セイノーHD 執行役員・河合氏や三菱電機×鈴田峠農園 共創ペアに聞く「オープンイノベーションの実践論」――組織づくりや心構えのヒントとは?
1月25日、名古屋市内の起業家育成拠点『なごのキャンパス』で、『Aichi Open Innovation Network 2024』と銘打った対面イベントが開催された。このイベントは、愛知県が過去5年間にわたり主催してきたビジネスマッチングプログラム『AICHI MATCHING』の一環で行われたもので、愛知県内の新規事業担当者を対象に、オープンイノベーションを実践するためのノウハウを共有する場として企画された。
当日イベントでは、2つのトークセッションが行われた。ひとつは、セイノーホールディングス株式会社でオープンイノベーション推進室を率い、共創プロジェクトの事業化に貢献してきた河合秀治氏を招いて、「新規事業開発における社内の壁の乗り越え方」を聞くもの。もうひとつは、共創プロジェクトを進めている共創ペア(三菱電機株式会社名古屋製作所と鈴田峠農園有限会社)より、「事業化に向けた道のり」を聞くものだ。
トークセッション終了後にはネットワーキングの時間も用意され、オープンイノベーションに取り組む人たちにとって実践的なヒントを得られる有益なイベントとなった。本記事では、2つのセッションの内容を中心に、イベントの概要をレポートする。
佳境を迎える『Aichi-Startup戦略』、日本最大のオープンイノベーション拠点『STATION Ai』が今秋開業
最初に、本イベントの主催者である愛知県 スタートアップ推進課より、大野雅史氏が登壇。愛知県が2018年に策定した『Aichi-Startup戦略』の目的や要点、活動内容について説明した。
大野氏によれば、『Aichi-Startup戦略』の特徴は3つあるという。まず1点目が、モノづくり融合型の愛知独自のスタートアップエコシステムの形成を目指していること。2点目が、スタートアップの成長による新産業創出と、オープンイノベーション推進による現行の産業発展の両軸で展開していること。そして3点目が、海外支援機関との連携を積極的に進めていることだ。特にシンガポール、フランス、イスラエルの3カ国とは、現地支援機関と共同でプログラムを開催するなど、関係を深めているという。
2024年10月には、『Aichi-Startup戦略』の目玉でもあるオープンイノベーション拠点『STATION Ai』が名古屋市内に完成する。この拠点において、資金調達支援、人材育成、機会創出、海外連携などに一層注力していく考えだ。『STATION Ai』は、地上7階建、2万3000平方メートルを超える大規模なイノベーション創出拠点となる。STATION Ai株式会社による開発が進められており、スタートアップ・学生・企業などが交流できる場となる。
<トークセッション①>「新規事業開発における社内の壁の乗り越え方」―セイノーHD 執行役員 河合氏
続いてのトークセッションには、セイノーホールディングス株式会社の執行役員 河合 秀治 氏が登場。eiicon・村田氏の質問に答えながら、同社のオープンイノベーション活動について紹介した。
▲セイノーホールディングス株式会社 執行役員 オープンイノベーション推進室長 兼 事業推進部ラストワンマイル推進チーム担当 河合秀治 氏
セイノーホールディングスは、傘下に88社ものグループ会社を有する持株会社で、中核となる事業会社は『カンガルー便』で知られる西濃運輸株式会社だ。直近の売上高は、物流事業に限定すると5000億円規模、グループ連結では6300億円規模に達している。本社は、愛知県とも近い岐阜県大垣市にある。
セッションに登壇した河合氏は、入社26年目を迎える西濃運輸のプロパー社員で、2011年には、役員会に一人でプレゼンをし、予算を獲得のうえで社内ベンチャー(ココネット株式会社)を立ち上げた経験を持つ。そのベンチャーでは、買い物弱者対策として高齢者に食を届ける事業を展開。現在12年目を迎える同事業は今、全国へと広がっているという。
2016年には『オープンイノベーション推進室』を発足させ、数多くの新規事業や共創プロジェクトを形にしてきた。加えて、ラストワンマイル推進チームをリードするとともに、グループ傘下にある10社の代表も務めている。社会貢献活動にも注力しており、2017年からは『こども宅食』という貧困家庭に食を届ける活動にも取り組んでいる。
▲株式会社eiicon 執行役員 Enterprise事業本部・公共セクター事業本部管掌 村田宗一郎 氏
――【設問①】オープンイノベーションに取り組みはじめたきっかけや目的は?
