Aichi-Startup戦略のキーパーソンに聞く――2024年開設の「STATION Ai」。その狙い、描く未来とは?
世界最高レベルのスタートアップの中核支援拠点「STATION Ai」――愛知県が構想する同施設の開設が2024年に迫っている。これに先立ち、2020年1月にステーションAi「早期支援拠点」がコミュニティ型ワークスペース「WeWorkグローバルゲート名古屋」内にオープンした。2021年4月には、「PRE-STATION Ai」として機能を拡充し、スタートアップのビジネス支援などが行われている。「STATION Ai」の大きな狙いであるスタートアップ・エコシステムの形成に向けた施策が成果を生み始めている。事実、VCやCVCなどからの資金調達に成功する事例も増えており、大企業とのオープンイノベーションに取り組むスタートアップも目立ってきている。
――そこで今回、同県 経済産業局 スタートアップ推進監の柴山 政明氏に、手がける戦略や、既に稼働している「PRE-STATION Ai」の取り組みなどについてインタビューを実施した。聞き手は、受託企業として「PRE-STATION Ai」での事業を運営するeiicon company 代表/founder 中村亜由子だ。
柴山氏は中小企業金融課長だった2018年からスタートアップ推進施策を担当しており、2019年のスタートアップ推進課の発足と共に同課長に就任。常に最前線で活動を繰り広げ、同県のスタートアップ政策のキーパーソンと言える存在だ。柴山氏の話は、日本が抱える課題などにも及んだ。
■愛知県 経済産業局 スタートアップ推進監 柴山政明氏
愛知県庁入庁後、企画政策部門、総務部門に配属。全庁的な政策調整業務等を担う。その後、産業部門に着任。中小企業金融課長であった2018年から愛知県のスタートアップ推進施策を担当しており、2019年9月にスタートアップ推進課の発足と共に同課長に就任。2020年4月から現職。
地域の企業×スタートアップのオープンイノベーションを目指す
中村 : 愛知県では積極的にスタートアップ支援に取り組んでいます。スタートアップの創出・育成・展開を図るための中核支援拠点「STATION Ai」の整備を進めていますが、その背景と狙いを教えてください。
柴山氏 : 愛知県の製造品出荷額等は自動車産業を始めとする輸送機械が半分以上を占め、経済は潤っていました。ところが今、自動車産業は100年に1度の大変革期を迎えています。ビジネス環境が大きく変化しているのはご存じの通りでしょう。かつてない事態に直面しています。
この状況をチャンスと捉え、現行産業の付加価値創生や新しい産業を興そうというのが「STATION Ai」プロジェクトの発端です。スタートアップを起爆剤に世界的なイノベーションを創出する。愛知県をイノベーション都市として構築しようというのが大きな狙いです。
中村 : 愛知県で構想するスタートアップ・エコシステムの概要にお聞かせください。
柴山氏 : 地域からスタートアップを生み出すと共に世界の有力スタートアップを招致します。しかし、スタートアップのみに着目しているのではありません。先ほどお伝えしたように、愛知県には自動車をはじめ、航空宇宙、ロボット、産業機械、ヘルスケアなどで国内トップクラスの実績を持つ企業が多くあります。
そうした企業とのオープンイノベーションを起こすことが真に目指す姿です。地域のモノづくり企業はもちろん、サービス産業などとスタートアップが結び付き、新しい価値を生み出すことを最も重視しています。なお、愛知県のこうした取り組みが評価され、名古屋・浜松地域とともに、2020年に国のスタートアップ・エコシステム「グローバル拠点都市」にも認定されました。
中村 : 国の事業も進んでいるということですね。
柴山氏 : 愛知県としては2018年から取り組みを始めています。エコシステムを形成にするに当たっては、愛知県だけではできません。県内の基礎自治体、大学、支援機関、金融機関などとの連携が必須です。これまでに積極的に連携を進めて現在、Aichi-Startup推進ネットワーク会議のメンバーは200を超え、スタートアップ・エコシステムの有力なコミュニティとして機能しています。
中村 : スタートアップの支援拠点として「PRE-STATION Ai」を2020年に開設しました。どのような支援を行っているのでしょうか。
柴山氏 : この地域では80を超える支援プログラムが動いています。特徴はスタートアップの成長ステージに合わせた支援を行っていることです。ステージごとに資金調達、マーケティング、人材採用など経営課題が変わってきます。つまり、スタートアップのステージに応じた支援を行うことで、最も適したバックアップが可能になります。愛知県でも20を超えるプログラムを実施し、どのステージにあっても必要な支援を受けられるようになっています。
