オープンイノベーションを活用できる大企業は何が違う?“自前主義”脱却と知財の重要性とは
「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書に関する調査研究」の取り組みの一環として、特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチームは12月21日、「オープンイノベーション完全攻略!~目指すべきオープンイノベーションの姿と実践のポイント~」と題したセミナーを開催した。
今回登壇したのはオープンイノベーション促進による新規事業の創造・事業化支援に携わるeiicon company 代表/founder 中村亜由子氏と、株式会社ゼロワンブースター 代表取締役CEO 合田ジョージ氏。後半には同じくゼロワンブースターの木本恭介氏が契約交渉の実践的なポイントについて解説した。
――TOMORUBAのシリーズ企画「オープンイノベーションの知財戦略」の第二弾となる本記事では、セミナーで語られたオープンイノベーションを理想的な形で実現するための具体的なオペレーションや、契約時のポイントについてのレポートをお届けする。
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■講師プロフィール
【上写真・中央】 eiicon company 代表/founder 中村亜由子氏
東京学芸大学卒。2015年「eiicon」事業を単独で起案創業し、パーソルグループ内新規事業として、リリースを果たす。2018年よりcompany化。現在はeiicon companyの代表として、24,000社を超える全国各地の法人が登録する日本最大級の企業検索・マッチングプラットフォーム「AUBA」、会員2万人を超える事業活性化メディア「TOMORUBA」等を運営する。現在は年間60本以上のイベントにおいて講演・コメンテーターなども務め、多くのアクセラレータープログラムのメンター・審査員としても幅広く活動。エンジェル投資家として複数のスタートアップに投資・支援もしている。
【上写真・右】 株式会社ゼロワンブースター 代表取締役 合田ジョージ氏
MBA、理工学修士。東芝の重電系研究所・設計、国際アライアンスや海外製造によるデザイン家電の商品企画。村田製作所にて、北米およびMotorolaの通信デバイス技術営業後、通信分野の全社戦略に携わる。スマートフォン広告のNobot社のマーケティングや海外展開を指揮、KDDIグループによる買収後には、M&Aの調整、グループ子会社の海外戦略部部長。現在はゼロワンブースターにて事業創造アクセラレーターをアジアで展開中。
【上写真・左】 株式会社ゼロワンブースター 木本恭介氏
2001年日本技術貿易株式会社(現NGB株式会社)に入社後、日本・米国市場を中心に、特許調査・分析案件に従事。専門分野は、情報通信分野で、主な顧客は、国内の大手電機メーカーをはじめ、通信事業者、自動車メーカー、複合機器メーカー、ゲームメーカー、など、国外は米国・欧州を中心とした各国弁護士事務所を担当。2017年からは、特許庁主導の中小企業支援事業の一つ、『中小企業知財金融促進事業(知財ビジネス評価書作成支援事業)』に、調査会社の一つとして参画し、社内にて当該プロジェクトを主導、地方金融機関向けに、融資先中小企業の事業性評価を行う業務にも従事。2020年1月よりゼロワンブースターに参画。工学修士、MBA。
オープンイノベーションが日本で始まって15年、今と昔で何が変わった?