2016年に『オープンイノベーション推進室』を立ち上げた理由を聞かれた河合氏は、2つの理由を挙げる。ひとつは、2011年頃から『新規事業提案制度』がはじまっていたが、混沌とした状況が約3年続いていたこと。「この混沌とした状況を打破しなければならない」という焦りがあったと話す。もうひとつは、社内起業家として苦労した経験から、「後輩たちには、もっと進めやすい方法や枠組みを用意したい」と考えたためだ。そこで『オープンイノベーション推進室』を、社長直轄の組織として東京に立ち上げた。
「『新規事業提案制度』だけができても、誰も提案を出せません。新規事業のネタもないし、そのような教育を受けていないので、フォーマットだけを渡されても、手を挙げる人が現れないのです。さらに、その事業に対して予算がつくのかも分からない。ですから、これらの課題に対処する仕組みを整える必要があると考えました。また、提案できる人も育てていかなければなりません。この2つが新組織を発足させる大きな理由となりました」(河合氏)
もともとクローズドな『新規事業提案制度』があったようだが、なぜオープンイノベーションも導入したのかという質問に対して、河合氏はこう答える。「当社の本業が物流業ということもあり、自社内に独自の技術や面白いソリューションがあるわけではない。他社と組んで一緒に取り組むことが必要になる」。さらに、岐阜県大垣市の本社ではなく、オープンに他社と話す機会を増やすため、東京に拠点を置いたと加えた。
――【設問②】新規事業に取り組むための組織をどのように作っていったのか?
話題は組織づくりにも及ぶ。『オープンイノベーション推進室』を社長直轄の組織とした理由やメリットを聞かれた河合氏は、次のように答える。「当グループは一族経営の会社で、現在の代表は3代目。経営者本人がもっとも危機感を強く持っている。危機感の強い人が、直接管掌する組織にするべきだと考えて社長直轄にした」。なお、河合氏自らが経営陣に直談判をして、直轄組織にする合意を得たそうだ。
『オープンイノベーション推進室』発足当初の2016年は、アクセラレータープログラムの開催やLP出資から着手した。ただ、初期のアクセラレータープログラムはうまく機能しないことも多かったという。その理由として、受け手側(自社)の教育と準備が十分ではなかったこと、プログラム運営用の予算は用意していたが個別のプロジェクトには予算をつけていなかったことを挙げた。個別プロジェクト用の資金がないことで「スタートアップの提案に乗っかるだけになってしまった」と振り返った。
これらの反省点を踏まえ、個別プロジェクトに予算を投下できる体制に変更。さらに、序盤から事業会社(自社内の担当部署)をアサインするようにした。そして、事業会社とスタートアップ、推進室メンバーがワンチームとなって進めるフォーメーションに改善。そうすることで、推進力が高まったという。
2019年12月にCVC『Logistics Innovation Fund』を設立。2023年7月には2号ファンドである『Value Chain Innovation Fund』を発足させ、現在、総額170億円を運用している。CVC立ち上げの背景は、共創事業の予算を捻出するためだったと話す。「役員会を通すために2カ月や3カ月かかっていると、スタートアップは待てないため、迅速に予算設計できる方法を探していた。CVCを設立して、その予算をスタートアップに株式投資し、その予算で一緒にプロジェクトをつくればいいのでは」と考えたそうだ。
――【設問③】プロジェクト立ち上げから事業化に至るまでの社内の壁や、それを乗り越えるために実施したアクションの具体例は?
「実際に、事業が生まれ始めたのはいつ頃なのか」と尋ねられた河合氏は、「2018年、2019年頃だ」と返答。この頃から、ひとつのプロジェクトに対する投資額が徐々に増加してきたと語る。当初は数百、数千万円程度の投資額だったが、数億、数十億円規模にまで伸びてきているとした。また、資金面だけではなく人材面でも積極的に取り組む。
たとえば、株式会社エアロネクストと一緒に進めるドローン物流の『SkyHub®』事業には、全国各地に計50名ものグループ社員を配置。「『SkyHub®』チームでワンチームになっていて、どちらの社員なのか分からない状態で運営している」と話す。50名もの自社社員を共創事業に配置することに対して、社内の反対はなかったのかと聞かれると、反対は大きかったが、将来的に深刻さを増すであろう過疎地問題に先んじて対処できる点や、創業者の開拓者精神を提案に盛り込むことで、合意を得たことを共有した。
「事業化するにあたって重視しているポイントは」という質問に対して、河合氏は2点挙げる。1点目が「誰かの課題を解決できているかどうかだ。それを机上ではなく現場で、私自身が確認するようにしている」と、現場の重要性に触れた。また2点目として「スタートアップと自社のトーンが合うかどうか」も重要な判断軸だとした。
――【設問④】オープンイノベーションを実践する上で大事な心構え・スタンスとは?
