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富士通のキーパーソン・浮田氏に聞く、オープンイノベーション実践の歴史

富士通のキーパーソン・浮田氏に聞く、オープンイノベーション実践の歴史

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国内のオープンイノベーション先進企業に迫るインタビュー企画『大企業オープンイノベーションの実態』。取材を通じて、オープンイノベーションの知見やノウハウを明らかにし、良質な新規事業を開発するヒントをお届けする。

今回ご登場いただくのは、富士通株式会社(以下、富士通)の浮田博文氏だ。富士通は、国内でも先進的にオープンイノベーションを手掛けてきた企業。なかでも、浮田氏はスタートアップとの共創を推進するアクセラレーションプログラム「FUJITSU ACCELERATOR」の代表を務めるなど、富士通におけるオープンイノベーションを主導してきた人物の一人だ。

インタビューでは、浮田氏が目の当たりにしてきたオープンイノベーションの「リアル」が語られた。事業の停滞を打破するには。事業部門との調整方法とは。社員のマインドを変えるには。

――富士通が経てきた道のりから、オープンイノベーションを成功に導く秘訣を探った。


▲富士通株式会社 FUJITSU ACCELERATOR 代表 浮田博文氏

2000年富士通に入社。ネットワークエンジニアとして、アメリカのクライアントを担当。その後、商品・事業企画を司る部署に異動し、さまざまなプロダクトの事業戦略立案に携わる。2007年からは、クラウドビジネスの立ち上げに参画し、富士通の新たなサービスとしてクラウドサービスをローンチ。それを世界8拠点に展開。また、新規事業創出のワークグループを立ち上げ、その中で『FUJITSU ACCELERATOR』をスタートする。2019年からは、FUJITSU ACCELERATOR代表として、同社のスタートアップ協業を牽引。

富士通のオープンイノベーション体制が築かれるまで

――本日は、富士通におけるオープンイノベーションについてお伺いしたいと思います。これまで、富士通はオープンイノベーションを含む新規事業開発を多数手掛けており、TOMORUBAでも「FUJITSU ACCELERATOR」などのスタートアップ協業の取り組みを取材してきました。まず、前提として、富士通におけるオープンイノベーションの歴史をお聞かせください。

浮田氏 : オープンイノベーションの事例は、かなり以前から存在していますが、現在の流れを作った一つの契機としては、2006年の「グローバル・イノベーション・ファンド(GIF)」の設立があると思います。

GIFは外部のスタートアップや社内新規事業への出資を行うCVCです。これまで、電子書籍サイト「Renta!」を運営する株式会社パピレス(2010年にJASDAQ上場)への出資などを手掛け、2010年に2号ファンド、2015年に3号ファンドが設立されています。

それに並行して、2015年にはFUJITSU ACCELERATORがスタートし、スタートアップ協業の体制がより強化されました。FUJITSU ACCELERATORは、スタートアップ協業により富士通だけでは実現できない価値や事業を創出するアクセラレータープログラムで、2021年までに9期のプログラムを終了しています。これまでの協業検討は200社以上、協業実績は110社以上で、現在も採択企業との実証実験や共同提案が多数進められています。

――FUJITSU ACCELERATORが立ち上がり、数多くの実績が生まれているのですね。富士通では、オープンイノベーションに取り組む際、なぜ”アクセラレーター”という手法を取り入れたのでしょうか?

浮田氏 : 富士通のアクセラレーターは、もしかしたら一般的なアクセラレーターという定義とは異なり、協業による事業開発が目的であり主活動です。ですので、メンタリングやコワーキングスペースの提供などは行っていません。オープンイノーベーションによる協業で重要なことは、“どういう課題に取り組みたい”というテーマと、その為にお互いのアセットとして何が提供できるかを明確に発信することです。その発信のために、富士通では”アクセラレーター”という手法を取り入れています。 

――なるほど。

浮田氏 : 富士通が取り組もうしている課題と富士通が提供できるアセット(人材、ノウハウ、技術・商品、顧客基盤等)を発信し、そうすることで富士通に足りないアセット(技術やソリューション)がスタートアップ側にも明確になります。こうして、創り出したい価値観や目指すゴール、そのためのプロセスを、スタートアップを含めた関係者と共有し、売り買いという関係だけでなく対等なパートナーとして課題に取り組むことができるのです。

――それでは現在、オープンイノベーションを推進している組織体制やプログラムなどについて教えていただけますでしょうか。

浮田氏 : そして、2019年の経営体制の変更を挟んで、2020年には富士通グループの非連続成長を担う「Strategic Growth & Investment(SG & I)室」が発足しました。SG & I室は、M & Aや提携、PMI、投資、アクセラレーターなどの専門部隊で構成されていて、私はアクセラレータチームに所属しています。

