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KDDIはなぜ「スタートアップファースト」を実践できるのか?これからの知財組織に求められるマインドとは【オープンイノベーションの知財戦略】

KDDIはなぜ「スタートアップファースト」を実践できるのか?これからの知財組織に求められるマインドとは【オープンイノベーションの知財戦略】

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特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチームは12月9日、『オープンイノベーションにも「お作法」あり!大企業-スタートアップ連携における重要ポイントとは』と題したセミナーを主催した。大企業は持続的な成長をするためにオープンイノベーションが不可欠であるが、スタートアップとの連携にはまだまだ問題が多くある。

セミナーには「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書プロジェクトの座長である弁護士の鮫島正洋氏と、スタートアップが選ぶ「イノベーティブ大企業ランキング」で4年連続1位を受賞しているKDDIの知的財産シニアエキスパートの川名弘志氏が登壇し、KDDIの事例と照らし合わせながら、大企業が抱える課題や、これからの知財組織に求められるマインドなどが語られた。――TOMORUBAの新企画「オープンイノベーションの知財戦略」の第一弾として、本セミナーのレポートをお届けする。

■セミナー講師

【上写真・左】 内田・鮫島法律事務所 代表パートナー・弁護士 鮫島正洋氏

東京工業大学金属工学科卒業後、藤倉電線株式会社(現・株式会社フジクラ)入社。在籍中に弁理士試験に合格し、その後日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。1996年に司法試験に合格し、翌年同社を退職。弁護士として新たなスタートを切る。2004年に内田・鮫島法律事務所を開設。地域中小企業知的財産戦略プロジェクト(特許庁)統括委員長。池井戸潤のベストセラー小説『下町ロケット』のモデルになった、国内でも数少ない技術系弁護士である。特許庁「モデル契約書」事業で設置している有識者委員会の座長も務める。

【上写真・右】 KDDI株式会社 総務本部 知的財産シニアエキスパート 川名弘志氏

1993年に第二電電(現、KDDI)入社。2000年に知的財産室に所属し、以降、権利化から係争、訴訟、ライセンス、IPランドスケープ、オープンイノベーションにおける知財戦略などに従事。2006年弁理士登録、2015年4月から2022年3月まで知的財産室長、同年4月から現職。2021年7月から株式会社ソラコムの社外取締役。KDDIはスタートアップの知財活動への支援が評価され、オープンイノベーション推進企業として「2018年度 知財功労賞 経済産業大臣表彰」を初受賞。

「イノベーション創出できない企業はサステナブルではない」オープンイノベーション政策は誰のためのものか?

鮫島氏はまず、オープンイノベーション政策は誰のためのものかという前提について言及した。これを考えるために経産省が2014年に公開した『伊藤レポート』の一文を引き合いに出した。

企業の持続性は、イノベーションによる新市場創出にかかっている。その効果的な推進の方策としてオープンイノベーションがある。引用:伊藤レポート 

この一文について鮫島氏は「”イノベーションによる新規事業を創出できない企業は持続可能(サステナブル)でない”という意味に私は読んだ」と見解を示した。


イノベーションを自ら生み出し、自ら社会実装できる企業であればオープンイノベーションは必要ないが、それができる企業は限られている。そのためイノベーションを生み出すには他者(大学やスタートアップ)が生み出したイノベーションを大企業が社会実装する、つまりオープンイノベーションが現実的な方策だ。オープンイノベーションを実施することは大企業にとっては持続可能性を高めるための戦略になり、大学やスタートアップにとっては独自の技術を社会実装するチャンスになる。

▲モデル契約書プロジェクトの座長を務める鮫島正洋氏

オープンイノベーション政策は誰のものか、という問いについて、「大学・スタートアップ」のみならず大企業のための政策でもあるとの意見を鮫島氏は述べた。

「10年で売り上げが10倍に」KDDIのオープンイノベーション実績

では、大企業・大学・スタートアップの三者にとって価値のあるオープンイノベーションとはどのようなものか、鮫島氏は「大企業として最も多くのオープンイノベーションをやってきた企業はKDDI」として、プレゼンのマイクを川名氏にバトンタッチした。

