【対談】『スタートアップが大企業に合わせる必要はない』/Draper Nexus倉林氏×富士通ベンチャープログラム担当・徳永氏
eiiconをサービス開始当初から利用し、既にスタートアップとの多くの出会いを実現している富士通。日本を代表する大企業でありながら、オープンイノベーションへの足取りは軽やかだ。今回は、シリコンバレーと日本・東京を拠点に活動するベンチャーキャピタル、Draper Nexus(ドレイパーネクサス)の倉林氏を招き、富士通でベンチャープログラムを担当する徳永氏との対談を実施。ベンチャーキャピタルと大企業、それぞれの視点から、スタートアップの共創の秘訣を探ってみたい。
▲富士通株式会社 マーケティング戦略本部 戦略企画統括部 シニアディレクター(ベンチャープログラム担当) 徳永奈緒美
データベースエンジニアとしてキャリアを積んだ後、新規事業を推進する部門に異動。その後、ビッグデータ関連の事業開発にも携わる。現在はマーケティング戦略本部にて、スタートアップ企業との連携推進を行っている。
▲Draper Nexus マネージングディレクター 日本共同代表 倉林陽
富士通に入社後、新規事業を推進する部門で徳永氏と出会う。その後、米系VCへの出向を含むコーポレートベンチャーキャピタル業務を担当し、三井物産株式会社に転職。Globespan Capital Partners及びSalesforce Venturesの日本代表を経て2015年より現職。企業向けソフトウェア分野で数多くの投資実績を積み重ねている。
課題を理解し、解決したいという情熱が無い経営者に、投資はしない(倉林)
——まず倉林さんに、ベンチャーキャピタルの立場から、スタートアップとの共創の秘訣をお伺いしたいと思います。実際、スタートアップに対しての出資判断をする時に、どういった点に注目しているか教えてください。
倉林:いくつも見る観点はありますが、まず経営者がもっとも重要ですね。その次にマーケット。ですが、そもそも優秀な経営者はマーケットがないところに手を出しませんから、その意味でも経営者が重要だといえます。
——そのような経営者であるか否かは、どのように判断すればいいのでしょうか。
倉林:経営者は一緒に事業を大きくするパートナーです。判断の基準は、「その人が、その事業をやる必然性があるかどうか」ですね。ある業界の問題を理解していて、解決したいというパッションを持っていること。そういう人にこそ投資したいと思います。
——どのくらいの時間をかけて経営者を知るのですか。
倉林:たとえばシードで付き合い始めたとして、シリーズAまで最低でも月に1回は顔を合わせます。特に大きな投資をするときには、できるだけ長く付き合った上で決めたいですね。場合によっては、短期的に判断することもありますが。
——経営者の重要性が分かる事例はあるでしょうか。
倉林:最近の事例として、株式会社カケハシというヘルスケア関連の会社があります。薬剤師向けのアプリケーションを開発している会社で、社長が業界にとても詳しいんです。薬剤師の方々が薬歴データの入力で苦労していて、業務を逼迫していることもよく知っている。
ですが、既存のプレーヤーからは最適なソリューションが出せておらず、解決したいというパッションを社長自身が持っていました。カケハシが提供するこのプロダクトであれば薬剤師が抱えている課題に対して本質的な解決が導けるはず。だからこそ、コストをかけなくてもバイラルでユーザーが獲得できると判断して、投資を決断しました。
徳永:それに加えて、Mobingi(モビンギ)さんもいい事例ですよね。
倉林︰確かに、そうですね。
徳永:AWSを手軽に運用できるSaaSプラットフォームを提供しているMobingiさんは、倉林さん経由で富士通のアクセラレータープログラムを紹介してもらい、第2期のプログラムに参加していただけました。富士通側としても協業のメリットが理解しやすかったです。
倉林︰Mobingiの社長は中国出身で、日本で起業しました。日本語は話せないのですが、それでもプロダクトが伸びている。ならば、プロダクトの価値が非常に高いのだろうと。Draper Nexusとしても、AWSのコスト削減は世界的な投資テーマですから、とても理にかなった投資でした。
会社から予算やリソースを与えてもらうスタンスでは、魂が入らない(徳永)
ーー今、倉林さんからはベンチャーキャピタルの立場からお話しを伺いしました。次に徳永さんから、大企業・富士通として、どのようなスタートアップと組みたいと考えているかお聞かせください。
徳永:富士通の事業とのビジネスマッチングを重視したいと考えています。既にプロダクトがあって、富士通の事業部が評価できる体制があると、一番組みやすいステージだといえますね。
たとえば、アクセラレータープログラムの第3期ピッチコンテストで最優秀賞を受賞した株式会社空(そら)さんは、ホテル料金の最適化のシステムを持っており、富士通のホテル向けソリューションと連携できる点を評価させてもらいました。
——なるほど。それでは、5月に開催された「富士通フォーラム2017」でもスタートアップとの共創事例が紹介されました。反響はいかがでしたか?
