で得られた成果と展望
――それではここから、スタートアップとの共創を担う桑名市スマートシティ推進課の田端さんと三輪さんにお話を伺います。まず、桑名市とスタートアップによる事業共創プログラム『MASH UP! KUWANA 2024』を終えてみての所感をお聞かせください。
田端氏: 2024年度のプログラムには、桑名市が掲げたテーマに対して75件もの応募があり、その数の多さに驚きました。嬉しい悲鳴というか、非常に大きな反響を得られたというのが第一印象です。その中から5社を選ばせていただき、一緒に事業共創を進めました(※)。この5社以外からの提案も魅力的で、正直、すべての提案に取り組みたかったという気持ちもあります。
※スタートアップ5社との取り組み内容
・カーボンクレジットを活用した新たな農業の実現(株式会社Jizoku)
・「桑名市」一体となっての人材確保、定着ソリューション(株式会社StarBoard)
・経営診断サービス及び自治体補助金DXサービス(株式会社Stayway)
・AIを活用した下水道管路・マンホール蓋の点検業務DX(株式会社Dioptra)
・モノづくり企業の巡回業務DXサービスの実装プロジェクト(RainTech株式会社)

▲桑名市役所 スマートシティ推進課 スマートシティ推進係 課長補佐 田端克臣 氏
三輪氏: プログラム期間中、5社のスタートアップの皆さんと実証フェーズを開始しました。基本的に私が伴走しながら進めましたが、当初の目的はしっかりと達成できたと考えています。もちろん、円滑に進んだものもあれば、途中で課題が出てきたものもありましたが、総論としてこのプログラムは成功したと感じていますし、多くの気づきや学びがありました。

▲桑名市役所 スマートシティ推進課 主任 三輪真稔 氏
――具体的にどのような気づきや学び、手応えがあったのでしょうか。
三輪氏: 共創を成功させるために必要なこと、逆にうまくいかなくなる要因について、ある程度整理できたと感じています。定量的に測るのは難しいですが、やはり積極的に前進しようとする姿勢が、事業を推進するうえで重要だと改めて実感しました。こうした熱意を大切にしていきたいと考えています。
田端氏: 庁内や関係団体にスタートアップの存在が広く認知されたことも大きな前進でした。プログラム開始前は、「スタートアップとは何なのか」と思う人が大半でしたが、一緒に取り組む中で理解が深まったと思います。今後は新たなパートナーとの共創が、よりスムーズに進むのではないかと考えています。
――プログラム期間中の2024年12月には、『MASH UP!KUWANA2024 Special Day〜KAIKA〜』と題し、スタートアップ5社によるピッチイベントが開催されました。イベントに対して寄せられた感想で、何か印象に残っているものはありますか。
三輪氏: 総じて肯定的な意見が多く、「面白かった」という声が目立ちました。特に、市長自らが最後までイベントに参加していることについては、「桑名市の本気度が感じられる」といった意見をいただきました。他の自治体では、市長がイベントに出席しても冒頭挨拶だけという例も少なくないですが、桑名市では市長が事業説明を行ったり、2月の別のイベントではモデレーターを務めたりしました。このような点から、担当課だけでなく、桑名市全体でスタートアップとの連携に取り組んでいることが、外部に伝わったと思います。

▲2024年12月に桑名市内で開催された「MASH UP!KUWANA2024 Special Day〜KAIKA〜」の様子。
――3月末で2024年度の『MASH UP! KUWANA』は終了となりますが、今回出会った5社との今後の展開についてもお聞かせください。
三輪氏: このプログラムは年度で見ると3月末で終了ですが、「ここで一旦終わり」というわけではありません。これから色々と花開いていくだろうと感じているので、スマートシティ推進課だけでなく、桑名市全体で5社の取り組みが良い形になるよう応援していきたいです。
田端氏: 本プログラムで出会った皆さんとは全力で熱意を持って一緒に進んでいくことはもちろん、そこで得た知見やノウハウを、他の新たなスタートアップの皆さんとの事業共創にも活かし、共に新たな取り組みやチャレンジを展開していきたいと考えています。また、市長から話があったKANNONさんやLX DESIGNさんなどとの関係も大切にしながら、皆で一緒に走っていければと思います。

取材後記
市長のインタビューからは、スタートアップの可能性を信じ、連携に注力する様子が強く伝わってきた。また、意思決定のスピードを意識的に高めようとする姿勢も印象的だった。地域共創をスピーディに進めたいスタートアップにとって、桑名市は進出しやすい自治体と言えるだろう。同市は『くわなスタートアップ・オープンフィールド戦略』の実行に向け、今後、さらに活動を強化していくという。桑名市の今後の動きに、ぜひ注目してほしい。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:古林洋平)