富士通・浮田氏 × DNX・倉林氏 | 「ディスラプターとも連携する」――スタートアップにとっての『FUJITSU ACCELERATOR』の”うまみ”とは
2015年からスタートし、これまでに第7期まで実施された富士通のスタートアップ協業プログラム『FUJITSU ACCELERATOR』。同プログラムでは、合計100社以上のスタートアップと協業検討フェーズに進み、20以上ものプロダクトを創出してきた。2019年秋頃には第8期のプログラム募集を開始する予定だ。
今回eiiconでは、前任の徳永奈緒美氏にかわり、新たにプログラム責任者に就任した浮田博文氏に、プログラムの魅力や今後の方向性を伺いたく取材した。なお、本取材はベンチャーキャピタリストという立場からプログラムを支援するDNX Ventures(以下、DNX)の倉林陽氏をお招きし、浮田氏との対談形式でお伝えする。
プログラムを牽引する浮田氏が語る『FUJITSU ACCELERATOR』の未来とは?ベンチャーキャピタリストの視点から見た、富士通のプログラムの魅力とは?――新体制になり、ますます進化する『FUJITSU ACCELERATOR』の活用法について、つまびらかにする。
【写真右】 富士通株式会社 FUJITSU ACCELERATOR 代表 浮田博文氏
2000年富士通に入社。ネットワークエンジニアとして、アメリカのクライアントを担当。その後、通信の規格を扱う部署に異動し、さまざまなプロダクトの事業戦略立案に携わる。2007年からは、クラウドビジネスの立ち上げに参画し、富士通の新たなサービスとしてクラウドサービスをローンチ。それを世界5拠点に展開。また、新規事業創出のワークグループを立ち上げ、その中で『FUJITSU ACCELERATOR』をスタートする。2019年からは、FUJITSU ACCELERATOR代表として、同社のスタートアップ協業を牽引。
【写真左】 DNX Ventures マネージングディレクター 倉林陽氏
1997年富士通に入社。経営企画室でアメリカ系ベンチャーキャピタルへの出向を含む、コーポレートベンチャーキャピタル業務を担当。その後、三井物産株式会社に転職。MBA留学後は、Globespan Capital Partnersおよび、Salesforce Venturesの日本代表を歴任。2015年より日本とアメリカに拠点を持つベンチャーキャピタル、DNX Ventures(旧:Draper Nexus Ventures)へ。同社では、企業向けソフトウェア分野で数多くの投資実績を積み重ねている。
2者の視点から見た、プログラムの魅力
――この4月に『FUJITSU ACCELERATOR』の責任者に浮田さんが就任されました。まず最初に、浮田さんのこれまでのご経歴や就任の背景についてお伺いしたいです。
富士通・浮田氏 : 入社当初はエンジニアとして、アメリカのクライアントを担当していました。その後、通信を含むプロダクト戦略立案にも携わりました。2006年頃からは「ハードウェアだけでは事業が成り立たなくなる」という風潮のもと、富士通にも新規事業を検討するチームが発足。私もそのチームに参画し、チームメンバーとともに新規事業の方向性を模索するという業務を担当することになりました。
多方面から検討を重ねた結果、ひとつの方向性として辿り着いたのが「クラウド」です。「クラウドビジネスを立ち上げよう」という話になり、2009年に富士通初のクラウドサービスをローンチ。私はその中で、マーケティングの立場から、新たなサービスを世界5拠点に展開するという役割を担いました。
クラウドサービスの展開にはスピードおよび、エコシステムの確立が必要不可欠です。そのため、「クラウドサービスを展開するには、富士通社内のリソースだけではなく、どこか外部の企業と組まなければいけない」という思いを抱きました。そこで、スタートアップをはじめとした外部の力を借りながら、クラウドサービスを大きくしていくという方向に舵をきりました。これが、私がスタートアップと関わり始めたきっかけです。
――では、外部のスタートアップとおつきあいが始まったのもこの頃だと。
富士通・浮田氏 : はい。実は倉林さんと初めてお会いしたのもその頃です。倉林さんから、クラウドの構築・運用自動化サービスの開発を行っているMobingi(モビンギ)さんをご紹介いただきました。
また、『FUJITSU ACCELERATOR』との関わりでいうと、2010年代の前半頃に「富士通も新しい技術領域を開拓していかなければならない」との考えから、新しいビジネスをつくるワークグループを立ち上げました。そのワークグループの中から生まれたプログラムが、『FUJITSU ACCELERATOR』です。前任者の徳永とともに、「外部と社内をつなぐようなプログラムが必要だね」ということで立ち上げました。
――アクセラレータープログラムの立ち上げも担われたのですね。では、倉林さんにお伺いします。倉林さんは数多くのアクセラレータープログラムに関わっていらっしゃいます。倉林さんから見た、日本国内のアクセラレータープログラムの現状についてお伺いしたいです。
DNX・倉林氏 : 良い面と悪い面があると感じています。良い面は、アクセラレータープログラムを通してスタートアップに注目が集まるようになりました。日本の優秀な人材がスタートアップに流入したり、スタートアップに資金が集まる流れが生まれてきています。諸条件が整ってきたという点では、非常に良いことだと捉えています。
一方で、悪い面もあります。アクセラレータープログラムが目的化しているケースが多いということです。アクセラレータープログラムは、外部の企業と接点を持つための手段であって目的ではありません。本来の目的は、会社の競争力を高めることや時価総額を上げることです。その目的を達成するために、アクセラレータープログラムを通して外部と接点を持ち、組む価値のあるスタートアップと組む。最終的に、組んだスタートアップを自社の中核に持っていく――日本では、この考え方がまだ十分に浸透していないという印象です。
――その点、富士通さんは外部接点を持つための手段としてプログラムを運営されていますね。富士通さん以外のプログラムと比較して、『FUJITSU ACCELERATOR』の特徴はどういった点にあるとお考えですか?
