メンターも常住するコワーキングスペース「Clipニホンバシ」。ベンチャーの文化を大企業に融合させる懸け橋を目指す。
三井不動産のベンチャー共創事業である「31VENTURES」。事業展開の一環として2014年、オープンイノベーション施設「31VENTURES Clipニホンバシ(以下、Clipニホンバシ)」が東京・日本橋に設立した。この事業の中心人物として活躍しているのが、出版業界出身という経歴を持つ三井不動産 ベンチャー共創事業部の光村氏。
「Clipニホンバシ」は2017年4月に場所を移転・リニューアルし、新たな共創空間として着実にその認知を広げている。なぜ三井不動産がベンチャー支援に取り組み、「Clipニホンバシ」を立ち上げたのか。光村氏に話を聞いた。
▲三井不動産株式会社 ベンチャー共創事業部 事業グループ 主事 光村圭一郎氏
出版社勤務を経て2007年三井不動産入社。オフィスビルの開発、プロパティマネジメントの経験を経て、新規事業開発に携わる。2014年に企業人・起業家・クリエイターのコラボ拠点「Clipニホンバシ」を立上げ、現在に至る。オープンイノベーションに関する活動を意欲的に手がけ、スタートアップウィークエンドの審査員やKDDI∞Laboメンター等を経験。自身がメンターを務めたチーム「シンデレラシューズ」がKDDI∞Labo第8期の最優秀賞チームとして選出された。
▲「Clipニホンバシ」(東京都中央区日本橋本町3丁目3-3 Clipニホンバシビル1階)
設立当初に目指したのは、大企業の新規事業担当者の「駆け込み寺」。
――2014年に三井不動産のオープンイノベーション施設「Clipニホンバシ」がスタートしました。まず、設立の背景を教えてください。
2013年に三井不動産社内で新規事業コンテストが開催され、「日本橋からイノベーションを生むスペースを創りたい」と応募したのがきっかけです。多くの企業が新規事業に取り組もうとする中、「働く」にかんするソリューションを提供する不動産デベロッパーとして、それを支援するような場所を生み出そうというアイデアです。当初、Clipニホンバシは、大手企業の新規事業部門の方が集い、交流し、事業を生み出すコワーキングスペースとしてスタートしました。
――大手企業の新規事業担当者支援するというのは、特徴的な観点の取り組みですね。
これは私自身も経験したことなのですが、大手企業の中で新規事業担当になっても、正直何をしていいかわからないのが実情ではないでしょうか。「とりあえずイベントに参加して人脈を広げよう」となってしまいがちですが、それに意味がないことはすぐ気づくと思います。でも、周囲を見渡しても相談できる人がいない。だったら、ウチが駆け込み寺となったらいい、という発想です。当社も大手企業として、新事業を行うにあたっての「壁」が多く存在します。それを乗り越える中で得た経験や知識を共有できればいいと考えたのです。
――施設に集まるのは大手企業の新規事業担当者ばかりなのでしょうか?
いえ、大手企業の方がメインターゲットではありましたが、当初からベンチャーやクリエイターの方も集まる場所として考えていました。大手企業の方が新しいことを始めるには、ベンチャーや、常識を疑い尖ったものの見方ができるクリエイターの力が必要でしょう。
その後、2015年に社内にベンチャー共創事業部が設立され、当初の大手企業の新規事業支援という性格に加え、ベンチャーの成長支援、ベンチャーと大手企業のオープンイノンベーションを目指すという意味も付加されて現在に至ります。
これまでにないものを、ベンチャーと三井不動産で創造する。
――Clipニホンバシにはどんな特徴があるでしょうか。
ベンチャー、大手企業それぞれの事業が成長するための仕組みを、具体的に提供していることだと思います。単に「場」だけを提供し、そこに集まった人が自由に共創してください、という仕組みは、少なくとも日本では成立しません。場を提供する側が、もっと積極的に働きかける必要があると考えています。
ユーザー同士の交流を円滑にするためのコミュニティマネージャーや、事業成長を支援するためのコンサルスタッフを揃えるなど、「人」には投資をしています。
また、ベンチャーと大手企業がチームを組み、数ヶ月間の議論を通じて協業プランを練り上げる「グロースnight」というプログラムを定期的に提供しています。チームには前述のコンサルスタッフも参加し、ともすれば議論がズレがちなベンチャーと大手企業のコミュニケーションをサポートします。