セミナーの最初のセッションではオープンイノベーションが今と昔でどのような変化を遂げたかをテーマに対談が行われた。合田氏は日本でオープンイノベーションが導入された2008年ごろから共創に携わっており、ここ数年のオープンイノベーションを取り巻く大企業の環境には変化を感じるという。
これに中村氏も同意し、2015年ごろはまだまだオープンイノベーションが浸透しておらず大企業は「オープンイノベーションごっこ」と揶揄され、効果的な共創相手が見つからないスタートアップには「アクセラレーター疲れ」の傾向があったと振り返る。その頃と比較すると、ここ数年のオープンイノベーションは実のある共創が増え、イグジットをしっかり見据えたものになりつつあると印象を述べた。
合田氏はこれまでのオープンイノベーションの課題はスタートアップの知財が共創する大手企業に取られてしまうのではという懸念があったが、企業がスタートアップと連携することに慣れてきたことで、特に大企業の「マナーが極めて良くなってきた」という。一方で、中村氏は大企業側がオープンイノベーションを受発注の関係と捉えていることや、法務・知財部門の担当者がWin-Winを目指す体制が整っていないケースもまだ多いとみている。
▲ゼロワンブースター代表取締役CEOの合田ジョージ氏
製薬や素材といった「研究×研究」で共創が発生する分野では、以前から円滑なオープンイノベーションが行われていたと合田氏は話す。しかしながら、「事業×研究」ペアでのオープンイノベーションのマナーにバラつきが出ているという懸念があるという点で両者の認識は一致しているようだ。その原因について中村氏は「忖度がはたらいて口約束から共創が始まりトラブルが増えている印象」だという。合田氏も「大手とベンチャーの前提が揃っていないことで後からトラブルになることが多い」と補足した。
もともとスタートアップと大手企業では法務・知財のリテラシーに差があることが、こうしたトラブルの原因になってしまうのだが、スタートアップはこの課題をどう解決するべきだろうか。
スタートアップの立場から考えるオープンイノベーションの活かし方
スタートアップは効果的なオープンイノベーションをどうやって創出するべきなのか。トークテーマは「どう活かす?オープンイノベーション〜スタートアップの立場から〜」に移っていく。
合田氏は、昨今のスタートアップには更に優秀な人材が集まり以前よりもプレゼンスが増してきているため、スタートアップ側が大手企業とのWin-Winの関係を築くノウハウを知っておく重要性が高まっているという。しかし、スタートアップは都心と地方で特色が異なっていて、都心のスタートアップは大手企業の文化をよく知る大手出身者で構成されている場合も多いが、地方はそうではないケースの比率が高い。
つまり、共創のリテラシー向上は地方のスタートアップにこそ求められるスキルということになる。スキルとは具体的には契約内容の精査となるのだが、中村氏は「スタートアップとして完全に思い通りの契約内容を締結できるケースは少ない」と言及しつつ、それを理解したうえで「譲れる部分・譲れない部分を決めて、しっかり契約で握ることがオープンイノベーションを上手く使うコツ」と述べた。
▲eiicon company 代表/founderの中村亜由子氏
「いいポイントですね」と合田氏は相槌をうち、続けて「オープンイノベーションを支援していて地方と東京のベンチャーに技術的な差は感じないが、eiiconでは契約関連について地方と東京で差を感じるか?」と中村氏に質問した。
これに対し中村氏は差があるのは事実だとして「最初の秘密保持契約から双務契約になっているかが重要で、片務契約で結んでしまう場合もある」と言う。さらに「次のステップとして期間の問題がある。ベンチャーが自社の体力が及ばない期間で契約を結んでしまうケースも見かける」と注意喚起した。
この差が生まれる背景として合田氏は、地方と東京のスタートアップでは弁護士やVCに相談できる距離感に違いがあると指摘する。