▲KDDIの知的財産シニアエキスパート川名弘志氏

川名氏はKDDIにおけるBtoC新規事業の件数のグラフを示し、2012年からローンチした40件超の新規事業の多くはオープンイノベーションによるものだと紹介した。BtoC事業のデジタルコンテンツの売り上げは2012年には1400億円程度だったが、2021年に1兆4000億円程度と10倍の売り上げ規模になっていることを根拠に「社会課題の解決と会社の成長においては、このように新しい事業を次々に出していかなければいけない」と実感を語った。


次に川名氏は、KDDIのオープンイノベーションの仕組みについて、事業共創プラットフォーム『KDDI ∞ Labo』の事例を挙げて大企業とスタートアップとの接点づくりについて説明した。


∞ Laboでは、パートナープログラムに参加する大企業から各社が解決したい社会課題と提供できるアセットを提示し、そこにスタートアップが応募するという形式をとっている。2021年度は大企業62社にスタートアップ248社を引き合わせた。これにより558件のマッチングが発生し、360件の大企業によるスタートアップ支援が実施され、4件が事業共創に発展した実績があったという。

オープンイノベーションは大企業の「生存戦略」

2012年というオープンイノベーションが普及していない時期から積極的に外部の技術を取り入れた背景として川名氏は「我々は通信会社で通信技術しか知らない。新しいものは常に外部からくるという考え方だった」と語り、「成功するかわからない分野に投資するよりも、専門性のある人や企業を取り込んで一緒にやったほうが早くてリスクが少ない」と付け加えた。

これに対して鮫島氏は「それはKDDIが通信という汎用性のある分野だから言えるのではないか」と問いかけた。川名氏は「通信会社は日本に4社しかないのでそれはある」と認めつつ、「それは他の業界にも言えることで、強い会社はオンリーワンの技術を持っている。そこで他の企業と組んでやるのはどの業界でもできるはず」と見解を述べた。

次に話は、∞ Laboで行われているユニークな人事交流に発展する。マッチングしたスタートアップを支援する部署にKDDIの社員が副業として参加するケースもあるという。また、オープンイノベーションを専門にした部署では「育成に5年、回収まで10年」というスパンでスタートアップと向き合っており、事業面、知財面、広報面などでサポートする仕組みが整っているとのことだ。このような体制を作るためにKDDIではトップダウンで方針を定めているためスタートアップ支援を円滑に行える、と川名氏は説明した。

また、鮫島氏は「答えにくい質問かもしれないが」と前置きし「スタートアップは全てが成功するわけではないが、そこをどう考えているのか」と川名氏へ質問した。


KDDIでは∞ Laboとは別にオープンイノベーションファンドという300億円の予算を有するスタートアップ支援のプログラムがあり、120社超を支援しているが、当然、全てが成功するわけではないという。中には買い取った株を創業者に返したり、支援当時とビジネスモデルが変わってしまい支援が続けられなくなるケースも珍しくはないとのことだ。

スタートアップにおいては、イグジットをする割合が1〜2%であると言われているなかで、KDDIは120社超の支援先のうち、現在2社が上場によるエグジットを実現していて、ほかにもM&Aによるエグジットを果たしたケースもいくつかあるという。

大企業とスタートアップのWin-Winを実現するためのオープンイノベーションの「お作法」

大企業とスタートアップがオープンイノベーションによってWin-Winになるためには、従来のような「元請け・下請け」のような大企業優位の関係ではなく、知財・無形資産の扱いを適切に運用する必要がある。

KDDIではオープンイノベーションプログラムにおける知財・無形資産に関して以下の3つの基本方針を定めている。

1. 支援先の事業慣用や事業内容を深く理解すること
2. 支援先の事業の持続的な成長に資する支援を提案し、実行すること3. 支援先から得られた情報を適切に管理し、他の目的で利用したり、第三者に開示・漏洩しないこと引用:
KDDI Open Innovation Programにおける 知財・無形資産の取り扱いに関する考え方

この基本方針を見て鮫島氏が「非常に驚いた」と感じたのは、共創で生み出された知的財産がスタートアップに100%帰属するという部分で、これは従来の知財業界の常識とはかけ離れたものだという。

こうなった経緯について川名氏は「ライセンスを受けることもできるが、説明がややこしい」と言い切る。基本方針の「支援先の持続的な成長に資する」という部分に照らし合わせると、100%支援にまわることに徹するのがKDDIのスタンスだ。当然、スタートアップがKDDIの支援から離れて、共創の成果を競合に持ち込むリスクもあるが、そこは飲み込む覚悟だと言う。