エコシステムの確立には、”拠点”が必要不可欠
中村 : 「PRE-STATION Ai」や将来の「STATION Ai」のような”拠点”を持つメリットを詳しく教えてください。
柴山氏 : 成功例や失敗例が集積されることが挙げられます。知識と経験を共有できますし、人と人が対面で会い何気ない会話をする中で投資が決まることも実例として多々あります。何より刺激し合える仲間と出会えることが有益です。時に周囲の進行具合を見て焦ることもあるでしょう。しかし、それも良い意味で刺激になります。
「STATION Ai」は、フランスのスタートアップ支援機関「STATION F」をはじめ、世界各国のイノベーション創出への取り組みを視察する中で構想が生まれました。グローバルの状況を見て確信したのが、拠点は絶対に必要だということです。役所が拠点を作ると、ややもすれば箱物行政と批判されるケースもありますが、各国の有力なスタートアップ・エコシステムは拠点を持っていることを強調してお伝えしておきます。
▲名古屋市内(鶴舞公園南側の県勤労会館跡地)に開設される「STATION Ai」。
中村 : 「STATION Ai」は、「STATION F」を参考にされていますね。
柴山氏 : はい。「STATION F」に着目したのは、オープンイノベーションを重視しているからです。「STATION Ai」より数年先を行っていますので、課題などをよくわかっています。「STATION F」の担当者とは毎週のようにテレビ会議を行い、さまざまなアドバイスを頂いています。
また、「STATION F」のダイバーシティの取り組みも非常に参考にしています。「STATION F」の入居者は、女性の割合を3分の1、外国人の割合を3分の1ということで、ダイバーシティーを推進しています。「STATION Ai」もそれに倣い、託児施設の整備や、スタートアップビザの発行を支援する予定です。
中村 : イノベーション創出のため、さまざまな観点で支援を行っていることがわかります。
柴山氏 : そうですね。他にも、例えば国は働き方改革で副業を推奨していますが、「PRE-STATION Ai」の入居者には、実は会社員としての本業を持つ方もいます。ビジネスを含め社会が大変革期を迎えている今、社員の副業は多様な人材の確保などのメリットの存在を理解することも重要です。
環境変化の中では、新しい視点や発想が入ることなく、古いままで変わらなければ、やがて淘汰される可能性が高まるでしょう。副業は、社員が自分の価値を高め収入を得るきっかけになると共に、一方で会社側はイノベーションの萌芽をつかめるチャンスも出てきます。双方にとってメリットがあることなのです。「STATION Ai」も副業者を受け入れ、それぞれ企業のイノベーションの最適化を図っていきたいと考えています。
▲多様な経歴を持つ統括マネージャーたちが、「PRE-STATION Ai」を支えている。
県内各地域でテーマ別のインキュベーションを展開
中村 : 柴山さんご自身は、なぜスタートアップ支援やイノベーション創出に携わることになったのでしょうか?
柴山氏 : 本格的に携わるようになったのは2018年からです。その時は中小企業金融課でスタートアップ戦略を手がけていました。その後、2019年にスタートアップ推進課として正式に発足されたのに伴って、同課の課長に異動したのです。
知事(大村秀章 愛知県知事)はイノベーションを起こす産業施策も重視していました。日本の行く末に大きな危機感を抱かれており、現状を打破するにはイノベーションが不可欠と考えられていました。この知事の考えを施策として具体化したものが、イノベーション創出に向けたAichi-Startup戦略です。先ほど各国のスタートアップ・エコシステムを視察したとお伝えしましたが、知事自らが戦略を組んで世界からノウハウを吸収されています。
中村 : 日本国内ではかなり先んじた取り組みだと感じました。周囲の反応はいかがだったでしょうか。
柴山氏 : 施策立ち上げの当時はスタートアップ・エコシステムと言っても、あまり周囲の理解は得られなかったのではないかと思います。そうした中にあっても、知事のイノベーション創出やオープンイノベーション、スタートアップ支援の強い意向のもとで施策が具体化していきます。その後、世界で最も成功していると言われるスタートアップ支援機関「STATION F」との正式連携も決まりました。
中村 : 「STATION Ai」の開設が2024年に迫っています。今後、どのような取り組みを行っていく予定でしょうか。
柴山氏 : 「STATION F」を視察した時に、もう一つ重要な発見がありました。実は「STATION F」だけでエコシステムができているわけではありません。パリ市の外郭団体Paris&Coが10を超えるテーマ別のスタートアップ支援拠点を持っています。つまり、「STATION F」とパリ市は連携しエコシステムを動かしていたのです。「STATION Ai」をはじめ、愛知県のエコシステムもこれに倣い、テーマ別拠点の設立を進めています。
