【JOIF2021 レポート】『シェアリングドローンプラットフォーム』の実現へ―事例から読み解く、共創を推進するためのポイントとは?
3月23日に開催されたオープンイノベーションカンファレンス「Japan Open Innovation Fes FY2021→ DEMODAY(以下、JOIF)」のバーチャルカンファレンス会場では、多くの視聴者が見守る中、熱量の高いイノベーターたちによる様々なピッチやセッションが行われた。
今回は、カンファレンスで行われたスペシャルセッションの中から【NTTコミュニケーションズから学ぶ、大企業とスタートアップの共創のリアルとは?】の模様をレポートする。
同セッションに参加したのはNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の柳原氏と株式会社ジャパン・インフラ・ウェイマーク(以下、JIW)の芝崎氏。
両社はNTT Comが主催するオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ) Open Innovation Program」を通じて出会い、NTT Comの通信ビルを活用したドローンの自動点検サービス『シェアリングドローンプラットフォーム』の実用化を目指して共創を進めている。
当日のスペシャルセッションでは、両社が手を取り合うことになった背景から、実証実験に至るまでの様々な課題・困難を乗り越えたエピソード、現時点で得られている成果、今後の実運用に向けての展望など、大企業とスタートアップのリアルな共創の実態が語られた。これからオープンイノベーションにチャレンジしようとする多くの企業の学びや気付きとなり得る、貴重なノウハウが散りばめられていたセッションの内容について詳しく紹介していく。
▲NTTコミュニケーションズ プラットフォームサービス本部 インフラデザイン部 柳原氏
2006年、NTTコミュニケーションズに入社。国内外データセンターや通信局舎の構内配線設計・実装を担当後、TV中継サービスやサービス共通基盤(建物/電力)の開発・維持に従事。2021年、「ExTorch Open Innovation Program」に参画し、採択企業の1社であるジャパン・インフラ・ウェイマークと共にシェアリングドローンプラットフォームのサービス化を推進中。
▲ジャパン・インフラ・ウェイマーク 開発部 サービス開発担当 担当部長 芝崎拓弥氏
2008年、NTT西日本に入社。設備部ではコアネットワーク設備の敷設計画検討や保守サービス開発、研究開発部門では宅内無線ルータ(HGW)の開発を担当。2015年から3年ほど人事部で新卒採用に従事した後、サービス開発部門へ異動し、IoT関連の新サービス開発の戦略検討を担当。2019年、ジャパン・インフラ・ウェイマークの設立に関わり、現在はドローン関連新サービス開発の戦略検討を担当。
“現場が共創にコミットしてくれる”ことがエントリーの動機へ
NTT Comの柳原氏が所属するインフラデザイン部は、通信インフラ基盤のオペレーションを担っており、同社の通信機器を保管するビルの維持管理を担当している。同部門では経年劣化などによるビルや設備の不具合を防ぐために、作業員による定期的な点検を行ってきたが、安全面やコスト面、効率面などで様々な課題を抱えていたという。
一方、NTT西日本の子会社として2019年に設立され、通信設備などの保全事業を展開してきたJIWは、ドローンを活用した点検作業のDXを進めてきた。しかし、実際にはドローンの操作技術に長けた撮影者に加え、点検の専門知識を有する作業員も現場に赴く必要があり、結局は人手が掛かってしまうことがDX推進の障壁となっていた。
そんな両社はNTT Comが主催するオープンイノベーションプログラム「ExTorch Open Innovation Program」(以下、ExTorch)の第2期(2021年度開催)で出会うこととなった。
「当社がExTorchにエントリーした理由は、DXや新技術の導入を行うにあたり、事業部門や技術部門の方々からのコミットが得られると聞いていたことが大きいです。設備の貸し出しはもちろん、社内の合意形成などについてもスピーディーに進むのではないかと考えました。また、出口を見据えた際にNTT Comさんと一緒に、他社への営業提案ができるメリットも期待していました」(芝崎氏)
NTT Comの柳原氏は、第1期のExTorchに参加していた他部署のチームが、実際にスタートアップとサービス開発を進めていることに刺激を受け、第2期プログラムへの参加を決めた。柳原氏はJIWを採択し、共創を進めることを決定した理由を以下のように語った。