この解決策として中村氏はモデル契約書に付属する解説を参照することをスタートアップに勧めているという。スタートアップが弁護士やVCにアクセスしにくい「丸腰」の状態からでも、モデル契約書と自社の状況を照らし合わせてタームシートを作成していくことで、課題の洗い出しが可能になるという。それに加えて、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が各地に設置している知財総合支援窓口を活用するのも有効な手段だという。
いずれにせよ、契約の建て付けによってはスタートアップにとってコアになる技術がゼロになってしまうリスクがあるため、わからないまま進めるのではなくVCや弁護士、INPITの知財総合支援窓口などに相談することが何より大事になる。
自前主義は成長放棄?大手企業はオープンイノベーションをどう活かすべきか
続いてのセッションでは、大手企業がオープンイノベーションをどう活かすかについて議論がかわされた。合田氏はセッションの冒頭で「大手企業からよく聞くのは『うちは自前主義だ』という言葉。これは自力だけでは飛躍的な変化は難しいので、会社によっては成長を放棄していることに近いとも取れる」と述べ、大手企業に多いスタンスをバッサリと切った。
中村氏も大手企業の自前主義の弊害を感じることは多いとうなずき、「今、企業には社会課題の解決が求められるが、これらは1社では解決しにくいもの。オープンイノベーションはやらざるをえないもの」と話し、改めてオープンイノベーションの重要性を強調した。
合田氏は日本が停滞している理由の一つが「流動性」であると言う。流動性といっても転職すればいいわけではなく、交流を増やすことが重要で、ドイツでは人材がひとつの職場に止まらずにキャリアを形成することでオープンイノベーションが生まれやすくなっていると説明した。
中村氏は日本の大手企業でオープンイノベーションを上手に取り入れている例としてKDDIを挙げる。KDDIは「通信に関する既存事業は自社でやる」一方で、「新規事業は全てオープンイノベーション」という戦略を定めていることが良い事例になっているという。
合田氏はKDDIのオープンイノベーションの枠組みである『KDDI ∞ Labo』について「ある会社同士をマッチングするのではなく“企業群”でオープンイノベーションを推進している」ところが成功の要因だと分析する。新規事業に取り組むにあたって、国内で競合してもメリットは少ないため、大手企業が企業群を形成し、それに対してスタートアップが共創を提案するのが効率的だと述べた。
日本で大手企業が上手に共創に取り組んでいる分野として、中村氏は「通信はもともとスタートアップマインドがあるので強い。他にも最近は交通・モビリティの分野が強くなってきている」とのこと。背景として、交通・モビリティは人口減の影響を受けやすいため、業界が抱える危機感の高さがあるという。特に鉄道会社は日本で初期からオープンイノベーションに取り組んでいる企業群だと述べた。
合田氏は「同じ業界でもオープンイノベーションの進捗に差があるのはなぜか」と中村氏に質問した。これに対し中村氏は「成長戦略が描けているか」が違いを生み出していると説明する。たとえ自前主義だったとしても、圧倒的な技術力で数十年後まで成長できるビジョンがあれば問題ないが、そのような企業はほぼ存在しないのが現状だという。
中村氏は続けて特に問題なのは大企業が縦割りの組織になっているため、「法務部門が知財について学ぶ必要がないと思っている場合が多い」と危惧した。合田氏はこれに同意して「大企業は、共創するならスタートアップの知財を100%大企業側が抱え込むのが正しいと思いがち」だと警笛を鳴らす。
この考え方はオープンイノベーション先進国では反対で、「知財はスタートアップが持ち、大企業がビジネス面でサポートする」ことがセオリーになっていると説明した。大企業は知財の「抱え込み」に走るのではなく、共創を通じて価値の総和を高めていくことが、大企業・スタートアップ両者にとってメリットになることを理解する必要がありそうだ。
▲特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチームと共に本セミナーを運営しているのが、野村総合研究所の社会イノベーション政策グループ。今後も、セミナー等を通じて積極的に情報発信を続けていく構えだ。
オープンイノベーションの契約の種類と契約時のポイントとは?