DNX・倉林氏 : 私はベンチャーキャピタリストという立場から富士通さんのアクセラレータープログラムをサポートしていますが、私から見て、このプログラムが優れているポイントは3点あります。
1点目は、「日本のスタートアップにしっかり向き合っていること」です。シリコンバレーのスタートアップとは組みたいが、日本のスタートアップとは組む価値がない、と考える企業が、大企業を中心に実はまだ多いんですね。そんな中で、富士通さんはしっかり日本のスタートアップに向き合っています。日本のスタートアップにも多くの優秀な人材が集まっているという現状を踏まえると、これはひとつの正しい方向性だと思います。
2点目は、「優れたスタートアップの獲得に乗り出していること」です。今、日本ではアクセラレータープログラムが乱立している状態ですから、待っているだけでは期待するスタートアップと出会えないでしょう。実は、当社に1名、富士通さんから出向で来ているメンバーがいるんです。彼がなにをやっているかというと、ベンチャーキャピタルに集まるスタートアップ各社の情報を収集し、自社とマッチしそうな企業があれば声をかけるという活動を行なっています。そのようなリサーチ活動を行っている企業は稀ですから、富士通さんならではの特徴だと思います。
3点目は、「アクセラレータープログラムの審査に、外部のプロフェッショナルを活用していること」です。スタートアップの経営に関わったことのないメンバーだけでは、スタートアップの良し悪しやポテンシャルの判断はできません。これは異なる分野の専門家が、別の分野の評価をしているに等しく、正しいアプローチではありません。富士通さんに関しては、私たちのようなベンチャーキャピタルの視点も重視されています。そういった意味では、応募するスタートアップからも「正当に評価された」と感じられるプログラムになっているのではないでしょうか。
――それでは次に、主催者側である浮田さんから見た、『FUJITSU ACCELERATOR』の特徴はいかがですか?
富士通・浮田氏 : ひとつの大きな特徴として挙げられるのは「富士通の各事業部が本気を出している点」です。事業部が本気にならなければ、外部との協業は決して前に進みません。当社は2015年から継続して、アクセラレータープログラムを行っています。これまで7期開催してきましたが、事業部を支援するための工夫を重ねてきました。結果、第7期のプログラムには、過去最高数の事業部・グループ会社に参加してもらうことができました。このプログラムが、富士通グループ全体に浸透してきた証だと言えるでしょう。
7期開催してきた中で、100社以上のスタートアップとおつきあいができましたし、20以上のプロダクトを世の中に送り出すことができました。これらの成果は、事業部の人たちが、外部との連携に本気で取り組んでいるからこそだと言えます。
――かなり盛り上がっていますね!
富士通・浮田氏 : そうですね(笑)。また、各事業部の責任者が顔出しで登場する点も当社ならではないでしょうか。プログラムの参加企業を募る際、私たちのチームで事業責任者に細かくヒアリングを行っています。「どういう分野に注目しているか」「どういう技術がほしいか」などをしっかり洗い出し、応募する企業に分かりやすく提示できるよう心がけています。そのうえで、現場責任者の顔が見える形で募集をかけているんです。
――顔が見えると、親しみも感じられそうですね。これまで7回開催されてきたとのことですが、過去のプログラムからどんな共創事例が生まれているのでしょう?
富士通・浮田氏 : たとえば、DNX Venturesさんが投資されている、電子薬歴システム「Musubi」を展開するカケハシさんとは、理想的な共創ができています。カケハシさんは、薬剤師向けのシステムを開発していらっしゃる企業さんですが、患者さんが手書きで薬歴を記入して、それを事務の方が入力するという点に課題をお持ちでした。それを、富士通の技術で自動化するという取り組みを行いました。
DNX・倉林氏 : カケハシさんは、スタートアップ界隈で、非常に注目を集めている企業です。それが、富士通のアクセラレータープログラムで評価され、第6期プログラムで最優秀賞を獲得したこと自体が『FUJITSU ACCELERATOR』の評価を高めることにもつながっていますね。
さらに進化・拡大する『FUJITSU ACCELERATOR』の今後
――今後、『FUJITSU ACCELERATOR』ではどのようなことに注力していくご予定ですか?