「JIWさんの提案が非常に具体的だったことが大きいです。また、そもそも私自身がサービス開発へのチャレンジが初めてだったこともありますし、オープンイノベーションで社外の方と共創する経験も初めてだったので、同じNTTグループの企業同士であればカルチャーフィットしやすく、共創も進めやすくなると考えました」(柳原氏)
完全な自動点検サービスを目指す『シェアリングドローンプラットフォーム』
JIWがNTT Com インフラデザイン部に行った提案は、「ドローンによる完全自動の点検システム」の実現だった。現在、この提案内容は『シェアリングドローンプラットフォーム』と呼ばれるサービスに発展している。
同サービスでは、NTT Comが全国に保有する通信局舎からドローンを発進し、自動航行・自動撮影で対象物の点検を行うことを目指している。屋上や駐車場にドローンの充電ポートを設置した通信局舎を基点として、周辺の様々なインフラ設備にドローンが自動で飛んでいき、点検箇所の撮影を行う仕組みだ。また、撮影データをクラウド上にアップロードし、AIで点検帳票の自動制作を行う機能も提供する。
『シェアリングドローンプラットフォーム』を実用化できれば、従来の作業員によって行われていた点検品質を担保しながら、大胆なコスト削減や人材リソースのシフト、点検品質の統一化、危険作業の削減が可能になるほか、スマートシティの実現にも寄与できるという。
NTT ComとJIWの両社は、すでに『シェアリングドローンプラットフォーム』のPoC(実証実験)を行っている。NTT Comは、自社で所有する三重県の津南ビルを実証実験の場として提供。局舎に設置したドローンポートからドローンを発進し、鉄塔やビル壁面の自動点検の可能性を検証した。
具体的にはドローンの自動航行に必要な機能要件(点検ルートの安全性及び位置精度、リスク回避機能等)と撮影データの品質確認を行ったほか、過去の点検データとの比較評価なども実施したそうだ。
検証については概ねポジティブな結果が得られており、柳原氏は「近い将来、サービス実装ができるイメージを持つことができた」と語った。
また、芝崎氏も「完全自動化については法改正なども待たなければならないが、このような実証実験を行うことで『操作が難しい』という理由で敬遠されてきたドローンのイメージを変えることができるし、すべての作業が本当にスキルレスで行えるようになれば、様々な企業のDX推進に貢献できる」と述べた。
“現場の理解”を得るためには、相手に寄り添った地道な布教活動も必要
セッションの後半では、「共創を始めてみて感じたこと」というテーマで、これまでの取り組みにおけるエピソードや苦労話が語られた。そもそもExTorchは、NTT Comの経営層や事業部サイド、現場の強力なコミットを前提としたプログラムだが、それでも実証実験の実現までには様々なハードルがあったという。
「通信ビルには通信を支える大切な設備が保管されています。万が一ドローンが墜落して設備と衝突し、それが原因で通信に影響を与えてしまうような事態は絶対に避けなければなりません。
もちろん、きちんと対策を講じれば、そのような事態は避けられるのですが、何しろ初めてのことなので、実際の施設を使った実験を行うことに懸念を抱いていた関係者も少なくありませんでした。
また、そもそも『ドローンって何?』『ドローンで点検ってどういうこと?』といった感じで、ドローン活用そのものに懐疑的だった方も見受けられました。実証実験を行う前段階で、社内外の様々な関係者の方々の信頼を得る必要があり、そこに大きな課題があったことは確かです」(柳原氏)
そこで柳原氏は、芝崎氏に実際にドローンを飛ばしてもらい、どのように航行するかを関係者たちに見てもらうための場を設けたそうだ。「言葉や資料で説明するだけでなく、実際に目で見て感じてもらうことで、多くの関係者の方々に『これなら大丈夫かな』という感覚を持ってもらった方が早いと思いました」と、実証実験を実施するためのキーポイントとなった出来事を振り返った。
一方、JIWの芝崎氏は、実証実験の成功要因の一つに、施設の点検を担当するNTT Comの設備部から直接的な協力が得られたことを挙げた。
「当社は、これまでにも様々な企業様の設備点検をサポートしてきましたが、お客様の社内でも点検の要件や基準がバラバラだったりするケースが多く、それらの情報を収集したり、基準化したりすることに時間がかかるのです。