最後に投げかけられたこの質問に対して、河合氏は次のように語りトークセッションを終えた。
「スタートアップから提案を待つのではなく、こちらから飛び込んで一緒にひとつのチームで進めていくことが、オープンイノベーションでは非常に重要だと思う。スタートアップよりも自社がより速く走る。それぐらいの心構えで、スピード感を持って進めていくことが大事だ」(河合氏)
<トークセッション②>「共創ペアに聞く、事業化に向けた道のり」―三菱電機 名古屋製作所 × 鈴田峠農園
次のセッションには、共創プロジェクトを進めている2社が登場。eiicon・伊藤氏が司会を務め、具体的な共創プロジェクトの内容に迫った。
1社目は、三菱電機株式会社 名古屋製作所。この製作所では、FA(ファクトリーオートメーション)事業を展開している。登壇した池田氏の所属する『オープンイノベーション推進プロジェクトグループ』は、社外との共創により新しい製品・サービスを創造することを役割とした、名古屋製作所 所長直轄の出島組織だ。
2社目の鈴田峠農園有限会社は長崎県大村市に拠点を置く農業法人で、農産物直売所やレストラン、道の駅を運営している。2005年の開業当初より、蔓植物による暑熱対策を研究しており、2014年にはパッションフルーツを使った移動式緑化システムを完成させ、特許も取得した。国土交通省による『緑で都市を冷やします』実証試験に採択された実績も持つ。
【写真左】 三菱電機株式会社 名古屋製作所 オープンイノベーション推進プロジェクトグループ 専任 池田剛人 氏
【写真右】 鈴田峠農園有限会社 代表取締役 當麻謙二 氏
そんな両社が共創で事業化しようと試みているのは、『パッションフルーツによるIoT緑化シェード(IGS)』だ。鈴田峠農園が研究・開発した移動式緑化システムを、三菱電機のFA技術を活用して自動化するプロジェクトである。このIoT緑化シェードの設置により、都市のヒートアイランド化の緩和や環境共生に寄与していきたいと話す。
なぜパッションフルーツなのか。その主な理由は、パッションフルーツに害虫を寄せつけない成分が含まれていることだ。害虫の接近を防ぐことで、より快適な空間を築いていけるという。本共創では、ミスト、気象センサ、AIカメラなどを使って、パッションフルーツの自動育成と遠隔監視を実現し、一連のシステムを販売することを目指している。
――【設問①】出会いから採択に至るまでに、それぞれどのようなアクションをおこしてきたのか?
2社が出会うきっかけとなったのは、2019年に開催された三菱電機 名古屋製作所主催のアクセラレーションプログラムだ。約50社の応募の中から採択された4社のうちの1社が、鈴田峠農園だったという。三菱電機・池田氏は、FA領域とは異色の農業領域の企業であったことから、「何か新しいことができるのでは」と興味を持ったそうだ。また、地球温暖化を防止したいという想いに共感したことや、同社のFA事業を農業という新たな市場に広げていける可能性を感じ、採択を決めたことを明かした。
一方、プログラムに応募した理由を聞かれた鈴田峠農園・當麻氏は、2017年頃よりパッションフルーツの栽培をIoT化する構想を描いていたと話す。そんなときに目に入ったのが、このアクセラレーションプログラムであり、応募してみたのだという。採択後に、名古屋製作所内にある工場の見学コースをまわる機会を得たが、農業や畜産分野にも活用できる技術ばかりで「これらを使わない手はない」と強く感じたと語った。
▲株式会社eiicon 東海支援事業本部長 伊藤 達彰 氏
――【設問②】共創ビジネスを検討していくうえでのプロセスは?