富士通・浮田氏 : 今後注力していきたいことは2つあります。ひとつは、「テーマ特化型のプログラムを立ち上げること」です。たとえば「スマートシティ」をテーマにするといった構想を練っています。「スマートシティ」にフォーカスする理由ですが、システム同士をつなげて、より付加価値の高いソリューションを提供していこうという方向性が、今後の流れとしてあります。この流れの中では、データが非常に重要な位置を占めます。当社は、データ連携に関する高度なテクノロジーを保有していますから、ICTカンパニーとしては、ぜひ手がけていきたい分野なのです。
こういったテーマ特化型のプログラムを、他社と共同で開催してもおもしろいですし、国内だけではなく海外でも仕掛けていきたいと考えています。
――海外展開も視野に入れていると。
富士通・浮田氏 : そうです。私自身、グローバルビジネスに長く携わってきましたので、海外とのコネクションも豊富です。富士通グループの海外キーマンと連携して仕掛けていきたいですね。
もうひとつの注力ポイントは、「当社の事業をディスラプトするような会社とも組んでいくこと」です。たとえば自動車メーカーにとって、カーシェアリングを提供する会社はディスラプターだと言えます。ですが、私たちはそういった、富士通の敵ともなりうるディスラプターともつきあっていく考えです。ディスラプターとつきあうことは、事業部では難しいことですので、私たちのような事業部の外にある部署がやっていく必要があります。
――なるほど。
富士通・浮田氏 : 上記以外では、継続してこのプログラムを盛り上げていくことですね。当チームには個性豊かなメンバーが揃っています。先ほど、倉林さんの話にも出ましたが、ベンチャーキャピタルに出向して情報収集を行っているメンバーやブランディングに強いメンバー、イベント登壇の度にイノベーションと叫ぶ“イノベーション芸人”など、個性的なキャラクター達がいます(笑)。それぞれのキャラクターを活かして、このプログラムをもっと盛り上げていきたいと考えています。
―― 一方で、倉林さんから『FUJITSU ACCELERATOR』に対して何かアドバイスはありますか?
DNX・倉林氏 : アクセラレータープログラム自体は浮田さんがおっしゃる形でいいと思います。加えて言うなら、プログラムはあくまでスタートアップとの接点を持つ場です。プログラムを通して、組む価値のあるスタートアップを見極め、出資を行ったり、協業につなげていくことこそが重要です。そして、カルチャーも合い、将来的に自社のコアな事業を一緒につくっていけそうなスタートアップとは、思い切って合併をし一緒になって事業を育てていく――これが完結型のオープンイノベーションだと言えるでしょう。シリコンバレーのICT企業はそうやって成長していますから。富士通さんには、ぜひそういった事例を増やしていってほしいですね。
国内最大級のSIerだからこそ、組む価値は大きい
――最後に、富士通さんのプログラムに興味をお持ちの企業に向けて、お二方より一言ずつメッセージをお願いします。
富士通・浮田氏 : 2015年からプログラムを継続して開催し、社内の意識もかなり変わってきたと感じます。富士通グループ全体において、スタートアップへの理解が深まっていますし、外部と組んで一緒に何かを生み出したいというマインドを持つ社員も増えています。『FUJITSU ACCELERATOR』にご応募いただけると、より密な連携が可能ですし、事業化だけではなく、販売の支援もできます。そういった部分にも、ぜひ期待していただきたいと思います。
DNX・倉林氏 : 富士通さんは国内で最大級のSIerですから、富士通さんの営業チャネルや信頼を活用してビジネスをつくった方が効率的なシーンは数多くあります。事業展開が加速する可能性も大いにあるでしょう。『FUJITSU ACCELERATOR』では、事業部のキーマンたちと話せますし、それを支援する専門のチームもあります。日本をリードするICTカンパニーと接点が持てる最高の機会なので、このプログラムをぜひ活用するべきでしょう。
▲本取材は、東京・大手町のDNX Venturesのオフィスにて行われた。
取材後記
スタートアップが事業拡大フェーズに入った際、社内のメンバーだけではスピード感をもったスケールが困難なことも多い。倉林氏が語るように、すでにある営業チャネルや信頼を活用するほうが一気に加速できる可能性は高いだろう。浮田氏いわく、富士通は今後も、アクセラレータープログラムを通じて、数多くのスタートアップと連携を進めていくという。その勢いは止まることなく、益々強まっていきそうだ。第8期『FUJITSU ACCELERATOR』の募集開始は、2019年秋頃を予定している。何らかの事業創出、あるいは拡大を目指す企業は、富士通との協業を考えてみてはどうだろうか。
(構成:眞田幸剛、取材・文:林綾、撮影:古林洋平)