ただ、今回のNTT Comさんとの共創では、施設の点検を担当してきた設備部の皆さんの力強いコミットがあったことにより、過去の点検に関する情報やデータ、点検手法、点検基準などを扱いやすい形で提供いただけました。さらには『どのような検証項目を作っていくか』についても一緒に議論できたので、非常に良い協業ができたと感じています」(芝崎氏)
さらなるサービス展開の可能性と共創ネットワークの拡張
実施前は懸念の声も聞かれた『シェアリングドローンプラットフォーム』の実証実験だが、実施後は、NTT Com社内の各所から柳原氏のもとに期待の声が寄せられているという。たとえばドローンが自動撮影した画像は、これまでに人が撮影していた画像と遜色がなく、「点検診断にも十分に活用できるレベルだ」と評価されているそうだ。
「NTT Comさんの社内で、このような声が挙がっているのは嬉しい限りです。私たちとしても、実際のお客様の声、さらにはお客様の現場で働かれている方々の声をダイレクトに聞くことができ、非常に有意義な機会となりました」と語った芝崎氏は、今回の実証実験を含めた両社のこれまでの共創に大きな手応えを感じているようだ。さらに同氏は、今後の展望について以下のように説明した。
「まずはNTT Comさんの様々な設備での活用を進めていきますが、その後はドローンによる完全自動の点検システムをパッケージ化し、コンサルティングも含めたサービスを横展開することで、幅広いお客様をご支援していきたいと考えています。
また、現時点では足りていない機能も少なくないので、今年度中はドローンベンダーとの協業も進めながら機能開発を行い、次年度以降に積極的な事業化を推進していく、そんなマイルスートンを設定しています」(芝崎氏)
一方、柳原氏はExTorchの第1期で採択されたメトロウェザー社とNTT Comが共創して進めている「風況データプラットフォーム」(※)との連携も検討していくと説明した。「ドローンの自動航行にとって風は天敵です。風況データを活用することは安全性を担保する上で大きな意味があると考えています」と語り、さらなるコラボレーションの広がりに意欲を見せた。
※関連記事:「NTT Comによるオープンイノベーションプログラム「ExTorch」、Demodayレポート!――共創5チームが目指す未来を創造するサービスとは?」
最後に柳原氏、芝崎氏は、会場にアクセスする多くの参加者に向けて以下のようなメッセージを送り、セッションを締め括った。
「『シェアリングドローンプラットフォーム』を実現するためには、まだまだ足りないパーツがたくさんあります。先ほど柳原さんが話していた風況の問題もありますし、夜間など暗い状況で航行させる際に生じる問題や、GPSが届かない場所での運用に関する課題も残っています。
このような課題を解決するためにも、様々な企業様の力をお借りしたいと思っていますし、NTT Comさんのように設備を提供いただける事業者様、さらには一緒にサービスを広めていきたい営業会社様など、多くの人たちと一緒にエコシステムを作り、コラボしていきたいですね」(芝崎氏)
「私たちも『仲間集め』については、芝崎さんと同じ思いを持っています。また、NTT Comは、世界70以上の国と地域に拠点を持つグローバルICTカンパニーであるため、様々な実証フィールドを提供できるほか、全国規模でサービスを展開できる強みも持っています。
そのようなポイントに興味を持っていただける企業様、魅力を感じていただける企業様は、ぜひ一緒にサービスを作る仲間として参加いただきたいと考えています」(柳原氏)
取材後記
大企業とスタートアップによるオープンイノベーションでは、両社のカルチャーや組織規模の違いから生じるスピード感・コスト意識についてのギャップが、共創の障壁となりやすいと言われている。さらに大企業サイドでは、共創相手以前に社内の経営層や各事業部門など、内部関係者との合意形成に多大な労力がかかってしまい、そのことが共創の足枷になってしまうケースも少なくない。
今回、NTT Comの柳原氏が、通信ビルでの実証実験を実施するために行った「言葉や資料で説明するだけでなく、実際に見て納得してもらう」という手法は、社内の合意形成に苦労している大企業の新規事業担当者にとって、直ぐにでも応用できるポイントではないだろうか。
セッション冒頭で語られたように、両社の『シェアリングドローンプラットフォーム』は、既存の設備点検の多くの作業をスキルレスで実現できる世界観を目指している。実用化の際には多くの企業の設備点検業務が一変することは間違いないだろう。今後の両社の取り組みとサービスの進展に期待したい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己)