後半パートは「オープンイノベーションにおける契約の話」をテーマに、ゼロワンブースターでアクセラレータープログラムなどを担当してきた木本恭介氏が登壇した。
▲ゼロワンブースターの木本恭介氏
まず木本氏は、オープンイノベーションに関連する契約書はフェーズごとに複数種類あることから解説をはじめた。具体的には「NDA(秘密保持契約)」「PoC/FS契約」「共同研究・開発契約」「ライセンス契約」がある。
ただ、フェーズごとに別々の時期に契約する場合もあれば複数の契約を包括的に結ぶケースもあるとのこと。さらに、スタートアップ、大企業に加えてアクセラ事業者も含めた三者間契約を結ぶケースも珍しくないということだ。
オープンイノベーションの初期段階で重要なのは、前半のセッションで中村氏が言及していたように大企業の知財担当者を巻き込んで前提をあわせることだという。そこではオープンイノベーション担当者が「達成したいこと」と法務・知財部門が考える「法律的に正しいこと」の間にあるギャップを解消する必要があるため、両者による「マインドセットの変革」と「認識合わせ」をしておくことが必須になる。
例えば、ゼロワンブースターの運営するアクセラレータープログラムではNDAの冒頭に「本契約の目的」として「スタートアップの新規事業の検討」と明記されているという。さらに、大手企業にとってはアクセラレータープログラムそのものが「組織文化の変革」のためのツールとなることが目的となっている。
次に木本氏は、それぞれの契約書を締結するときに留意すべきポイントについて下記のとおり解説した。
■NDAで留意する点
・秘密情報の利用目的をしっかり特定する
・開示する秘密情報の定義・範囲を定める
・情報の重要性を選別しておく(NDAなしで開示、NDA締結で開示、NDA締結しても非開示)
・秘密保持の期間
なかでももっとも留意する点は、相手の態度だと言う。NDAは最初に結ぶ契約書なので、ここで共創相手としてふさわしいかを見極めなければならない。条項の修正に応じない、過剰な条件が多い、一方的に雛形を送りつける、検討に時間がかかりすぎる、といった兆候が見られる場合は注意が必要だ。
■PoC/FS契約で留意する点
・目的の明確化
・成果物の明確化
・終了条件の明確化
さらに、もっとも注意すべき点として挙げたのは「成果物の開発行為や開発結果の引き渡しについて合意しない」ことだ。PoC/FSは必ずしも成果がでるとは限らないので、この時点では開発結果について「利用目的を明確化」「一定期間経過後の破棄義務」「保証しない・責任を負わない」ことに留意しなくてはならない。
■共同開発研究契約で留意する点
・本研究開発対象の明確化
・役割分担の明確化
・費用分担についての明確化
ここでも特に留意すべき点があるという。それは「知財の帰属と利用条件を『共同』することのリスクを知ること」とのこと。共同開発したから知財の帰属と利用条件も共同にしてしまうと、「特許出願が共同でないとできない」「第三者へのライセンスに共同者の同意が必要」「持分譲渡に共同者の同意が必要」になってしまい、意思決定のスピードが落ちてしまうリスクが高まる。
仮に共有にする場合は、「共有関係を解消できる条項の追加」「どちらかの当事者が単独で出願できるようにする」「第三者へのライセンスは一定の条件下で予め同意を得る」などの工夫が必要になるとのこと。
■そのほか契約時の留意点
スタートアップが持つ知財には「当事者が以前から所有していた知財(Background IP:BGIP)」と「共創によって生まれた知財(Foreground IP:FGIP)」を分けて考えることが大事で、FGIPにばかり注意がいきがちだが、BGIPの保護にも留意する必要がある。
また、サブライセンス権(第三者ライセンス)にはいくつか方法があるものの、いずれも特許権者の許諾が必要になることを忘れてはいけない。ライセンス契約時に、許諾内容に応じてサブライセンスについて予め包括的な承諾を受けるのか、特定の事業者だけ承諾を受けるのか、その都度承諾を受けるのか、ケースバイケースで契約に盛り込んでおくべきとのこと。OEM業者へのサブライセンスはグレーなので、予め製造委託が可能であると明記することがオススメだという。
一方、改良発明については特にスタートアップには注意が必要だという。スタートアップが持つライセンスをベースに、大手企業が大量の改良発明を出願してポートフォリオを組んだ場合、スタートアップが身動きを取れなくなってしまう場合が考えられる。そうならないためにも、改良発明については双方無償ライセンスする条項を盛り込むことなどの対策が有効とのことだ。
編集後記
前半に登壇した中村氏と合田氏、そして後半に登壇した木本氏も、メッセージは一貫していてスタートアップは「契約で不利にならない努力をするべき」、大企業は「攻める知財戦略でさらなる成長を」というものだった。オープンイノベーションはあくまでも「成果が主役」なので、スタートアップと大企業の双方がWin-Winになるためにもモデル契約書を上手に活用することを期待したい。
※関連サイト:特許庁「オープンイノベーションポータルサイト」
(編集:眞田幸剛、文:久野太一、撮影:齊木恵太)