中村 : テーマというと、どのようなものなのでしょうか。
柴山氏 : 例えば、愛知県西部の大府市の国立長寿医療研究センターでは、高齢社会に向けたヘルスケアなどの分野で研究が行われており、こうした地域に集積した知見を生かした取組ができないかと考えています。東三河地域では、独自に設立されたスタートアップ支援機関を中核とし、地域の強みである「農業と食」を当面のテーマとした取組も始まっています。グローバルでは社会課題の解決を担うソーシャルスタートアップの盛り上がりが見られます。「STATION Ai」プロジェクトでも同様に、イノベーションを起こしながら社会課題の解決も目指しているのです。
中村 : 「STATION Ai」の開設に向け、着々と準備が進んでいる様子がうかがえます。
柴山氏 : パリ市がスタートアップ・エコシステムを数年で確立させたのは、「STATION F」とパリ市が連携した結果に他なりません。愛知県でも同じ地域構造をつくっていきたいと考えております。2024年に「STATION Ai」が本格始動する前に、スタートアップ支援と並行してテーマ別のイノベーションを推進していく考えです。
中村 : 愛知県は県を挙げてイノベーションの取り組みを進めています。柴山さんはイノベーションに対してどのような思いがあるのでしょうか。
柴山氏 : 今、日本は重大な局面を迎えています。近年、国内総生産は横ばい状況が続き、給与も大幅な伸びがみられません。GDPは世界3位の地位を守っていますが、1人当たりGDPの伸びでは大きくありません。
このような中、私どもの知事が日頃、述べておりますが、イノベーションを起こすことが最大の解決策であると考えています。イノベーション創出に向けて、愛知県はポテンシャルと強靭な産業基盤を持っています。知事も「スタートアップ興国論」という書物を発行し、スタートアップにより日本を興していく考えです。
社会実装には、想定される関係者を集め、プロジェクト形式で進めるべき
中村 : 現状、多くのスタートアップが世に出ています。優れたスタートアップが生まれている一方で、課題に感じることはあるでしょうか。
柴山氏 : PoCで止まっていることに課題を感じます。社会実装にまでなかなかたどりつきません。社会実装は1社で行うのは不可能です。例えば、自動車の自動運転は、技術的問題がクリアできても法的な問題が生じます。このため、自動運転を社会システムとして実装していくには、国土交通省、警察庁、都道府県警察、自治体、保険会社など全ての関係者との連携が不可欠です。そのため、愛知県では自動運転コンソーシアムを作り、関係ステークホルダー参加のもと、課題の解決を図っています。
中村 : 国を動かしていたのでしょうか。
柴山氏 : 国土交通省も警察庁も愛知県の取組に対して、しっかりとバックアップして頂いております。自動運転をはじめ、様々な事業の社会実装を実現させるには、想定されるすべての関係者を集め、プロジェクト化していくことが重要と思います。
仮に、PoCで止まっている場合には、関係者を集めプロジェクト形式にすることを強く推奨します。関係者を集めることで、見えてくることもあると思います。最初のうちはなかなか大変なことがあるかもしれませんが、多くの関係者の英知のもと、プロジェクト形式で進めることが最短の手法ではないかと考えます。
愛知県だからこそ、起こせるイノベーションがある
中村 : それでは最後にメッセージをお願いします。
柴山氏 : 繰り返しになりますが、愛知県はイノベーションへの思いを強く持っています。他の自治体にはない産業の基盤、地の利もあります。「STATION Ai」が供用される2024年まで時間は限られていますが、解決すべき課題やミッションはまだまだ残っています。規模も質もさらに向上させていかなければならないという思いもある。今後とも、イノベーションの創出に向け、ますます尽力していきます。
取材後記
イノベーションに対する柴山氏の思い、愛知県のかける意気込みが伝わってきた。柴山氏が指摘するように、愛知県には他にはない産業基盤があり、イノベーションに取り組みやすい環境が整っているだろう。何より、柴山氏のような熱い思いを持つ方がおり、知事が推し進める「STATION Ai」の供用開始は2024年10月といよいよ目前に迫っているが、準備は着々と進んでいるようだ。「STATION Ai」は日本版「Station F」となり、さらにより良いものへと進化すると期待できる。今後の取り組みと進捗、これから起こしていく愛知県発のイノベーションから目が離せない。
(編集・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士)