翌年には、SG & I室が主導して新たなCVC「富士通ベンチャーズファンド」を立ち上げ、アクセラレータチームはこのCVCチームとも密に連携して、各種施策を推進しています。

2021年には「富士通アクセラレーター for Work Life Shift」というプログラムもスタートしました。基本的にはFUJITSU ACCELERATORと同じスキームなのですが、「for Work Life Shift」ということで、働き方や暮らしといった領域でスタートアップ協業を行っています。

また、採択後に必ず社内実践を行うのもFUJITSU ACCELERATORとの相違点です。2021年のプログラムでは9社を採択し、それぞれ社内実践を行なっています。いくつかの採択案はすでに検証を終了しており、2022年度には社内へ正式導入する予定です。


停滞、説得、調整…「オープンイノベーションあるある」は全て経験してきた

――アクセラレータープログラムやCVC、提携など、実に多彩な手法でオープンイノベーションを推進されていますね。最近のオープンイノベーションの成功事例があればお聞かせいただけますか。

浮田氏 : FUJITSU ACCELERATORでいえば、株式会社みらい翻訳との文書翻訳AI「Zinrai Translation Service」が成功事例といえるかもしれません。

Zinrai Translation Serviceは、ニューラル型機械翻訳エンジンにより、自然な翻訳文が作成できるAIです。顧客ごとに学習モデルのカスタマイズもできるため、短期間で高品質な文書翻訳が可能になります。現在、富士通グループの全社で利用されているほか、日産自動車様、明治大学様を始め20の企業・団体で導入されています。


▲翻訳結果のイメージ(画像:富士通「Zinrai Translation Service」紹介ページより)

――多くのアクセラレータープログラムの採択案が検証や開発の段階で頓挫するなか、しっかりと製品化を実現し、サービスをスケールさせているのは非常に素晴らしいと思います。Zinrai Translation Serviceの取り組みを成功に導いた秘訣をお聞きしたいです。

浮田氏 : 正直にいえば、一言で「秘訣」といえるものはないですね。Zinrai Translation Serviceは事業化からグロースまでに4年ほど時間がかかっていますし、協業の過程では、他社でも起こりがちな「オープンイノベーションあるある」を一通り経験しています。

体制の変更で事業方針が刷新され、開発がストップしたこともありましたし、グループが保有する技術とのカニバリにも悩まされました。社内実践の際にはシステムがなかなか浸透せず、社内広報に悪戦苦闘しています。その意味では、「オープンイノベーションあるある」を一つひとつ諦めずに解決していったというのが、秘訣と言えなくもないですが…。

―― 一言でまとめられるものではないと?

浮田氏 : そうですね。新規事業は必ずキャズムに直面するものですし、実際にZinrai Translation Serviceもその連続でした。例えば、予算の問題にしても、最初の実証実験はそれほど予算を必要としないので比較的スムーズに進みましたが、その後の大きな投資となるとカウンターパートである事業部も思い切った予算を組めず、足踏み状態が続きました。そのため、Zinrai Translation Serviceについては社内実践を先行させ、利便性や実用性を社内に浸透させることで、予算化を実現させました。

――Zinrai Translation Service以外のケースではいかがでしょうか?

浮田氏 : 直近でいえば、株式会社プレシジョンのAI診療支援システム「今日の問診票」と富士通の電子カルテシステム「HOPE LifeMark-HX」の連携の事例でしょうか。

これは、医療従事者の業務負荷軽減を促すソリューションで、具体的には、患者がタブレットに入力した問診内容から電子カルテの下書きを自動作成できるほか、症状や所見、鑑別診断、治療方法などを、HOPE LifeMark-HX上に表示できます。2021年11月に独立行政法人国立病院機構名古屋医療センターで実証実験が実施されました。


▲「HOPE LifeMark-HX」紹介動画

――こちらの事例についても、「オープンイノベーションあるある」は経験されているのでしょうか。

浮田氏 : はい。この事例についても、グループ会社を含めた実証実験であったため、経理や法務部門との手続き・社内調整に時間がかかりました。 そのような社内調整もFUJITSU ACCELERATOR側で行い、必要に応じて関連部門と共にスタートアップ協業に最適な新たなプロセスや制度構築も行っています。

このように、私としてもオープンイノベーションのメソッドやTIPSを言語化して、定義したい想いはあります。しかし、まだまだ分析が必要だと思います。ユニコーンファームの田所雅之氏が『起業の科学』という本を出版されていますが、大企業側の視点にたった『協業の科学』の確立が今後の課題ですね。