鮫島氏は「KDDIが獲得できるはずの知財をスタートアップに渡してしまっても、知財部門のモチベーションが落ちないのか」と川名氏にたずねると「スタートアップを支援したい知財担当者を募集しているので、モチベーションについては問題はない。むしろスタートアップ支援が目的となっているので、経営へのアピールポイントとなる」と内情を明かした。

通常、特許の取得数などが知財部門のKPIとなるが、KDDIの知財部門は、そのような業界の常識に反し、スタートアップファーストを貫く中で自社及びオープンイノベーション先の事業成長を実現する実例を作ったと鮫島氏は評価する。この状態を実現するために、地道な施策としてクリアランス調査、リスク排除、攻める知財の実践、社内での知財の教育なども実施していると川名氏は語り、そのうえで「アイデアを大事にする文化」が醸成されていると感じているという。

大企業の知財部門が抱えるジレンマと、それを解決する「モデル契約書」

KDDIのようにオープンイノベーションをWin-Winに進めるために、大企業はなにをすればいいのか。鮫島氏は大企業のオープンイノベーション交渉にいくつか問題点があると指摘し、ベンチャーに対して過度に強い要望をする大企業はスタートアップコミュニティで評価が下がるという可能性を示唆した。このような大企業は、KDDIのようなスタートアップファーストの大企業と比較され、結果的にスタートアップが保有するイノベーションから遠ざかってしまい、長期的な競争力を失いかねない。


これに対し川名氏は、共創の成功事例を産むためには「マッチング数をいかに多くするかが重要」であるため、大企業がスタートアップの間口を狭めてしまうとエコシステムの裾野が広がらなくなるという。加えて川名氏は「知財部門は、大企業の既存ビジネスを伸ばす業務よりも、スタートアップのコア技術の権利を確保する・リスクを排除するといった業務の方が潜在的に活躍できる市場は大きいのでは」と見解を語った。そのうえで、大企業の知財人材にとって、スタートアップを支援することが結果的にキャリアを好転させ、ひいてはスタートアップエコシステムを拡大することにつながるはずだと持論を述べた。

鮫島氏はこの意見に理解を示しつつ、現実的には知財人材が共創の成果物の知財権を100%スタートアップに帰属させることは簡単ではないと言う。鮫島氏は「現場の知財担当者がこれまでの実務慣習に則って処理してしまうと、オープンイノベーションを促進するという経営戦略に反してしまうケースがあるのではと危惧している」と懸念点を語り、川名氏もこれには同意する。

ではどのように方針転換すれば良いのか。特許庁が発行している『オープンイノベーション促進のためのモデル契約書』は、大企業とスタートアップがWin-Winになるために作成した契約書の雛形で、前述のとおり鮫島氏がプロジェクトに参加している。川名氏はモデル契約書の内容について「合理的でKDDIの感覚と合っている」と評価しており、オープンイノベーションを検討している大企業にとっては有力な選択肢になりそうだ。

イベントの最後に両者は大企業の知財部門の今後について言及した。これまで大企業の知財部門は自社のリスクヘッジを担うのが一般的だったが、大企業の生存戦略にオープンイノベーションが欠かせなくなる可能性は高い。川名氏は「ディフェンスだけの業務を続けていると知財組織が衰退していってしまうのでは」と述べ、鮫島氏も「全く同意」とうなずいた。実務慣習に拘泥することなく、ビジネスを成長させるという視点に切り替え、それにいかに貢献できるかが、これからの知財部門の分岐点になるという意見で両者の意見が合致したところでセミナーを締めくくった。


取材後記

KDDIの事例から、大企業がスタートアップファーストのスタンスをとることで、事業成長も見込めることがわかった。しかし、ハードルは低くない。大企業がトップダウンでの方針を定め、さらにその方針が現場に浸透していなければ実績は作れない。特に、これからの知財担当者に求められるスキルセット・マインドセットが大きく変わっていると感じた。セミナーでも再三語られたように、知財担当者がトラディショナルな業務から抜け出せないケースは少なからずあるだろう。特許庁が発行しているモデル契約書を活用して、多くの大企業がスタートアップファーストを実践することを期待したい。

(編集:眞田幸剛、取材・文:久野太一、撮影:加藤武俊)

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