――このような活動を通じて、三井不動産として得られるものはあるのでしょうか。
2つの成果を得ています。
1つ目は、イノベーションに関する様々なナレッジを、体験しながら蓄積できることです。今後、イノベーションというテーマに対する企業のニーズはますます強くなるでしょう。そのとき、不動産デベロッパーとしてそれをサポートできる存在になっていることは、極めて重要な意味があると思っています。
もう1つは、三井不動産自身も一人のユーザーとして、この場での活動を通じて新規事業や本業強化につながるベンチャーとの出会いを得ていることです。具体的に申し上げることはできないのですが、Clipニホンバシで出会ったベンチャーといくつかの協業プロジェクトが動いています。
――「Clipニホンバシ」は開設して3年が経っていますが、その他に共創が生まれた事例はありますか。
既にいくつか新たな事業が生み出されています。ご紹介できる例としては、コニカミノルタ社と学研グループのブックビヨンド社との協業があります。当施設が主催するイベントでの出会いがきっかけとなり、両社は誰でも簡単に書籍出版と電子出版を体験できるサービスを創り出しました。
日本流のオープンイノベーションを模索したい。
――今後の展開として、どのようなことを考えていますか。
ベンチャーと大手企業のオープンイノベーションに対する支援というゴールははっきりしています。今後は方法論をより洗練させ、活動の規模も拡大していく予定です。特に大手企業で新規事業に取り組む方に向けてのコンテンツを充実させていきます。
――よろしければ、具体的に企画しているイベントやプログラムをご紹介いただければと思います。
大企業がイノベーションに挑戦するにあたって課題になる「人材」「技術」「アイデア」といったテーマに沿ったイベントを企画しています。例えばアイデア面では、電通社内のクリエイティブシンクタンクである「電通総研Bチーム」による「アイデアに出会う夜」を7月18日に開催する予定です。また、6月下旬からは「グロースnight」の新シリーズがスタートします。
――31VENTURESにはベンチャー支援という面もありますが、どんな分野のベンチャーに注目していますか。
31VENTURESとしてはどの分野でも大歓迎です。技術/ものづくり系のベンチャーの成長支援にも対応できるような体制も整えています。三井不動産の新規事業担当という立場からすれば、ありきたりかもしれませんがAI、IoT、ロボティクスあたりでしょうか。不動産はビッグデータの宝庫ですし、人手不足も深刻になりつつある中、都市におけるロボット活用は急速に進むでしょう。
――最後に、オープンイノベーションについて、感じている課題などあればお教えください。オープンイノベーションを始める際の参考となる意見を聞きたいと思います。
はい。現在、多くの大手企業がイノベーションの必要性を認識し、ベンチャーとの協業を強く意識しているはずです。一方、オープンイノベーションはこれまで日本にない概念です。日本は伝統的に大手企業が強く、創業100年を超える数多くあります。このような背景を持つ国に、新興企業が国を引っ張るアメリカなど、まったく文化の異なる国で成功した手法を持ち込んでも、うまくいく可能性は高くないのではないでしょうか。
日本は日本流の手法があり、特に大企業が推進しなければならない側面が強くあるはずです。冒頭でも申し上げましたが、当社には多くの失敗があり、同時にそれを修正してきた経験やナレッジがあります。そうしたものを共有し、新しい試みも始めながら、「日本流のオープンイノベーション」を行っていきたいと考えています。
取材後記
2014年にスタートした31VENTURESは現在、三井不動産の本社がある日本橋と同社がスマートシティ開発を進める千葉・柏の葉等に3ヵ所のコワーキングスペースを持つ他、霞が関、神谷町等にもベンチャー向けの小規模オフィスを開設している。いずれも、メンターやコンサルタントが在籍するなど、ただの箱物としてのコワーキングスペースやオフィスではなく、共創を生み出すスペースとしての色合いを強く持つ。また、三井不動産は誰もが知ると言っていい大企業だ。同社は新規事業・イノベーションを多くの失敗を重ね、試行錯誤を繰り返してた歴史を持つという。だからこそ、伝えられる知見も多くあるとのことだ。31VENTURESは大企業とベンチャー企業、双方にとって非常に有効な場所となるはずだ。ぜひ利用をおすすめしたい。
(構成:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)