採択後、共創アイデアの事業化に向けて、どのようなディスカッションを行ったのかを問われた三菱電機・池田氏は「顧客ターゲットをどうするのか」の議論がもっとも多かったと話す。顧客の設定と顧客の抱える課題の仮説出し、想定顧客へのアンケート調査やヒアリングを重ねていったそうだ。
鈴田峠農園・當麻氏も、暑さに関するアンケートを両社で計800件ほど取得したと話す。アンケートの対象は、幼稚園・保育園の先生、その保護者、農業高校など。自社内のメンバーにも協力を募った。印象に残ったコメントが、幼稚園教諭による「28度を超えると外遊びができないが、子どもたちは直射日光を浴びないと免疫が育たない」という子どもたちの健康を案じる声。この声を聞き、本事業に対する使命感が増したという。
また、愛知県の大手不動産会社に話を聞きに行った。すると、大規模な商業施設を建設する際なら、このシステムを導入できる可能性が大きいとの声をもらえたという。三菱電機・池田氏は、共創プロジェクトの発足当初は「屋外に日陰をつくる」ことを主な目的としていたが、それだけでは顧客への提供価値が弱いと考え、「人を集める」という価値も提供できないか検討をしていると語った。
――【設問③】PoCはどう進めたのか?その際に直面した社内の壁は?
2020年、初回のPoCを『なごのキャンパス』(愛知県・名古屋市)で実施した。しかし当時は、コロナ禍中でもあり場所の確保自体が困難だったと話す。人を集めることも難しい状況だったため、一旦、PoCを小休止した。その後、2022年にコロナ禍が収束したことからPoCを再開。『けいはんな記念公園(京都府)』や『うめきた外庭SQUARE(大阪府)』など、一般人も多数訪れる公園へと実証の場を広げたそうだ。PoCでは「快適な空間が提供できるのか」「人がどれぐらい来てくれるのか」などを検証したという。
PoCを重ねるにあたり人手や費用が必要となる。社内の反対はなかったのかと聞かれた三菱電機・池田氏は、上司の協力を得られたこと、権限を移譲されている組織であること、お客さまを見つけてきて客先でPoCを行うことから、社内の理解を得られたと語った。
鈴田峠農園・當麻氏は、2023年に東京都で実施したビルの屋上でのPoCに言及。80台もの室外機が置かれているビル屋上に、パッションフルーツによる緑化シェードを設置した。これにより、ビルの消費電力を10~20%ほど削減できる可能性があるという。「人間も暑いけれど、機械も暑いんだな」と気づき、従来とは異なる方向性が見えたと話す。また、當麻氏のプレゼンを聞いた人から「太陽光発電の周辺機器に取りつけてほしい」との依頼も寄せられているそうだ。
「新しい開拓先、連携先はどう探しているのか」という質問に対して、三菱電機・池田氏は社内の営業チームとも連携を取りながら進めていると話す。鈴田峠農園・當麻氏が各所で開催されるピッチに登壇していることも、認知を獲得するうえで有効に働いているようだ。今後の展開予定だが、2024年には新東名高速道路のサービスエリアに設置する予定。これまでのPoCでは集客に焦点を置いてきたが、次は集客後の行動促進も試みるという。
――【設問④】共創パートナーと事業を作るうえで必要なことは?
最後に、登壇した2名が本共創プロジェクトにかける想いや来場者へのアドバイスを語り、トークセッションを締めくくった。
鈴田峠農園・當麻氏は「長崎という日本の端から名古屋に出てきてワクワクしている。PoCのときに毎回毎回、三菱電機さんの新装置が出てくる。それがまた楽しい。養鶏や畑でも使えそうだと、新しいアイデアが思い浮かぶ。夜も眠れないことがあるほどだ」と、挑戦したいことが溢れ出てくる現状を伝えた。
三菱電機・池田氏は、共創を円滑に進めるうえで大切なこととして「関係性とマインドセット」の2つを挙げる。「関係性については、コツコツと信頼関係を築くことが重要だ。そのためには、フラットな関係性で同じものを一緒につくる。それぞれが興味を持ってアイデアを求めあったり、交換しあったりと、そうした関係の構築が大事だ。マインドセットについては、自分事にすること。知らない世界に足を踏み入れ、新しい事業を一緒につくる。そのワクワク感や喜び、やりがいを自分が感じながら、自分が取り組んでいくという気持ちを持つことが重要だ」とアドバイスした。
取材後記
1つ目のセッションでは、新規事業が全く生まれない状況から数百億円の投資価値のある共創事業が立ち上がるまでの軌跡を辿ることができた。組織や予算に関する様々なヒントが含まれており、オープンイノベーション実践者にとって有益な内容だと感じた。2つ目のセッションでは、異なる領域の2者が出会い、丁寧に議論を積み重ねて信頼関係を築きながら、事業を構築していく様子が伝わる内容だった。最後に語られたように、フラットな関係性を意識し、自分事として楽しむことは、あらゆる共創プロジェクトの当事者において欠かせない気持ちの持ち様ではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)