徳永:立ち見が出るくらいの盛況ぶりで。アンケートを見ても、AIやロボットなどのテーマで「具体的に連携を希望する」という声が多くありました。オープンイノベーションのパートナーとして、富士通のプレゼンスは高まっていると感じます。
倉林:私から見ても、すごくいい取り組みだと思います。大企業だとしても、もはやオープンイノベーションは必須ですよね。テクノロジー領域で勝つ会社というものは、コア領域は自分で作りますが、それ以外はプラットフォームを活用してホリゾンタルにエコシステムを作っています。富士通さんも、これからさらに突き進めていくでしょうし、我々もお手伝いができればと思います。
徳永:私の立場で難しさを感じているのは、国内ではBtoB向けビジネスにマッチングする例が少ないということです。その中でも、BtoB領域に理解があるVCは日本で数少ないので、Draper Nexusさんのことは頼りにしています。
倉林:先ほどもお話したように、業界の課題を分かっている人が事業を興すべき。ですが、日本の場合は、そのような優秀な人が大企業に残っているんですよね。若い人がやろうとしても、BtoB向けの課題が分からないので、BtoC向けになってしまいがちです。
また、それまで大企業にいた人が新規事業をやるときに、私はよく「ゼロスタート」という言葉を使います。というのも、これまでの既存事業のように、予算やリソースを会社から与えられることが”当たり前”というわけにはいきませんから。やはり、昔ながらの大企業的なスタンスでは、新しい事業を生み出し、成功させることは難しいでしょう。その点、大企業である富士通さんではどうでしょうか?
徳永:私は大企業側の人間ですが、新規事業をやるときには同じ気持ちですね。会社から予算やリソースを与えてもらう気持ちでは、魂が入りません。最初は、「こんな事業が上手く行くわけない」と言われることが普通で、そこから問題を乗り越えていくことが必要です。既存事業と同じような真面目な判断だけでは前に進めませんから、部署の「はみ出し者」的な人をあえて連れてくることもあります(笑)。
倉林:突破力と実行力が必要ですよね。投資家に対しても、やると言ったら本当にやり切る社長がいると強いです。
大企業を"使ってやろう"というぐらいの気持ちが大切
——倉林さんの考える「富士通に合うスタートアップ」の条件は何でしょうか。
倉林:ワイルドな観点でいうと、別に合わなくてもいいんじゃないか、と考えます。その事業が成功することが大事であって、何も大企業に合わせる必要はない。生意気な表現ですが、「富士通さんを使ってやろう」くらいの気持ちの方が、結果として富士通さんにとっても面白いと思います。少なくとも、「大企業に使ってもらおう」みたいな世界ではありませんからね。
先ほどのMobingiさんの事例のように、Mobingiさんの事業が伸びて、富士通さんにとってもメリットがある。そんな関係性が理想的だと思いますね。
徳永:今、倉林さんが仰ったことは大事なご指摘です。大企業とスタートアップとはいえ、関係性は対等ですからね。Mobingiさんとの協業のときも、もともと似たプロダクトを富士通社内で作ろうとしていたのですが、既にMobingiさんのプロダクトが存在するからと、開発を中断したという背景がありました。技術や提供スピードで圧倒的に優れたプロダクトをお持ちであれば、社内に似たものがあったとしても、そちらを優先すべきと考えています。
倉林:たしかに時間をかければ、いつかは富士通さんの社内でも似たプロダクトが作れたのかもしれません。ですが、1年も2年も経つと、状況自体が変わってしまいます。とはいえ、富士通さんほどの大企業で、その選択ができたのはすごいですね。アメリカだと、バッサリと止めてしまうことも珍しくはありませんが、日本だとなかなか難しい。
徳永:オープンイノベーションの基本的な考え方ではありますが、自前ですべてをまかないきれないというのは、富士通社内でも共通認識になってきました。社内における判断の基準も徐々に変わってきたように感じます。先日のフォーラムでも掲げた「Digital Co-Creation(共創)」は、今後も富士通が注力していくテーマです。
取材後記
富士通・徳永氏とDraper Nexus・倉林氏は、富士通の元同僚。気心の知れた仲ということもあり、飾ることのないストレートな意見が飛び交った。この対談で特に印象的だったのは、倉林氏が話した「スタートアップが大企業に合わせる必要はない、“大企業を使ってやろう”というくらいの気持ちが大切」という言葉だ。日本のビジネスシーンにおいては、まだまだ大企業が「上」で、スタートアップが「下」という構図が色濃く残ってしまっている。どちらか一方が上・下ではなく、お互いを刺激し合う対等な関係性こそがイノベーションを生み出す鍵となるだろう。
(構成:眞田幸剛、取材・文:玉田光史郎、撮影:加藤武俊)