「オープンイノベーションの関係者」が増えることで、社員のマインドが変わっていった

――浮田さんはFUJITSU ACCELERATORの代表を務められるなど、富士通におけるオープンイノベーションの最前線を走ってこられたかと思います。一連の取り組みを通じて、社内のオープンイノベーションに対する意識や姿勢に変化はあったでしょうか。

浮田氏 : 社内に「オープンイノベーションの関係者」が増えてきたというのは大きな変化かもしれません。実は、2015年の設立当初に比べても、FUJITSU ACCELERATORの人員はそれほど増えておりません。その反面、事業部などにオープンイノベーションに関わる社員が増えた。これは率直に良いことだと思います。

というのも、FUJITSU ACCELERATORのミッションは、スタートアップ協業を社内で当たり前にして、社員それぞれが自発的にオープンイノベーションにのぞむ環境を作ることです。これは他社でもありがちなことかもしれませんが、「オープンイノベーション」や「新規事業」と名の付く部門が強い存在感を放っていると、その他の部門の社員は専門部隊に依存し、自発性を失ってしまいます。そうならないためにも、できるだけ多くの社員をオープンイノベーションの関係者にしていくのが大切なのだと思います。

――そうした変化は、富士通全体にも良い影響をもたらしているでしょうか。

浮田氏 : はい。カルチャーそのものが変わってきているという実感があります。富士通では2020年から全社DXプロジェクト「フジトラ」をスタートし、すでにいくつかの成果を収めていますが、これらの成果にも社員一人ひとりの意識の変化が影響していると感じています。ただ、全てが順風満帆というわけではないです。むしろ、最近では、スタートアップ協業やオープンイノベーションの限界も見えてきたというのが正直なところです。

――その「限界」とは何でしょうか。

浮田氏 : スタートアップ協業やオープンイノベーションを社内で定着させることはできても、その取り組みをスケールさせるには、また別の方法論が必要だということですね。実際に、富士通に限らず、オープンイノベーションの成功事例は国内に数多くありますが、それが産業全体にインパクトを与えるほどの大きさにはなっていませんよね。

――たしかに「産業全体にインパクトを与える」ほどのオープンイノベーション成功事例は聞いたことがありません。

浮田氏 : まだ、具体的に方針が定まっているわけではないですし、あくまで私見ですが、富士通が次に取り組むべきなのは「産業全体でのオープンイノベーション」だと思います。経済学に経路依存性(※)という概念があるそうですが、おそらく私たちのオープンイノベーションに対する考え方も経路依存的になっていて、小さな改良や組み合わせを続けても埒が明かない状況にあるような気がします。

だから、一つひとつの成功事例がスケールせず、一定の規模のままなのでしょう。まだ、具体的なイメージは提示できませんが、今後、そうした状況から脱却するためにも、大企業やスタートアップ、研究機関などが、垣根を越えて手を結び合う体制が必要だと感じています。

※経路依存性……人や組織の選択や決定が、過去に確立された仕組み・制度に制限されること。

オープンイノベーションで「産業そのもの」を変革するには?

――最後にお伺いします。これまでの経験を踏まえて、浮田さんは、オープンイノベーションが新規事業開発における良質な手段だと思われますか?

浮田氏 : そもそも、一つの会社が単独でできることは限りがありますから、回答としては「イエス」です。ただし、先ほど申し上げたとおり、小さな単位のオープンイノベーションで、産業を変革するほどのビジネスを生むのは難しいのではないかとも思っています。

そのため、富士通ではオープンイノベーションへの取り組み方を、今後、さらに変化させていくつもりです。例えば、FUJITSU ACCELERATORも、来年度からは従来の形式ではなく、通年で採択案を募集する形にモデルチェンンジする予定です。こうした変化を積み重ねるなかで、オープンイノベーションをスケールさせられる体制を築いていければと考えています。

そして、やはり、これから富士通が目指すべきなのは「産業全体でのオープンイノベーション」ですね。それをいかに実現するのか。大きな問いですが、今後はそのことを考えていきたいと思います。

取材後記

従来のオープンイノベーションに限界を感じているとしながらも、その限界を乗り越える手法として「産業全体でのオープンイノベーション」を構想する浮田氏。氏にとって、オープンイノベーションが新たな価値を生み出す際の前提になっていることがわかる。そして、それが富士通のキーパーソンとして、長年、取り組みを主導してきた人物によるものであることは、注目に値するだろう。新規事業開発における、オープンイノベーションの重要性を改めて確認する取材となった。

(編集・取材:眞田幸剛、文:島袋龍太)

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  • 田上 知美

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